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■亀山哲郎の写真よもやま話■
亀山哲郎氏 プロカメラマン亀山哲郎氏が、豊富な経験から、カメラ・写真にまつわる様々な場面におけるワンポイントアドバイスを分かり易くお伝えします!
■著者プロフィール■
1948年生まれ。大手出版社の編集者を経て、1985年よりフリーランス・カメラマンとしてコマーシャル写真に従事。雑誌、広告の仕事で世界35ヶ国をロケ。
現在、プロアマの混成写真集団フォト・トルトゥーガを主宰。毎年グループ展を催し、後進の指導にあたる。
2003年4月〜2010年3月まで、さいたま商工会議所会報誌の表紙写真を担当。 これまでに、写真集・エッセイ集などを出版する他、2002年〜2008年には『NHKロシア語講座』に写真とエッセイを72回にわたり連載するなど、多方面で活躍中。

【著者より】
もし、文中でご不明の事柄などありましたら、右記アドレス宛にご質問ください。 → kameyamaphoto2@mac.com

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2016/04/22(金)
第295回:写真展雑感(1)
 今、埼玉県立近代美術館で開催中の我がグループ展を顧みながら、昨今の写真展に思いを馳せている。とはいってもぼく自身、歳を重ねるにしたがって写真展に足を運ぶ回数は激減している。出不精になったということもあるのだが、それより興味惹かれるものになかなか出会うことができないので、どうしても足が重くなってしまうのだ。
 歳とともに世情に寄り添うとか、迎合するとか、その類のものに極力逆らいたいというぼく本来の性格によるところも一因なのだろう。また、巷で囃し立てられるものに、好ましいものが見つからないということもある。流行りものは所詮流行りものでしかない。作品は時代とともにあるものだが、諺をもじれば「流行歌(はやりうた)は聞くに名高く、食うに味なし」といったところか。

 若い頃は寸暇を惜しんで、写真展ばかりでなく、美術展にも、演奏会にも足しげく通ったものだ。それが歳とともに遠のいてしまったのは、負け惜しみではなく、つまり感受性が弱くなったり、好奇心が薄れたりしたのではなく、繰り返しになるが自分にとって心に染み入るものが徐々に少なくなったと感じているからだろう。この仕事を続けている限り、進取の気象に衰えが生じたとも思えないのだが。
 それどころか歳を取って、作品の向こう側にあるものへの見通しは、若い頃にはなかなか持ち得なかったものがあると感じている。それは非常な愉しみでもある。ひとつの作品を眺めながらの想像や洞察は、より玄々なるものに少しずつ近づいているのだと思いたい。「玄々」とは、大辞林によれば「妙の一字は不可得不可思議の間に出て玄々のうちにあるなり」とあるが、そんな境地にはまだほど遠い。玄妙なる教理の理解と味わいに一歩でも近づきたいものだ。

 他に足の遠のいた要因を敢えて探し出すのであれば、自身の写真流儀やそのありようといったものの足固め( “確立” ではない)をしたいがために、今必要でないものはできるだけ身の周りから遠ざけておきたいという思いがよりいっそう強くなったからなのだろう。そんなお年頃なのかも知れない。その方法論が正しいか否は、今のところ確信が持てずにいる。


 世はデジタル写真一色に塗りつぶされた感があるが、それは時代の趨勢であり誰も否定できない。誰でもが写真を気軽に愉しむことができるようになったことは、ひとえに科学の進歩によるものだ。以前にも述べたと記憶するが、この功罪は果てしない。それについて改めてみなさんに言及する必要もないと思うので割愛させていただくが、写真の繁栄(氾濫)は写真を愛好する者にとって一種の錯覚を生み出す。
 そのひとつが「写真人口が増えたのだから、写真愛好家も増えた “はずだ” 」、あるいは「それにつれて写真の質が高まった “はずだ” 」 という、根拠の薄い希望的観測である。ぼくは残念ながら “はずだ” の否定論者である。そう思いたいが現実は正反対だとの思いが勝っている。写真展を覗く回数が減ったとはいえ、そんな感慨に浸ることが多い。

 いうまでもなく写真には様々な分野があり、ぼくと最も距離のある分野がいわゆる「ネイチャーフォト」と称するものだ。「ネイチャーフォト」の定義をぼくは知らないが、文字通り「自然写真」とか「風景写真」といった類のものを指しているのだろう。各所で催されている写真展を見る限り、この分野が特にに多いように思われる。一般論を交えていうのであれば、「ネイチャーフォト」が最も世間受けがいい。作品が一定水準を満たしていれば、鑑賞者にいくばくかの安らぎと明るさを与えるからだ。
 誤解を招かぬように申し上げておくと、どのような分野であれ、その奥深さは同じものだ。自由・平等の精神に則り、どの分野を好み、得意とするかは各人各様である。ぼくが「ネイチャーフォト」に縁遠いのは、自身の稟性と思想を育むその環境によるところが大きい。

 きれいなカラーの風景写真は、ぼくの内的発酵過程に存在したもので、いつまで経っても埒の明かぬ「感性的」という点に於いてそれなりの意義を果たしたが、30歳を少し回った頃にすっかり姿を消し、色あせてしまった。
 前々回、尾瀬ヶ原通いをし、夢中になって風景写真に取り組んだ「そんな時代がぼくにもあった」と書いたが、風景写真への興味を失わせたその元凶はといえば、風景写真家のアンセル・アダムスのオリジナルプリントを目にしたその瞬間だったのだから、おもしろい。「きれい」と「美しい」とは、まるで次元の異なる、似て非なるものであることの実感は、それ以降の自身の写真に様々な影響を与えることになった。アダムスの写真との邂逅は、ぼくが写真というものに目覚めた瞬間でもあった。感性的なものからやっと思想的なものへの方向転換がアダムスの写真により見え始めた時期といってもいいだろう。斯様にアダムスは、単なる美しい風景写真を超越して、思想や哲学、宗教的なものを感じさせる写真であったのだ。

 そのような「ネイチャーフォト展」であれば、むろんアダムスのような名画でなくともぼくは勇んで出かけていくのだが、多くのものがその場の思いつきであったり(出会い頭)、希有な瞬間を捉えただけのものであったり、また技巧を凝らしただけのものであったりで、ぼくはどうしても足がすくんでしまうのだ。なるほど、とても「きれい」には違いないのだけれど。

※参照 → http://www.amatias.com/bbs/30/295.html

カメラ:EOS-1DsIII。レンズEF16-35mm F2.8L II USM。

前々回、桜探しに出かけた時のもの。

★「01高すぎる堤防」。
もう少し反射鏡を宙に浮かせたかったのだが、座り込んでも堤防が高すぎて、反射鏡が天に伸びてくれず。
絞りf11.0、 1/100秒、ISO100、露出補正-0.67。
(文:亀山哲郎)

2016/04/15(金)
第294回:果たしてそうだろうか?
 冒頭から私事で恐縮ながらも、この場をお借りしてぼくの主宰する写真倶楽部フォト・トルトゥーガ展のお知らせを。
 来週4月19日(火)〜24日(日)まで、埼玉県立近代美術館にて第10回フォト・トルトゥーガ写真展『光と影の記憶2016』を開催いたします。メンバー一同、心よりみなさまのご来場をお待ち申し上げます。お気軽にお声がけいただければ嬉しく存じます。

 この倶楽部が発足して早13年の歳月が経とうとしていますが、その間メンバーばかりでなく、様々な写真愛好家との出会いがありました。怪我の功名とでもいうのでしょうか。―――今回は何故か戸惑いを感じながらも「です・ます調」になっています―――そのうちいつもの口調に戻るでしょう。

 何故こんなこと(写真を教える)を始めてしまったのか、後悔はしていないのだが、とても不思議な感覚に囚われたまま、こんにちに至っている(もういつもの口調に戻っている)。ぼく自身が教えてもらいたいくらいだというのが正直な気持ちである。
 13年前、気の置けない仲間から半ば強迫のような要請を受け、プロとして身につけたささやかなるものをアマチュア諸氏に還元すべきとの思いもあって、重い腰を上げたのが過ちの始まりだった。長年、写真だけで飯を食わせてもらっているのだから、些少でも世にお返しをすべきだというぼくにあるまじき殊勝な心がけがいけなかった。慣れないことはするものじゃない。しかし、教えを請う方はといえば必ずしも殊勝とは言い難い。ここに大きな問題がある。ぼくはここでも、この場を借りて遠慮がちに「江戸の仇を長崎で」討たせていただく。
 
