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■亀山哲郎の写真よもやま話■
亀山哲郎氏 プロカメラマン亀山哲郎氏が、豊富な経験から、カメラ・写真にまつわる様々な場面におけるワンポイントアドバイスを分かり易くお伝えします!
■著者プロフィール■
1948年生まれ。大手出版社の編集者を経て、1985年よりフリーランス・カメラマンとしてコマーシャル写真に従事。雑誌、広告の仕事で世界35ヶ国をロケ。
現在、プロアマの混成写真集団フォト・トルトゥーガを主宰。毎年グループ展を催し、後進の指導にあたる。
2003年4月〜2010年3月まで、さいたま商工会議所会報誌の表紙写真を担当。 これまでに、写真集・エッセイ集などを出版する他、2002年〜2008年には『NHKロシア語講座』に写真とエッセイを72回にわたり連載するなど、多方面で活躍中。

【著者より】
もし、文中でご不明の事柄などありましたら、右記アドレス宛にご質問ください。 → kameyamaphoto2@mac.com

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2020/11/20(金)
第522回:道具を使いこなす
 写真屋を志す以前、ぼくは音楽とオーディオを専門とする出版社で働いていた。その分野では最大手だったが、その前に働いていた総合出版社より規模は小さくも、色々な点で小回りが効き、しかも出版分野がぼくの生活の重要な部分を占めていた音楽とオーディオだったので、結局11年間も居座ってしまった。落語の噺にある迷惑この上ない『居残り佐平次』のようなものだ。
 編集者としてのぼくは、会社にとって決して好ましい存在とはいえず、迷惑をかけることのほうが多かったと自覚している。
 
 ぼくが音楽(クラシック音楽)とオーディオに興味を持ち始めたのは亡父のお陰で、音楽は生まれた時からゼンマイ仕掛けの蓄音機(78回転のSPレコード)が狭い部屋のなかでベートヴェンやバッハ、ワーグナーを奏でていた。ぼくにとってそれは子守歌のようなものだった。
 京都から埼玉に越してからは父に付き合わされ秋葉原の電気街に通い、アンプやスピーカーなどの部品漁りをする父を横で眺めていた。当時の秋葉原は今とは様相が異なり、オーディオ好事家のメッカだったのだ。
 工業高校出身の父は、元々電気(弱電も強電も)に詳しく、家の配線も自分でしていたくらいだった。家にはハンダゴテ(スズと亜鉛の合金を熱で溶かし、電気機器などの部品を溶接・接合するためのこて)から発する煙の、一種独特のあの香がいつも漂っていたものだ。見よう見まねで、ぼくもハンダ付けの極意を学んだ。
 
 やがて青年期を迎え、ぼくは様々なものに首を突っ込んだ。オーディオ界で名機とされていた海外のアンプの回路図を手に入れ、それらを模したアンプ(真空管アンプ)作りに精を出した。それは心躍るような体験で、ぼくも父を真似て、秋葉原通いをするようになっていた。そうこうしているうちに、ぼくは知らず識らずのうちに前述した出版社に潜り込んでいたというわけだ。正式な入社試験を経ずして、正社員としてちゃっかり編集部の椅子に座っていた。ぼくはその伝で、インチキ社員だったといってもいい。

 編集者として従事しているうちに、ぼくは生涯の師と仰ぐべき人に出会うことができた。オーディオ評論家であり工業デザイナーでもあったS氏は並外れた審美眼と慧眼(けいがん。物事の本質を見抜くすぐれた眼力と鋭い洞察力)の持ち主で、音楽ばかりでなく、文学や絵画、カメラやレンズ(写真家木村伊兵衛氏の主宰するライカ倶楽部の一員だった)にも大変造詣が深かった。稀なる本物のインテリでもあった。
 また、損得に頓着することをひどく嫌い、良い意味で子供のような純真さを保持していた。そのために心ない人々から非難を受けたり、誤解されもしたが、彼はそのようなことには見向きもせず、自身の信念を貫き通した。生き方も不器用そのもので、ぼくはそんなS氏をオーディオの師として、また人生の師として仰いだ。もしぼくに “美意識” というものがあるのだとすれば、それは父とS氏によってもたらされたものだとの確信に至っている。

