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■亀山哲郎の写真よもやま話■
亀山哲郎氏 プロカメラマン亀山哲郎氏が、豊富な経験から、カメラ・写真にまつわる様々な場面におけるワンポイントアドバイスを分かり易くお伝えします!
■著者プロフィール■
1948年生まれ。大手出版社の編集者を経て、1985年よりフリーランス・カメラマンとしてコマーシャル写真に従事。雑誌、広告の仕事で世界35ヶ国をロケ。
現在、プロアマの混成写真集団フォト・トルトゥーガを主宰。毎年グループ展を催し、後進の指導にあたる。
2003年4月〜2010年3月まで、さいたま商工会議所会報誌の表紙写真を担当。 これまでに、写真集・エッセイ集などを出版する他、2002年〜2008年には『NHKロシア語講座』に写真とエッセイを72回にわたり連載するなど、多方面で活躍中。

【著者より】
もし、文中でご不明の事柄などありましたら、右記アドレス宛にご質問ください。 → kameyamaphoto2@mac.com

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2017/03/17(金)
第339回:超広角レンズ(3)
 昨年7月、栃木県の烏山市で、立ち栄えの過ぎた紫陽花を眺め、思うところあり実に30年ぶりにカラー写真に取り組んでみようと発心した。

 仕事は99%がカラーでの注文だが、そこでは色、形、質感が第一に問われ、実物により忠実であることが強く求められる。特に美術工芸品や商品撮影に於いては高い精度が要求され、それに適うべく技術を長い間よろけながらも蓄積できたと思っている。完璧な手法などこの世界にあろうはずもないが、「塵も積もれば山となる」で、毎日撮影しても確信を持てる山となるにはやはり10年の歳月を要するものだ。
 仕事がオフの時には借家の12畳間に設えたスタジオに閉じ籠もり、あれこれ実験ばかりを繰り返していた。費用も時間も多大な投資だったが、見返りは十分に得られたと思っている。投資は嘘をつかないものだ。
 写真を撮って報酬を得るにはそれなりの投資が必要であり、それがプロとしての最低条件だとぼくは考えている。

 制約だらけの窮屈な仕事から逃れて、自由にカラー写真を操ってみたいとの欲求が日々強まっていたのと時を同じくして、カラーへの挑戦は従来のモノクロ写真への新たな発見と展開があるに違いないと思い始めていたところだった。ぼくにとって私的写真はやはりモノクロが本意なのである。モノクロのためにカラー再考を促されたようなものだった。
 忠実な色再現をひとまず置き、自身のイメージカラーを追及することにより、今まで見えなかったものが見えてくるに違いないという予感がひしひしとあった。アマチュア本来の写真を愉しむことに重心を置きながら、自身の色を極めていけばいい。しばらくは色の世界に遊んでみようと思ったとたんに気が楽になったから不思議である。

 この8ヶ月間は手許にいくつかある美術全集(洋の東西を問わず)を繰ることに明け暮れている。おかげで日課にしている読書がゆるがせになってしまったのは致し方のないことだ。
 撮影に出かけては絵画から得たヒントを元にイメージを構築し、頭の中で色を洗い流したり、還元したりしながら、ぼくにとっての、「色のほど」を見つけることに専心している。この作業は画家になったような気分でとても愉しい。
 シャッターを押すまでは愉しいのだが、帰宅してからの暗室作業は苦界そのもので、邪鬼の徘徊する穢土(えど)の如し。あるいは反対に、どのような釉(うわぐすり)を塗り、何℃の窯で何時間焼くのかという陶芸の面白さを写真に置き換えている節もある。陶芸の化学変化を自身の心的化学変化に置換している。
 ともあれ、ぼくの「色のほど」は浮かんでは消え、消えては浮かびを繰り返している。そのうち徐々に淘汰されていくだろうと、高を括っている。

 そうだ、超広角レンズの話だった。
 使用上の注意点や特徴についてはいろいろな方々が述べているのでぼくがここで改めて書く必要もないのだが、あまり触れられていないことについてお伝えしておこうと思う。

 掲載した夕陽(斜光)での撮影は(館林市での撮影は冬の斜光。約2時間)、太陽を背にすると画角が広いため、どこかに自分の影が写り込んでしまうことになる。陽が傾くほど影は長くなり、防ぎようがないのだが、これを由とするか否かはその時の状況次第。肝要なことは、この現象をどのように考え、処置をするかをあらかじめ撮影の作法として決めておけば楽である。
 ぼくはできる限り自分の影を避けることを優先するが、このアングルしかないという時に、自身の影にはまったく頓着しないと決めている。まず、アングルありきということだ。影も電線などと同様に絵作りに参加させてしまえばいい。自分の影に神経質になることはないのではないかと思っている。
 背中に太陽が正対するのであれば、カメラを振り上げるまで被写体に寄るという方法もある。あるいは自分がしゃがみ込めばカメラは自ずと上方に向けざるを得ず、影武者は出現しない。地面を多く入れようとすれば影は写りやすく、空を大きく取れば避けることができるという道理は誰にでも理解できる。

 ぼくは今、光学に従った当たり前のことを述べているに過ぎないのだが、超広角を使用する際には、対処法を体に刻んでおけば迷いなく素早く撮ることができるということだ。ここが肝心。
 そしてもうひとつは逆光時である。光の方向と角度により盛大なハロー(ハレーション)やゴーストといった厄介な副作用を生じることがある。これは他の焦点レンズでも同様だが、超広角ともなると使い勝手がさらに悪くなる。敢えてそれを利用し、果敢な絵作りをするという向きもおられようが、一般的には極力避けるべきだろう。後始末(暗室作業)が大変だから。
 ゴーストと異なり、ハレーションは上手に使えば美しい表情を得られるが、これは複雑な条件が多く、場数を踏むしか方法がないとぼくは考えている。

 扱いの厄介な超広角レンズではあるが、この魅力に取り憑かれているひとも多い。うちの一味にも10-22mm(フルサイズ換算で16-35mm)の贅沢なズームを手にしている者が2人いるが、「このレンズ、使い始めるとやめられませんねぇ」とぼくに迫ってくる。今はまだ麻薬が効いているようで、しばらくはそのまま放置しておこうと思っているが、上手にこなせるようになるか、しっぺ返しを食うか、ぼくは愉しみがひとつ増えたような気がしている。

※参照 → http://www.amatias.com/bbs/30/339.html

カメラ:EOS-1DsIII。レンズEF16-35mm F2.8L II USM。
撮影場所:群馬県館林市。

★「01館林市」。
今は使用されていないであろう駐車場に、地を這い舐めるような斜光が一筋。シャドウ部に青い塗料?が浮かび上がる。
絞り10.0、 1/40秒、ISO100、露出補正-1.00。

★「02館林市」。
雲が猫の肉球のように見え、寒風に吹かれながらも取り敢えずシャッターを切る。
絞りf9.0、 1/125秒、ISO100、露出補正-1.67。

★「03館林市」。
「正田醤油館林工場」。屋根が反射板となり貯蔵塔を照らし出す。ゴーストの出ないギリギリのアングルを選ぶ。
絞りf11.0、 1/500秒、ISO100、露出補正-2.33。

(文:亀山哲郎)

2017/03/10(金)
第338回:超広角レンズ(2)
 歳とともに写真というものをより深刻に受け止めるようになってきた。まことに深刻である。残り時間が少なくなってきたとの自覚がそうさせるのかは半信半疑だが、それより実際のところ、写真について分からないことや迷いがどんどん増えてしまい、ひとつでも疑問を紐解いて自身の写真に役立てたいという、ぼくにしてはあるまじき殊勝さが頭をもたげているのだと思う。
 寿命については何度か死の瀬戸際を体験しているので、自然流というか諦観めいたものがあり、やはり残り時間云々は当てはまりそうにない。
 いろいろなことを知れば知るほど、それにつれ知らぬことが増幅していき、知らぬことの恐さに怯えるのは、とどのつまり進歩や上達の力添えとなるのでぼくはその恐怖を甘受している。勉強すればするほど分からないことや疑問が増幅し、それを何とか解決し、手にしたいと願っている。
 「知らぬが仏」というが、そんな仏になど向学心をもってすれば誰もなりたくはないだろうし、それをいうのであれば、「無知ほど恐いものはない」に置き換えたほうがいい。「めくら(差別用語ではない)蛇に怖じず」ともいうしね。
 