 彼らは殊勝な心得が夥多に不足しているので、なかなか意図することが伝わらない。ぼくに責任はないので、だから時々開き直ることにしている。「おれは写真を撮るのはプロだが、教えることはプロじゃねぇ」といった具合だ。今まで何度かぼくは絶望感に打ちひしがれ、辞めようと思ったことがあるのもまた事実である。にも関わらずそうしなかったのは、根っからの写真好きと相まって、どこかに写真屋としての義務感と矜恃が青白い光を放っていたからだろうと思う。

 そして、ぼくの話し言葉や書いたりする(倶楽部では全員宛メールが恒常化している。ぼくはそのくらい熱心なのだ)ことの内容が、老いも若きも理解できないと強情にも主張する。自分の読解力と国語力を棚に上げて「おまえのいうことは理解できない」と迫ってくるのだ。理不尽この上ない。辞書など引いたこともないような人たちなので、写真ついでに語彙の解説までしなくてはならない。ぼくの努力はまったく間尺に合わない。ここに虚しさが漂う。

 大体に於いて、写真を愛好するなどという人たちは初めからヘソが曲がっているのだから、何事も一筋縄ではいかない。自分のヘソだけは真ん中についていると思い込み、微塵の疑いもないのでますますもって始末が悪い。自覚が足りないのだ。そのような人々に取り囲まれてのグループ展を、よくも恥じ入ることなく10回も重ねてきたものだと思う。

 「個性は人間の最も輝ける部分で、それを尊重するのは顕正ともいえるが、しかしながら自分本位、唯我独尊は許さない!」と言い続けてきた13年間。
 「個性とは基本と修学の積み重ねがあってのもので、自然に生成していくものだ。それは恣意的なものでは決してない。百人百様に自然の摂理というものがあるのだから、それを素直に受け入れ、新たな自分発見に努めること。今の場所に留まっていてはいけない」とぼくは自分にも言い聞かせているので、その道に背く者はぼくの脇で悪態をつく必要もないわけだ。悪態をつくくらいなら辞めればいいと思いがちだが、それは大きな間違いというもので、悪態あっての写真だとぼくは思っている。そのくらいでなければ写真は写らないとも思っている。おかげで減らず口を叩く人たちばかりが居座っている。

 ぼくは技術的な指導・解説は見ず知らずの人たちにも最小限に止めるようにしている。写真的なメカニズムというものは誰でも自分で学ぶことができるからだ。プロを目指すのでない限り、努力をすれば独学でこと足りる。
 力点を置きたいのは、写真を撮る(物づくりの)ための精神的メカニズムについてであり、この難題をぼくはあの手この手でたとえ話を引き合いに出し伝えようとするのだが、至らなさも手伝ってか思うようにいかない。物づくりの作法というか方法論(考え方)はおそらく非常に多岐にわたるものであろうけれど、前述した「新たな自分発見」は、まず世間で常識とされることに疑いの目を向けることから始めるのが一番だとぼくは思っている。ぼくの知る限り、一般的に生真面目で融通の利かないお堅い人ほど写真には不向きである。おそらく「暗中模索」が苦手なのか、もしくは我慢がならないのであろう。

 常識とされるつまらぬものに囚われているうちは、常識的なつまらぬものしか産み出さないものだとの確信をぼくは得ている。常識を打ち破る気概と勇気がエネルギーとなり、それは必ず作品に反映されるものだ。
 世間の常識に対して、「果たしてそうだろうか?」という精神的な宝を使い熟(こな)し、運用すればあなたの写真は一皮剥けること疑いなし。信ずる者は救われるのである。果たしてそうだろうか?

※参照 → http://www.amatias.com/bbs/30/294.html

カメラ:EOS-1DsIII。レンズEF16-35mm F2.8L II USM。

前回、桜探しに出かけた時のもの。

★「01菜の花」。
今年は菜の花の時期が少しばかり遅い。以前この道の向こうに電柱と電線がありぼくの好きな絵だったのだが、今無慈悲にもなくなっていた。
絞りf13.0、 1/80秒、ISO100、露出補正-0.67。

★「02荒川土手」。
30数年前、同じ位置から8 x 10インチの大型カメラで撮影したことがある。ぼくはあまり進歩していない。上手く撮れたためしがないのだが、今回も失敗。
絞りf11.0、 1/80秒、ISO100、露出補正-0.67。

(文:亀山哲郎)

2016/04/08(金)
第293回:桜づくしの一日
 今週の火曜日に、遠来の友人に誘われて満開の桜を探しに行った。桜見物に行くのではなく、あくまで「探しに行った」のだ。写真屋なのだから桜を愛でることより、どこに様子のいい(フォトジェニックな)桜があるのか、その発見のほうに気が向いてしまうのは致し方のないこと。ぼくも桜好きの庶民のひとりだが、優先順位が市井の人とは逆さまになってしまうのは、写真屋の悲しき性なのだろう。愛でることと写真を撮ることは、まったく次元の異なることだから。

 ぼくの望む桜は、残念ながら桜の名所ではなく、それ故に独自に見つけ出さなければならない。それは、いってみれば野にひっそりと咲く桜であり、そちらのほうにより魅了される。また、感じ入るところ多く、情趣豊かなりといったところだ。せっかくの桜が世俗にまみれるのは、ぼくとして堪え難いものがある。
 桜とは脱俗した高尚な趣を誘うものなのに、どうも最近の桜というものは媚びを売りながら咲いているように思えてならない。これ見よがしに集団となり咲き乱れ、凄味を利かせながら威圧してくる。野放図も甚だしい。人々もこの集団的人為桜に迎合しつつ、己の趣味の悪さを隠蔽しようとしている。
 したがって、ぼくは情緒や仙味を引き裂くような現代風花見など、勉めて見向かないようにしている。「どうぞご自由に」といったところか。
 さらに、ライトアップされた桜などというのも、まったく忌々しい限りだ。自然のものは自然光下で鑑賞するのが乙というものだ。ましてや、無頓着なライトの光源(色温度や光質)下に於けるそれは毒々しいばかりである。そこには夜桜の味わいもへったくれもないではないか。

 散りゆく桜に愛惜や哀傷の情を重ね、その思いや境地をしっとり味わうのが我々日本人の古来のDNAではなかっただろうか、というのがぼく流の解釈なのである。
 古人は、「ひさかたの光のどけき春の日に しづ心なく花の散るらむ」(紀友則845-907年)と、桜への思いを込めて詠んでいる(古今和歌集)。自然との触れあいがより濃密だった古代に詠まれたものだが、その情緒纏綿(てんめん)たる心の機微は世知辛い現代にあっても、古人の感受性同様、我々にも脈々と受け継がれていると思いたい。昨今はその仕来(しきた)りが風流を通り越してややガサツになっただけのことだろうとぼくは思うことにしている。

 そんな思いを抱きながらぼくは友人を助手席に乗せ、あてもなく車を走らせた。桜も紅葉と同じく、晴天下のほうが彩度も上がってずっと見映えがし、写真も撮りやすいのだが、この日はあいにく雲居の空だった。
 20代から30代初めにかけて、ぼくは何度も尾瀬ヶ原に通った。風景写真や花のクローズアップを夢中になって撮ったものだ。そんな時代がぼくにもあった。
 雲に遮られた太陽光がひょっこり顔を出し、再び隠れたりするその瞬間に、紅葉が申し合わせたように彩度を劇的に変える。鮮やかに燃え上がったかと思うと、波打ちながら再び山麓に沈み込む。紅葉した樹木の息づかいがこだまのようにぼくの耳元で響いた。
 ぼくはお天道さまの悪戯に翻弄され、まるで何かの魔法にかけられたように金縛りに遭い、その不思議な現象に長い時間魅入っていたことを昨日のことのように思い出す。自然界の光と色の感動的な同期をこの時初めて知った。と同時に、自然の造化に感嘆したものだ。