 某オーディオメーカーの広い試聴室で、S氏は月に1度、好事家(当時は、今では考えられぬほどオーディオに活気があった)を対象としたレクチュアを施し、特に “使いこなし” に力点を置いていた。如何に自分の道具を使いこなすかということだ。これは写真にも通じる。
 S氏の手さばきにより、持ち込まれたスピーカーの音が、あれよあれよという間に変化を遂げていく。鮮やかな手品を見るような思いで、聴衆は固唾を呑み、コンサートホールの特等席に吸い込まれていくような錯覚と幻覚をS氏は訪れた人々に惜しげもなく提供し、披露してみせた。
 スピーカーの有するポテンシャルを十二分に引き出していくS氏の見事な作法に、40〜50人の好事家たちはシーンと静まり返ったものだ。ぼくも編集者としてその現場に何度も立ち会っている。「スピーカーって、扱いと調整によってこれほどまでに変化するものなのか」との思いは、ぼくのオーディオ熱にますます拍車を掛けた。
 無機的なオーディオ・パーツに命を吹き込み、有機物に変えてしまうS氏のセンスと手腕に瞠目し、ぼくも斯くありたいと願ったものだ。

 S氏は天寿をまっとうすることなく46歳という若さで亡くなられた。ぼくも心の支えを失い、編集業に熱が入らなくなっていった。S氏の死は、父を失った10ヶ月後のことであった。心の拠り所をほぼ同時に失い、ぼくは失意のどん底にあった。そして、組織のなかで働くことは資質的な面ですでに限界を迎えていたこともあって、オーディオにも増して興味を持ち続けていた写真の道を選ぶことにした。

 オーディオで学んだことは、写真を学んでいく上で大いに役立ってくれたように感じている。そこには多くの共通点が見出せたからだった。オーディオは音を操り自身の音楽観や美学を表出するのに対して、写真は光を見極め、探り、操りながら、独自の世界観を表現する。
 思うに任せない苦悶は伴うものの、それを払拭するには「こんな愉快な作業はない」と思い込む他なし。写真は誰かに見せるものとの意識はまったくなく、自身を問うものだとの考えは変わらないが、父とS氏だけは、ぼくの写真を見て何というだろうかと、時々考えることがある。父には「坊主らしい」といわれ、S氏には「かめさんらしい」といわれることをぼくは密かに願っているような気がしてならない。

http://www.amatias.com/bbs/30/522.html
          
カメラ:EOS-1DsIII。レンズ: FE24-105mm F4L IS USM 。
埼玉県さいたま市。

★「01さいたま市」
名は分からず。ほとんど原画のママ。陽はとっぷりと暮れ、小さな花が人目を忍ぶように咲いていた。孤独な佇まいに思わず惹かれて。
絞りf5.6、1/150秒、ISO800、露出補正-3.00。
★「02さいたま市」
カンナ。先月撮ったものだが、カンナは生命力が強いのか、まだちらほらと見かけることができる。Photoshopの「色相・彩度」で空をスポイトで選び、無彩色化して、明度を落とした。
絞りf11.0、1/250秒、ISO100、露出補正-0.33。


(文:亀山哲郎)

2020/11/13(金)
第521回:終生撮ることのない薔薇
 被写体に相応しい花を渉猟するために半年ちかく近所を彷徨っていて、秋は見かける花の種類がめっきり減ったように感じている。晩秋に咲く花をネットや図鑑で調べてみると決して少なくはないのだが、近所限定では思うような発見ができず、少し寂しい思いをしている。

 あちらこちらで菊は見かけるのだが、ぼくは昔からどうしてもこの花が好みに合わず、レンズを向ける気にならない。菊人形とやらの、あのセンスもぼくには良い印象を与えず、受け入れがたいものがある。また、花をたくさん切り落として見世物に興ずるというのも気に入らない。もっとも、このことは菊に責任があるわけではないが、菊人形の美感にも、また人間のありようにも芳しいと思えるものが見出せないでいる。それらを総合してみると、菊とぼくは畢竟波長が合わないということになる。
 したがって、心血を注いでイメージの構築に乗り出そうとの気が起こらないのが必然というもの。そのようなことが頭をよぎると、どう撮っていいかの決定できず、敬遠する他なしということになる。結局は素通りしてしまうとの解釈がまっとうなのだろう。今盛りを過ぎた鶏頭(けいとう)も然りで、これも “その気” にさせてくれない。

