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■亀山哲郎の写真よもやま話■
亀山哲郎氏 プロカメラマン亀山哲郎氏が、豊富な経験から、カメラ・写真にまつわる様々な場面におけるワンポイントアドバイスを分かり易くお伝えします!
■著者プロフィール■
1948年生まれ。大手出版社の編集者を経て、1985年よりフリーランス・カメラマンとしてコマーシャル写真に従事。雑誌、広告の仕事で世界35ヶ国をロケ。
現在、プロアマの混成写真集団フォト・トルトゥーガを主宰。毎年グループ展を催し、後進の指導にあたる。
2003年4月〜2010年3月まで、さいたま商工会議所会報誌の表紙写真を担当。 これまでに、写真集・エッセイ集などを出版する他、2002年〜2008年には『NHKロシア語講座』に写真とエッセイを72回にわたり連載するなど、多方面で活躍中。

【著者より】
もし、文中でご不明の事柄などありましたら、右記アドレス宛にご質問ください。 → kameyamaphoto2@mac.com

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2017/06/23(金)
第353回:Tさんへの解答(1)
 今まで何度かデジタル撮影の露出基準(露出決定法)について触れた。重複する部分もあるけれど、今回はそれに付随する課題についてお話ししようと思う。
 ぼくの流儀は基本的に「フィルムはシャドウ部を基準とした露出決定だが(シャドウを潰さない)、デジタルはその反対にハイライトを基準とする(白飛びさせない)」と述べてきた。それが正しいデジタルの露出決定法だと確信している。
 フィルム使用者は極少数派となりつつあり、今やデジタル全盛の世なので、ここではフィルムが何故シャドウ部を基準とするのかには触れずにおくが、この教えはA.アダムス(風景写真の世界的第一人者。1902-1984年)の開発したゾーンシステムから学び得たもので、非常に理に適った露出の決定法(科学的な)、並びに現像方法(化学的な)である。このメソードは、科学と化学を十全に駆使して、イメージを描きあげて行く最も理想的なものである。

 ぼくはフィルム時代の約数年間、このメソードの知得と技術習得に余念がなく、明けても暮れてもゾーンシステムに取り組んでいた。もう40年も昔のことだ。「取り組んでいた」というよりも「入り浸り」といったほうがいいかも知れない。
 時は移り変わり、時代はデジタルとなり、この考え方をデジタルに応用すべく試行錯誤を重ねてきたといってもいい。写真は適切な露出で撮らないと思い描いたイメージに添うことはできず、またそれを美しく仕上げることができないものだ。ぼくはその不文律を頑なに信じている。そのような理由から、慎重で丁寧な露出の決定に心を割いてきた。できれば、ぼくだって露出はすべてオートで、カメラ任せで撮りたいものだ。
 しかし、現代の科学の粋を集めても適正な露出を得ることは不可能なので、ここは人智の見せどころでもある。自身の薄まりゆく人智を頼りに、これでも健気に「奮闘」しているのだ。

 まず大まかなところからお話しすると、写真は接写などの特別な場合を除いて、ほとんどの場合「空」が存在する。風景、建物、街中でのスナップ写真などなど、ほとんどといってもいいくらい「空」が写り込んでくる。この「空」を如何にイメージ通りに描き出すかということに、露出は大きな関わりを持っている。
 ぼくは主被写体より、「空」をどのように描くかにいつも腐心しているといっても過言ではない。いってみればぼくの露出決定の方法は「白飛びをさせない露出値の選択。特に空を重んじる」ということになろうか。
 雲ひとつない群青色の空はめったになく、どこかにぽっかりと白い雲が浮かんでいたり、あるいはうっすらとたなびいていたりするものだ。雲の表情や質感を疎かにしてしまうと、それは主被写体にまで影響を及ぼし、画像の立体感や緊張感を失ってしまう。そしてまた、「空」や「雲」は俳句でいうところの「季語」のようなもの、そして「空気感」を演出してくれる重要な要素だとぼくは捉えている。樹木や人々の衣装と同様に、季節を感じさせてくれる写真劇の名脇役でもある。
 「空」はいつも主被写体にまつわりついてくるものなので、扱いがとても厄介だ。これをぞんざいに扱うとその場の雰囲気や空気感までもが損なわれがちとなる。絵葉書やカレンダーのような真っ青で鮮やかな味気ない空をお望みであれば話は別だが・・・。

 さて、まだ陽の高い紺碧の青空はまだしも、厄介なのは曇り空や夕暮れ時、早朝時の空である。地面、建物、空の3種混合という最も一般的な被写体を画面等分に入れて、露出補正をノーマルのままで撮るとどうなるか? 露光(露出値)は地面や建物に引きずられるので空の大半が白飛びという結果となる。曇り空は意外なほど明度が高いということだ。 
 白飛び現象を防ぐために、撮影した画像をカメラモニターのヒストグラム、もしくは白飛び警告で確認しながら露出決定をするわけだが、曇り空(曇り空は一種の発光体と見なすべき)を白飛びさせないために、露出補正は常にマイナス補正となることを知っていただきたい。拙稿で掲載させていただいているぼくの写真の大半はマイナス補正であることはすでにご案内の通り。

 さてさて、空や雲を白飛びさせないためにマイナス補正をすると今度はシャドウ部が見た目より遙かに暗く描写されてしまう。特に、陽光下で見るカメラモニターでは、真っ黒にさえ見えることがある。この現象に人々は怖じ気づいてしまうのだ。ところが然にあらず、自宅のパソコンのモニターで見てみると広い面積にわたってシャドウ部が潰れているなどということはまずない。怖じ気づく必要などまったくないということだ。
 デジタルはフィルムと異なり僅かでもシャドウ部に情報があれば、その部分を画像ソフトなどで起こすことが可能である。Photoshopに限らずほとんどのソフトにはこの便利な機能がついているので、それを利用すれば潰れたかに見えるシャドウ部の再現はまったく可能となる。
 この操作はかなりの慎重さを要求されるが、難しい作業ではなく、コツを掴めばこれなしに暗室作業は成り立たないと思えるほどだ。とても重宝・有用な機能なので是非ともその利用をお薦めしたい。ただ、撮影時の留意点としては、露出補正と同時にISO感度も関わってくるのだが、次回にその問題点についてお伝えしようと思う。
 まずは、白飛びをさせないためのマイナス補正には「果敢に蛮勇をふるうべし!」とぼくは読者諸兄に強く訴えておきたい。

http://www.amatias.com/bbs/30/353.html

カメラ:EOS-1DsIII。レンズEF16-35mm F2.8L II USM。
撮影場所:東京都北区赤羽。
子供時分小鳥を買うために父に連れられ、しばしば通った赤羽。小雨降るなか、半世紀ぶり以上になるが、当時に思いを馳せ50分間歩いてみた。

★「01赤羽」。
昔ながらのアーケードにある居酒屋。開店準備中というところか。赤いシャッターが際立つ。
絞りf3.2、1/15秒、ISO400、露出補正-1.00。

★「02赤羽」。
雨の中、横目で開店直前の居酒屋を。
絞りf5.6、1/100秒、ISO200、露出補正-1.00。

★「03赤羽」。
「シルクロード」の看板色は、これでもだいぶ抑えたつもりだが、赤とシアンの補色対比が面白い。
絞りf6.3、 1/40秒、ISO250、露出補正-1.00。
(文:亀山哲郎)

2017/06/16(金)
第352回:愛想なし
 粗忽(そこつ)の体験談は概ね愉快なものだが、反面身につまされることもある。両者の共存は、「人の振り見て我が振り直せ」との教訓を与えてくれもするが、だからといって親身になって憐憫の情を示すこともない。あくまで他人事だと高を括っているので、同情の余地がないのだ。
 「それはお気の毒なことをしましたねぇ」と、人は一応眉間にシワを寄せ深刻な様子をして見せながらも、内心はやはりどこか愉快がっている。ここが粗忽と不幸の最も異なるところでもある。粗忽は笑えるが、不幸は笑えない。

 普段、粗相とは縁遠いと思われる人の失態は愉快さに拍車を掛ける。その失敗談を聞くに及び、控え目でありながらも気取りのある人なら、微笑みで対応しようとするが、本来の迂闊者は我が意を得たりと膝頭を叩きながら、粗忽者との共闘を目論む。傷を舐め合いながら居場所を確保しようとするのだ。ぼくはどうやら後者のタイプであるようだ。