 曇天下の桜は、空と花びらに明度の差がなく、メリハリが付きにくい。ぼくは初めからモノクロ写真をイメージしているのでなおさら厄介だ。青空であれば赤外線フィルムとまでは行かずとも、PLフィルター(偏光フィルター)を装着し、空の明度をほどよく調整できるのだが、曇天ではそうはいかないところが辛い。
 前日の就寝時、「空と花びらにコントラストをつけて、わずかにフォギーをかけ、ハイライトを散らす」ところまでイメージができていたのだが、起床したら重い雲が一面に垂れ込めておりイメージの修正を迫られた。「ええいっ、出たとこ勝負だ!」と、このような自棄っ腹の武者震いというものも、時には撮影の必須要件だ。

 曇天下の桜撮影で最も気を遣ったことは、改めていうことでもないのだが、露出補正この一点に尽きる。第290回「雨天の撮影」で述べたように、乳白色に近い空を白飛びさせないように、注意怠るべからず。空をどのように描写するかは作者の自由だが、随意操作したいのであれば、ある程度情報を残しておかなくてはお手上げとなる。
 もし、カメラにスポット測光の機能が附属していれば、カメラを曇天の空に向けて露出を測り、その値より1~ 1.5絞りほど露出オーバーにしたところで露出を固定して撮ればいい。これが最も確実で安全な露出決定法だが、スポット測光がなくとも、たとえば平均測光や評価測光でも、画面一杯に曇り空を入れて側光し、その値より1~ 1.5絞りほど露出オーバーでほとんど上手くいく。

 当日は曇天でもあり、友人も一緒だったので撮影に没頭できるわけでもなく、桜探しを早々に引き上げ、目指すは食にありということに相成った。意中の店に飛び込み、我々を唸らせたのが旬の「桜えびのかき揚げ天ぷら」だった。
 桜を逃して、桜えびを得た一日でありました。

※参照 → http://www.amatias.com/bbs/30/293.html

カメラ:EOS-1DsIII。レンズEF16-35mm F2.8L II USM。

★「01菜の花」。
露出補正値は雲に向けて側光したものでないので、この値に。雲の向こうにぼんやりと太陽が。お気に入りの桜が見つからず、急遽菜の花に心変わり。
絞りf11.0、 1/160秒、ISO100、露出補正-1.0。

★「02土手桜」。
雲が面白かったので思わず1枚。曇天下の桜、これが精一杯。ここまで絞っても周辺の解像度は十全ではない。これがこのレンズの限界。
絞りf13.0、 1/60秒、ISO100、露出補正-0.33。

★「03通りすがりの桜」。
神社につきものの桜。桜は諦めてここの空気感を。
絞りf11.0、 1/30秒、ISO100、露出補正-1.00。

(文:亀山哲郎)

2016/04/01(金)
第292回:再び「写真は引き算」
 写真に従事すればするほど、また熱心であればあるほど、そして撮れば撮るほど、写真がますます難しくなっていく。勉学や修学というものはこんなものなのだと、この歳になってつくづく思い知らされている。学べば学ぶほどに、分からないことがカビのように繁衍し、収拾し難い状況に追い込まれるということは観念的にとうに理解していたつもりだったが、いざその渦中に放り込まれると、極楽トンボのぼくでさえ頭を抱え、迷路に踏み込み、自分の姿を見失ってしまうのだ。
 迷宮を彷徨いつつ、ぼくはそこから脱出するために、自分で作り上げた貴重な写真的格言の検証に取りかかる。今のところこれしか手がない。平衡感覚を失ったままの検証なのでいささか心許ないが、何もしないよりはいいだろう。ここでのんびりと手をこまねいているという勇気もない。
 「溺れる者は藁をもつかむ」という心境だが(うそです)、溺れないうちになんとかしようという決意は涙ぐましくも健気でさえある。ぼくはその涙にすがりつく。真摯に顧みればなにがしかの御利益に与り、ついでに度胸よく魔除けのお札もいただいちゃおうという魂胆だ。

 助手君やアマチュアの方々に、そして我が倶楽部のメンバーにいつもいってきたことは、「写真は足し算ではなく、引き算だ」というものである。そのことはつまり、言い方を変えれば「写真は何を写すかではなく、何を写さないか」ということでもある。写真はこれに尽きると思っている。
 何やら抽象的で、禅問答のようでもあるけれど、ぼくはこの自作格言をいつも念頭に置きながら被写体に対峙し、シャッターを切ってきたつもりだ。然るに、未だ道半ばである。
 
 写真事始めの小学3年時、写真好きだった亡父に「ファインダーを覗いて、ここでいい(立ち位置が)と思ったところから、もう一歩前に進み出て撮れ」との教えを受けた。その言葉はぼくの心に深く刻み込まれ、こんにちまでその意味するところを金科玉条のように守り通している。心強い魔除けでもあるのだ。
 「写真とは “何を写さないか”に尽きる」という禅問答的言質と父の言葉
はまったくの同義なのだが、子供に理解できるように言葉を噛み砕いた父は、今さらながらたいしたものだったと頭が下がる。早世した父は恐い存在でしかなかったが、今思えば子煩悩であったことを知り、少し胸が熱くなる。

 他の人の写真を見る機会を得て、意見を聞かれることも多々あり(そんな身分ではないのだが)、ぼくはよく「あなたは何を撮りたかったの?」と聞くことがある。何を撮りたかったのか、心の襞や情感のようなものが伝わってこないのだ。
 脇役が主人公の邪魔をして、あるいは押しのけて、その存在感を薄めてしまっているという写真に多く出会うので、思わずそんな言葉が口を突いて出てしまう。
 1枚の写真のなかに、あれもこれも説明して、状況を整え、主人公を際立たせようとの思いなのだろうが、ほとんどの場合、それは逆効果となり、成功しているとは言い難い。「写真は所詮ひとつのことしか伝えられない」という割り切りはぼくの頑なな卑見でもある。そう信じたほうが何かと気が楽でしょ?

 あれこれと説明したい気持は痛いほど理解できるのだが、そこをぐっと我慢して、隠忍自重を心がけることから始めて欲しいと常々思っている。画面上の夾雑物を取り除き、写さないことの勇気を持てば、写真のクオリティはワンステップもツーステップも上がること請け合いである。
 それにつれ脇役を活かすことができるようになれば、写真は御の字というところだ。そのためにはまず主役に焦点を当てることから始めないと、堂々巡りの悪循環に陥ってしまう。
 このことはしかし、言葉だけではなかなか伝えにくく、お互いにまだるっこい思いだけが残る。

 この考え方(何を省略するか)を大飛躍させて、暗室作業に積極的に応用してもいいのではないかということに思い当たった。気がついてみると、ぼくはその大胆とも狡猾ともいえるふてぶてしさを無意識のうちに暗室作業に取り込んでいたのだった。この2,3年、その傾向が著しくなったことに今頃気がついたのだから、相当な脳天気である。
 「そういえばオレの “黒焼き”(第288回:黒焼きに秘めた願い) は、無意識の所産だったのかぁ」との思いに今耽っている。
 1枚の写真には様々なものが写り込んでいるが、余計なものは黒く塗りつぶしてしまえという非常に乱暴な作法である。およそぼくらしくないが、これは「言うは易く行うは難し」で、相当な骨っ節を要する。気の弱いぼくは、恐る恐る、少しずつ少しずつといったところだ。

 A. アダムスの提唱したゾーンシステムによるモノクロ印画に長年心酔し、シャドウ部のディテール、ハイライトの冴を如何にして印画紙に定着させるかに心血を注いできたぼくにとって、「潰してしまえばいいじゃないか」は、奇想天外なる発想で、それは清水の舞台から飛び降りるほどの度胸と勇気を必要とする大転換なのだ。
 潰すことは容易だが、ではどうすれば全体のバランスを崩さずに、しかも美しく仕上げることができるのか? 撮影した原画自体がクオリティの高いものでなければならないという前提は火を見るより明らかなことで、ではそんな芸当が果たして可能なのだろうかという疑問が沸々と湧いてくる。果敢に挑戦といいたいところだが、よんどころなくというのが正しい。