 写真は知識や技術だけでは成り立ちがたく、感覚もそれにつれて同時進行しなければ意味がない。感覚を手助けするためには(印画紙上に具現するためには)技術が必要であり、技術の練磨により感覚も育っていくものだ。双方はいつもシーソーのような関係でせめぎ合っている。一方にだけ肩入れすると写真の姿が歪んでしまうようにも思う。
 また、アイデアも感覚の一種として大切なものだが、アイデアのためのアイデアに終始しがちで、多くのものは写真自体のクオリティという面で大いに疑問符が付く。アイデア倒れに終わってしまうものが大半であるようにも思う。技術と感覚のバランスが崩れているからだろう。
 そんなことばかりを考えていると深刻すぎて迷宮に入ってしまいそうだ。

 先週のある日、線路端を歩いていると小学校高学年と覚しき数人が走ってくる電車や列車にカメラを向け盛んに撮っていた。あの年代、ぼくにも同じような思い出がある。しばらく立ち止まってその様子を窺っていると、撮り鉄小僧たちは口々にどのアングルから撮れば「カッコよく写れるか?」なんてことを相談し合っていた。憧れこそが撮影の第一歩なのだから、ぼくはその光景を微笑ましく眺めていた。彼らの不満は一様に立ち入りを防ぐ金網にあった。思ったように写真が撮れないのは金網のせいだと彼らは結論づけた。なるほど確かにそうだろう。視野を金網で塞がれることほど歯がゆく鬱陶しいものはない。福島第一原発でぼくもその苛立ちを存分に味わっている。

 線路をまたぐ歩道橋の階段中頃あたりにぼくは良いポジションを見つけた。ここなら金網が妨げにはならず、線路の曲がり具合を見ても良いアングルが取れそうだった。ぼくはすぐに少年たちに声を掛けた。
 「お〜い、君たち、ここがいいぞ!」。走り寄ってきた少年たちは汽笛一声「おじさん、すごいね! ここなら金網が邪魔にならないね」と褒めてくれた。ぼくは年に一度くらいの割合で褒められることになっているので、これが今年最後の褒め言葉というわけだ。ぼくも、小僧たちも、すこぶる機嫌がいい。

 この時彼らは静止画ではなく動画を撮っていることを知った。昔、8mm動画で遊んだことはあるが、フィルム代や現像費用を考えると決してお手軽なものではなかった。なんだか隔世の感ありだなぁと思いつつ、彼らの撮ったものを見せてもらった。
 ひとりの少年がぼくを仰ぎ見ながら、「もっとスピード感が欲しいんだよなぁ」と言い訳のようにつぶやいた。ぼくは動画には素人だが、一応プロとしての居住まいを正さなければいかんのではないかと思い始めた。損な性分だが、褒められた恩を、年一度のことなのだから、ここで返しておきたかった。

 「スピード感を出すにはレンズを広角側に。迫力が欲しければ望遠で、というのが一応の原則だ。よく覚えておきなさい」とぼくはそれらしくいった。彼らは良いおじさんに巡り会ったのだ。
 少年は、「では、スピード感と迫力の両方が欲しい時には、その中間で撮ればいいの?」と質問してきた。なかなかに鋭い。そ〜ゆ〜難しい質問をぼくにしてはいけない。
 「この場合、両方を足すと2にはならないんだよ。相殺されてしまう。相殺って分からないよね。長所や特徴がお互いに影響して効果を失ってしまうということね。だから、広角と望遠の中間で撮るとフツーの写り方になってしまうということなんだ。世の中はなかなか思うようにはいかないもんなんだよ。マラソンの中継を見たことがあるでしょ。望遠画像を見ると選手間の差があまりないように思えても、広角で撮るとずいぶんその差が感じられて “あれっ” と思うことがあるでしょ。あれと同じなんだ。レンズの違いによる目の錯覚というやつね。頭も錯覚を起こすことがあるから、それを防ぐためには両方を知らないと誤魔化されちゃう」と良いおじさんは訓話めいたことを差し挟みながらいった。半世紀以上も昔に身を置きながら、ぼくは懐かしさに浸った。

 静止画であろうと動画であろうと、広角になればなるほど余計なものが写り込んでくる。「写真は常に引き算」と主張しているぼくにしてみれば、その矛盾をどう解消するか? 悩みは年老いてますます深刻化していく。

※参照 → http://www.amatias.com/bbs/30/338.html


カメラ:EOS-1DsIII。レンズEF16-35mm F2.8L II USM。
撮影場所:群馬県館林市。

★「01館林市」。
16mm広角レンズを仰ぐほど遠近感が強まり、特有の描写に。PLフィルター(偏光フィルター)を使用して空を暗く落とす。昔懐かしい看板に惹かれて。
絞りf8.0、 1/40秒、ISO100、露出補正-0.33。

★「02館林市」。
うまい具合に信号や電柱の陰が白壁に写り込んだ。隣の中華店は廃業か。
絞りf9.0、 1/80秒、ISO100、露出補正-0.33。

★「03館林市」。
「旧二業見番組合事務所」(にぎょうけんばんくみあいじむしょ)。料亭と芸妓置屋の二業を取り仕切る事務所。昭和13年(1938年)建造で、国登録有形文化財に登録。コントラストの強い斜光により、両脇がほどよく陰に。この写真は各部のシャドウ部をさらに落としている。
絞りf8.0、 1/125秒、ISO100、露出補正-2.00。

(文:亀山哲郎)

2017/03/03(金)
第337回:超広角レンズ(1)
 学生時代、まだ二十歳前後の頃だったと記憶するが、当時国産で最も頼りになると評価の高かったニコンF(一眼レフカメラ)をなんとか手にしようと画策していた。様々な業種を渡り歩き、そのアルバイトで得た金子(きんす)を当てに、銀座や新宿の中古展を軒並み物色していたものだ。痛々しくも涙ぐましい物欲であったように思う。
 何度か中古店に通い詰めるうち、甲斐あってか店主にいろいろ知恵をつけてもらい、やがてカメラ談義を愉しむようになっていた。店主は程度の良いものを探してくれ、ぼくは念願のカメラと純正の50mm標準レンズを手に入れた。そうなると次に欲しくなるのが交換レンズで、お定まりのコースをぼくも歩むことになる。
 当時は今と異なり交換レンズといえば単焦点レンズ(以下 “単レンズ” )が一般的で、ズームレンズは単レンズにくらべ使い勝手と描写能力(解像度やコントラスト。各収差の除去など)に劣っていた。

 余談となるが、それ以前に使用していた某一眼レフにサードパーティのズームレンズを使用しぼくは手痛い目に遭っていたので、ズームレンズを毛嫌いし、端から購入する気はなかった。
 その後遺症はズームレンズ最盛のこんにちでも、ぼくの心の片隅にかさぶたのようにへばり付いており、疑心暗鬼ながら使用しているといっても言い過ぎではない。ぼくのズームレンズ使用は経済性と簡便さによる横着であると決めつけていい。いってみれば職業上の妥協の産物でもある。 
 横着の弁明として、「写真のクオリティは機材に依拠するものではない」との確信をぼくはあちらこちらで吹聴しているが、写真表現に於いて重要な要素である遠近感や画角を会得するには、ズームレンズは不向きであると申し上げておかなければならない。筋道としてはまず単レンズを徹底して使いこなし、レンズの焦点距離の違いによる感覚を体得してからのズームレンズ使用が正しいと、ぼくは自分の経験則からそう割り出している。急がば回れだ。
 そしてまた、お手軽なズームによる弊害をぼくは身に染みて知っている。自分は動かずにズームをジコジコさせて、フレームに収めてしまおうという魂胆なのだから、何をか況(いわ)んやである。こんな作法を身につけてはいけない。

 20代半ばに冷やかしで入ったカメラ店にニコン製20mmの超広角レンズが置いてあった。経験したことのない焦点距離にぼくは興味津々気色ばみ、早速カメラに取り付け覗いてみた。
 35mm広角しか知らなかったぼくは今まで見たこともないような異様かつ異次元なる世界に腰が抜けそうになった。思わず「うわぁ〜、面白い!」という小児的・動物的感嘆詞しか出て来なかった。 “驚心動魄” (きょうしんどうはく)とはまさにこういうことなのだと言い聞かせた記憶がある。すでに一人前の社会人となっていたぼくはバイトを探す必要もなく、この漢詩的四文字熟語のレンズを迷わず購入してしまった。