 ぼくより十数歳若いカメラマンであるC君は撮影後、撮影済みのフィルムを車の屋根に並べ整理していた。そして屋根に乗せたまま走り出し、帰路についてしまったというのだ。途中気がつき慌てて来た道を引き返したが夜だったこともあり、ほとんど回収できなかったそうである。
 ぼくはこの話を聞いて笑えなかった。むしろ怒りを覚えたくらいだった。彼は従来迂闊なことを多くしでかしていたからだった。フィルムの現像中に現像タンクの蓋を明所で開けてしまったとか、高速を走ればまったく関係のない出口で降りてしまったとか、あれやこれやと洒落にならぬドジ専科でもあった。
 フィルム逸失事件の話を聞き、「君はカメラマンを辞めたほうがいい」との言葉が喉まで出かかったが、ぼくはそれを押し止め、この教訓にも反省にもならぬ話を一蹴した。ぼくのような寛容な(?)人間でも同情の余地を一切残さぬ彼の失敗は可愛げがないと感じたからだった。

 ぼくはしばらくこの事件について考えていた。ぼく自身が被害を蒙ったわけではないが、「罪を憎んで人を憎まず」というどこか解釈不明瞭な教えに素直に従うには大きな抵抗があった。この宗教的かつ哲学的な教えには他方で法解釈や我々の道徳的・倫理的なものが多分に含まれるのでここで深入りすることはしないが、この出来事は乱暴にいえば、「愛嬌」に帰着するところが大きいようにぼくは解釈している。普段の注意力散漫が招いたものであり、その人柄が反映されたものなので、ぼくは怒りを覚えたのだと思う。
 失敗を、微笑ましいものと受け取れるかそうでないかはとどのつまりその人の人柄によるところが大きいのではないだろうかというのがぼくの結論である。
 フリーランスで生きて行くには「愛嬌」も必要な条件と知ったが、「愛嬌」の源流には信頼や誠実さが横たわっているように思えてならない。その意味で、「人の振り見て我が振り直せ」の教えは貴重なものに違いない。

 今回は、写真撮影の基本的なメカニズムについてお話ししようと思っていたところ、「忘れ物の亡霊」を飛び越え「忘れ物断罪シリーズ」を窺わせるようなことになってしまった。愛嬌がないなぁ。
 先日、うちの一味と喫茶店でお茶をしていた時に、写真倶楽部に相応しい話題となったので今回はその話を披露しようと思っていたのだが、字数が中途半端なってしまったので、その触りだけを。
 
 Tさんは現在いろいろなことでお悩みである。そのうちのひとつが「白飛びをどのように解消するか?」という、デジタル撮影にあたって最も重要かつ基本的な事柄についてであった。
 Tさん曰く「ISO感度を上げると白飛びしてしまうでしょ」。
 ぼく曰く「えっ、???」、再び「はぁ、???」。
 彼の理論によると、ISO感度を上げると白飛びをし、シャドウ部がザラメ状(ノイズの増加)となり、バッチィ作画となってしまうとおかしな三段論法でぼくに迫ってきた。
 ぼくは一瞬何から説明していいか目眩を覚えた。Tさんの名誉のためにいっておかなければならないが、彼は至って利発な人である。1日中メスを振り回し、生死と対峙している手術の達人でもある。にも関わらず、あまりの頓珍漢な言い分に気弱なぼくはボーッとしてしまったのである。同席したご婦人方は常に気丈であるが故に、このくらいのことで動じるはずもなく、しかし耳をダンボ(Dumbo。ディズニー漫画の題名。主人公の子象は、耳が不釣り合いに大きい)状にし、「あたしたちは疾(と)うに、ISO感度と白飛びは何の関係もないことくらい知ってるわ」(嘘つけ!)という顔つきで、悠々サンドイッチをパクついておられた。

 「あのぉ、白飛びはISO感度の問題ではなく、露出補正の問題なのね」とぼく。
 彼はすぐに正気を取り戻し、「そうですね、露出補正でした。で、ですね、白飛びを避けるために露出を補正すると、どうしてもマイナス補正となりますよね。そうすると今度はシャドウ部が潰れますね。そのシャドウ部を上げようとするとノイズのザラザラが目立ってしまうんです。そこで、ノイズリダクション(ノイズ軽減機能)を使用するとノッペリしてしまうんです。あちらを立てればこちらが立たずで、どうしたらいいんでしょうか?」と、正しい三段論法に切り替えてきた。彼の論理は正しく、誠に筋がよろしい。

 次回はこれをテーマにお話ししようと思う。今回は尻切れトンボの愛想なしですいません。

http://www.amatias.com/bbs/30/352.html

カメラ:EOS-1DsIII。レンズEF16-35mm F2.8L II USM。
撮影場所:東京都北区赤羽。
子供時分小鳥を買うために父に連れられ、しばしば通った赤羽。小雨降るなか、半世紀ぶり以上になるが、当時に思いを馳せ50分間歩いてみた。

★「01赤羽」。
個人を特定できるような写真は掲載しないことにしているが(ぼくの写真には人物写真が非常に多いのだが)、これはあくまでの街の佇まいとしての光景を写し取ったものとして掲載することに。映画のワンシーンをイメージし、そのように仕立ててみた。
絞りf8.0、1/30秒、ISO400、露出補正-1.00。

★「02赤羽」。
この街には異邦人が多いとみえ、さまざまな国籍の人が生活を営んでいるようだ。
絞りf6.3、1/60秒、ISO200、露出補正-1.00。

★「03赤羽」。
まだ開店している店は少なかったが、馬刺しを肴に一杯やるおねえちゃん。なんとも羨ましい。
絞りf7.1、 1/30秒、ISO500、露出補正-1.33。
(文:亀山哲郎)

2017/06/09(金)
第351回:忘れ物の亡霊(続)
 同業者であるぼくの知り合いにも、前号のぼくと同じように信じ難いドジを踏んでしまった人たちがいる。カメラを忘れたカメラマンが侮れないほどの根深い失態を演じてしまった人もいるのだ。今回はぼくのそれよりずっと深刻な事態を公表するが、これは決してぼくの創作話ではなく、まったくのノンフィクションである。

 編集時代から仲の良かったカメラマンのAさんは、ぼくの信頼すべき仕事上のパートナーでもあった。写真に真摯に向き合い、礼儀作法を心得、創意工夫を凝らしながら黙々と仕事をこなしていく彼の職人としての佇まいにぼくは全幅の信頼を寄せていた。同世代ということもあってか、よく馬が合ったものだ。       
 当時は出版社も好景気で、分厚いムック本を担当していたぼくは、いわゆる “特撮” の機会あるごとに彼に撮影依頼をしていた。
 燧ヶ岳(ひうちがたけ。尾瀬ヶ原にある標高2356mの火山)の頂上から尾瀬沼を背景にオーディオの機材を並べ、表紙の撮影をしたことがあった。
 山小屋の主人がガイド役を務めてくれ、編集者3人にディレクター、デザイナーなど、大がかりなロケだった。山頂では午後になると雷雲が唸り始め(ブーンという不気味な音がかすかに聞こえる)、ぼくはスピーカーを担ぎ、Aさんは重いカメラバッグを背負いながら、脱兎の如く山頂から駈け降りた。重労働仕事をAさんはいつも快く引き受けてくれたものだ。ずぶ濡れとなった燧ヶ岳行脚は、今となっては遠い昔の懐かしい思い出である。