 作例をご覧いただければ、そのまだるっこさが多少軽減されるかも知れないとの思いから、掲載させていただく。

 写真は例題のため、可もなく不可もなくといったものを選んだ。「01カラー原画」はシャドウを潰さず、ハイライトを飛ばさず、柔らかなグラデーションを重視して、自然光のみで撮影。この原画をモノクロ化「02ノーマル」とし、潰すところは潰して省略し、ハイライトは白飛びこそしていないが、光を強調しながら印象的な写真に仕上げてみたのが「03デフォルメ」。

※参照 → http://www.amatias.com/bbs/30/292.html

RawデータをDxO Optics Proで現像。
カメラ:EOS-1DsIII。レンズEF16-35mm F2.8L II USM。
絞りf10.0、1/40秒、ISO100、露出補正-1.33

(文:亀山哲郎)

2016/03/25(金)
第291回:ある日の撮影
 連休明けの22日都内某所で、うららかな春の日差しを浴びてのんびりと撮影を愉しんだ。私的写真ではなく、食うための写真である。大手企業の施設撮影で、ちょっと垢抜けした空間に、会員制のレストランやカフェ、ショップやレンタルオフィスが並んでいる。若人や白人種も多く、ぼくのようにヨレヨレのボロを纏った白髪ジジィにはおおよそ縁遠い異次元空間であるように思えた。
 もともと若い頃からその種の空間への出入りは興味がなく、自分とは異なる人たちの集うところと割り切っているのだが、とはいえここは普段着でふらっと訪れる若い人も多く、気取ったなかにも庶民性がうかがえ、なかなかの好感度である。

 ぼくはここで面白い発見をした。このような場にあって、日本人より外国人のほうが妙にしゃちこばって見えるのはなぜなのだろう。少なくとも我々日本人は彼ら外国人を見る時、彼らはほどよく自分のペースを崩さず自我を押し通すという考えを抱きがちである。ぼくのそのような考えは「当たらずとも遠からず」なのではあるまいかと思う。だが、彼らにとってここが外国であるという点を差し引いたとしても、なぜか彼らのほうがどこか構えて見えるのだ。
 よくよく考えてみると、ぼくのように比較的古い価値観を有している人間にさえ、昨今は日本人のほうが、特に若い人たちは海外に出ても物怖じしないのかも知れない。要するに彼らより我々のほうが様々な面で場慣れしているのではないだろうか。
 一昔、二昔前の日本人の様子を思い起こせば、隔世の感ありというところだ。いつから日本人は良きにつけ悪しきにつけ、“気後れ” という少し可愛げのある気質をかなぐり捨て始めたのだろうか。

 しかしそんなことをいいつつも、自分が海外の見知らぬ土地でどのような立ち居振る舞いをしているのか、それを顧みると思わず笑ってしまうのである。職業柄(ということにしておく)、写真を撮るためには、ところかまわずズカズカと足を踏み入れ、現地の人たちと親しく交わりながら(言葉の通じることはほとんどないにも関わらず)、異国文化の一面にまず直接触れることから写真は始まるという信念を持っているので、それは致し方のない所作といえる。ぼくが厚かましいのでは決してなく、場慣れ、物怖じ、気後れ以前の、それは職業的気質の性(せい)と義務感の成せる業といっていい。これは言い訳ではない。写真屋というものはカメラを手にすると、なり振り構わぬ道化者を演じてしまうことを厭わないらしい。これは言い訳だ。

 同業の友人が、「海外ロケに出て、ここで写真を撮るのは嫌だなぁ、やばいなぁと思う時に限って、家族、特にかみさんの顔が脳裏に浮かぶんだ。だから背中を押されて、仕方なくも撮らなければという心境にさせられるのだが、かめさん、そういうことない?」と聞いてきたことがあった。
 ぼくは即座に「君は家族思いだね。いいかみさんじゃないか。ぼくは撮影時、海外でも国内でも孤立無援と自分に言い聞かせているし、写真は家族のためにではなく自分の意志であり、撮りたいものを躊躇せずに撮ることに専心してしまうので、残念ながらかみさんの姿を見かけることはないよ。忘れてしまいたいくらいだ。海外に行ってまで、かみさんにつきまとわれたらたまらんじゃない」と返した
 「恰好をつけていうとだよ、座視するに忍びない状況が否応なく自分を奮い立たせるわけだから、やっぱりかみさんの出番はないんだよね」とつけ加えた。
 施設の中庭に突っ立ち、行き来する日本人や外国人を観察しながら、ぼくは何年も前の友人とのそんな会話を思い浮かべていた。

 1ヶ月ほど前にロケハン(下見)を済ませており、撮影の意図するところもすでに聞いていたので、ここでの大仰な仕掛けを使った撮影は不要だと判断していた。インテリアもエクステリアもすべて自然光を利用し、無用なライティングなどしないほうがいいと決めていた。担当者にも「あっさりパンパンと撮ります。奇をてらった写真や情緒過多のものでなく、雰囲気重視でオーソドックスに撮りましょう」と、同意を得ていた。

 立ち会いの担当者が撮影について興味あることをいう。「多くの撮影現場に立ち会ってきましたが、このような撮影に際しては、ベテランのカメラマンさんほどライト(ストロボ)を使いませんね。若い人ほどライトを使う傾向にある。確かに隅から隅まで写ってはいるのだけれど、なにか大切なものが欠落しているように感じてしまうのです。私は素人なのでそれ以上はいえないんですが」とのことだった。
 ぼくは担当者の意見に斯く斯く然々(しかじか)なる解釈を持っているが、それには言及せず、一言だけ「年配者のほうが、“物怖じ” しないからだよ。それに尽きる」と、前述したことの反対を述べた。
 物怖じしないことの理由はたくさんあるのだが、よくいえば、年配のカメラマンは勘所を押さえているのに対して、場数の少ない若い人は、近視眼的にならざるを得ず、また保険をかけること(思い通り写らない場合を考えての方策)に手一杯であろうとぼくは理解している。
 プロ・アマに関わらず、場数を踏むことの大切さはどのような分野にもいえることで、それは年齢にあまり関係のないことだ。自分を棚に上げていうのだが、写真的精神年齢というものは、実年齢に関係なく、場数の多さとその人の人生経験の豊富さによるものだとぼくは考えている。阿修羅が何度帝釈天と闘ったかということである。
 
※参照 → http://www.amatias.com/bbs/30/291.html

カメラ:EOS-1DsIII。レンズEF16-35mm F2.8L II USM。
場所:東京都葛飾区柴又。

葛飾区立石に行った時のものを引き続き掲載。30数年ぶりに訪れた柴又帝釈天。

★「01帝釈天二天門」。
帝釈天二天門に冬とはいえ強い夕陽があたる。外国の修学旅行生と外国人夫婦。
絞りf6.3、 1/320秒、ISO200、露出補正-1.0。

★「02参道」。
こんな眩しい逆光は久々ぶり。露出補正に細心の注意を払う。
絞りf8.0、 1/500秒、ISO200、露出補正-1.33。

★「03矢切の渡し」。
ピンホールカメラをイメージして。
絞りf10.0、 1/100秒、ISO200、露出補正-0.67。

(文:亀山哲郎)

2016/03/18(金)
第290回:雨天の撮影
 よくよく考えてみると、この原稿を書いている現在、まだ桜は開花準備中であることに気づき、ぼくはなんだかとてもバツの悪い思いをしている。前回「桜の季節ですが」を書いた時点で、「来週はもう桜も散っているだろうから、世間の話題にもなるまい。今回は不得手な桜や花の話についてどうお茶を濁そうか。どうやり過ごそうか」にばかり頭が向いていた。今すっかり当てが外れて汗ばんでいる。本気でそう思い込んでいたのだから、ぼくの体内時計というか世間的感覚は相当にいかれ、浮遊しながら喘いでいる。浮世離れもはなはだしい。まだそんな歳じゃないのに。