 鶏頭を嫌う理由は、幼少時代に鶏に突かれ痛い思いをさせられたからだ。鶏のくちばしに突かれたのではなく、あの赤い鶏冠(とさか)に突かれたと勘違いし(実は大人にそういわれたから)、それ以来、鶏頭を見るとあの痛さが蘇ってくる。ぼくにとってあの鶏冠は、恐怖なるものだとの意識が自然に刷り込まれてしまった。
 幼少時代に受けた傷は、70年の歳月を経ても払拭できないものなのだろうと思う。これは貴重な教訓であろう。そしてまた、「おれはお前を無視することによって仇を討つ。撮ってやるものか!」との稚拙な潜在意識が心のなかに確実に存在していることをぼくはよく知っている。

 四季折々の花々は季節の変わり目を自ずと知らせてくれ、我々の目を楽しませ、また過去のさまざまな思い出を紡ぐありがたい所以ともなってくれるが、遠出の憚られる昨今にあっては、狭い範囲でそれを味わおうとするのは無理難題というものなのだろうか。晩秋特有の、どこか哀愁帯びた空気に輪をかけて、どことなく侘しく、心細い今日この頃。

 前述したこととは反対に、ぼくの最も好きな薔薇(ばら)は写真掲載していない。春秋に咲く薔薇はまったく撮らなかったし、夏の風物詩ともいえるひまわりはとても好きな花だが、撮るには撮ったが、1点を除いて(掲載)合点のいくものではなかったので、Raw現像すらしていない。
 ひまわりはアマチュア時代から何度か好んで撮影している。それらのうち何枚かはここで掲載したかも知れないが、モノクロのひまわり(アマチュア時代に4 x 5インチの大型カメラで撮影したもの)は記憶が定かでない。
 今、掲載写真をすべてひっくり返す余裕がなく、ひまわりのモノクロ写真については心許ないのだが、至近では第419回に足利市で撮ったひまわりは確認できた。ぼくにしては珍しくもひまわりをカラーで撮った初めての作品。
 余談ではあるが、仕上げはたまたま画像ソフト(独ON1社のもの。8年前からぼくの常用ソフトのひとつ)から別途提供されているテクスチュア(コンピューターで画像を合成する際、背景などに重ねて使用する模様や生地)を試用したもので、痛んだポジフィルムをシミュレートした。細かい調整が自由自在で、被写体によっては異なった雰囲気の表現ができる。名称は「Photomorphis Texture Bites」で、使い方は非常に簡単。ご興味のある方はぜひ一度お試しあれ。

 閑話休題。
 花の中で最も心惹かれるものは青年期よりこんにちまで薔薇である。花といえば「先ずは薔薇」というくらいで、ぼくはいつだって薔薇一辺倒である。
 多趣味だった亡父は何事に於いても徹底しており、薔薇の栽培に一意専心だった。今から半世紀も前のことだが、日本ばら会などの品評会で、常に賞を獲得していたくらいだから、家族はその煽りを食って大変だった。ぼくの学生時代(高校・大学)はぼくの友人たちが総動員され、農家から腐葉土などをリヤカーに積んで、よく運んだものだ。庭には鉄骨が組まれ、ペンキを塗らされたり、寒冷紗を張らされたり、土を掘らされたりと、土木・建築作業にこき使われたものだった。父は約2,000株の薔薇を丹精込めて育てていた。
 そこで成育された薔薇がどの様なものかをぼくはよく知っているので、「薔薇とはああしたもの」との固定観念ができてしまっている。父の育てた薔薇と近所に咲くそれをどうしても見比べてしまうという不幸に見舞われている。本物の薔薇がどのようなものかを知らされていたので、いくら薔薇が好きでも、本物以外のものに、やはりレンズを向けようという気にならないでいる。
 人の顔ほどもある名花シャルル・マルラン(赤味を帯びた黒薔薇)やピース(クリームイエローの花弁の先にピンクが載る優雅な薔薇)は薔薇の王者だが、風格や品格を備えた姿形の美しい立派なものは、高位の品評会などでしかお目にかかれない。父が逝って42年が経つが、ぼくはそれ以来薔薇を撮っていないし、これからも撮ることはないだろう。