 編集者を辞めこの世界に飛び込んだ後も彼はこの道の先輩として何かとぼくの世話を焼いてくれた。時折会っては情報交換などをしていたが、ある時Aさんは、「かめさん、ちょっと聞いてよ。この間ね、こんなことがあってさ」と、珈琲をすすりながらとつとつと語り始めた。
 彼の話すところ、それは京都にある某社に行き製品撮影をしていた際の出来事だったらしい。帰京して、フィルムを現像所に出し、あがりを引き取ってみたら最後の1カットだけがどうしても見当たらないのだという。こんな時カメラマンは多分例外なく冷や汗と脂汗がどっと噴き出るものだ。恐らく彼もそうであったに違いない。
 「Aさんのような慎重居士で為る人が、どうしてまた?」と聞き返すと、彼は「最終カットに手こずり、やっと物の配置とライティングが決まり、そこでポラ(ポラロイドフィルム。本番撮影をする前には必ずポラロイドフィルムを使用して諸々の確認をするのが当時の習わし。今はPCのモニターで確認しながら撮影をする)を引き、全員のOKが出たところで、ぼくね、思わずホッとして “ハイッ、お疲れさま” といってしまったんだ。とたんに緩んじゃったのね。ポラだけ引いて、本番を撮らなかったというわけ。誰もそれに気づかず東京に帰ってきてしまったんだ。今だからいえるんだけれど。あっはっは」と愉快そうに屈託なく失敗談を語ってくれた。

 ぼくも彼に呼応しながら、「他人の粗相は愉快なり」と膝頭を叩き、万感の思いを込めて大笑いをしつつ、憐憫の情を示した。同業者として、 “いち早く現場を立ち去りたい” という気持が痛いほど理解できるが故に、彼のその時の安堵の感情も同時に手に取るように察することができた。
 カメラマンはロケ現場での全責任を負っているので、相当な緊張を強いられる。クライアントやスタッフとのやり取りも神経戦の様相を呈することがある。無事、最後の1カットを切り終えてカメラマンの “ハイッ、お疲れさま” の一言ですべての作業が終了する。この言葉は終了を全員に伝える重要な合図となる。その後は撤収あるのみで、この撤収作業がロケで最も気の休まる瞬間でもある。余談だが、この言葉を発しがたいためにカメラマンに転向しようとした広告代理店の若人がいた。「ぼく、現場監督に憧れているんですよ。カメラマンって現場ではお山の大将だから」と。隣の芝は青く見えるものらしい。

 現像があがってくるまで結果は判明しないが、取り敢えず「後は野となれ山となれ」との覚悟を決めないと身が持たない。この開き直りができない人は、カメラマンには不向きであろう。また、「イチかバチか」のスリルに快感を覚えない人もやはり不向きである。前出の若い衆はこの要素に欠けていたので、ぼくは大人ぶって「カメラマンなんて止めときな!」と諭したものだった。

 この開き直りの保証をある程度与えてくれるのがポラの存在なのだが、ポラだけ引いて本番を撮らなかったというのはやはり前代未聞の珍事であろう。
 安堵というブラックホールに吸い込まれてしまったAさんは、しかしお咎めを受けることもなく、再び京都に出向いたとのこと。実費などの面倒もクライアントがみてくれたのだそうだ。「良いクライアントや担当者でよかった! 命拾いをした」とは彼の言葉だが、それは第一に彼のお人柄によるものではないかと思う。写真が上手ければそれだけで食っていけるという世界ではないようで、それを思うとぼくはとたんに身持ちが悪くなってしまう。かといって下手ではやはりダメなので、ぼくなど実はとても居心地の悪い世界でもあるのだ。何でこんな亡霊の棲むややこしい場所で商売を始めちゃったんだろうか。

http://www.amatias.com/bbs/30/351.html

カメラ:EOS-1DsIII。レンズEF16-35mm F2.8L II USM。
撮影場所:東京都北区赤羽。
子供時分小鳥を買うために父に連れられ、しばしば通った赤羽。小雨降るなか、半世紀ぶり以上になるが、当時に思いを馳せ50分間歩いてみた。

★「01赤羽」。
この世界に疎いぼく。何の店だか見当もつかないが、外観の色に惹かれて思わずシャッターを切った。
絞りf6.3、1/60秒、ISO100、露出補正-1.67。

★「02赤羽」。
「01」の裏手にある駐輪場。全体の面白い色合いをわずかに強調してみた。
絞りf8.0、 1/30秒、ISO100、露出補正-1.00。

★「03赤羽」。
昭和の香りがプンプン。
絞りf8.0、 1/30秒、ISO100、露出補正-1.00。
(文:亀山哲郎)

2017/06/02(金)
第350回:忘れ物の亡霊
 ぼくの身近にいる、もしくはかつて “いた” 写真愛好の同志たち(助手君や、プロもアマも含めて)が演ずる写真騒動の顛末を取り上げて記事にするのも何かしらのお役立ちになるかも知れない。誰でもが似たり寄ったりの事象を体験していると思うからだ。他人事(ひとごと)と笑って済ませればいいのだが、案外そうでないことが多いのではないかと思う。
 「他人の不幸は蜜の味」をもじって「他人の粗相は愉快なり」なので、ぼくは騒動の渦中にある人間に憐憫の情などまったく催すことなく、そして善人ぶらずに膝頭を叩きながら面白がることにしている。
 また、「人は誰でも過ちを冒すものだ」と、ものの分かった風な素振りも決して見せない。敢えて寛容さをかなぐり捨て、「不用意な過ちは許すべからず」を第一とし、後回しにはしない。素直に「他人の粗相は愉快なり」を満喫すればいい。
 「人は悪(わろ)かれ我善かれ」であるけれど、かく言うぼくも過去にとんでもない失態を演じたことがある。その大失態をここに記しても「お役立ち」とはならないので、どうしたものかと思案するが、他人の滑稽をあざ笑う前に自虐的にお伝えしておこうか。笑えるような代物ではないのだけれど。

 20年ほど前、スイーツの撮影で神奈川県のたまプラーザに行った時のこと。ぼくはいつも大型の四輪駆動車に撮影機材を満載して移動していた。予定時間の30分前に現地に着き、のんびりと担当諸氏らの到着を待っていた。
 写真を生業とする人間が最も恐れることは機材の忘れ物である。あらゆる事態を想定して(撮影担当者という人種は、その場の思いつきで何を言い出すか知れたものではない)、準備万端粗相なきようにしておかなければならない。撮影の趣旨に合った機材を忘れることは御法度である。
 また、「そんな話は打ち合わせ時には聞いていません。いきなりいわれても撮影できませんよ」とは筋としては通るのだが、プロの分際でそのような科白は吐きたくない。前もって成り行きを見透し、それなりの準備をしておくことはどのような職業でも同じだろう。多種多様な注文にも支障なくチャラッと応じるのが職人本来のありようだとぼくは思っている。したがって、あらゆる撮影状況に対応できるだけの機材を車に積み込んでおく必要があった。「備えあれば憂いなし」というわけだ。

 撮影の前日には自分で作った機材の品目リストを睨み、一応「抜かりのないカメラマン」と認定されているらしいぼくは、その期待を裏切らぬように指差し呼称をしながら確認作業を急ぐ。膨大な数の品目を車に積み込んでやっと一安心。しかし、それでも人はドジを踏むものだ。憐憫も寛容もプロには無縁のものと心得、忘れ物という亡霊に憑依されながらも勇んでロケ現場に向かうのである。

 さて、現場に到着したぼくであったが、待ち時間にひょいと後部座席を振り返った。そこにいつも置かれているカメラバッグがないのである。カメラバッグは後部座席が指定席となっており、そこにその姿が見えないということは何としたことであろうか? 半信半疑で荷台をひっくり返してみるのだが、やはり姿が見えないのだ。
 20年を経た現在でもあの時の光景が走馬燈のように眼前に蘇ってくる。それは、ぼくの耀かしい歴史の1ページを飾るに相応しい出来事だった。ぼんやりしていられないぼくは直ちに最善の手を打たなければならない。当時すでに携帯電話を使用していたぼくは車内から大学生だった坊主(息子)に、「特上のうな重食いたいだけ食わしてやるから、カメラバッグ持って、たまプラーザまで来てくれ」と伝えた。約1時間半の道のりである。