 今週、雨の降りしきる月曜日に用事かたがた、久しぶりに築地を訪れた。写真を撮ろうなどという殊勝な思いはなく、ちょうど昼時だったので築地場外で空腹を満たすのが目的だった。とはいっても、しっかりカメラをコートの下に隠し持ち、雨でレンズが濡れぬように気を配っていたのだから、ぼくに抜かりはなかった。抜かりはなかったのだが、あまりに雨が激しいのですっかり気勢を殺がれ、写真を撮らぬことの言い訳をしきりと捻り出そうとしていた。
 「雨くらいどーってことないじゃないか。そんなことで怯んでどうする!」なんていつもいっている手前、誰が見ているわけでもないのに、あまりに生真面目なためにやすやすと引っ込みがつかない。
 「食い気に負けて何が悪い」と一旦は開き直ってはみたものの、やはりどこか後ろめたさがつきまとう。良心のお咎めにいや〜な気分になってしまった。
 こんな葛藤に、正面切って勝負を挑まなくたっていいじゃないか、そんな浪費をするなよ、とぼくは自分を諫めるのだが、得体の知れぬ居心地の悪さほど嫌なものはない。考えれば考えるほど収拾不能になっていく自分の姿は滑稽そのものだった。
 滅多なことで傘をささぬぼくはこの日も傘を持参しておらず、「この雨では濡れ鼠になって、風邪を引いてしまっては元も子もない。ここはひとつ健康上の理由を持ち出して賢く処決するのが得策であろう」との結論に至った。

 気が晴れ、肩の荷を降ろしたはずのぼくだったが、場外に行く道すがら、歩を止めることなく懐からカメラを取り出してはパチリパチリとやっていた。なんと未練がましい男であることか。こんなことをするのは小心者か自惚れ屋かのどちらかである。ひょっとすると一世一代の名作が撮れるかも知れないと思うと、オチオチもウカウカもしていられない。そんな思いに駆られるのはぼくばかりでなく、写真愛好の士であるみなさんだって、程度の差こそあれ同様なのではあるまいか。

 雨は撮影の条件として決して悪いものではない(撮影技術ではなく風景として)。むしろとても良い条件だとぼくは考えている。晴天にくらべればはるかに情趣に富み、五感が鋭敏になるような気がするからだ。また反対に気がふさぐことによって(メランコリーなんていうらしいが)、普段見えなかったものが見えたりして、やはり雨を突いて打って出る価値は十分にある。
 そこで雨中の撮影には留意すべき点がいくつかあるので簡潔にまとめてみる。空の表情が、雲がうねっている場合を除き概ね平坦であるので、露出補正に気をつけないと空が白んだり、白飛びを起こす可能性がある。人間の視覚心理は、ものが明るくなれば軽く感じるという傾向があるので、雨降りのどんよりした重い空を描くには相応の気を配る必要がある。
 雨の量や路面の状況にもよるが、濡れた面は白い空の反射を受けるので(鏡のような作用をする)、ここも案外白飛びを起こしやすい。特にビニールなどの吸湿性の悪い材質はテカりやすい。雨といいつつも案外コントラストが強いことに気づいていただければと思う。曇天より、より露出補正に注意が必要ということだ。
 ただねぇ、厄介なことがあるのです。画面全体は、空や地面を入れると思いのほかコントラストが強いのだが、部分的なコントラストは雲という拡散物体を透過してくるので拡散光となり低い。雨天の被写体コントラストは実にアンバランスなもので、夜景ほど極端ではないが、美しいプリントを作ろうとすれば、全体のコントラストと部分的なコントラストをPhotoshopなど使い、ほどよく調和させなければならない。これが意外に難しい。ここは訓練あるのみだ。

 雨にカメラを濡らさないことはいうまでもないことだが、レンズに水滴が付いたまま撮ると、Photoshopを使ってもきれいに拭い去ることはなかなか困難なので、必ずレンズフードを着装するよう心がけたい。雨天でなくともレンズフードなしで撮影している姿を時折見かけるが、気の小さいぼくなどヒヤヒヤしてしまう。もともとフードは有害な光線を避けるためのものだが、広角レンズやズームレンズではあまり効果がなく、それよりレンズ保護という意識でいるほうがいいと思う。

 さて、場外にある飲食街にたどり着いたぼくは、今回は寿司ではなく鰻で腹を満たす心積もりだった。客引き?に似たおばちゃんに「鰻が食いたいんだけれど」というと、「あんた、鰻なんか食べないで、築地といえばマグロよ、マグロに決まってるでしょ、マグロを食べなさい!」と、鰻は築地では悪者扱いされていることを知った。
 ぼくはすっかり鰻モードだったのだが、それに固執するとぼくまで悪者扱いされることは目に見えていたので、しぶしぶ翻意し、「ではおばさん、安くて美味いマグロはどこで食えるの?」と訊ねるに、「安くて美味いものなんかこの世にあるわけないでしょ!」と一喝されてしまった。おばさんは苦労人らしく、とても正しい。ものの真理をいい当てている。
 マグロおばさんは毅然とし、自説を曲げる気配を微塵も感じさせなかった。誰かのようにすぐにお茶を濁すようなことをおばさんはしなかったのだ。このおばさんにくらべ、雨ごときですごすごと尻尾を巻き、撮影を放棄してしまったぼくは、マグロのわさびが効き過ぎて、ほろほろと涙するのだった。

※参照 → http://www.amatias.com/bbs/30/290.html

カメラ:EOS-1DsIII。レンズEF16-35mm F2.8L II USM。
場所:東京都葛飾区立石。

葛飾区立石に行った時のものを引き続き掲載。

★「01黄昏」。
焦点距離16mmの超広角を活かして。
絞りf5.6、 1/50秒、ISO200、露出補正-1.0。

★「02ガレージ」。
古いガレージの佇まいと現代の車のミスマッチに、得体の知れぬ不安な気持ちに襲われる。
絞りf9.0、 1/125秒、ISO160、露出補正-2.67。

★「03呑んべ横町入口」。
呑んべ横町に再び舞い戻る。
絞りf9.0、 1/125秒、ISO160、露出補正-2.67。


(文:亀山哲郎)

2016/03/11(金)
第289回:桜の季節ですが
 寒暖ありといいつつも、空気も和み始め、春の気配が感じられる今日この頃。神妙な面持ちでカメラ片手に気の赴くまま遠出でもしてみようかと思いながら、私事に追われままならず、気持は沈む一方。
 季節柄、桜の開花に合わせて、本来なら多少なりとも「桜の撮り方」について述べるべきところ、ぼくは不得手で、やはりこれもままならない。ままならない理由をかつて書いたような記憶があり、連載を調べてみたら、第143回「花より団子」で触れていた。横着をして、ご興味のある方はそちらを参照していただければと思う。

 花の写真についての考え方(撮り方)はあまりにも多種多様であり、それは他の分野でも同様なのだが、花に対する憧れは強くあっても独自の発見や表現方法が、ぼくにはなかなか見出せないでいるので、どうしても距離を置いてしまうことになる。花は誰が見ても美しいものであるが故、多くの方々が撮影に臨むが、ほとんどの写真には新しいものが見られず、多種多様とはいえ、いわば一様に定型化してしまっている。
 「きれいだが面白くもおかしくもない」ということになりがちだ。ぼくには、写真の深度というものが計りづらいのだ。かつて日本の花写真の大家と呼ばれる人たちのそれを見て、心に響いた記憶もないので、なおさら自分には縁遠い分野となってしまった。
 風景写真や植物写真は、アンセル・アダムスの写真群が、ぼくのなかにまばゆくも燦然と輝いているので、それが呪縛となり、その分野に踏み込むのはぼく自身が容易でないと感じているからだ。よしんばアダムスの手法を手堅く真似たとしても(大型カメラを使用し、何千枚も試写してみたが)、それはぼくのオリジナリティではなく、どこにでもある定番にすぎない。同じ手法をもってすれば、所詮物真似の域を出ないことは明白である。

