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■忍者のつぶやき■
サーフィン忍者  ここには「マイタウンさいたま」編集スタッフからのメッセージが掲載されます。「マイタウンさいたま」がこれからどのように変わるのか、 どのような試みが進展中なのか、どのような活動が行われているのか。また、「マイタウンさいたま」編集部ではどのような人がどのようなもののとらえ方をしているのか。 そんなことを書いていきます。
 このようなページがある理由は、私どもが「顔が見えるページ」を目指しているからです。私どもは、皆様のご意見、ご要望を取り入れながら、 「マイタウンさいたま」を成長させていきたいと思っています。

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2001/05/21(月)
ゴールデンウィークに大阪のユニバーサルスタジオへ行ってきました。入場するのに3時間、各アトラクションにも約3時間並びました。並んでいる時に気づいたことは、どのアトラクションでもそうだったのですが、たくさんのゴミがあちこちに散乱していたことです。あたりを見回すと、そういえばゴミ箱がない・・・。なんと入り口までおよそ500mの間にゴミ箱は1つだけ。その辺に捨てることは全く良いことではありませんが、これではショウガナイなと思いました。
ゴールデンウィークに間に合うように急いで完成させたという話も聞きましたが、アトラクションを1つ作るならまだしも、ゴミ箱の設置ぐらいならそう時間はかからないはずです。
その他のパーク内はとても綺麗だっただけに残念です。
(文:忍者)

2001/05/18(金)
ファンクラブシステム
「マイタウン浦和」にはいろいろな企画があります。全部いっぺんにその企画を実行したいのですが、システム開発や取材活動、ホームページ作成作業などに少なからぬ労力がかかるために、小出しにせざるを得ない状況にあります。

が、たまには私どもの企画について書いてみたいと思います。今回は「ファンクラブシステム」についてです。今「マイタウン浦和」にあるのは、供給者側からの情報だけです。例えば、利用者がどこかの飲食店を検索した場合、そのお店からの情報しか見ることはできません。しかし、そのお店の本当の評判を知りたいと思う場合はありませんか? 実際にそのお店で食事をし、「とても良かった!また行きたいな」と思った人が、その旨をその店の画面に書き込めるようになると、とても楽しいと思います。「ファンクラブシステム」とはその書き込みシステムのことです。私どもは「マイタウン浦和」上の各情報に「ファンクラブシステム」を付加する予定です。

これはオプションですから、「そのようなシステムはウチには付けてくれなくていいよ」という場合は、付けなくても構いません。でもこれは役に立つと思いますよ。もしかしたらお店の人のサクラも予想されますが(^^ゞ、サクラだけでは長続きはしません。お客さん達が正しい情報を書き始めれば、その店がどんなにすばらしいか、「マイタウン浦和」を訪れた人はつぶさに理解できるようになります。場合によっては、そのお店のお客さん同士が、「マイタウン浦和」上で会話を楽しめるかもしれません。お店の人にとっても、お客さんからの貴重な情報が得られることになります。お店の経営に必ず役に立つはずです。

このシステムを付加しますと、飲食店やお店は、自分のページを持つのと同じことになります(ただのCGIではありません)。今システム開発中ですが、面白そうでしょ? 私どもはこうした企画をどんどん実現させていきます。お楽しみに。
(文:忍者)

2001/05/17(木)
変人
最近、「変人」が大好評です。といいましても、小泉純一郎さんが首相になってからのことですが。「変人」であることがセールスポイントになるとは、この国の風土もすっかり変わったものだと私は思います。これほど個人の個性を犠牲にし、人間を同じカラーに染めることに力を注いできた国は珍しいはずです。それが今度は「変人」礼賛に一挙に変わるのですから全く驚きです。