http://www.amatias.com/bbs/30/521.html
          
カメラ:EOS-1DsIII。レンズ: FE24-105mm F4L IS USM 。
埼玉県さいたま市。

★「01さいたま市」
シロガネヨシ。逆光に輝くシロガネヨシ。もう僅かに上を開けたかったのだが、カメラを持ち上げなければならず(上向きにすると空が入ってしまう)、ジャンプして撮るわけにもいかず。身長が4cmも縮んだことが悔やまれる。
絞りf11.0、1/50秒、ISO200、露出補正-1.00。
★「02さいたま市」
花の名分からず。農園の柵に絡みついていた。造形が面白く、風が収まるのを見極めて思わず撮ってしまった。
絞りf9.0、1/50秒、ISO400、露出補正-1.33。

(文:亀山哲郎)

2020/11/06(金)
第520回:花との対峙
 昔からの仕事仲間が面白いことをいってきた。曰く「約50枚の、一連の花の掲載写真を見てつくづく思うのだけれど、かめさんのそれはますます図鑑的なものから真逆な方向に進み、遠ざかっている。忠実な再現を求められるコマーシャル写真とは一線を画し始めたとぼくは見ているのだけれど、違う? どんな心境の変化なの?」と。
 仕事上、忠実な再現を一途に試みてきたぼくとしては、彼の指摘は当を得ているし、またその言葉に勇気づけられたことも確かである。写真の際立った特徴のひとつである忠実性(何をもってして “忠実” とするかの定義は一旦さておき)には頓着せず、自身の主張や表現にこだわるぼくのありように彼は理解を示してくれているように思えた。

 ここ10数年来(50代半ばから)、ぼくは専門分野であるコマーシャル写真から意図的に距離を置くようになった。カタログ、ポスター、美術工芸品の図録や雑誌の世界から足を遠ざけるようになって久しい。経済的な損失は免れないが、それは十分覚悟の上で、コマーシャル写真ではなかなか適わなかったもっと自由な写真表現を求めることを強く望むようになっていった。ぼくとしては必然の結果である。仕事と趣味の同居は、かなり難しい面があるのは明白なことだった。
 自分が自分であることの証明を、あるいは生き様の論拠をプライベートな写真に求めざるを得なかったからだ。自己表現の手段としての写真は、ぼくにとってはそれが最も親和性を有していたということになる。言い換えれば、他の手段をぼくは持っていなかったともいえる。

 アマチュア時代を含めて、ぼくが写真に愛着を抱き始めてから、もうかれこれ60年以上の歳月が経つ。それにしては何も分かっちゃいないのだが。これをして「慚愧(ざんき。元々は仏教用語。自分の言動を反省して恥ずかしく思うこと)に堪えぬ」という。つまり、「我慢できぬほどに恥ずかしいこと」という意。
 途中、あれこれと横道に逸れた(オーディオ、車、パイプ作り、模型などの趣味)ことはあるものの、一貫して興味と関心を抱き続けたものは、やはり写真が筆頭格だったのである。一番番頭の写真であるそのそそのかしに似た悪魔のようなささやきは、ぼくをすっかりその気にさせ、抗うことがどうしてもできなかった。趣味が高じて、「ミイラ取りがミイラになる」のたとえ通りにぼくは突き進んでしまった。
 一番番頭とは、我が家の、いわゆる “血統” のようなものに同位していたに違いない。と、ぼくはご先祖様にこの場を借りて、取り急ぎ責任の転嫁をしておく。

 写真で糊口の資を得ようなどという不埒で安直な考えは、得てして敬遠されるものだが、エゴの発達しすぎたぼくはそれを押し止めることができなかった。
 先ずは、プロにはプロの掟や約束事、流儀といったものがあるのだから、師匠に弟子入りしてからは、写真の技法を学ぶより先に、まずそれを習得する必要があった。「撮影技法は見て学べる」からだ。