 今から13年前、大病から帰還し自宅療養中だったぼくに中学時代の同窓生であるN君から呼び出しがかかった。何か切羽詰まった様子で「ちょっと相談があるんだけれど。教えてくれないか」と彼はいった。待ち合わせの喫茶店に行くと、ぼくが療養中であることを知らなかった彼は、その痩せ姿に一瞬ギョッとした様子だった。ぼくはしばらくの間、お定まりの病気自慢を得々と聞かせてやった。そうでもしなければ、N君は何やら深刻な話を切り出せないのではないか、というのがぼくの読みだった。
 「あのさ、写真など撮ったことのないオレだが、実は半年ほど前から急に花の写真が撮りたくなってさ。毎日撮ってるんだ。これ見てくれる」といって、サービスサイズにプリントされた写真の束を、上目遣いでぼくを見やりながらドカッとテーブルに置いた。その目には羞恥がいっぱい潜んでいた。「恥ずかしながら」という文言がしかと添えられていたように思う。

 「ねぇ、どうして何も写ってないプリントがこんなにたくさんあるの? これは何か抽象的なおまじないなの?」と訊ねると、N君は事の顛末を詳しく語り出した。それはもう「聞くも涙、語るも涙」の物語であった。
 彼のカメラはいわゆるレンズ付きカメラ、つまり使い捨てカメラだった。「おまじない写真」は、花のクローズアップ(接写)を撮りたいがために工夫を凝らしたその結果だというのだ。レンズと花の間に手で虫眼鏡を差し込み、見当をつけて撮るという離れ業を演じたわけである。「当たるも八卦、当たらぬも八卦」の大博打に出たのである。すごいではないか! ぼくはその大胆不敵さに恐れ入った。
 確かにクローズアップは、光学的見地からすれば、間に凸レンズを挟めば良い。君の考えはまったく正しいとぼくは慰めた。右手にカメラを持ち、左手で虫眼鏡を持ち、デタラメ視野の素通しインチキファインダーを覗きながら、花と格闘する彼の姿は涙ぐましくも痛々しささえ覚える。まるで漫画のようでもある。しかし、彼は一途なのだ。

 彼の訴えかけるような苦心談を聞くにつれ、ぼくは気前の良さを発揮せざるを得なくなった。
 「同志よ!」とぼくは無言で彼を称え、「現在使用してないN社のフィルム一眼レフボディ2台と交換レンズ5本を君にあげるから、もう泣くな」と声に出してそうつけ加えた。

 以降、N君は息を吹き返し、活況を呈したようで、写真が面白くて仕方ないという様子だった。ぼくらの頻繁な喫茶店通いが始まった。一眼レフを使用し始めて間もなく、「花の背景を柔らかくぼかしたいんだけれど、そういうことってできるの? どうすればいい?」と、技術的な指南を求めてきた。花の撮り方についてぼくは何も彼に教えなかったが、彼は背景をぼかすことによって、花が浮き立つという感覚を自ら得たのだった。
 「ぼけ」云々は被写界深度(第42回に実例写真を掲載)の利用に置き換えられる。「ぼけ」は、被写体との距離と絞り値(f値)の関係で決まってくる。これは純粋に光学的な技術論であり、この技術の習得は体感で覚えるしか方法がないのだが、f値を何段かに変えて撮ってみるうちに身についてくるものだとぼくは思っている。ぼくはこの方法をお薦めする。
 撮像素子の小さい、いわゆるコンデジやスマホは原理的に元々被写界深度が深く、思い通りのぼけは得られにくいことを知っていただければと思う。意図的にぼけを操作しようとするのであれば、やはりAPS-Cサイズ(メーカーにより若干の差があるが、おおよそ23 x 15mm。フルサイズは36 x 24mm)の撮像素子は欲しいところだ。
 被写体に近づけば近づくほど、同じf値でもぼけは大きくなる。花の近接撮影はここがポイントである。
 
※参照 → http://www.amatias.com/bbs/30/289.html

カメラ:EOS-1DsIII。レンズEF16-35mm F2.8L II USM。
場所:東京都葛飾区立石。

葛飾区立石に行った時のものを引き続き掲載。

★「01呑んべ横町」。
戦後間もない頃の場末感が色濃く残っているが、間もなく取り壊されるとのこと。
絞りf3.5、 1/50秒、ISO800、露出補正-2.7。

★「02老舗」。
商店街にあった豆腐屋。のれんには創業慶應元年と記されている。
絞りf8.0、 1/100秒、ISO250、露出補正-0.67。

★「03商売繁盛」。
もつ焼き店がなぜか密集している。安くて旨いに違いないのだろう、日が沈む前から長蛇の列。
絞りf4.5、 1/40秒、ISO400、露出補正-1.33。

(文:亀山哲郎)

2016/03/04(金)
第288回:黒焼きに秘めた願い
 20代前半の頃、ぼくは父を助手席に乗せて、ノーベル賞受賞者湯川秀樹氏の居邸に赴いたことがある。文筆業であった父は湯川氏と対談をし、その人物像と歴史を単行本にものする仕事を請け負っていた。
 京都下鴨神社(正式には賀茂御祖神社 “かもみおやじんじゃ”。紀元前90年に祀られていた記録がある)近くの湯川氏宅の門口で、「坊主、君も来るかね?」と父は持ちかけてきた。父の誘いは十分予測していたことだったが、ぼくは科学青年ではなく、またノーベル賞受賞者にも関心がなかったので、その誘いを断り、子供時分によく遊んだ下鴨神社に行こうと決めていた。
 見ず知らずの人前でかしこまるより、初夏の緑深き幽玄なる杜で、いささか感傷的ではあるが、自分の少年期を追想しながら今を知ることのほうがずっと魅力的だった。感傷と理性の対立をうまく取り計らうことができるかどうか、下鴨神社にかけてみるのも一興というものである。ぼくはそれをして然るべき年頃にさしかかっていたのだろう。しかし、ぼくの思いは3時間ばかり空転を続け、折悪しく父の待つ湯川邸に戻らなければならなかった。

 助手席に乗り込んだ父に、「どんな人だった?」とぼくは真っ先に訊ねた。「うん、賢いお方だ」と父は一言にまとめて答えた。“賢い” とは、さまざまな解釈が成り立つ言葉であるけれど、父にとってのその言葉は、湯川氏がノーベル賞受賞者だからという一般的な意味合いでないことは、長年のつき合いで知りすぎるほど判っていた。
 父は何事にも一切の取り繕いをせず、一見磊落(らいらく)そのものだったが、職業柄言葉の選択や使用法には厳格厳正で、異常なほど神経を尖らせていた。
 「坊主、そんな日本語はないぞ」と、ぼくはいつも父のその言葉にくじけたものだ。「父ちゃんは老獪なる言葉遣い人だな」が精一杯の反駁だった。
 父は自身の解釈と尺度をもってして “賢い” と答えたのだった。

 言葉を一般的な概念に従って一面的な解釈をしてしまうと、意味をはき違えることがあるということをぼくはすでに教えられていた。この点に関してだけは、極めて早熟であったようだ。
 早熟なぼくは、「ここでいう “賢い” とはどういう意味?」と素朴に訊いてみた。
 「うん、自分自身をとてもよく知っているという意味だ」と、父はまたしても一言で片をつけてしまった。含みのあるこの解釈は、以降こんにちまでぼくの心に戒めに似たものとして居座り続けている。それに加え、儒教の五常ではないけれど、仁・義・礼・智・信をもってして、“賢い” ことの本質があるのではないかとも思っている。清濁併せ、ものを解釈する正しい思考の道筋を持つことが即ち “賢い” ことに他ならない。
 学校での授業に、より多くの模範解答を示すことが即ち“賢い”ことにつながらないことはいうまでもない。そんなことは無関係だと言い切ってもいい。一方で、冒険心がなければ模範解答にすがるしか残る手立てがないのだとぼくは思っている。