 カメラやレンズにぼくよりずっと精通していた父に、「とーちゃん、こんなレンズを買ってきた。ちょっと覗いてみろ!」と手渡した。とーちゃんも「お〜っ、これは面白かね」と、言葉を商売道具とする父も自然と故郷の訛りを憚りなく放った。「しかし、こぎゃんレンズば、どげんやっち使うとね?」と、言葉遣いのプロフェッショナルも動揺を隠せずにいる。とーちゃんもやはり驚心動魄だったのだ。

 このレンズを購入してぼくはほとんど使うことがなかった。というより、まったく使いこなせなかったというほうが正しい。ぼくが主に撮るものといえば、街中の人物スナップが中心であり、20mmという超広角では大接近戦を余儀なくされ、見ず知らずの人の鼻っ先にレンズを押しつけることになる。そんな危険を冒す勇気などぼくにはなかった。おまけに遠近感がつきすぎて、すべてがグニャグニャに歪んでしまう。それも一興だが、まず王道を自分のものにしてからの課題でよいと考えていた。
 後先考えずに購入してしまった20mmではあったが、後々広角レンズの「いろは」を知るに十分すぎる貢献を果たしてくれた。

 ずいぶん長い間、ぼくはもっぱら16-35mmという広角ズームレンズで撮影した写真を拙「よもやま話」に掲載してきた。大半がこのレンズを使用している。それもほとんどが最も短い(広角の)16mmである。ズームレンズではあるけれど、被写体を定める時に焦点距離を固定し(遠近感をイメージのなかで定着させてから)、狂いが生ずれば自分が動いて微調整するという手順を踏んでいる。ファインダーを覗いてからあれこれ迷うことがないので、この作法が最も早くシャッターを切れる。つまり、ズームでありながら使い方は単レンズ同様である。本当は横着ではないのだ。プロのくせにズームに弄ばれてたまるかという矜恃のようなものが勝っているのだと思うけれど。

 超広角によるエキセントリックな表現をなるべく避けようとの心理が働き、ぼくの表現はこれでも穏やかなほうだと自分では思っている。世の中にはHDR(ハイダイナミックレンジ)を併用し、超広角や対角線魚眼レンズならではの表現を上手に使いこなしている方もおられる。
 HDRに警戒心を抱くぼくはやはり平易な表現でこれからも超広角レンズの世界を究めたいと願っている。ぼくの写真表現に “驚心動魄” は似合わないようだし。

※参照 → http://www.amatias.com/bbs/30/337.html


カメラ:EOS-1DsIII。レンズEF16-35mm F2.8L II USM。
撮影場所:群馬県館林市。

★「01館林市」。
レンズが広角になるにつれ、そしてカメラの垂直・水平が傾くにつれ、遠近感はさらに強調される。夕陽を受け錆びた看板は「Barber 赤城館」と微かに読み取れる。床屋は当時の社交の場でもあり、市井の情報交換の場でもあった。隣は真っ赤に塗装された新しい建物。 
絞りf8.0、 1/320秒、ISO100、露出補正-0.33。

★「02館林市」。
こちらは現役の理髪店。理髪店であることを示す三色のサインポール(英国ではBarber’s Pole)が2本。電柱に張り合って立ててしまったところが面白い。
赤・白・青の徹底した色遣いが、やはり面白かね。
絞りf10.0、 1/320秒、ISO100、露出補正-0.67。

★「03館林市」。
90°の曲がり角だが、16mmではかなり建物に寄っても両脇の道が画面に収まる。斜光の鋭い光を多少和らげるためにマゼンタのフィルターをかけた。
絞りf11.0、 1/80秒、ISO100、露出補正-1.00。

(文:亀山哲郎)

2017/02/24(金)
第336回:あるネイチャーフォト展
 冒頭から雪隠(せっちん)の話で恐縮だが、我が家のそこには書棚が持ち込まれ、約200冊の書物が行儀良く並べられている。歴史書、思想書、科学書、ノンフィクション、山岳ガイド、コミックなどなどが、ご丁寧に部類分けされ、窮屈そうに鎮座している。
 これは書物中毒という宿痾を背負った坊主の仕業なのだが、このおかげか本来退屈であるはずの用足し時間が有益なものとなり、ぼくも日に一度この御利益にありがたく与っている。
 しかし、うっかりすると読みふけるにつれ体外排出時の最も期待すべくあの快感を素通りしてしまい、時に奪われることになりかねない。これでは如何ほどの楽しみあっての用足しか分からない。用足しは「出せばいい」という単純で無機的なものであってはならないとぼくは思っている。
 心身にのしかかる重しのような切羽詰まった生理的欲求からの解放よりも、そこに至る文学的解釈(?)とその味わい、並びに過程というものをぼくは大切にしたいのだ。
 読書による知識の獲得と脱糞の爽快感、この両得を逃したくないとの料簡で、ぼくは雪隠内読書をぼんやり眺める程度と心がけている。どちらか一方に荷担してはいけない。この頃合いが大変むずかしい。
 そしてまた、読書に肩入れをすると、結果どうしても滞在時間が長引いてしまう。居座ってしまうので、家人は身をよじって「まだぁ〜、早くぅ〜」と急かしにかかる。ここでフンバルことは即ち「人の不幸は蜜の味」に通じるのだが、こればかりは「蜜の味にあらず」で、そういってもいられない。そうしたい気持は山々だが、後に身近に降りかかる厄災を覚悟しなければならず、日がな一日その仇討ちを恐れるのはやはり不幸というものだ。「明日は我が身」というわけだ。したがって、その催促には手早く応じることにしている。

 ぼくがこの書棚から頻繁に引っぱり出すのは30冊近くある山岳ガイドブックである。ぼく自身は写真屋になって以来、帰する所あって好きな山歩きをパタリと止めてしまった。理由は長くなってしまうので記さないが、ぼくの策定した写真屋としての倫理・道徳に背くからとだけ申し添えておこう。ただ仕事での入山であればまた別である。

 便座に座り、息むことなく、ぼくはこの山岳ガイドの写真を見て愉しむのである。写真の良し悪しにウンチクなど傾ける必要もなく、ただ肩の力を抜いて漠然と「行ってみたいなぁ。いいだろうなぁ。爽快だろうなぁ」と、そこに身を置いて愉しむのである。文学書であれ、ガイドブックであれ、読書の愉しみのひとつは疑似体験にあるので、写真や案内文が良いほど想像や洞察をかき立ててくれる。

 掲載された写真はガイドブックとしての用途と目的に適っていればいいのであって、もともとネイチャーフォト観賞のためのものではないが、そうはいえ良い写真は目を愉しませてくれるので、それに越したことはない。
 時には商売人気質が頭をもたげ、「うん、この写真はいいね。うんこじゃないね」なんて、駄洒落をいいながらやはり息むことなくつぶやいている。
 
 今週、某所で某団体の主催する「ネイチャーフォト展」を覗いてみた。通りすがり、案内版が目に入ったので、ぼくは少々迷いながらも得体の知れぬ期待を抱き立ち寄ってみた。場内を回るのに2分もかからなかったので、ぼくの予想通り、淡い期待は見事に裏切られたといっていい。1点だけ歩を止めたものがあったのは救いといえば救いでもあったのだけれど。
 反り身になっていうわけではないのだが、いつまでこの手の写真を連綿と続けるのだろうか? しかも日本を代表するような著名な団体であるにも関わらずである。
 どこかで見たような代わり映えのしない写真が相も変わらず、憚ることなく展示されているそのさまに、ぼくは暗澹たる気持になった。模造品の羅列である。前号に登場いただいた「プレバト」おばちゃんの言葉を引用して(ぼくの言葉ではない)、「絵葉書みたいなのはダメ! 創意工夫というものがない! 発想が幼稚!」。

 ぼくはこのような作品を否定しているわけではない。それどころか、この種の写真の存在意義は重々認めている。写真に興味を抱き、いざ被写体に向かった時に最も間近に位置するのが、一般的にいえば見た目の美しく感じられる自然を対象とした、いわゆる「ネイチャーフォト」と呼ばれるものであろう。一口に「ネイチャーフォト」とはいえ、どの分野にも奥深さは同等にあるものだ。
 しかし、今回ぼくの見た「ネイチャーフォト」のクオリティはいわば初期的通過点であって、いみじくも展示会と銘打つのであれば、それを深化させたものをぼくは観たいし、期待もしているのだ。それが見当たらないのである。この現象はしかし、県展も市展も大同小異である。