 師匠の撮影を目の当たりにし、アマチュア時代に知ったつもりでいたことが、プロの世界ではほとんど通用しないことを知り、「こんなはずではなかった」と思い知らされたものだ。それ故、修業時代は(現在も)多岐亡羊(たきぼうよう。学ぶことが多方面にわたりすぎて、真理を得難いこと。また、道がたくさんありすぎて、どれを選べば良いか思案にあまること)にて無我夢中だったが、今思えばよほど辛かったとみえ、未だに当時の夢をよく見る。どれも悪夢に近いものだ。ぼくはこの種の夢に、命が尽きるまでつきまとわれ、悩まされ続けるのだと確信さえしている。きっとぼくは罰当りな人間なのだろう。
 目下、贖罪を果たすにはどうしたらいいのだろうかと、あれこれ気迷っている。写真により、善行を施そうなどとは思っていないから、選択の道はますます狭くなり、まことに始末が悪い。本人のあずかり知らぬところで、何某かのお役に立てることがあるだろうと信じることが自身への労りというものか。

 半年間花ばかり撮ってきたが、ぼくは終始一貫して、一般的にいうところの “きれいに撮る” ことを強く拒んできたし、「ではどのように撮るか」に悩まされもした。花は元々がきれいなものだ。それを誰もが撮るように写し取っても意味がない。それこそ、図鑑が目的ではないのだから。
 どのような被写体にもいえることだが、特に花は誰もが知るものなので、そこに一種の固定観念のようなものが生まれている。「ひまわり」といえば、それを見ずして誰もがその姿形を脳裏に浮かべることができる。花とはそのようなものの最たる存在でもある。
 その固定観念を打ち破り、「自身の花」を撮らなければ意味がないと言い聞かせると、花はますます厄介な被写体となる。つまり、「花を通しての自己表現」を完成させなければならないと、今までにも増してその使命感に迫られることになる。

 それを解決する手立てをぼくは知らないが、「自身の花」を撮ることを成就しようと試みるのであれば、より多くの花に接し、より多くのシャッターを切り、より多くの場数を踏み、より細かく観察することに尽きるのではないだろうか。そこにしかぼくの思いは至らない。
 武漢コロナも収まりを知らず、しばらくは近所を彷徨い、花との対峙を繰り返すことになるのだろうか。やれやれ、である。

http://www.amatias.com/bbs/30/520.html
          
カメラ:EOS-1DsIII。レンズ: FE24-105mm F4L IS USM 。
埼玉県さいたま市。

★「01さいたま市」
花の名は分からず。白色のとても良い香りのする花だった。滑らかな質感を醸すために、モノクロ化し、調色を施した。ぼくのモノクロは、花以前は僅かな暖色系を好んだが、花は何故か寒色系が好きだ。
絞りf13.0、1/50秒、ISO100、露出補正-1.00。
★「02さいたま市」
クチナシ。雨上がりの日没寸前。花の盛りは過ぎているが、その姿形と色合いに心惹かれて。
絞りf11.0、1/50秒、ISO320、露出補正-1.67。


(文:亀山哲郎)

2020/10/30(金)
第519回:年貢米の果報
 ここ何回か、ぼくにしては真面目に写真の話をしてきたような気がする。独断と存分立ての傾向はあるものの、「 “写真” よもやま話」らしさを多少は意識してのことだった。
 けれど、ぼくにとって毎回の写真話というのはどうも窮屈でいけない。息苦しさも感じるので、ここらで一旦肩の荷を降ろして、写真とは直接関係のない茶飲み話の類に走ってしまおうかとも考えるのだが、なかなかその勇気を奮い起こすことができずにいるというのが今の心境である。
 生来の生真面目さ(どこが?)が災いして、どうしてもそこに踏み切れない(よくいうわ!)でいる。

 今、ぼくの横長の机には2台のiMac 27インチが我が物顔で陣取っている。一見この壮観さは、持ち主がまるで写真かデザインの専門職であるかのような様相を呈しており、大仰すぎて我ながらどうにも体裁が悪い。そして、旧iMac(2010年に購入)と新参のiMac(今年9月に購入)の間を行き来しながら、右往左往している。まるでデザイン事務所のデザイナー諸氏のように、椅子を蟹の横ばいのように移動させながらの作業である。
 因みに今書いている文章は旧iMac を使用している。理由は単純で、新しいiMacには文章ソフトであるOffice Wordを入れていないからだ。今、旧iMacで使用しているWordは新iMacのOSには対応しておらず、やむを得ずといったところだ。旧iMacがお釈迦になるまでは、蟹の横ばいも乙なものだと負け惜しみをいってみたりもしている。
 