変人であり続けるということは、大変な労力を要します。変であろうと思っても、周りがそれ以上に変であれば変ではなくなってしまいます。かつて高校生くらいの男子がズボンをづり下げ、それこそお尻の割れ目が見えるようにして町中を闊歩していた時期がありましたが、ふと気がついてみますと周りの男子がみんなそうしているので、珍しくも何ともなくなってしまいました(◎-◎)。変わった格好だけでは変人たりえないのです。

変人と呼ばれる人は、やはりものの考え方や発想が常人と違うのだろうと思います。それも通常は周囲にかなり影響を受けますから、ずっと変であり続けることはできなくなります。よほど強固な意志とエネルギーを持ち合わせていなければ、たちまちのうちに周囲に同化するものです。新首相が「変人」扱いされるのを見て、あの年までよくぞ変人であり続けた、と感心することしきりの私でありました。私のように意志が弱い人間はたちまち周囲に流されてしまいます。頑張らねば、と思い直しています。
(文:忍者)

2001/05/16(水)
風雲浦和城
浦和には山も海も大きな川も特産物も歴史的事件もない、と一昨日この欄に書きましたが、そうであれば、どれかひとつを無理やり作る、という乱暴な手法も考えられます。私は空想するのが好きなものですから、くだらないことを真面目に考えてしまうのです。馬鹿なやつだな、と思って以下の文章を読んで下さい。

重要な歴史的事件が浦和になかったのなら、架空の歴史を作り、みんなで楽しんではどうでしょうか? 例えば、市内のどこかに「浦和城」を作ってしまうのです。城主は浦和太郎。清和源氏の血を引く名門で、幕末まで続いた由緒正しい家柄だったりします。戦国時代には当時最強の武田騎馬軍団を沼地の多かった太田窪に追いつめ、大勝しています。世に言う「太田窪の戦い」です(^^ゞ。浦和太郎の居城・浦和城には立派な天守閣を設け、堀には満々と水を湛えます。城内の通路は迷路のごとく周りくねらせ、一度入ったら最後、1時間は出てこれません。大人も、子供も楽しいです。城の周りはもちろん、広大な公園です。節度を守れば使い方は自由です。四季折々に楽しめるよう様々な木を植え、木陰でのんびりできます。お城の中ですから拡声器の類は一切置きません。静かな空間を楽しみます。浦和城の公園はあまりに広いので、乗馬までできます。そうですね、流鏑馬(やぶさめ)ができるような施設まで作ってみてはいかがでしょうか? 甲冑も貸し出します。乗馬の腕前が上がり、流鏑馬までこなすとなると、NHKの大河ドラマから出演依頼が来ます。大河ドラマのテーマミュージックの間、協力は「浦和のみなさん」と紹介されるかもしれません。

浦和城公園は歩くだけでいい運動になります。のども渇きます。日中はレトロな茶屋が何軒も出ています。ウエイター、ウエイトレスは全員和服です。また、夕方以降はこれまた木造のレトロな飲み屋になります。飲み屋からはライトアップされた浦和城天守閣が見えます。天守閣から街を見下ろすお店もあり、そこは予約で向こう1年間一杯です(^o^)。全く馬鹿げた投資なのですが、コンクリートの巨大テナントビルを乱造するより、ずっと楽しく、市民に愛されるのではないかと思います。

でも、こんな馬鹿なことばかり書いていると、「忍者のつぶやき」は廃刊に追い込まれてしまいますね。この辺でやめておきましょう。
(文:忍者)

2001/05/15(火)
浦和らしさとは その2
昨日の続きです。
私はかつて東京都の国立(くにたち)に2年間住んでいました。小さな街でしたが大学を中心とした街づくりが行われており、大学は広く市民に開放されていました。学問の場としても、憩いの場としても市民が上手に利用していたように思えます。本当に小振りな街なのですが、市民の「共同体意識」も十分感じられました。今や高級住宅街になってしまった土地ではありますが、国立に住む人は「国立に住みたい!」と強く願って移ってくるので、市民の街に対する意識・愛情が特に強いようです。
あのような街であれば、その街らしさを街に集まる人全員が共有しているわけで、大変羨ましいものです。浦和だって「文教都市」を標榜しているわけですが、その言葉が不動産広告の上だけでなく、一般市民が何の違和感もなく感じられるようにできないものか、と常々考えています。いかがでしょうか。
(文:忍者)