 作者を知る由もないのだが、良い写真にはその人の生きてきた年輪のようなものが精確に立ち現れるのだとぼくは考えている。延いてはそれが作者のオリジナリティやアイデンティティとなって自然に表出されるものだとも思う。
 ぼくの目が曇っているのか、性別・年齢がまったく不詳の作品展示にぼくは目眩を禁じ得ず、「さて、お前はどうか?」と自問自答を繰り返すのだった。

 「プレバト」おばちゃんの言葉は、何度も反芻して消化すべきこととぼくも肝に銘じておこう。
 
※参照 → http://www.amatias.com/bbs/30/336.html


カメラ:EOS-1DsIII。レンズEF16-35mm F2.8L II USM。
撮影場所:群馬県館林市。

★「01館林市」。
昔からヤツデを見るとどうしても撮らざるを得ない心境に追い込まれる。この葉のプロポーションが天狗のうちわを想起させ(実際そうらしい)、ぼくは好きなのだ。艶のある葉のハイライトを飛ばさぬよう細心の注意を払う。強風下、うちわはバタバタと音を立てている。これがぼくの「ネイチャーフォト」。
絞りf8.0、 1/250秒、ISO100、露出補正-1.00。

★「02館林市」。
第334回に掲載した蕎麦屋だが、どうも腑に落ちず1時間後、日がさらに傾いてから再撮影。こちらのほうがぼくのイメージにしっくりする。
絞りf10.0、 1/200秒、ISO100、露出補正-2.33。

★「03館林市」。
この建物をもっと広角で撮ろうと思っていたら、向こうから女子高生が自転車に乗ってやって来た。わずかな隙間から強い夕陽が一条の光となり射していた。
レンズ焦点距離をセットし直し、この狭い空間に顔がタイミングよく入ればもうけもの。幸運にもドンピシャリとヒット。
絞りf5.0、 1/1000秒、ISO100、露出補正-1.67。

(文:亀山哲郎)

2017/02/17(金)
第335回:TV番組「プレバト」
 この連載を始めたのが2010年6月だからもうすぐ7年ということになる。商工会議所の連載最長不倒記録が何回かは知らないのだが、ぼくは相当長く持ち堪えているほうなのだろう。1回の文字数も多いので、分量は天文学的数字!?
となる。あれやこれやを書き綴っているうちに、自身の変遷を含めて写真自体もせっかくなのだから少しずつ変容を遂げていると思いたい。
 この変容が良い方向に向かっているのか否か、本人には分かりづらいものだが、許せるかそうでないのかという観点からみれば、成就(?)への一過程なのだからもちろん許せる。そう思い込まないと、この商売、歩を前に進められない。

 かつてNHK出版で(Webではなく紙媒体)、写真を2年間、写真と紀行文を5年間、合わせて7年間の連載を受け持ったことがある。連載の打ち切り理由は、外遊紀行文故写真ネタが尽きたことにあった。「文章ネタはまだまだあるんですが、もう写真がありません。写真の質を勘案すると、写真が本業のぼくには許容しがたいものがあり、ここらが潮時かと」と申し出た。
 この時、担当編集者からぼくの連載は「最長不倒記録。本誌ではこの記録が破られることはないでありましょう」と告げられた。事ほど左様にぼくはしぶとい。写真や文章を公に発表するということは恥をかくということだからこれでいい。ものづくり屋は恥をかいてなんぼのものだとぼくは思っている。

 当時の読者(以下Sさん)から興味あるメールをいただいた。曰く「 “写真よもやま話” と通常の紀行文とではどちらが書きやすいですか?」と。
 この質問にぼくは躊躇なく「縛りのない通常の紀行文のほうが、写真の効能書きを差し挟まなければならない “写真よもやま話” より、ずっと書きやすい。文章は所詮素人の戯れ事ですから、文法を間違えても読者は大目に見てくれる。でも、写真についての蘊蓄は専門家であるが故に、そうもいかない。何故そのようなことを?」と返した。
 写真好きのSさんは、「きっとそうだろうと思っていました。ご自身の写真に対する考えを明確に述べたうえで、写真の掲載をされている。これは大変勇気の要ることですよね」と簡潔におっしゃる。
 「能書きなど垂れずに、簡単なキャプションを付けて写真だけ見せるというのが本来の写真屋の姿かも知れません。Sさんのお言葉はぼくにしてみればとてもこそばゆく、また痛痒いものです。自身の作品を棚に上げて、十人並みの言辞を弄するわけですから、確かにぼくには恥知らずという勇気がある。その半面、人身御供(ひとみごくう)のようなものだと恰好をつけている。その相剋を味わいながら、ぼくは奮起の材料にしているので、他人の批評を斟酌するに及ばないのです。謙虚さは必要ですが、これも商売人の業で、一喜一憂していられないというのが本音です」と答えた。
 
 テレビ視聴というものにほとんど縁のないぼくだが、嫁のお陰で毎週木曜日に放映される「プレバト」というTV番組を食事時間にのみ見る。何度か嫁に付き合わされるうちにぼくはここに登場する俳句指南の夏井いつきさんというおばちゃんに、密かなる好感を抱くようになった。ぼくが写真について伝えたいことのすべてをこのおばちゃんが代弁してくれるからだ。
 ただし、司会役として画面にのさばる人物の品性のなさがおばちゃんとはまったく対称的である。これだけがひどく煩わしい。番組を見ながら、人間の品性というものは「氏か育ちか」という未来永劫、かつ不朽の難問に紛糾してしまうのであるから、ぼくはなにかと忙しい。

 読者諸兄のみなさん、ぼくのくどくどとした能書きより、このおばちゃんの俳句指南はそっくりそのまま写真に当てはまるので、是非のお勧めである。
 おばちゃんは、ぼくが常々いいたくてもいえないようなことを、事もなげにいってくれるので実に小気味がいい。こんな具合である。

 「この俳句、怒りを通り越して殺意を覚える!」。おばちゃんはまさに的確に現実を見透し、正直そのものだ。この率直さにぼくは頭が下がると同時に嫉妬さえ覚える。はりったおされることを承知で、ぼくも一度使ってみようかしら。せいぜい「うんこ!」が関の山だしなぁ。
 そしておばちゃんはいつもこうおっしゃる。
 「よけいなものは削る! あれもこれも言いたいでは、主題が何であるかぼけてしまうでしょ! 欲張りの心がけが悪い! それが俳句を台無しにしていることに気づきなさい!」。おばちゃんの言葉にはいつもビックリマークが正しくついて回る。
 ぼくの口を極めての常套句。「あれもこれもっていうのはダメだっていってるでしょ。まったくスケベなんだからぁ。写真は引き算だといつもいってるでしょう」。おばちゃんもぼくもとても正しい。
 前回も的を射ることをいわれていた。
 「この俳句、絵葉書みたいでしょ! こんなものはダメ! ダメ、ダメ! 説明的な俳句は要らないの! 創意工夫というものがない! 発想が幼稚!」と、取りつく島もなくおばちゃんはどこまでも疾走する。何と痛快であることか。
 で、ぼくもいう。「うちの倶楽部には絵葉書やガイドブックにあるような写真は要らない。写真は年相応でなければならず、あなたが撮る必然性のようなものが写真からにじみ出ていないといけない。ただきれいなだけの写真は退屈の極みで、評価に値しない。喝!」。 

 勇敢なおばちゃんがどのような俳句を詠まれるのかぼくは知らないが、指導というものは自身の作品を引き合いにしては成り立たないようだ。このくらい大胆に振る舞って良いということなのだと、ぼくはおばちゃんからさらなる勇気を得た。
 今夜の「プレバト」、嫁に付き合っておばちゃんの言葉に耳を澄まそうと思っている。

※参照 → http://www.amatias.com/bbs/30/335.html

カメラ:EOS-1DsIII。レンズEF16-35mm F2.8L II USM。
撮影場所:群馬県館林市。

★「01館林市」。
女学生の撮るようなシクラメンを69歳のおっさんが撮ってはいけない。年相応に年増のシクラメンをイメージして、ガラス越しに撮る。 
絞りf5.0、 1/40秒、ISO100、露出補正-1.67。