 「カメラを忘れたカメラマン」を担当諸氏たちに自白しなければならないが、そんな自己紹介は膝を叩いて笑えるようなことだろうか? おそらく彼らにしてみれば前代未聞の珍事であるに違いない。ぼくは寛恕を請うたりはしないが、後世まで「カメラを忘れて現場にやって来たのはかめやまというカメラマン」と、世間に伝聞されるのは致し方のないことだ。「ここはひとつ穏便に示談にしてくれないか」という性質のものでもないので、ぼくは自分の過失に身を縮めながらも、彼らがどの様に反応するかに興味が移っていった。
 怒りを露わにすることはないだろうが、かなりコクのある「洒落」として受け止めてくれれば、ぼくは彼らを一人前の大人と認めてやろうという気持になった。「寛恕」とは、「心が広く、思いやりのあること。また、広い心であやまちや無礼をゆるすこと」と大辞林にはある。ぼくは大辞林に大いなる期待を寄せた。
 罪状を素直に自白したら、あたり一帯が狐に摘ままれたような異様な真空状態に包まれ、動画が一時停止したようだった。時間は動いているのに、みなの表情が石膏のように固まっている。固まってないのは謀反を起こしたぼくだけだった。長い沈黙が支配し(といっても10秒足らずだろうが)、ぼくは彼らを穴の開くほど観察していたのだった。完全に開き直っていたのだから、恐いものなしである。
 ぼくの命運は彼らの手に握られていた。覚悟を決めた人間は強いもので、ぼくに寛容さを示さなければ、「人はだれでも過ちを冒すものだ」と諭す気でいた。ぼくの正直さを人は「身勝手」というらしい。

 この事件をいい気になってここで披露できるのは、彼らの予想を上回る寛容なる精神があったればこそである。ぼくも改心あってか、その後の20年間は機材忘れなく、つつがなく過ごしている。「無事是名馬」???

http://www.amatias.com/bbs/30/350.html

カメラ:EOS-1DsIII。レンズEF16-35mm F2.8L II USM。
撮影場所:群馬県桐生市。

★「01桐生市」。
日が西に傾き始めた頃。1時間半の駆け足滞在だった桐生市。都合15枚の写真を掲載させていただいたが、機を改めて再訪してみたい。
絞りf11.0、1/50秒、ISO200、露出補正-1.00。

★「02桐生市」。
クリーニング店。特徴のある被写体ではないが、この空気感と色合いに惹かれてシャッターを切る。
絞りf9.0、 1/40秒、ISO200、露出補正-0.67。

★「03桐生市」。
ぼくの地元ではすっかり見かけなくなった商店の佇まい。
絞りf11.0、 1/250秒、ISO100、露出補正-2.33。

(文:亀山哲郎)

2017/05/26(金)
第349回:「失敗は成功の母」というが?
 今月はいつにない頻度であちこち撮影に出かけている。極めて精勤な様子である。おかげで現像が追いつかない。
 撮影地は気の赴くままというのが正直なところであるけれど、そうは言いつつどこでもいいというわけにはいかない。写真の面持ちというものは一貫性を保っていなければならず、自然と自分の写すべき写真のありように沿ったところを選んでいるように思える。

 歳を経るに従いノスタルジックなものへの心延(こころば)えは必然的な成り行きであり、誰もそれを否定することはできないが、懐かしさに対する妖しげな憧れだけで写真が撮れるというわけではない。 
 失われつつあるものを写真にしっかり記録しておくことはとても重要なことだと認めるが、ぼくにそれをする必然性はなく、またその役柄でもない。
 いってみれば自分が生を営んできた過ぎ去りし日々の幻影・火影・影法師といったものが何であったのかを感受し、解きほぐし、それを率直に表現する作業がぼくの写真だと考えている。なかにはもちろん痛みを伴うかさぶたのようなものもあるが、 “感じたままを素直に” 写し取れば、回帰性に根ざした自分の正体が見えてくるのではないかとも思う。
 しかし、「感じたままを素直に写し取る」のは七転八倒の苦行であり、至難の技といえるけれど、十全とはいかずとも自己分析に写真は大いに役立ってくれている。主客転倒な言い方ではあるが、「逆もまた真なり」だ。
 そしてその作業に対峙することはとても興味深いのだが、素直さを疎かにすると写真は浮ついたものになってしまうのではないかと警戒している。「素直さ」とは自分の描いたイメージに寄り添うという意味だ。最近になってことさらにその意を強め、それがぼくの写真的根源の一部を成しているようにも思える。
 したがって、きれいに写し取っただけの観光写真はまったく無縁のものとなる。今まで仕事で(食うために仕方なく)その種の写真をいやというほど撮ってきたのだから、もう御免蒙りたいというところだ。

 そんな思いを抱きながらの撮影行ではあるけれど、折悪しくか運良くか分からないが、カラー写真への再検討を始めてしまった。その過程での初歩的現象として、私的写真(モノクロ写真が主)は人物スナップが大半だったぼくが、カラー写真を意識したとたんに静物(主に家、建物)を被写体とするようになった。撮影に際しても色の対比や配色をことさら意識し始め、警戒心さえ抱くようになったのだから可笑しい。
 何が可笑しいって、本業のコマーシャル写真では、色の対比や配色は非常に重要な要素であるが故に一時の気も抜けないのに、気抜けしてよい私的写真ににあって、仕事モードを払拭できず、被写体を前に無言のウンチクを傾けているのだから、やはりどこか滑稽だ。
 「興味ある被写体」と感じても、「この色味じゃ絵にならない」なんて人知れずつぶやいている。
 「絵にならない」と言いつつも、撮ってはいけない “取り敢えず写真” を未練がましくも撮ってしまう。もしかしたら上手く撮れるかも、という邪な気持に抗しがたく、凝りもせずにシャッターを押している。そんな写真が良かったなんてためしなど一度もないのにである。こんにちに至るまでそんな愚昧を何万回も繰り返してきた。さっぱり学習能力がない。「失敗は成功の母」ではないようだ。

 「感じたままを素直に」撮ったつもりが、自宅でいざRawデータを見てみると、立ち位置やレンズの焦点距離が間違っていたとか、光を読み切れなかったとか、思いのほかつまらないものを撮ってしまったなんてことも日常茶飯。
 それは誰もが体験済みであろうが、自分のなかで何かが劣化してしまったのではないかと、ぼくはひどく不安になる。被写体や光に全責任を転嫁してしまおうとするのがぼくの常套手段だが、こう非常にしばしばだと逃げの一手がなかなか見つからないものだ。失敗が多すぎて、母もお手上げといったところだ。

 被写体の持つ歴史性、社会的必然性、伝統、宗教を含めた習俗など、そこに居住する人たちも取り混ぜてぼくにとっては非日常そのものだが、どこかに何かしらの接点(共鳴や美的なもの)を見出そうと努めるようにしている。
 非日常に接した時にしばしば生じる気持の高ぶりは、時として無定見な自家撞着をもたらすので、その折り合いをどこかで計らなければならない。辻褄を合わせないと(情と知の整合を取らないと)、個人的な写真を撮る必然性が生まれにくい。バランスの欠いたものを個性的と称するのは明らかに間違えである。
 被写体やそれを取り巻く環境に対する知識や理解が情と合致しなければ、写真としての質的向上は望みにくいのではないかと思っている。

 イメージを構築していく過程で、ぼくはいつも上記したことを自問しながらシャッターを押すことにしているが、自答の得られない時に “取り敢えず写真” が発生するようである。もうそろそろぼくもクソジジイ、我が分際を知りて、母の優しい手招きを待ち焦がれている。

http://www.amatias.com/bbs/30/349.html

カメラ:EOS-1DsIII。レンズEF16-35mm F2.8L II USM。
撮影場所:群馬県桐生市。

★「01桐生市」。
有鄰館の一部である「矢野本店」の歴史は大変古く、商業を営んだのは16世紀初頭にさかのぼる。1916年の写真にはすでに「キリンビール」の看板が掲げられている。
絞りf8.0、1/125秒、ISO100、露出補正-1.00。

★「02桐生市」。
全身なまこ板の家を発見。廃屋か否か、しばらく観察したが不明。
絞りf9.0、 1/30秒、ISO100、露出補正-0.67。

★「03桐生市」。
ノコギリ屋根の工場跡(写真右隅)を見に行ったが触手が動かず、隣接する電気屋(廃業)に郷愁を感じて。
絞りf13.0、 1/60秒、ISO200、露出補正-0.67。
(文:亀山哲郎)