2001/05/14(月)
「浦和らしさ」とは
皆さんは「浦和」と聞いて何を思い浮かべますか? 「浦和」を象徴するものは何だと思いますか? 私の立場でこのようなことを書くのは問題なしとは言えないかもしれませんが、困ったことに、何も思いつかない、ということが多そうです。
私は「マイタウン浦和」というホームページを運営する者ですから、日夜「浦和」という街のことを考えています。その私も、浦和を象徴するものを容易に提示できません。浦和という街には、山も海も、真ん中を流れる大きな川もなく、温泉があるわけでもなし、これといった特産物もなく、これまで歴史の舞台にもなっていません。「全く何もなかったからこそ県庁を持ってきたのだろう」と人は言いますが、多分そうなんでしょう。本当に特色を言い表しにくい街であります。
であれば、私はこれからでも「浦和らしさ」を作っていきたいと思っています。もちろん、個人の力でそのような大それたことはできません。「マイタウン浦和」というホームページを通じて、「浦和らしさ」を模索し、浦和という街を作っていきたいと思っています。
実は、このホームページの目的の中には「街作り」があるのです。ちょっとやそっとのことではできませんが、みんなの力を合わせて「浦和らしさ」を作っていきませんか? 是非ご協力下さい。
(文:忍者)

2001/05/10(木)
忙しい?
人と話をしていると、「いやあ、忙しくてね...。」という言葉によく出会います。この「つぶやき」を読んで下さっているあなたも、そんなことを方々で口にしていませんか? 何でもないようなこの言葉、私は前々から「変だ」と思っています。「変だ」と思っている私の方が「変」な可能性も極めて高いのですが、「忙しい、忙しい」という言葉を連発していなければ、その人は暇であって、それはとても悪いことだ、というニュアンスを私は感じてしまいます。どうも日本人は「貧乏暇なし」というのが大好きな国民ですから、余裕があることや暇であることをひどく恥じる傾向があります。いつも何かをやっていなければ気がすまないのでしょう。
でも、余裕があったり、暇であることは悪いことでは決してありません。忙しすぎて目の前のごく些細なことにしか集中できなくなると、周りが見えなくなってしまい、新しいことや創造的なことに取り組めなくなってしまうのです。
そのため、私はいつも「いかにして自分を暇にするか、どうすればもっと余裕を持てるか」ということを考えています。というより、性格がもとよりずぼらであるため、少しでも手抜きを考えます。それだけではありません。私は誰にあっても「暇で暇で...。」と言っています(^^ゞ。これは天の邪鬼以外の何ものでもないのですが、そうすることによって、自分を少しでも余裕を作るように追い込めます。賢い方法ではないかもしれませんが、意外と効果はあります。やはり私は「変」でしょうか。
(文:忍者)