★「02館林市」。
赤い夕陽に照らされた白堊の看板建築。昭和10年代のものらしい。シャドウ部をもう少し持ち上げろと悪魔が囁くが、ぼくはもっと潰したい。喧嘩をすると負けそうなので、ここらへんで手を打つ。
絞り7.0、 1/1250秒、ISO100、露出補正-1.33。

★「03館林市」。
「02館林市」の斜向かいにある雑居ビル。築40年以上だそう。真っ赤に錆びた螺旋階段に「向井千秋さん再び宇宙へ。仕事場は宇宙」と書かれたヨレヨレの垂れ幕が。
絞りf9.0、 1/125秒、ISO100、露出補正-1.67。

(文:亀山哲郎)

2017/02/10(金)
第334回:再訪の意義
 今週の月曜日、目覚めて空を見遣ると薄曇り。雲の様子も程よく、格好の撮影日和と決め込んで、ぼくは珈琲を一杯だけ流し込みすぐさま車に飛び乗った。特段、行く当てがあったわけではないのだが、倶楽部創設時に仲間たちと何度か行ったことのある群馬県館林市を思い出し、気がついたら東北自動車道を北上していた。気運に逆らってはいけないので、懐かしい館林市を徘徊することにした。 
 写真を撮りに出かける(仕事の写真ではなく)時、何故ぼくはこんなにわくわくした気分になってしまうのだろうかと、自分の職業(あるいは性というべきか)に改めて感謝した。私的写真なのでそれがすぐにお給金となるわけではないのだが、それがかえって気を楽にし、ありがたくも嬉しさが増すのである。
 そしてまた、撮影に行けば一発は必中だとのおめでたい気質も、大いにこれに荷担している。「待つうちが花」の言葉通り、結果がどうなるかと予想するのもまたとても楽しいことだ。

 ハンドルを握りながら、10年以上も前に撮影した館林は今何がどう変化しただろうかと思いを巡らせた。
 昨今、特にこの10数年は新旧の交代期なのか街の様子や家屋の佇まいが目まぐるしく変化している。ぼくのような非能率的・非社会的、かつ情緒優先主義の者にしてみれば、趣のあるもの(ぼくにとってのフォトジェニックなもの)がどんどん失われて行く寂しさを感じており、そのことは一介の写真屋として「記録に残しておく」という職業的倫理感を心ならずも誘発させている。ここで、一応は道義的責任を感じているのだと、おためごかしのような道徳心(?)をぶっておこう。

 昨年同じ場所に何度か通って、つくづく感じたことのひとつは、「よくもまぁ、おまえは嘘八百をこれ程並び立てたものだ。何が “記録に残しておく” だ。我ながら呆れてしまう」ということだった。年を経るに従って、ぼくの写真的虚言癖は老眼鏡のように強度を増していく。
 再訪時に同じポイントに立ってみると、実物と自分の撮った写真があまりにも違いすぎるということに畏れ入ってしまうのだから、勝手なものである。「写真は真を写さない」を地で行っている。
 時にはその被写体に気がつかぬことさえあるのだから、ますますもって呆れるというか、やはり畏れ入ってしまうのだ。自分の撮った写真が脳髄にまで染みこみ、そしてこびりついて、実物が目の前にあるのに、気がつかないでいる。「えっ、本当はこんなだったの? へっ、そうなの?」なんて無責任なことを人知れずつぶやいている。現実と幻想が混濁しているそのさまに、何故かぼくは恥じらいを感じてしまうのである。

 あたかも写真こそが自身のリアリティであり真実であると言い張ること自体は間違いどころかとても正しい。写真は「虚構の世界に遊ぶ」ことにあるという自説に合致しているのだからそれでいいのだと言い聞かすしかない。それが、延いては写真であることの使命と醍醐味でもあり、取り敢えずの言い訳は立つのだが、あまりのデフォルメに当人が戸惑う始末。ここまでぼくの心は捻れてしまっているのだろうかと、不安こもごもといったところだ。

 再撮を試みても、前回撮ったそれとほとんど変わりがないのだから、やはりそれが自身にとっての真実なのだろうと思うことにしている。もし変化をもたらすものがあるとすれば、それは光と空模様だ。その変化により方向や画角、遠近感を改めて操作(イメージを作り直す)しなければならないが、基本はまったく変わらない。出会いの直感を信ずるべきだろう。
 十分なイメージを描けず、しかし心のどこかに引っかかりのある被写体を取り敢えず撮ったものに上手くいった試しはないのだが、再訪により新たな発見をしたということはままあることだし、本懐を遂げることもある。そのための再訪である。
 何度か通ううちに異なる自己発見をするということがとても貴重なことだと思っている。自分が変化していれば被写体の様子も変わって見えるものだ。

 館林に到着したら、天空を覆っていた薄雲は地平線に追いやられ、あまりにもあっけらかんとしていた。関東の冬の空はまったく色艶というものがない。物語ることを知らないから、この地で情緒的に暮らすのは骨が折れる。
 上州の空っ風なのか、館林は寒風が吹きすさび、ぼくは身を縮め、うきうきした気分も同時に半分ほど吹き飛んだが、緩みかかった気を執り成しながらかつて撮影した現場を車でそろりそろりとたどってみた。
 13年前館林で撮った写真(第207回「暗室道具」(4)に掲載の「03館林市」参照)にある怪しげな建造物はすっかり取り壊され、新しい住宅が建てられていた。ぼくに向かって、「おまえなんか知らないよ」と新参者はなんだか乙に澄まし込んでいる。自分の過去が一炊の夢であるかのごとく風とともに消え、どこかに飛び去ってしまったような気がして、ぼくはしょげかえった。意地になって「兵(つわもの)どもが夢の跡」と洒落てみるのだが、どうにも虚しさばかりが漂う。
 こんな強風に煽られては意気が上がらない。薄手のウィンドブレーカーがパタパタと音を立てるなか、ぼくは2時間限定でこの地に踏ん張ることにした。再訪はきっと何かが掴めるものだと信じ、今度は「風ニモマケズ」と息巻いてみせた。

※参照 → http://www.amatias.com/bbs/30/334.html

カメラ:EOS-1DsIII。レンズEF16-35mm F2.8L II USM。
撮影場所:群馬県館林市。

★「01館林市」。
寒風のなか、畑の片隅に廃屋のようなガレージを見つけた。超広角レンズ16mmの特質を最大限に活かしながらのイメージがすぐにできあがり、立ち位置を慎重に定め一発必中? 濃紺の青空だった。
絞りf9.0、 1/100秒、ISO100、露出補正-2.0。

★「02館林市」。
いつまで営業していたのだろうか? 斜光に反射する看板が白飛びしないように露出の決定に集中する。
絞りf10.0、 1/300秒、ISO100、露出補正-1.33。

★「03館林市」。
城沼。太陽の大きさをどれくらいにするかは露出によって決定される。つまりどのくらいの面積を白飛びさせるかということ。
絞りf11.0、 1/800秒、ISO100、露出補正-2.33。

(文:亀山哲郎)

2017/02/03(金)
第333回:「補整」と「加工」
 今回のテーマは、前回同様に「暗室作業の功罪」の一部と密接に関わっている問題なのかも知れない。現在、一般的にいえば「補整」と「加工」の棲み分けが明確になされているとはいえず、曖昧な部分をここでほじくり返してもそれほど意義があるとは思えないが、人それぞれにそれなりの見解があるように思う。正否や是非でなく、ぼくの考えを述べさせていただいたうえで、そこに一考の余地があれば幸いである。

 ぼく自身は「補整」と「加工」の概念を、自身の写真のありように照らし合わせて使い分けているが、曖昧なものを曖昧なままにしておくのも一種の生きやすさのための方便であり、ことさらに目くじらを立てるような性質のものではないと考えている。自分は自分、他人は他人である。
 「補整」という言葉をぼくは頻繁に用いるが、今回のような場合を除いて「加工」は滅多に用いない。縁がないからだ。もちろん、双方の厳密な線引きは困難を極めるが、自分なりの定義はあって然るべきで、ぼくは自分の定めたそれに忠実に従っている。