2017/05/19(金)
第348回:ご質問へのお答え
 たまたま調べ直すことがあり、拙稿を繰っていたらちょうど7年前の今日、つまり2010年5月18日(火)が掲載第1回目だった。7年後の同日にこの原稿を書いているので、丸7年間、週に1度小まめに書き殴ってきたことになる。ぼくも相当執念深いが、担当者とて同様であろう。彼らはかなりの我慢を強いられているはずである。写真屋稼業をしているうちは、ネタが尽きるといこともなさそうだが、悪友たちは「内容なんてどうでもいいから、ボケ防止のために続けろ」と異口同音にいう。いい気なものだ。
 ボケ防止になるかどうかは保証の限りでないが、社会に対して公に文章や写真を発表することはそれなりの責務を多少なりとも負っているので、緊張感の維持という意味ではボケ防止に貢献しているのかも知れない。

 前回と前々回で「とっておき」の印画紙としてご紹介した仏キャンソン社の“Baryta Prestige” (バライタ・プレステージ)について早速読者からご質問をいただいたので、多少の責務をここで果たしておきたい。

 一つ目の質問は「紙厚」についてである。印画紙の紙厚についてはプリンターの取り扱い上無視できない大切な問題だが、平均的な紙厚についてぼくは正確なところを知らない。一応の目安として紙には斤量というものがあり、ほとんどの印画紙に記載されている。例えば210g /u といった記述である。これは1平方メートルの紙の重量が210g という意味で、数字が大きくなるにつれ厚みも増す。
 汎用写真用印画紙はメーカーによっても異なるがおおよそのところ200〜260g くらいではなかろうか。重くなるに従い高級印画紙の部類に属す。
 ぼくの愛用しているキャンソン社の “Baryta Photographique” (バライタ・フォトグラフィック)は斤量が310g /u で、厚い印画紙の部類に入る。プリンターメーカーの純正品ではないので、「用紙厚」や「プラテンギャップ」(プリントヘッドと印画紙の間隔)を個別に調整しなければならない。また、この厚さだと、扱いはトレイでなく手差しとなるので厄介といえば厄介に違いないが、余りあるだけの満足感が得られるので苦にしてはいけない、と自分に言い聞かせている。

 さて、ユーザーにとって心配のたねは、純正でないメーカーの印画紙を使用する際に、紙厚が増せば貴重な印画紙にインクが擦れたような汚れがついてしまうのではないかということだ。このことはぼくも実際に経験している。
 メーカー純正の印画紙は、「印刷設定」/「用紙種類」から使用印画紙を選べば自動的に設定してくれるので心配はない。
 かつて “Baryta Photographique” の厚さを実際にマイクロメーターで計測したことがあるが、0.47〜0.49mmだった。汎用写真用印画紙の約1.5〜2倍の厚さである。印画紙を汚さないためには、「用紙調整」/「用紙厚」を「5」にし、「プラテンギャップ」を「広め」にすれば、ぼくの環境下では今のところ問題はまったく生じていない。

 新製品の “Baryta Prestige” は、斤量が340g /u とさらに重く、手に取っただけで頼り甲斐を感じさせるものだ。我が家をリフォームした際に、マイクロメーターをどこかにしまい込み見当たらないので、紙厚は計測していないが、おそらく0.5mm 以上あると思われる。
 「プラテンギャップ」は「広め」のままにし、「用紙厚」を「6」にして10数枚プリントしてみたが何も問題は生じていない。
 この設定は、先日の展示会にて使用した同じくキャンソン社のキャンバス地(本物のキャンバスにデジタルコーティングを施したもので、正式名は ”PhotoArt ProCanvas” 。これも再現性と風合いが突出している)と同様の設定である。うっかり「プラテンギャップ」を「標準」にしてプリントしたら、やはり汚れがついてしまった。ちなみにこのキャンバスは395g /u と超重量級である。ましてや紙のような平面性を保っているわけではないので、少々のゆとりが必要だが、上記の設定で問題はない。

 二つ目はプリンタープロファイルである。プロファイルの定義はカラーマネージメントとの関連から解説しなければならないので本稿では割愛するが、平たくいえば「使用印画紙に適した各色インクのバランスと噴射量を調節するためのもの」と理解していただければと思う。
 “Baryta Prestige” のICCプロファイルはキャンソンのホームページからダウンロードできるので、それを使用するのが最善だろう。ぼくは自作したものを使用しているが、それと比べてもダウンロードしたICCプロファイルは遜色がなく安心して使用できる。

 外国の著名な高級印画紙を購入し、メーカーの純正プロファイルをダウンロードしてプリントしたことがあったが、それはとても使いものになるようなものではなかったという苦い経験もある。
 「少なくともぼくの使用環境では」という但し書きが必要だが、同じような体験をした仲間もいたので、純正プロファイル=ベストという考え方はしないほうがいい。「おかしい」と思ったら、プロファイルを他のものにあれこれ変えてみるということが肝要であろう。プリンタープロファイルとはそうしたものなのだ。

http://www.amatias.com/bbs/30/348.html

カメラ:EOS-1DsIII。レンズEF16-35mm F2.8L II USM。
撮影場所:群馬県桐生市有鄰館。江戸時代から昭和にかけて、味噌、醤油、酒を保存するために使用された蔵が11棟建ち並ぶ。現在はさまざまなイベントが催されているようだ。

★「01桐生市」。
新緑眩い5月1日の桐生市有鄰館。新緑を意識して撮ったなんて何十年ぶりのことだろうか。
絞りf13.0、1/40秒、ISO100、露出補正-1.67。

★「02桐生市」。
蔵のなかに展示されていた織物。桐生市は日本を代表する絹織物の産地であり、繊維に関連する技術の集積地でもあった。
絞りf6.3、 1/20秒、ISO400、露出補正-3.00。

★「03桐生市」。
有鄰館敷地内に並ぶ倉庫(蔵)群。
絞りf11.0、 1/80秒、ISO100、露出補正-1.00。
(文:亀山哲郎)

2017/05/12(金)
第347回:とっておき(続)
 前号にて紹介した仏キャンソン社のデジタル用印画紙 “Baryta Prestige” (バライタ・プレステージ)はぼくがデジタルプリントに没頭してきた10数年間で最も好ましい結果を示してくれた。モニターに食らい付きながら暗室作業をしたその画面とプリントアウトされた印画紙の結果がここまで近似していることにぼくは瞠目せざるを得なかった。数値では表せない透明感や立体感など、卓越したものがある。ぼくはこの印画紙に大いなる信頼を寄せた。
 本来発色原理の異なる両者の一致を見たことは、ぼくのこれからのデジタルプリントに於ける大きな指針や励みとなるだろう。

 本来ならば、 “最も好ましい” 印画紙とは何をもってするのかを客観的に証明しなければならないのだが、この印画紙がプリンターから排出されたとたん、前号にて記したように「いつもなら精密な分光測光機を用い計測してみるのだが、今回はプリントされたカラーパッチを見てその気がなくなった。数値などどうでもいいという気にさせられたのである」と、物理特性を厳格な客観性と捉えるテスト魔のぼくでさえそう感じ取った。客観性より自身の主観を信じてよいと判断したからだった。そう言い切ってしまえるのは、かつて愛用した「とっておき」から多くのことを学んだからだろうと思っている。

 オーディオが全盛であった時代に、ぼくは編集者としてオーディオや音楽に11年間従事していた。音楽好きで、しかもメカ好きであったぼくがオーディオに熱中したことは言を俟(ま)たないが、物理特性(周波数特性や歪率特性など)に優れたスピーカーが必ずしも心地よい音楽を奏でる(これを “良い音” とするならば)とは限らないということを知った。しかし、良いスピーカーは優れた物理特性を有しているという厳然たる事実も一方で知ったものだ。
 このことは、音はまだまだ科学で解明できない部分が少なからずあるということを実証していた。