 パソコンというまったく不完全極まりない商品は(よくもまぁこんなものが商品として通用するものだと感心する。車なら即リコールである)、10年間の酷使によく耐抜いてくれたものだと思うが(Mac専用のメンテナンスソフトであるTechTool Proを定期的に使用してきた甲斐があってのことかどうかの因果関係は不明だが)、しかし最近は動作が緩慢になり、従来のスピードを取り戻せなくなった。まどろっこしい思いは、心身ともに良い影響を与えない。
 塵芥(ちりあくた)除去のソフトもいくつか試みたが、長い間にパソコンに付着し、蓄積した塵芥は完全に拭いようもなく、そう遠くない将来に終焉を迎えるだろう。一般的にいわれるハードディスクの寿命をとっくに越えているので、崩壊を予見しての新調であった。
 また、OSやソフトなど、古いパソコンでは対応できないものも出現し始め、「新しもの好き」の商売人としては、支障というか不自由が生じつつあった。これが買い換えを決めた大きな理由のひとつでもあるのだが、しかし最大の利点と魅力は何を置いてもそのスピードにある。このことは後述する。

 「十年一昔」というけれど、技術の進歩著しいこの世界では、10年を経たパソコンに不自由が生じるのは致し方ないことと諦めざるを得ない。消費者は、まるで年貢米を強要されるようで、ただ涙を飲むばかりである。パソコンは元々が不完全であるが故に、新しい物のすべてが良くなるわけではないところが、メーカーの落とし所でもあるので、油断は禁物である。
 ぼくはパソコンマニアではなく、あくまで仕事の道具としての完成度を求めているに過ぎない。したがって、「新しいパソコン(OS)ではこんなことができます」という御触書(おふれがき)にはほとんど興味なく、自身の暗室作業が如何にスピーディに、思い通りに運ぶことができるかに関心が注がれる。
 動作が緩慢(挙動不審はあまり生じなかったが)になることは、イライラが高じ、精神衛生にも極めて悪く、また「次の段階に進もう」との意欲を削ぐことにもなる。その伝だけは、ぼくは悠長ではいられない質なのだ。

 今回パソコンを新調して学んだことは、壊れる前に新しいものを購入するのが良策ということだった。当初、慌てて新しいものを購入せずとも、壊れてからでいいと決めていたのだが、データの保存に不備はないものの、さまざまな設定などを、旧製品を見ながら行えるという利点がある。
 旧製品を失ってからでは(あるいは、機能不全に陥ってからでは)、深い憂鬱とストレスに見舞われることになる。壊れる前に購入したお陰で、さまざまなデータ移行にも時間の節約を計ることができた。
 いつ壊れるか分からないのが機械というものの定めだが、パソコンは不完全であるが故の予防策として「そろそろ寿命間近」と感じた時が、買い換え時であるということだ。

 肝心の画像処理スピードを比較してみた。あくまで個人使用の機械なので、さまざまな要因(状況)が絡み合い、一概に客観的な結果とはいえない面もあるが、ある程度の目安はつけられるのではないだろうか。
 例えば、常時使用のソフトであるPhotoshopで約200枚の画像をバッチ処理(画像などをまとめて一括処理する方法)してみた結果、新iMacは旧iMacの約6〜9倍(平均すると7.5倍)の速さを稼ぎ出した。つまり、さまざまな条件に於いて、画像処理能力の平均は今までの1 / 7.5で済むということになる。これはかなり驚異的な数値であり、省線電車(今のJRの前が国鉄。国鉄の前の呼称が鉄道省。その前は鉄道院。ぼくの生まれた頃は鉄道省といった)と新幹線の違いほどもある。
 時により、500枚近くをバッチ処理することも少なからずあり、まさに「時は金なり」と、ぼくは欣喜雀躍、相好を崩しっぱなしである。数字は合理的な理由となり得るので、このような年貢米であれば、進んで奉納しようではないかとの気にさせられる。やはり、悠長なことはいっておれんわ。

http://www.amatias.com/bbs/30/519.html
          
カメラ:EOS-1DsIII。レンズ: FE24-105mm F4L IS USM 。
埼玉県さいたま市。

★「01さいたま市」
グラジオラス。きれいな赤とピンクの色合いなのだが、夏の気怠く息苦しいなかで咲く花の生命感を表出したいと、冷色系のモノクロとした。
絞りf14.0、1/320秒、ISO100、露出補正-1.00。
★「02さいたま市」
カンナ。この写真を撮ったのは7月中旬だが、カンナは生命力が強いのか、10月下旬になってもまだ咲いている。梅雨の最中、傘をさして撮る。
絞りf11.0、1/30秒、ISO320、露出補正-1.00。