 ぼくにとっての「加工」の概念は、平たくいえばであるが、「写し取った写真から何かを消し去ったり、元々何もないところにある物をつけ加える」と解釈してもらっていい。自身、現代アートの美術家ではなく一介の写真屋であり、事象の一瞬を注意深くかすめ取り、そこに感じ取ったものを反映させる写真表現の姿そのものに生き甲斐を見出しているので、できるだけ原画に映り込んだものを、自身の責務として偏愛するように仕向けている。 
 写真愛好家はプロ・アマに限らず誰もがその一瞬に賭けるのだから、原画から削除したいと思える不都合なものが存在していれば、それは迂闊と粗相の寄り合いに他ならず、失敗作だと潔く認めなければならない。
 また、極めて保守的な写真屋だと自認しているので(保守的ではないという声も多々あるけれど)、写真の原形を可能な限り保ちたいとの気持に逆らえないでいる。「身の程を知れ」ということなのだろう。

 「加工」の作業は、アナログでは高度な技術を要求され、特別な目的がない限り行われない。これを行うのは専門職の領域となり、素人は手出しができず、したがってぼくはしたことがない。
 アナログにくらべデジタルは画像ソフトを介して、上手い下手はあっても、「加工」そのものを容易ならしめている。文明の利器の扱い方は人間の良心と見識に大きく依存するものだというのがぼくの考えであるけれど、ぼくは自分への示しをつけるために「加工」は行わないことにしている。そしてまた、良心の咎に苛まれるような気がしてならない。

 写真は絵と異なり不要なものを画面から排除できないので、気分や雰囲気に乗じて不用意にシャッターを切ることはできない。ファインダー内に何が存在しているのかを精査し、慎重を期したとしても、「写ってしまうんだから仕方ないじゃないか!」と開き直りたくなることが往々にしてある。
 特に「憎まれっ子世に憚る」の代表格である電線や電柱には恨み骨髄となるが、ここで負けてはいけない。あの手合いを否定するのではなく、仲間に引き入れることを考えたほうが身のためだ。絵作りに憎まれっ子を駆り出し、懐柔し、抱き込むくらいの手腕が必要となる。「鞭鐙(むちあぶみ)を合わす」という言葉があるではないか。ちなみに「鞭鐙を合わす」とは、 “馬に乗って速く走らせる時、鞭うつ拍子に合わせて鐙をあおる” (広辞苑)とある。拍子が合わず、くれぐれも返り討ちに遭わぬように。
 憎まれっ子とどのように折り合いをつけるかは、ひとえに撮影者の叡智や観察眼にかかっているといってもいいのではないかとぼくは思っている。構図とカメラアングルでほとんど討ち取ることができる。

 さて、「加工」はどちらかといえば、あまり好意的に受け取られていないようにも思える。 “「加工」したものは受け付けない” などと雑誌などの応募欄にも記されている。しかし、何事も程度問題だから、良識や見識の物差しを得て、写真というものの概念をどう捉えるかで答えが得られるのではないだろうか。「電線1本くらいは消してもいいじゃないか」は、情けではないかとも思う。

 昨年のグループ展でこのようなことがあった。
 ぼくの作品(第281回「写真と落語と」に掲載の「02学校帰り」)をご覧になった来場者のひとりが我が倶楽部の担当女子をつかまえて、「この写真はね、後でこの女の子をはめ込んだんですよ」とわざわざご注進に及んだのだそうだ。つまり、「加工」を施したものだと決めつけたらしい。
 彼女の言を借りると、その中年と覚しき男性は「でなければ、こんな瞬間を撮れるわけがないのです」と、再度断定的にいわれたそうである。ぼくを「加工を施す」阿漕な写真屋に仕立てたかったらしい。ぼくはその方にお目にかかっていないが、彼女は入部して3ヶ月足らずだったので、来場者の言句に不審を抱きながらも素直に耳を傾けていたとのことだった。
 ぼくは彼女の話を聞きながら苦笑交じりに、「20m先から小走りにやってくる女の子を観察し、その歩調にタイミングを合わせればいいだけのことで、あなただってちょっと訓練すれば容易くできるんだよ」と言い伝えた。そして「人間の走るさまというのは、宙に浮いてる時間のほうがずっと長いんだよ」とつけ加えた。
 彼女は満面に笑みをたたえて、「かめさんがそんな姑息なことするはずないと思ってました」とぼくを慰めてくれた。彼女にとってもその手の「加工」は姑息なものだとの意識があったのだろう。
 小走りの女の子とは「鞭鐙を合わす」ことができたらしい。

※参照 → http://www.amatias.com/bbs/30/333.html

 先月、鎌倉の瑞泉寺で母の四十九日の法要を家族4人で執り行った。久しぶりの瑞泉寺を撮ってみようと、凍てつくような寒気の中、亡き母に思いを寄せてシャッターを切る。

カメラはすべてFuji X100S。
★「01瑞泉寺石庭」。
夢窓疎石(夢窓国師。1275-1351年)の作庭。鎌倉に残る鎌倉時代唯一の庭園。
絞りf4.0、 1/160秒、ISO200、露出補正-0.67。

★「02夢窓国師座像」。
本堂に祀られている夢窓国師座像(重文)。三脚は使用できないので、頭にカメラを乗せ、呼吸を止め、ついでに心臓も止めて、根を詰めてシャッターを静かに押す。レンズシャッターは衝撃がないので具合がいい。
絞りf2.0、 1/15秒、ISO800、露出補正-1。

★「03供え花」。
どのくらい時間が経過したものだろうか。見ず知らずの人のものだが、故人を偲ぶ心境が、し〜んと伝わってくる。
絞りf4.0、 1/25秒、ISO400、露出補正-1.33。

(文:亀山哲郎)

2017/01/27(金)
第332回:暗室作業の功罪 (3)
 今や神格化されているアメリカの風景写真家アンセル・アダムス(1902〜1984年)のモノクロ・オリジナルプリントに初めて接したのは今から40年以上も前のこと。その時の衝撃と感動は、こんにちまでぼくのなかに脈々と息づいている。オリジナルプリントとの出会いは、写真を生涯の友にすることへの決定的な意義をぼくに与えた。
 「なんという美しさなのだろう! どうすればこれほどの美しいプリントができるのだろうか?」と感嘆と疑問の声を一時にあげた。当時暗室作業に四苦八苦していたぼくは居ても立っても居られず、蛮勇を振るってアダムス氏に便りをしたためた。欧米では著名人であっても、見ず知らずの人にちゃんと返信をくれるということを身をもって経験していたので、 “蛮勇” という言葉は当たらないかも知れない。

 「アダムスさん、あなたは暗室でどのような魔法(Magic)をお使いか?」と記したのだった。しかしこの文言はやはり “蛮勇” というべきものだったかも知れないが、すぐに返信をいただいた。ぼくの手紙に対して丁重な謝意を表した後、こう綴られていた。
 「暗室作業は科学ですから私は魔法など使っていません。私の著した数冊の書物はその教本であり、露出の厳密な決定法と暗室に於ける科学的な処方を詳述したものです。私の開発した理論体系である “ゾーンシステム” をあなたが修得すれば、同様のプリントが得られるでしょう」とあった。ぼくは彼の公明正大さに畏怖の念を抱いた。

 早速すべての原書を航空便で取り寄せ、翻訳しては暗室に閉じ籠もるという日々が3年間続いた(現在は翻訳本があるが、誤訳が多いので要注意!)。
 当時まだアマチュアだったぼくは、仕事場から飛んで帰り、暗室であんパンやサンドイッチを連日頬張っていた。ぼくの小遣いはすべて “ゾーンシステム” 修得のために費やされ、自己所有の財産を見事に売り払ってしまった。この3年間は他人から見れば(嫁も含めて)狂気の沙汰であり、迷惑以外の何ものでもなく、けれど本人にいわせれば「それはまるで厳格な修道僧の良き手本のようであった」といっておこう。実に献身的な3年間であったのだ。
 
 マキシマム・ブラックからハイエスト・ライトまで、非常に滑らかなトーンを思い通り描けるようになり、またシャドウ部・中間部・ハイライト部に於けるトーンの分離やコントラストの操作、加えて全体のバランスにも目が届くようになった。同時に大枚を叩いて購入した大型カメラの扱いも自在にこなせるようになっていたのだから、ぼくは密かに自分自身を生涯で初めて褒め称えてみた。そして、アダムス氏を心の師と仰いだ。それは今も変わらない。