 コンサートホールで聴くクラシックやジャズがあたかも眼前で鳴り響いているかのようなオーディオ装置をぼくは最良のものとしていた。コンサートホールを自室に呼び込もうとする手品のような仕掛けがオーディオ装置というわけだが、これも虚構の世界に遊ぶ高尚な道楽といえよう。
 1枚のLPレコードには途方もないほどの情報が含まれており、装置を変えるたびに「こんな音が1本の溝(レコードの)に刻まれていたのか」との発見はぼくを有頂天にさせ、淫するに十分すぎるものだった。レコードはもちろんヨーロッパ製のものだ。
 そしてまた重要なことは、高価で優れた装置を組み合わせれば即ち “良い音” が得られるわけではないということも同時に知った。いくら優れた道具でも、使いこなさなければ宝の持ち腐れとなる。使いこなしてこその「とっておき」である。このことはオーディオばかりでなく、カメラやその周辺機器についてもまったく同じことがいえるのではないだろうか。
 使いこなそうとするその意欲と熱意が、より良質な感覚と技術、そして知識を育んでいくのだとぼくは信じている。ライカを持てば即ち良い写真が撮れるわけでないことは、誰もが先刻承知であろう。

 新着の“Baryta Prestige” はその伝でいえば、決して大仰ではなく、自室にコンサートホールが再現できたような感覚に陥る。モニター上の画像を生演奏に喩えれば、プリントアウトされたものは見事なほど演奏会場の臨場感を再現している。生特有の、あのリアリティと柔らかさ、そして豊かで重厚なハーモニーである。
 微粒面(光沢紙に属す)の風合いも雰囲気作りに一役買っており、光り過ぎず、くすみ過ぎずのバランスが程良く調和したものだ。印字部分とそうでない部分(白飛びなどでインクの乗らない箇所)とに違和感が生じないというのも特筆すべきことだ。讃辞余すところなくといきたいところだが、ぼくは評論家ではないのでここらあたりが潮時だろう。

 そうそう、お断りしておかなければならないことがひとつある。ぼくはキャンソンの広報担当でもなければ、回し者でも、神託を受けた者でもないということだ。それをここではっきり公言しておかなければならない。
 写真の現場に生きる者として、本当に優れたものは包み隠さずお伝えする義務があると思っている。その熱意が時として空転し、伝わりにくいことも承知しているが、拙稿は個人のブログめいたものではなく、公的機関の原稿なのでなおさらである。
 印画紙に興味をお持ちの方は騙されたと思って、“Baryta Prestige” をぜひ一度お試しあれ。

 前号がちょっと長すぎたので、今回は帳尻合わせのため短めに。読み手はこのくらいがちょうどいいとは思うのだが、書き手は中途半端でむずかしい。
 
http://www.amatias.com/bbs/30/347.html

カメラ:EOS-1DsIII。レンズEF16-35mm F2.8L II USM。
撮影場所:群馬県桐生市。

★「01桐生市」。
桐生市の県道66号線を約600m(本町1〜2丁目)、1時間半かけて歩いたにすぎないが、懐かしさを覚える佇まいが散見できる。黒塗りの蔵は初めて。前号からできるだけ時系列に掲載。
絞りf13.0、1/250秒、ISO100、露出補正-1.67。

★「02桐生市」。
直接の逆光のため、脇の壁にへばりついて撮る。焦点距離は16mmだが、14mmくらいの超広角が欲しいところ。
絞りf10.0、 1/50秒、ISO100、露出補正-1.33。

★「03桐生市」。
道沿いにある駐車場。午後4時過ぎの強い斜光下、柑橘が実る。白雲が飛ばぬように露出を抑える。この時、ぼくは何故か宗教的な気持に襲われ、知らずのうちにシャッターを切っていた。しかし、神は乗り移らなかった。
絞りf11.0、 1/160秒、ISO100、露出補正-1.67。

(文:亀山哲郎)

2017/05/08(月)
第346回:とっておき
 長い間写真に従事していると、そのありようが自身の生きてきた姿形とどこかで相似形を成していることに気がつく。「面白いものだなぁ」とひとりごちることが年々多くなったように思う。
 写真が人生の一部なのではなく、写真がぼくの人生を丸写ししていることを知るに及んで、今さらながらに過ぎ去った時間が愛おしくも恨めしい。「極めて怠惰な生き様であったけれど、写真だけはそうではなかった」なんて詭弁めいたことは、口が裂けてもいえない。写真も人生も、歩調や歩幅は同じものと決まっている。違うはずがないのである。すべからく人生はかくあるべしなのではあるまいか。
 ひらたくいえば「一事が万事」であり、写真に対する熱意や真摯さだけは別物と捉えるのはあまりにも身勝手すぎるとぼくは思っている。そんな都合の良いことなどあるわけがないのだ。

 とはいえ、人は時として急に何かに取り憑かれ、熱に浮かされてしまうことがある。理性によるところの判断を誤り、見境がなくなり、敢然と血迷ってしまうのだ。趣味に興じているうちは誠に結構な御手前なのだが、それが昂じると「あわよくばこれを飯のネタにしてしまおう」などと不届きなことを考え始める。「惚れた腫れた」に打つ手がないのと同様に、他人の思惑などどこ吹く風で、底なし沼へまっしぐら。道楽変じて道落になっちまう。
 この麻薬的な誘惑にどう立ち向かい、断つかは理性などという理屈っぽいものによるのではなく、あくまで本人の素性や稟性によるものだとぼくは考えている。人間の欲望は理性などでは到底処理できぬ事柄なのだ。理性の力を信じている人はきっとそれに見合った欲しかないのではないかとさえ思ってしまう。物づくりの欲は凄まじいばかりである。ぼくはこの道に踏み入って、その感を強くしている。
 こんなことを書き連ねていると本題に入れなくなってしまうのだが、「とっておき」を語る手助けのマクラとしてお読みいただければと思う。

 青年期より多趣味だったぼくは写真屋への道を歩むと決心した時に、すべての道楽を放棄し、「とっておき」を潔く売り払ってしまった。大層な理由があったわけではないが、地金が怠惰であることと才覚に乏しいということをほどよく自覚していたので、物を創って生計を立てるにはそうでもしないととてもやってはいけないと考えたからだった。あれもこれも欲しがっているうちは、成就など覚束ないものだ。写真で飯を食うなどとは、大それたことであるに違いないので、自己規制でもしない限り示しがつかない。
 また、「今度こそぼくは真面目にやります」という姿勢を家族に、特に嫁に見せておかなければならなかった。涙ぐましい犠牲を払ってこその説得力なのだとぼくは勝手に思い込んでいる。
 ここで身のほど知らずを演じてしまうと、家族が路頭に迷うことになるのだが、ぼくはぼくで盛んに自己弁護を用立て、その守護神を祀ろうとしていた。

 失ってしまった「とっておき」には、独EMT社のレコードプレーヤー、英BBC放送局やJBLのモニタースピーカー、M. レヴィンソンやマランツ7といったプリアンプ、アルピナ・チューンを施したBMW、イヴァルソンをはじめとするデンマークのパイプ作家の作品などなどがあった。
 カメラ関連では独ライツ社(ライカ)やスウェーデンのハッセルブラドとそのレンズ群、フォコマート(ライツ社の引き伸ばし機)やベセラー(米の大型引き伸ばし機)など、今思うとどこにそんな金があったのだろうと思われるが、編集業の傍らこっそり副業に勤しんでいたのだった。テストドライバーまでやり、茨城県谷田部にあった日本自動車研究所の高速周回路テストコースによく通ったものだ。ハードな生活を楽しみながら、「とっておき」につぎ込んでいた。

 物欲には極めて乏しいぼくだが、良い物(本物)を手にする精神の高揚感と充足感はとても貴重なものをもたらしてくれた。だがそれよりもっと大切なものは、それを教えてくれた人々の生活感情や知性、それに伴うところのセンスのありようだった。
 パイプを別にして、上記したものは工業製品だが、それらの持つ精密な造りや機能、その扱い方、そしてデザインの美しさなどを懇切丁寧に教えてもらった。彼らの教えは、何ものにも替え難いぼくの生涯の財産となっている。だからこそ、惜しげもなく売却することができたのだろう。大切なのは物ではなく者であるからだ。