(文:亀山哲郎)

2020/10/23(金)
第518回:柔らかな光は宝物
 美術工芸品や企業の製品撮影全般を、業界用語で “物撮り(ぶつどり)” と呼ぶ。業界用語を門外の人たちに向けて用いることは、ぼくの良識や生活感情から著しく逸脱するのでとても心苦しく、また無作法なことと承知しているが、説明のため一時的に使用せざるを得ず、お目こぼしいただきたい。
 業界用語というものは、 “隠語” や “符帳” とは意味が異なるので、それを得々として用いる人のセンスをぼくはいつも疑ってしまう。

 “物撮り” はコマーシャル写真の一部分だが、目的はポスターやカタログ、あるいは雑誌でのさまざまな種類の紹介記事など(最近はWebも含まれるようだが、ぼくはWeb用途の撮影は何故か未だ縁がなく、せいぜい紙媒体用に撮ったものを担当者が流用する程度)、その用途は多岐に及ぶ。他に料理、ファッション、ポートレート、建築などがコマーシャル写真の分野に含まれる。

 “物撮り” は特別な理由がない限り、通常 “柔らかな光” で撮影される。 “柔らかな光” とは光学的原理から “光源の面積が広い” ことを意味する。光源の面積を広くするために、トレーシングペーパー越しにタングステンランプやストロボを使用したり、アンブレラに光をバウンス(傘バンという。これも業界用語かな)させたりして、光源の面積を広げる。天井バウンスもその一種。 “柔らかな光” は、物を美しく見せる光質であることを写真屋(もしくは写真に長じた者)は経験上知っている。
 面積の広い光源は陰も柔らかくなり、薄くなる。逆に “硬い光” とは、 “光源の面積” が小さいことを指す。スポットライトなどの点光源はこの典型といえる。陰は硬く(輪郭がはっきりしている)、濃い。つまり、光源の面積が狭く小さくなるほど、被写体のコントラストは高くなるという理屈である。

 この原理を自然界に当てはめてみると分かりやすい。つまり “光源の面積が広い” とは、曇り空、もしくは雨降りの状況下であり、点光源である太陽光が雲により拡散された状態である。雲がトレーシングペーパーの役目を果たしてくれ、空一面が大きく広い光源となる。
 反対に、雲ひとつない天気を “ピーカン” (大辞林に出ているので、現在では業界用語ではないようだ。「野外撮影現場の俗語。直射日光の当たる快晴の状態」とある)といい、コントラストが強く、撮影には良い条件とは言い難く、不向きである。何故不向きかというと、太陽のような点光源に照らされた被写体は濃度域が広すぎて、フィルムもしくはデジタルの再現領域に収まらないからだ。被写体の状況によっては、ハイライトは飛び、シャドウは潰れ、という悲惨な状況に見舞われる。ただし、色の彩度は上がるので、美しい紅葉を鮮やかに撮りたければ晴天下に限る。

 高コントラスト下に於ける厄介な現象を防ぐ手立てはある。撮影時の露出調整と暗室作業が最も良い手助けとなることは論を俟(ま)たない。過去、何度か拙稿にて述べたことがあるが、デジタルの露出決定はフィルムとは逆に、ハイライト基準(白飛びをさせぬように露出を制御すること)である。
 余談だが、仕事の関係者のなかには未だ「今日はよく晴れて、撮影には持って来いですね! よかったですね」と、嬉々としながら仰る方がいる。時にはぼくに同意を求めてくることさえある。そんな時、ぼくはいつも黙して「スカタンのワカランチン! ピーカンはダメなんよ、勘弁してよ」と悲しい顔をして見せるのだ。こういう編集者やデザイナー、たくさん、たくさんいらっしゃいます! 全体、何たることか!