 やがてそうこうしているうちに、間もなく重要なことにハタと気づいた。「アダムスの提唱した “ゾーンシステム” は果たしてぼくの作画に合致しているのだろうか?」との疑問が沸々とたぎってきたのだ。手短にいえば「ぼくの写真にこのメソードは不似合いの部分があるのではないか?」と気づき始めたのである。
 アダムスの提唱したメソードは写真を美しく仕上げるための、最も重要かつ基本的なものであることを十全に認めた上で、しかし万人のものではないというのがぼくの見解だった。アダムスは自身の望む作画に完全に合致したメソードを編み出したといってもいいだろう。彼の選んだ被写体のイメージを具現化するために、彼の開発したメソードは見事なまでにマッチしたのである。ここが偉大なところだ。
 したがって、誰にでもこのメソードが当てはまるというものではない。ただし、この論理的なメソードによる写真のありようを知っているのとそうでないのとでは、天と地ほどの差があるということは明言しておきたい。
 ぼくの作風に合致しない部分があるとはいうものの、彼のメソードから学んだものは何ものにも替え難いくらい貴重なものだ。「基本を知らなければ応用などとても覚束ない」のだから、ぼくはこの作法をデジタル写真にありがたく応用しているつもりである。

 しかし、ここで本当のことをいってしまえば、ぼくは自身の作品のシャドウ部を、モノクロであれカラーであれ、もっと勇ましく潰してしまいたいという衝動に駆られることがある。それをする勇気が持てないでいるのは、きっとゾーンシステムが骨の髄まで染み込んでいるからではないかと思うことがよくある。背後にアダムス先生の憑依妄想(ひょういもうそう)があり、それに悩まされ続けている。
 いくら潰しても全体のバランスが取れていればそれでよしと考えるのだが、今のところぼくにはそのバランスを見極める審美眼というか慧眼が備わっていないので、恐くてできないでいる。

 その伝でいえば、うちの一味はぼくの軫念(しんねん。天子が心にかける、また、心を痛めること。広辞苑)などどこ吹く風で、勇猛果敢にシャドウを潰したり白を飛ばしたりしても平然たる面持ちでいる。なんとも羨ましい限りだ。「真っ黒や真っ白のべた塗りはどうか止めましょうよ」とぼくはその科白が喉元まで出かかるのだが、いつも言い淀んでしまうのだ。勉強会後の飲み会で、酔いに任せて言おうとするのだが、特に酔った女傑たちの憑依(この場合は悪魔や悪霊が乗り移ること)と怨念はさらに恐ろしく、ぼくは手も足も出せない状況がこんにちまで続いている。

 来月こそは、古今亭志ん生の口調を真似て、「暗室作業というものは・・・あんたたちがシャッターを切った時の・・・正直な気持ちを示すもので・・・Photoshopってぇもんは、後出しジャンケンに使うもんじゃねぇや」と、含蓄に富んだ(?)言い回しをひょうひょうとしてみたいのだが、まだそれが似合う歳でもないしなぁ。

※参照 → http://www.amatias.com/bbs/30/332.html

★「01真岡市」。
第298回に掲載した真岡市のモノクロ写真「01スナック街」から日を改めての再撮影。天気も時間もアングルも異なり、カラーで寂れた様子を表現してみた。
カメラ:EOS-1DsIII。レンズEF16-35mm F2.8L II USM。
絞りf11.0、 1/125秒、ISO100、露出補正-1.33。

★「02自画像」。
「ポラロイド写真のように撮ってみる」と同行の人に。誰か?なんて無粋な詮索はしないこと。
カメラ:Fuji X100。
絞りf8.0、 1/240秒、ISO200、露出補正-0.33。

★「03行雲」。
仕事の打ち合わせ後出会った風景。カメラを持っていなかったので、同乗者に「ちょっとカメラ貸して」と言って撮ったもの。
データ:不明
(文:亀山哲郎)

2017/01/20(金)
第331回:暗室作業の功罪 (2)
 「功罪」と銘打ったものの、実のところ「罪」の部分にぼくはそれほど厳しい姿勢を示していない。それにはひとつの前提条件があり、その暗室作業があまねく撮影者の理想とする方向(自己の描いたイメージをより的確に、美しく表現するための道程)への一過程であることが暗示されている場合である。多少奇異なものであったり、行き過ぎがあってもあくまでそれが発展途上であることを物語っていれば、ぼくはそれをよしとすることにしている。
 もがきながらの試行錯誤であることが認められればぼくはその試みを大いに評価することにしているし、とても好ましいことだと思っている。その段階を着実に踏んでいけば、必ず良い方向が見出せるであろうから、ぼくが目をつむっているうちに、恐れずどんどんやりなさいといっている。
 そんな理由でぼくはうちの一味には目をつむり、放任を是としている。放題はさせたほうが実のりがあり、そこで気づいたものがホントの宝となっていくのだから、ここが我慢のしどころで、畢竟ぼくは極限まで忍耐を強いられることになる。けれど、なかには「親の心子知らず」という人もおりますな。
 「褒めながら軌道修正をしていく」のは骨の折れることで、しかしこの処方は相手が成熟した精神の持ち主である場合にのみ通用するという真理も学び取った次第。

 冒険を恐れていては前に進むことができないし、また無難にやり過ごそうとすることは創作という観点から眺めれば愚の極み。創作活動というものはいつだって、誰だって発展途上にあるもので、そこに終着駅などないのだから、 “発展途上の質” を上げるように努力を惜しまぬことが最善だと思っている、ってなんだか我ながら説教がましいね。たかが写真じゃありませんか。

 ぼくが好ましからざることとするのは補整をすることにより自身の気持ちにあらぬフィルターをかけ、エキセントリックなものに仕上げようとする料簡である。そのような作品を個性的だとする作者と評者がいるということだ。彼らはその勘違いに気づいていないから、本当に困りものだ。そのような作品と人たちが巷には溢れている。
 写真のクオリティが届かぬところでの、暗室作業に於ける苦心惨憺は無意味であるということを知らないでいるのは、それはやはり不幸というものだろう。何故ぼくがそう断言できるのかといえば、自身が散々その憂き目に遭い、今もその渦中にあるからだ。
 一定のクオリティに届かぬものにいくら化粧を凝らしたところで、美への接近は望めないどころかますます遠ざかり、逃げ場を失い、挙げ句「受け狙いの写真」や「みてくればかりの写真」に終始することになる。そのような写真は、観衆を一瞬でもハッとさせることがままあるものだから、作者は見当はずれの高評をいいことに自分の写真は個性豊かなものだとの錯覚地獄に落ちることになる。嗚呼、自戒、自戒。
 「中庸の美こそ美の中核」がぼくの信条だから、中核をはずれ奇をてらった写真に、お節介のぼくはついつい口を挟みたくなってしまうのだ。
 
 本テーマに付随して述べておきたいことがもうひとつある。
 感受性豊かな人の作品が、写真知識の欠如や撮影技術の稚拙さが災いし、なかなか思ったように写し取れていないと感じる時がある。この現象は写真歴の長短、プロ・アマに関わらず誰しもがすでに経験している。   
 「これこれこのような思いを込めてシャッターを切ったのに、なんじゃこの写真は!」という、いつものあれである。どこかに撮影上の失策があったのかも知れないし、あるいは撮影者の思い入れに対して実はその被写体自体がフォトジェニックという観点からして、みすぼらしく、撮るに値しないものであったのかも知れない。撮影者と被写体の間に通じるものがなく、つまり片想いというやつだ。自身に宿る「悪女の深情け」に身をやつしてしまうとこういうことになりがちである。
 思い通り写らないのは、イメージ力が豊かでも写し取る技量が不足しているとするのは簡単だが、しかしその前に被写体を見極める目を養うことが先決であるようにぼくは思う。まず観察ありきだ。そのためには場数を踏んで、悪女の正体を見極め、片想いの悲哀を体に叩き込むことしかない。
 そうこうしているうちに、健忘症でない限り必ず写るようになる。そしてそのような写真は、暗室作業に困難を来すことがない。モニター上の写真があなたのイメージに添って適切な指示を順次与えてくれるので、迷いながらも素直に従うだけでいい。この現象は特筆すべきことのように思える。

 さてここでぼくが強調しておきたいことは、ここからが大事なのだが、あなたのイメージが豊かであればあるほど、強ければ強いほど「念写」が可能だということである! 科学信奉者であるぼくがいうのだから間違いない!