 フィルムからデジタルへとぼくは完全移行を済ませ、既に10数年の歳月が経とうとしているが、その間倦まず弛まず如何に思い通りのプリントを得るかに腐心してきた。写真の最終形はプリントにありと確たる信念のもと、アナログ時代から印画紙については殊のほか執心してきた。
 拙稿にて過去何度か言及した仏キャンソン社の製品を最も優れた印画紙としてぼくは愛用しているが、高額なのが玉に瑕(きず)。しかし、ほとんどの工業製品は性能と価格とが比例すべきものだから、これも道理に適っている。
 展示会などでは自分の作画にこれ以上のものはないとキャンソン製を「とっておき」の印画紙、もしくは「勝負パンツ」ならぬ「勝負印画紙」として好んで使用しているのだが、ここにさらなる強敵が現れ、ぼくは今頭を抱えている。
 キャンソンの輸入代理店であるマルマン社の方が、それとなく「今度発売される新製品です。ぜひテストしてみてください」と、差し出してくれたのである。さりげなく手渡す彼の顔は自信が溢れているように見えた。こんな高価な印画紙であるにも関わらず彼の穏やかな表情は何かを物語っているに違いない。ぼくはなんだか嫌な予感に襲われたのだった。

 恐る恐る印画紙のICCプロファイルを自作し、自作のカラーパッチとグレーパッチをプリントしてみた。いつもなら精密な分光測光機を用い計測してみるのだが、今回はプリントされたカラーパッチを見てその気がなくなった。数値などどうでもいいという気にさせられたのである。ぼくは慌てふためいていたのだ。すぐに実画を2種プリントしてただ唸るばかり。

 ぼくの悩みの種は、モニター(もちろん精密機器によりキャリブレーションされたもの)画面上に表現されている写真の艶っぽさや立体感、そしてその粒立ちのようなものが十全に表現されないということだった。モニターと印画紙では発色条件がまったく異なるのだから、同じ表現は物理的に不可能であることは重々承知である。モニターを睨んで暗室作業を施していくのだから、適わぬとはいえまったく同じ物を要求するのが人情というものだろう。
 従来から愛用してきたキャンソンの印画紙は現在手にすることのできるもののなかで、最高のレベルを示していたのだが、今回発売されるキャンソン社のBaryta Prestige(バライタ・プレステージ)は、モニター上の写真と寸分違わぬといってもいいほどの艶っぽい結果を示してくれた。A4サイズ25枚入り\11,000で斤量340g/mと重両級(価格も)だが、ぼくは心底「やばいなぁ」と快哉を叫ばざるを得なかった。
 「玉に瑕」ではなく、「瑕なき玉(完全で、欠点のないもののたとえ)」という他なし。マルマン社キャンソン担当氏の力みのない表情に、これがホントの「とっておき」かと今さらながら得心したのだった。

http://www.amatias.com/bbs/30/346.html

カメラ:EOS-1DsIII。レンズEF16-35mm F2.8L II USM。
撮影場所:群馬県桐生市。

★「01桐生市」。
急に思い立ちかつて訪れたことのある群馬県桐生市に赴いた。桐生天満宮のしめ縄。コントラストの強い被写体だったので、しめ縄の質感を飛ばさぬように露出補正をする。
絞りf10.0、1/15秒、ISO100、露出補正-1.33。

★「02桐生市」。
桐生天満宮から南へ本町1〜2丁目までが現存する古い街並みだそうだ。昭和時代に天満宮を写した写真が西日に晒されていた。太陽がガラスに反射している。
絞りf13.0、 1/400秒、ISO100、露出補正-1.33。

★「03桐生市」。
横町の路地裏。モルタル造りの建物に、赤ペンキで塗られた柵が。ペンキと錆が入り混じり、微妙な色合いに。
絞りf13.0、 1/100秒、ISO100、露出補正-1.00。

(文:亀山哲郎)

2017/04/28(金)
第345回:まるで絵画のよう!?
 年一度の恒例グループ展、「第11回フォト・トルトゥーガ写真展」も無事終了し、ぼくは精根尽き果て、今ぼんやり頭でこの原稿を書いている。ご来場くださった読者諸兄には、この場をお借りして衷心より厚くお礼を申し述べたい。
 なかには遠方より新幹線で馳せ参じてくれた方もおられ、感謝とともに恐縮の至りである。また、感想などをメールにて寄こしてくださった方々にもお礼の気持をお伝えしたい。

 14年間、本業とは別の道である「アマチュア諸氏に写真本来の楽しさと奥行きを伝えること」にこれ努めてきた。ぼく自身が長いアマチュア時代を経験しているので、その思いは強いものがある。また同時に、「上手い写真ではなく、良い写真を撮る」が、ぼくの彼らアマチュア諸氏に強く希求することでもあった。
 「上手い写真」と「良い写真」の違いを知得してもらうことに努め、それを倶楽部の主眼に置いた。「上手い写真」と「良い写真」とでは、指導の方向性も異なってくる。しかし厄介なことに、この倶楽部には将来プロとして身を立てたいという人と純粋なアマチュア志向の両者混在だから、ぼくの指導方針は一筋縄にはいかない。プロ志望の人には「見よう見まねで勝手にやれ」と無責任を装えるが、アマチュアにはそうはいかない。これでも少なからずの責任を負っているのである。それは拙稿をお読みいただいている読者諸氏に対しても、プロの分際である以上同様である。

 倶楽部創設当初の4年間は中学時代同窓生だった人たちとの親睦会のような趣だったが、本格的に良い写真を撮りたいという人たちが次々参入するに至って、ぼくも本腰を入れざるを得なかった。
 写真はぼくの生業であることに変わりないのだが、撮ることと教えることはやはりまったく別の道だ。沈着冷静かつ論理的な頭脳の持ち主なら上手くやって退(の)けるのかも知れないが、ぼくは頭ばかりが先立ち、伝えたいことが多すぎて、言葉が追いついていかない。ここに指導者としての資質が見て取れるというものだ。だからぼくは、指導者モドキなんである。ましてや元々不器用そのものなので、自分のいいたいことを分かりやすく相手に伝えるのが苦手で、したがって、そのもどかしさがイライラに変質し、ついでに癌を患うことにもなった。
 心ならずも創設してしまった写真倶楽部により、ぼくの人生は揺らぎ、歯車が狂い、次々と病魔に襲われることになったが、おかげさま、皮肉なことに今回の写真展は今までとくらべて最も質が高かったとぼくは自認している。

 作品に対する賛否両論は車の両輪のようなもので、あって然るべき現象なのだが、クオリティが高くなればなるほど際立ってくるという一面を持つ。このことは前号で言葉を変えて、「ぼくも市井の一員であるが、市井は芸術的な品位や尊高なものより、思索を交えないところの馴染みやすさを好むものだ」と記した。
 会場での、賛否両論の “否” の部分は直接ぼくの耳には届いてないが、そのような気配は自然と感知できるものだ。これが今までの展示会とは異なった点である。会場に詰め来場者に応対してくれた一味の話によると、我が倶楽部の写真は、「みなさん異口同音に “まるで絵画のようだ” とおっしゃる」とか、「個人個人が極めて個性的」であるとか、通年美術館で開催される写真展にくまなく目を通している写真好きの職員さんが、「写真ってこうやって撮るんだ」と感慨深げにいわれたとか。

 しかし、彼らの言葉が即ち賛否両論の “賛” であるとは必ずしも言い切れないのではないかとぼくは思っている。写真を「まるで絵画のよう」と評されるのは果たして良きことなのだろうかと “一旦は” 自問してみるべきであろう。
 ただ、ぼく自身は絵画がより絵画的で、写真がより写真的である必要性はまったく感じていない。そうでなければならないという理由が見つからないので、絵画的でも写真的でもどちらでもよいという立場だ。絵画であれ、写真であれ、二次元に置き換えられた世界が自身のリアリティや感受、思想を率直に反映し、語りかけ、そして美しく表現できればそれでよい。
 「まるで絵画のよう」とは作者自身が写真をどう受け止めているかにかかっている問題だ。意識的か、無意識的か、あるいは偶発的なものによるかで評価は自ずと変化していくものだ。