 なぜこんなマクラを長々と書いてしまったかというと、最近ぼくの写真はますます黒の占める面積が広くなり、まるでイカ墨を乱雑に塗りたくったかのように見えるらしい。“らしい”といいながら、本人もそうだと認めている。つまり自身の写真がどういう傾向にあるのかを感知しているということをいいたかったらしいのだ。
 ちなみに、イカ墨を英語でセピア(sepia)というが、ぼくの写真はセピアではない。口の悪い連中はぼくの写真を見て、黒焼きだとかどす黒いとか炭焼きなどという。幼児的な人は「真っ黒け〜」なんていう。
 彼らの思考はそこで止まってしまっているのでぼくは気にもかけないが、実をいえばこの黒焼きに焼き上がるまで10年の歳月を要したのである。難行苦行?の試行を重ねた挙げ句、「取り敢えず今は “黒焼き”」ということにしているらしい。良いか悪いかは別問題、というより個人の美意識や審美の問題であるのだが、ここに至る何か必然性のようなものがあったらしいのだ。ぼくは賢くないので、未だその必然性を見つけられずに右往左往している状態だ。ただ、非常な勇気を必要としたことは確かである。「勇気」なんちゃって。ホントは「やけくそ」が正しい。

 シャドウ部のディテールにこだわり続けて、いつの間にかもう何十年も経過してしまった。ここらで勇気と冒険心を持ってシャドウ部を省略してしまえばいいじゃないか、というのが天からのお告げであった。悪魔の囁きといっていい。
 人知れず密やかに、遠慮がちに少しずつシャドウを黒く潰していったのだが、気がついたら “時すでに遅し” と、黒焼きになっちまったというのが今の現実。改心も未だ道ならずといったところだ。これを過渡期というらしい。
 68歳になり、もうそろそろアマチュアに徹して自由奔放に写真を愉しみたいというのが本音なのだ。

 プロ・アマに関係なく、創作者は常に新しい表現を目指して試行錯誤するものだ。それは創作の大きな楽しみのひとつであり、喜びとなる。新しいものは尊ぶべきものだが、性急な目新しさを追うと、往々にしてあざとさだけを生む。「新しさ」と「目新しさ」は似て非なるニュアンスだとぼくは受け取っている。
 一見すると個性的に見える作品の多くが鑑賞者に媚びていると感じるのはぼくだけだろうか? 見せようとする気持が勝ちすぎて己の姿を見失っている。個性的と自称他称するものに、「本当に、果たして、これがあなたの姿なの?」と問いたくなるものを多く見かける。自身の必然性に基づいていないものを目指して無理強いしたり、特異なものになびくことは誰しも同様なのだが、そこに自然さが失われていることに気づいて欲しいと感じることしばしば。
 冒険とは、賢くも、己を知って初めて成り立つことだと、ぼくは黒焼きから学び取ったような気がする。

※参照 → http://www.amatias.com/bbs/30/288.html

カメラ:EOS-1DsIII。レンズEF16-35mm F2.8L II USM。
場所:東京都葛飾区立石。

葛飾区立石に行った時のものを引き続き掲載。

★「01猫」。
入口から顔を出した猫がぼくを睨んだ。ぼくは「お願いだから前をすーっと横切ってくれ」というと、「はいよ」と応じてくれた。
粒状シミュレーション:イルフォードDelta400フィルム。
絞りf5.0、 1/30秒、ISO400、露出補正-1.0。

★「02傾く看板」。
日よけはヨレヨレになり落下寸前。隣のスナックの看板も首を傾げたまま。
粒状シミュレーション:コダックTri-Xフィルム。
絞りf8.0、 1/60秒、ISO250、露出補正-0.67。

★「03痩身」。
前回掲載の「三軒長屋?」に続いて、痩身ならぬ極薄家屋の登場に、ぼくの頭は???となる。やはり、ナマコ板に惹かれて。
粒状シミュレーション:コダックTri-Xフィルム。
絞りf5.6、 1/80秒、ISO400、露出補正-1.67。

(文:亀山哲郎)

2016/02/26(金)
第287回:気の利かぬ言い訳
 仕事仲間の編集者Y君から前回の拙「よもやま話」についての感想をもらった。仕事話のついでにというところだった。写真好きの彼は電話口でケラケラと笑いながら、「前回の『写真は技術じゃない』は、特に若人や写真を始めたばかりの人たちを惑わす危険性をはらんでいる」というのだ。「危険がいっぱい」というわけだ。
 「うん、そうかも知れないね」とぼくは彼の言葉に我が意を得た。「写真は技術じゃない」といっておきながら、一方では技術あっての写真論を肯定し、その重要性を説いているからだ。ぼくは彼の文章を読み解く能力を高く評価しつつも、そこに誤謬のないことを改めて確認しておきたかった。
   
 「双方の相反する真実を、写真愛好家の力量や経験に添って順序立てて述べようとすれば、どうしてもあのような書き方になるのはもっともなことではないか。君は文芸物の編集者なのだから理解できるだろう?」とつけ加えた。
 「もちろんよく分かっています。例えばですね、“いくら正しい文法を使えても文章は書けない” とか “演奏技法に達者なだけでは、聴衆は感動しない” とか、そういうことですよね。つまりかめさんのいう『逆もまた真なり』を、自分の経験や程度に照らし合わせて斟酌すればいいということですよね」と、何度か念を押し、どこまでも心配性の彼でありました。
 「まぁぼくの場合は実質を伴わない表現上の言辞にすぎないけれど、ソルジェニーツィン(ロシアのノーベル賞作家。1918-2008年)あたりになると、予備知識のない読者には何が本当だか分からないようなレトリック(修辞法)を駆使しながら(読むほうはたまったものでないが)、真実にぐいぐいと迫っていく。ぼくは彼の小説を読みすぎたのかもね」なんて、彼を茶化してやった。

 “実質を伴わない表現上の言辞” なんていうと、「どういうことなのか?」とまた心配性の彼に突っ込まれそうである。
 ぼくの友人に理屈っぽい建築家がいて、彼は事の進行が遅れるたびに、その言い訳として「上り階段と下り階段の段数が合わなくて困っているんすよ。どこで計算違いをしたんだか、何度勘定をしても合わない。だから仕事が捗らないんすよ。それを解決してからでないと、身動きが取れないんすよ」と、黄門様の印籠の如く、得意気に建築設計上の技術理論を振りかざそうとする。これは “実質を伴わない表現上の言辞” に似ている。判で押したようなそんな繰り言をもう5年以上も聞かされているのだが、ここでぼくは「そうなんすかぁ」と首を縦に振り、妙に納得してしまうのだ。
 何故かといえば、まずこの言い訳は非常に気が利いている。こんな気の利いた言い訳は近年お目にかかったことはなく、ぼくはその感動に打たれて、反抗の意欲を、悲しいかな毎度失ってしまうのである。これこそ真の頓智だ。

 彼に対抗しようとすれば、第一にその頓智を上回るような悪態を思いつかなければならない。そして第二に、ぼくは彼以上に設計の技術理論に長けていなければならない。両方ともぼくには無理無体である。
 そこで浅はかな常識を持ち出し、「上り下りの段数が合わないなんて、そんなわけねぇだろっ!」という無粋な感情論(これをして “生真面目” とでもいうのだろうか)は通用しないのである。そのようなことは現実には起こらないと言い切る証明ができない。ぼくの知らないところに、もしかして実際にそのような階段があるのかも知れない。我々の常識や知識はプロには通用しないものだということをぼくは知っているので、どうやっても専門家の彼には歯が立たないということになる。
 歯の立たないことを知って立ち向かえば、墓穴という名の返り討ちに遭ってしまう。相手は何十階のビルを建ててしまうのだから、それにくらべれば、我々はせいぜい犬小屋で手一杯である。それも安普請のものだ。だから、ここで伸るか反るかの勝負に出てはいけない。
 ただ、彼の弱点というか欠陥は、合わぬ段数を何とかしようという努力が皆目見られぬことだ。笑い飛ばして誤魔化そうという魂胆がすっかり性根に張り付いてしまっている。