 今回掲載の「01栃木市」は「念写」である。というのは “半ば” 冗談だが、この写真を撮る2日前にぼくは火事の夢を見た。夢見(昨年11月)は糸魚川大火以前のことだが、見知らぬ街に仕事で訪れていたら夜半にサイレンが鳴り響き、何故か木造モルタル家屋の2階でぼくは寝ていた。目を開けたら天井が真っ赤に照り映えている。周囲が火に包まれる寸前であったのだろう。ぼくは慌ててカメラを握り、悠長ながらエクタクロームかコダクローム(両方ともコダック社のカラースライドフィルム)かと迷っていた。「迷っている場合じゃないだろう!」と見知らぬクライアントに急かされ表に出てみるとぼくのコートは火風にあおられた。
 髪の毛がチリチリと焦げ始めたところで目が覚めたというわけだが、ぼくは子供時分に京都大文字焼の打ち上げ花火が原因で、京都御所に火柱が立つ(1954年8月16日)のを目撃した。そのことを洗顔中に思い出したのだ。御所はすぐ近くだったので、子供のぼくは恐怖を覚えた。
 そんな夢と現実の火事がない交ぜとなり、栃木市へと向かった。そこにあった木造モルタル家屋を前にして、ぼくはメラメラとイメージの火焔を上げたのだった。

 しかし、「悪女の深情け」って、どこか婀娜(あだ。女の美しくたおやかなさま。色っぽくてなまめかしいさま。広辞苑)っぽくて、ついふらふらしちゃうんだなぁ。メラメラと炎を上げないだけいいか。

※参照 → http://www.amatias.com/bbs/30/331.html

★「01栃木市」。
この写真はぼくの定義する「補整」ではなく、「加工」の部類に入るんでしょうか。是非については論の分かれるところ。
カメラ:EOS-1DsIII。レンズEF16-35mm F2.8L II USM。

絞りf11.0、 1/60秒、ISO200、露出補正-1.00。

★「02羽生市」。
土砂降りの雨の中、C.ツァイス製のソフトフィルターをかける。
カメラ:Fuji X100。
絞りf5.6、 1/125秒、ISO100、露出補正-0.33。

★「03さいたま市」。
我が家の近くで。6年前新調したカメラのテスト撮影。
カメラ:Sigma DP1s。
絞りf6.3、 1/500秒、ISO200、露出補正ノーマル。

(文:亀山哲郎)

2017/01/13(金)
第330回:暗室作業の功罪 (1)
 良い写真についての考えやそのありようを、より良く、率直に「伝えたい」との一心でぼくは何度も同じようなことを述べたり書いたりしている。あの手この手を繰り出して、同じものを異方向から、あるいは切り口を変えて、できるだけ分かりやすく立体的に伝えようとの努力をしているつもりだ。ついでに自身にも言い聞かせて確認を取っておくというずる賢い面がなきにしもあらずだが、その熱意が昂じ、今や執念と化しているようにも思える
 拙稿もそれが成せる業なのかも知れない。我ながら「よくもまぁ、330回も連ねるものだ。この執念は全体何なんだろう?」と訝ったりもしている。

 「伝えたい」(「伝えておきたい」とか「伝えなければ」のかなり欲張った意も含んでいる)との思いが強ければ強いほど空転する率も高くなるのだろうが、元が心配性のお節介(写真に関してのみ)、おまけに懇切ときているから、止めようがない。
 そしてまた、お互いに大人なのだからその空転に頓着する必要もないのだが、「おいらはちゃんと述べておいた」という逃げ口上だけは抜かりのないようにしておかなくてはならない。ここが指導者の指導者たる知略というものだ。
 しかし、世の中には齟齬や背馳を見つけると鬼の首を取ったように言い寄り、それを生き甲斐にしているような人もいるというから愉快だ。いえ、読者のみなさんではなく、身近にいる一味のことだ。なので、こちらは何があっても「屁の河童」という心胆だけがどんどん力強く育っていく。端から見ると可愛くないんでしょうねぇ。

 他人に何かを伝えなければならないという立場(悲境)に追い込まれると、人は否が応でも忍耐を強いられることになるので、元来の癇も弱まり、胆汁質もずいぶんと矛を収めるようになったと自分で苦笑している。余計な知恵がついてしまったのだ。  
 隠忍自重の繰り返しにより「角が取れて丸くなる」ことは人間として当たり障りなく生きて行くには好都合であろうが、こと写真に関すれば感情制御の習癖がついてしまっては良いはずもなく、それどころか確実に悪影響を及ぼすであろうと、心配性のぼくは最近富みに怯えている。
 「写真はどこかが尖っていないと面白くない」というのはぼくの本音だが、そういうと「尖りだらけの写真」を持ってくるという素直すぎる人もいる。真に受けすぎるのも困りものだが、しかし、言うことを聞かないより素直であることのほうが何百倍も良い。素直であるということは即ち人間的資質が豊かであることと同義であるから、 “多くの場合” 上達も明らかに早い。この事実は隠しようがない。

 ここ何ヶ月か、ぼくは他人(以下Mさん)の素のままのデータ(つまりRawデータ)を見る機会に恵まれ、とても良い勉強をさせてもらっている。Rawデータの主は写真を始めたばかりの人なので、まだ暗室作業を始めていない。毎月の勉強会に持参するためのプリントができないので、ぼくがコンタクトシートを作り、良い写真を何枚か選び出し勝手な補整を加えてA4にプリントしている。
 Rawデータをモニターで眺めていると、良い写真は無補整でも写真の向こう側から、あるいは奥から何かメッセージのようなものを確実に送ってくる。メッセージというのは写真の非常に重要な要素だと捉えているので、ぼくは素直な気持ちで「良い写真だ」とMさんに伝え、勝手に読み取ったメッセージを元に補整を加えプリントをする。
 Mさんにとってぼくの選択する写真や補整は恐らく意中にないもの多々なのかも知れないが、それは仕方のないことだ。まだ写真を見る眼が育っていないのだから、「良い写真」といわれたものが何故そうなのかを考えてもらえればそれでいい。好き嫌いで判断して良いのである。

 このようなことはMさんばかりでなく、他の人々も大同小異だ。ただ一応指導者モドキのぼくはそれでは威厳を示せない。ただのうるさいおっさんにすぎない。好き嫌いではなく、純粋クオリティを計ることができなければ指導者としての資格がない。
 良い写真を見逃してしまったり、指摘することができなければ大きな罪を犯すことになるので、月一度の写真評は大真面目で取りかかっている。

 写真のクオリティというものは撮影した瞬間に決定するものだとぼくは信じている。したがって、無補整であれ、念入りに補整したものであれクオリティは一緒だとの考えだ。補整の塩梅によって写真のクオリティが上下したり、カバーできたりするものではない。ただ補整というものは品位を下げることに荷担することがある。
 暗室作業の目的は、前述した写真の向こう側にあるものや作者のイメージしたものをより明確に、強く訴えることにある。そして、誤解を恐れずにいえば、デジタル画像は200年の歴史を持つフィルム(特にカラースライドフィルム)にくらべると非常に未完成なものだ。写真愛好家でなければ撮ったものが素のままでも良いのだろうが、いみじくも写真が趣味と名乗るのであれば、不足した部分に手を入れなければならないという心情に導かれるのは自然のことではあるまいか。
 フィルムにくらべデジタルは暗室作業が容易なので、そこに大きな落とし穴がある。暗室作業に力技を駆使し、悪事に手を染める人々が確実にいるのだ。ぼくの身近にもそのような一味がいる。次回こそ、その悪事を白日の下に曝してしてやろうと思っている。

※参照 → http://www.amatias.com/bbs/30/330.html

カメラ:EOS-1DsIII。レンズEF16-35mm F2.8L II USM。
撮影場所:栃木県栃木市。

★「01栃木市」。
日の暮れかかる寸前。第326回でお話しした「ゴールデンタイム」を意識して。
3枚の写真はほぼ2分以内に撮影したもの。
絞りf6.3、 1/30秒、ISO250、露出補正-2.33。

★「02栃木市」。
懲りずになまこ板。ぼくは赤を見ると興奮し突進する牛みたいだ。
絞りf8.0、 1/15秒、ISO400、露出補正-1.67。

★「03栃木市」。
露出の基準はお寺の白壁。
絞りf7.1、 1/30秒、ISO200、露出補正-2.00。

(文:亀山哲郎)