2001/05/09(水)
先例
後醍醐天皇という歴史上の人物の話です(あらかじめ申しあげておきますが、私が好きな人物ではありません)。この天皇が有名なのは、足利尊氏(高氏)・新田義貞が鎌倉幕府を1333年に倒す際の黒幕だったからですね。後醍醐天皇は念願の倒幕が成功し、建武の新政を開始したものの、政策は首尾一貫性を欠き、悉く失敗しました。新政はたちどころに崩壊します。しかも、権力欲が激しく、長期にわたる南北朝の争乱を招いています。後醍醐天皇が権力に執着し続けたために南北朝の争乱は1392年まで(実際はその後まで)続くのです。
私は歴史の本を読むたび、「この人はどうしようもないな」と溜息をつくのですが、ひとつだけすばらしいと思うことがあります。結果的にはハチャメチャになった建武の新政時の後醍醐天皇の言葉です。すなわち、「朕の新儀は未来の先例たるべし」。
後醍醐天皇は新政時には完全な独裁者であったのですが、その後醍醐天皇ですら、公家衆が持ち出す「先例がない」という言葉に悩んでいたようです。何かをしようとすると「先例がありません」という答えが側近の公家から返ってくるわけですね。これにたまりかねた後醍醐天皇が「いい加減にしろ!俺が今やっていることこそが将来先例になるのじゃ!つべこべいうな」と言っていたのでしょう。
どんな時代においても「先例」を持ち出す輩がいるものですが、後醍醐天皇の言葉はそれに真っ向から立ち向かうすばらしい言葉だと思います。後醍醐天皇は私の決して好きな人物ではないのですが、先例に立ち向かうその心意気を買いたいものです。先例を気にしそうになる私を戒めるのは、この後醍醐天皇です。やはり重要人物ですね。
(文:忍者)

2001/05/08(火)
「P-IN」ついに購入!
5月1日の当欄で話題にした某社の「P-IN」を昨日やっと手に入れました\(^O^)/。
先方はきれいなお姉さんがふたり窓口についています。どうやら片方は新人さん、片方は先輩のようです。「ふたりとも美人だし、これは微笑ましいなあ」とおじさんはニンマリしてしまいました。ですが、浦和商工会議所の登記簿謄本と私のパスポートを手渡すと、コピーを取りに行ったまま10分間帰ってきません。ふたりともです(◎-◎)。それに、いろいろデータを入力しながら手続きを進めてくれるのですが、ひとつひとつの工程にとても時間がかかります。作業をするのは新人さんですから仕方がないのですが、お金を支払うと、おつりと領収証が出てくるまでにやはり10分かかります。やはりふたりとも私の前からいなくなります。
肝心の「P-IN」は、何ということもないちっぽけな消費財なのですが、私が店に入ってから出るまで1時間。私が会議所を出てからいつまでも戻らないのを同僚はとても不審に思っていたようです。
さて、この「P-IN」。価格は2,400円なのですが、販売手数料は驚くべきことに3,000円もします。要するに窓口のきれいなお姉さんの人件費ですね。私は「P-IN」を購入するのに登記簿謄本を取ったり、パスポートがなくて追い返されたり、昨日は1時間待たされたりしたのに、どうして窓口のお姉さんの人件費を、待たされた私が負担しなければならないのか、とても不思議に思っています。で、でも、こんなことを書いているとどこかで大きな反撃に遭うかも。今日はこのくらいにしておきましょう。
(文:忍者)

2001/05/02(水)
さいたま市になって
昨日から浦和市は「さいたま市」に変わりました。実態は何も変わらないのですが、街中を歩いておりますと、祝賀用の夥しい数の旗が目に飛び込んできます。壮観なものです。あれならいやでも合併を意識しますよ(さすが行政)。電話の応対をしていても「浦和商工会議所は名称変更されるのか」など、「さいたま市」に関わる話が少なくありません。「マイタウン浦和」でも「浦和市」の表記を変更しなければならないことに、うっかりものの私はやっと気がつきました。やはり人の意識をそれなりに変化させる力があるんですね(当たり前ですね(^^ゞ)。
「さいたま市になっても何も変わらないんじゃないか。このような無駄なことをなぜするんだろうか」という思いを私は強く持ってきました。でも、何かは変わるのです。少しずつ変化することによって、また何かしら新しいものが生まれてくるのだろうと思います。無理矢理にでも変化をつけていけば、人間もそれに能動的に対応するわけですから、あながち3市合併も無駄ではなかったと私は思います。もしかしたらこの合併が転機になってすごいものが生まれることもあるかもしれませんね。折角の機会ですから批判ばかりしていないで、有効に利用していこうかな、とずぼらな私も考え始めました。みなさんはどうですか?
(文:忍者)