 ぼくは墓穴を掘りたくないので、「段数合わず」を極めて質の良い洒落と感心し、面白がって容認することにしている。それが賢者の方便というものではないだろうか。白旗を掲げるということではなく、「負けるが勝ち」の論法も融通無碍の一種であり、老後を愉しく生き延びるひとつのコツだとぼくは心得る。
 「段数合わず」を洒落ととるか、あり得ないこととして目くじらを立てるかで、写真のありようも大きく変わってくるのではないかとぼくは思う。したがって、 “実質を伴わない表現上の言辞” も、読者諸兄の受け止めように委ねているということである。

 写真の話を書かなければと思いつつ、前回のテーマについて心配性な人がいたため、みなさんに誤解を招かぬようにと解説ならぬ解説を書き連ねてしまった。残念ながら気の利いた言い訳が出てこない。

※参照 → http://www.amatias.com/bbs/30/287.html

カメラ:EOS-1DsIII。レンズEF16-35mm F2.8L II USM。
場所:東京都葛飾区立石。

葛飾区立石に行った時のものを引き続き掲載。

★「01三軒長屋?」。
三軒長屋というのは嘘で、驚くほど痩身の家屋が三軒仲良く建ち並ぶ。ナマコ板を見るとどうしてもシャッターを切りたくなる。
粒状シミュレーション:イルフォードHP5フィルム。
絞り5.6、 1/60秒、ISO400、露出補正-1.33。

★「02廃屋」。
ナマコ板の塀に囲まれた廃屋。
粒状シミュレーション:コダックTri-Xフィルム。
絞りf4.0、 1/60秒、ISO400、露出補正-1。

★「03ナマコ板とアルミサッシ」。
ナマコ板にアルミサッシという奇妙な取り合わせ。
粒状シミュレーション:イルフォードHPS800フィルム。
絞り10.0、 1/60秒、ISO200、露出補正-1。

(文:亀山哲郎)

2016/02/19(金)
第286回:写真は技術じゃない
 先月末、新たな歳を加えたぼくは、歳とともにあと何年写真に携わっていられるのか、その写真的体力が頭をかすめた。さらなる写真の楽しさを深めるための心積もりを “密かに” 自分に誓った。もちろんこれは写真修行の計画などというものではなく、あくまでも心積もりだ。
 歳を重ねるに従い、誰だって事の寸分多分はあろうが、このような心情に至ることは身命の摂理として、ままあることだろう。今ここにその誓いを述べようとすると “密かに” ではなくなってしまうので、高尚なる!? 誓いも途端に怪しく色あせたものとなるのだが、写真について思うところありで、だからその誓いを破ることにした。

 といっても、それは大仰なことではなく、ささやかな向上心をより具現化して、少しはましな写真を撮ろうではないかという思いつきにすぎない。「今年こそは」などという誓い事や意気込み、そして計画性といったものは、ぼくにはまったく不似合いなものだし、まずもって窮屈この上ない。自分を縛ってしまっては、文字通り自縄自縛に陥る。進退きわまって、どうにも動きが取れなくなる。計画通り事を運ぼうなんてそんな生き方は嫌だし、だいいち粋じゃない。
 計画に従おうという思いが強いがために、かえって自身の能力を削いでいるという例をぼくは少なからず見てきた。
 ぼくにとって、“計画性” とか “計画を立ててそれを励行する” ことは、堂々巡りか退歩の予兆であることのほうが多く、あまり褒められたものではない。無計画を善しとするわけではないが、計画を厳守しようとすれば、弊害をもたらすことも多々あるのだということをぼくは十分に認識している。創造は事業ではないのだから。

 寿命に対する未練は極めて希薄だが、1年でも多く好きな写真の能を磨きたいと思うのが人情で、それにしては命というものは短すぎる。
 本来なら、短い人生を味わいながら “人知れず黙々と” (つまり “密かに” )というのがカッコいいのだが、誓いを破ってまで披瀝しちゃおうというのは、無粋の極みかも知れない。ぼくはサービス精神が旺盛なのだ。

 テーマとした「写真は技術じゃない」とは日頃から感じていることだが、そう言い切る自信があるかといえば、実はそうでもなかったのだ。1枚の写真を成立させるためには、技術よりはるかに重要な事柄が他にあることは、明白なことと感じていた。写真は精神的なメカニズムと、そして科学的なメカニズムの両立によりはじめて成り立つもので、したがって技術的な要素を軽視することは無謀にすぎる。にも関わらず、やはり「写真は技術じゃない」のである。

 ぼくの秘めたる誓いは、「来年の誕生日までの1年間、自分の技術をもう一度見直し、さらに研鑽して修得する」ことにある。撮影時の技術と暗室作業(撮影時のイメージをより精緻に表現するための技量)を磨くことだ。
 ぼくは写真屋ではあるけれど、心の片隅では写真技術屋であっていいと思っている。それも優れた技術屋でありたい。それはつまり優れた職人でありたいと同義である。一番でも二番でもなく、優れた職人になりたいのだ。
 間違っても自称 “写真家” だとか “写真作家” などという日本語は、およそ小っ恥ずかしくて使えたものでない。それは他人が称するべきものであって、自分でそういってしまっては身も蓋もないではないか。
 
 感覚と技術は持ちつ持たれつなのだが、写真を始めたばかりの人の作品をつい最近1,000枚近く見せてもらった。ぼくはその写真を見ながら、「写真は技術じゃない」という確信に至ったのである。写真のメカニズムについての知識も乏しく、撮影技術があるわけでもない。いや、かなりメチャクチャである。 
 それでも「今のデジカメは写っちゃう」というのは別の問題で、彼女の写真を見ていると、どんな思いを抱いて写真を撮っているのかが “じんわり” と伝わってくるのだ。決して完成度が高いというわけではないのだが、強く訴えてくる何かがある。これは技術によるものではなく、何故写真を撮るのかという彼女の確固たる意志力のようなものだ。それが見え隠れしながら、何枚かに1枚はハッとさせられるものが現れる。それらの写真は、どこに出しても恥じることのないとても良質な写真であり、30枚ほどもあった。被写体に対する彼女の意識が明確であることの証左である。
 「あたしはこれが撮りたかったのよ。なぜなら・・・」と写真が語っている。撮影者の感情や意志がしっかり写真に乗り移っていたのだった。写真の訴求力には技術より心意気が必要ということなんでしょうかね? あるいはそれ以上に、誠実なお人柄も大きく作用しているのだろう。

 技術が大いに不足している分、かえってあざとさや嫌みがなく、実直そのものである。外連味(けれんみ。俗受けをねらったいやらしさ。はったり。ごまかし。広辞苑)がなく、そのような作品のあり方は大変尊いものだ。彼女の写真は女性特有の優しく、美しい視点であり、ぼくの写真とはまったく正反対のものであるけれど、この実直さは素直に見習うべきだと、ぼくは唸った。
 なまじ技術のあるぼくなど、そのような作品を前にすると “じんわり” 汗ばむのである。

 技術は応用を引き出し、独創性を高めるに不可欠なものだ。技術的な不足は写真の欠点を露わにすることもまた事実である。まだ写真人生は長いことを見越して、技術の向上にこの1年を賭けてみるのも面白いかも知れない。あくまで心積もりでありますが。

※参照 → http://www.amatias.com/bbs/30/286.html

カメラ:EOS-1DsIII。レンズEF16-35mm F2.8L II USM。
場所:東京都葛飾区立石。

前々回、葛飾区立石に行った時のものを引き続き掲載。

★「01京成電鉄立石駅」。
粒状シミュレーション:イルフォードDelta400フィルム。
絞り7.1、 1/125秒、ISO200、露出補正-0.33。

★「02ナマコ板」。
トタン板を波形に成形したものを「生子板」というのだと専門家に教えてもらった。何故かぼくは青ペンキと赤錆の浮いたナマコ板に郷愁めいたものを感じ惹かれてしまうのだ。いつもナマコ板のモノクロ化には神経を使うけれど。
粒状シミュレーション:コダックTri-Xフィルム。
絞りf8.0、 1/60秒、ISO160、露出補正+0.33。

★「03路地」。
古い家並みに一軒だけ新しいスナック・バーが。
粒状シミュレーション:コダックTri-Xフィルム。
絞りf6.3、 1/100秒、ISO250、露出補正-1。

(文:亀山哲郎)