 ぼくは一味に対して「絵画のように表現しなさい」とは一度もいったことがない。これこそ一種の言論弾圧であり、表現の自由を汚すものだ。
 ぼくは常に暗示を込めて、「被写体に対峙した際、シャッターを押す前にしっかりイメージを描くこと。みなさんは記録のための写真を撮るためにこの倶楽部に来たのではないでしょう。絵葉書のような写真は誰も要らない」と、やんわり伝えている。
 撮影の前段階に於ける精神的な作業については、酒席にて何となく言及することにしている。生真面目な技術の習練より、イメージ構築の訓練とそのプロセスを大切にして欲しいのだ。
 また、暗室作業は、「イメージしたものをさらに明確に表現にするためのものであり、自身に正直に、丁寧な仕上げを心がけること。そのためには・・・」を執拗に説いている。
 暗室作業のスキルが追いつかず力技を駆使すると、時として「手垢にまみれたようなもの」になってしまいがちである。これはアナログでもデジタルでも同様だが、デジタルでは殊更にその傾向が強く出てしまうので、要注意である。

 初めてアンセル・アダムス(米国の風景写真家。1902-1984年)のオリジナルプリントを見た時に(印刷物はダメ)、「これが写真か! まるで絵画のようだ!」と、思わず口を突いて出たのが、もう40年以上も昔のこと。
 ぼく自身がそういったのだから、「まるで絵画のよう」という表現は、取り敢えず褒め言葉として受け取っておこう。
 
http://www.amatias.com/bbs/30/345.html

カメラ:EOS-1DsIII。レンズEF16-35mm F2.8L II USM。
撮影場所:茨城県古河市。

★「01古河市」。
陽が地平線に沈みかけた頃。赤い壁を見ると、なんとかの一つ覚えのようにぼくは本能的にシャッターを切る癖があるようだ。まるで牛のよう。
絞りf8.0、1/60秒、ISO100、露出補正-1.00。

★「02古河市」。
気になる被写体なのだが、どうしてもイメージがしっくりこない。立ち位置を右往左往して探してみる。この空気感だけでもと思い、取り敢えず撮る。
絞りf5.6、 1/80秒、ISO100、露出補正-1.33。

★「03古河市」。
古河市内からの帰り道、不気味な建造物を見つけ、急ぎUターンして仰ぎ見る。廃屋となっているが、何のビルなのだろうか? 微妙な色合いの空をバックに、墓石のようにそびえ立っていた。
絞りf5.6、 1/25秒、ISO100、露出補正-1.33。

(文:亀山哲郎)

2017/04/21(金)
第344回:神頼み
 ここ3回、遠慮がちに撮影とレンズの重要かつ基本的なメカニズムについて複写を例に取りお伝えしたので、今回はもう少しお気楽な話でお茶を濁そうと思っている。ぼくの “写真雑感” のようなものである。

 根がぐうたら(体を動かして物事をするのを面倒臭がること)なものだから、ぼくの撮影時間はほとんどが日の傾く時間帯だ。お天道さまが最も意気盛んな活動をしている正午前後は体がまだ活動期に至っておらず、不精に託けて撮影意欲がいまいち盛り上がらない。「ぼくはドラマチックな斜光が殊更好きだから」というそれらしい言い訳(半分は本当)を見つけ、自他に向けて発することにしている。
 それに加え、夏は暑いからいやだ、冬は寒いからいやだ、春秋は中途半端だからやはりいやだと、いやだいやだの連発である。あれやこれやと、何かとかまびすしい男である。カメラを持てば嬉々とすることが分かっていながら、なかなか始動がままならない。こんな時、ぼくは決まって自己嫌悪に襲われる。襲われながらも、改めようとはしない。いや、できないのだ。サラリーマンなら絶対に出世しないタイプである。
 セルモーター一発でエンジンが “ブルルン” と威勢よくというわけにはいかない自分に、ほとほと嫌気が差す。これでよく商売人が勤まるものだと自分で呆れている。「それが職人の職人たる所以なのだから、かめさんはそれでいいんじゃないの」と、ぼくの怠惰に生暖かい援助の手を差し伸べてくれる無責任で、優しい友人がいるにはいる。

 カラー撮影に際し、心機一転臨んでみようと思いつつ、それでもぼくの出不精は続くのだが、日が沈むまでの2時間を「斜光は写真の撮り時」と謳いながら自己嫌悪の払拭に努めてみた。額に手をかざし逆光の眩しい光を遮りながら、被写体を渉猟するのもあまり嬉しくない。
 この時、嬉しくないことのついでに、決まって舟木一夫の『高校3年生』が頭の中で鳴り響くのだ。誠に鬱陶しい。斜光と “♪赤い夕陽が校舎を染めて♪” という歌詞がどこかで重なった結果なのだろう。
 この歌はぼくの高校時代に大流行したもので、青春時代のありし日を多くの人たちに追憶させるのだろうが、高校時代に何一つ良い思い出のなかったぼくにはただ陰鬱でしかない。そして、舟木一夫ファンには申し訳ないが、ぼくはこの『高校3年生』の安普請に我慢がならないのである。
 好きな曲ならいざ知らず、好きでもない音楽が、いやむしろ嫌いな音楽が頭の中で自動的に鳴り響いてしまうとは、どのような心理作用によるものなのだろうかとぼくは考え込む。こんな曲はまだ他にもある。
 流行歌ばかりでなく、例えば、ベルリオーズの『幻想交響曲』などもそうだ。安普請とまではいわないが、それでもやはりバッハ、ベートーヴェン、ブラームスなどに比すれば、品格という点でとても太刀打ちできるものではない。名代とはいえそんな代物ではないのである。
 被写体を前に、この曲を構成する「断頭台への行進」や終楽章の「魔女の夜宴の夢」が鳴り響くと、ぼくはとたんに集中力を失い、気力を喪失しながら、思わず口ずさんでいるのだから腹立たしくもすこぶる胸糞が悪い。
 「ぼくはやがてバッハのような写真を撮る」と豪語している手前、これでは非常に具合が悪いのだ。

 音楽、換言すれば人間の聴覚というものは写真や文学にくらべ、情をより強く促す作用を有しているとぼくは思っている。扇情的かつ官能的であるが故により艶かしさを誘発する。理知を容易に乗り越えてしまうだけの瞬発力というものがある。これにはなかなか打ち勝ち難い。情緒的であるということは、どのような形であれ知より情に訴える力が強い。それが即ち芸術性の高さにつながらないところが面白くも小気味よい!?
 ぼくも市井の一員であるが、市井は芸術的な品位や尊高なものより、思索を交えないところの馴染みやすさを好むものだ。
 ぼくの浅薄な識見では、これは音楽に限らず写真や文学、延いては他の分野にも同じことがいえるのではないかと思う。

 世の中は多分、品位が高すぎて馴染みにくいものと、そうでないものとの共存があってこそ健全な営みが成り立つのだが、創作する側は、プロであれ、アマチュアであれ、望むべくは鑑賞者におもねることなくバッハ(に限らず風雪に耐えたもの)を目標にすべきではないだろうか。『高校3年生』が悪いとはいわないが、それで喜びを得るにはあまりにも寂しすぎるとぼくは思っている。そのような作品を見かけるたびに、他人事(ひとごと)とはいえ、ぼくは胸が痛むのだ。それでは知力も思索も貧困なるものに終わってしまう。

 ぼくの「バッハのような写真を撮る」との言質は、決して大言壮語ではなく、ささやかな願いごとなのである。おそらくバッハは作曲するたびに神が舞い降りたのだろう。ぼくも万に一度でいいから、撮影の取りさばきに降臨あれと、目下神頼みに走っている。そんな時に限って、あの曲どもが無慈悲に響き渡るのだ。

※参照 → http://www.amatias.com/bbs/30/344.html

カメラ:EOS-1DsIII。レンズEF16-35mm F2.8L II USM。
撮影場所:茨城県古河市。

★「01古河市」。
まだ焦げ臭さの漂う火事現場。火事に遭った方には申し訳ないが、見た瞬間に「パラダイス」という言葉が咄嗟に浮かんでしまった。不思議な感覚だった。
絞りf8.0、1/20秒、ISO200、露出補正-2.67。

★「02古河市」。
開店休業のようなペンキ屋さん。しばらく使われた様子のないハシゴが所在なげに。
絞りf7.1、 1/30秒、ISO100、露出補正-0.67。

★「03古河市」。
この雑居ビルがなんとなく気になったので、立ち位置を定めようとした刹那、あの小癪な『高校3年生』が鳴り出した。腹立ち紛れの1発。
絞りf11.0、 1/100秒、ISO100、露出補正-1.33。

(文:文:亀山哲郎)