 上記のようなことを喋々喃々(ちょうちょうなんなん。つまらぬことをしきりに喋ること)と説いたのは、武漢ウィルスのため遠出が憚られ、家の近くで花ばかり撮ることになったためである。花をどのような条件下で撮っているかを知っていただく(読者諸兄からのご質問も複数あったので)ためだ。

 そのような生活を始めたのは4月からで、もうかれこれ半年ばかりの花三昧ということになる。プライベートで、しかも野外で花一途というのは初体験なのだが、振り返ってみると仕事でライティングをして花を撮ったことが大いに役立っている。
 野外の自然光下で、花をどのように撮るかはその時の光質により臨機応変に対応しなければならないが、直射日光に照らされた花は、色こそ鮮やかに再現できるが、コントラストが強く撮りにくい。
 したがってぼくは、敢えて曇り空や雨降りの時を選ぶことが多い。特に雨降り時は、色の鮮やかさは多少犠牲になるが、花弁に水滴が付き、別の趣が得られるので、これを好んで撮る。掲載写真にも水滴付きが多いと思う。
 そして、直射日光下をできるだけ避けるのは写真屋の本能のようなものなのだろう。修業時代からこんにちまで、ライティングに身を預けてきたこともあり(ライティングにより写真の品質の半分は決定されてしまうとの世界で生きてきたので)、思い通りにならない自然光はぼくに恐怖さえ与える。自然光を何とかして牛耳ろうなどという悪賢い心胆は持たぬが良い。直射日光下では、せいぜいレフ板(白や銀紙を貼った反射板)のお世話になるくらいが、自然に対する賢慮というものだろう。
 あるいは、陽が傾き始め、花に直射光が当たらぬ時間帯に素早くいただくのも良い方法だ。前もって「この花」と決め、「モデルになってください」とお願いしておけば、程好いシャッターチャンスに恵まれること請け合いだ。柔らかな光は宝物である。

http://www.amatias.com/bbs/30/518.html
          
カメラ:EOS-1DsIII。レンズ: FE24-105mm F4L IS USM 。
埼玉県さいたま市。

★「01さいたま市」
曇天下のダリア。背景をどれほど柔らかく描写して、ダリアを浮き上がらせるかに注力。
絞りf7.1、1/100秒、ISO100、露出補正-1.33。
★「02さいたま市」
コスモスの一輪撮りは無風状態でないとなかなか難しい。この日は風があり、今年初めてのコスモスは集合写真。
絞りf8.0、1/250秒、ISO200、露出補正-1.33。

(文:亀山哲郎)

2020/10/16(金)
第517回:デジタルは自家製フィルム
 前号、実はぼくにしては珍しく、先に標題を掲げてから本文に取りかかろうとした。たまには多少の責任感を持って、いつもの「出たとこ勝負」や「書いてみなければ何が出てくるか本人ですら分からない」とのいい加減な態度を改め、標題について考慮しながらキーボードを打ってみようと決意した。

 その標題とは『往年の名フィルムとデジタル』(わざわざ二重括弧にする必要もないのだが)というものだった。カラーはあくまで「カラーポジフィルム(スライドフィルム、もしくはリバーサルフィルムともいう)」を指す。
 昔から一般に広く使用されているネガカラーフィルム(フィルムベースがオレンジ色のもの)は対象外である。その理由は、ネガカラーフィルムはプリント専用フィルムであり、プリント時にカラーの調整ができ、フィルム本来の特徴が直接認識しにくい面があるからだ。色調や濃度などが、プリントの加減次第で如何様にもコントロールできるので、プリントを見て「これは何々フィルム」と言い当てるのは不可能に近い。
 色調や再現域がダイレクトに視認できるカラーポジフィルムとはここが決定的に異なる。カラーポジフィルムは色調の調整ができず、いってみれば本来のフィルムが持つ特色が生(き)のママに現れる。フィルター操作を除けば、調整する余地がなく、全責任を撮影者が負うのがカラーポジフィルム。
 そしてまた、ネガカラーフィルムに比べ、カラーポジフィルムは、露出や色温度に極めて敏感で、いわゆる「オタク仕様のフィルム」、もしくは「好事家向け」といったところだ。扱いにくいが、熟練すれば素晴らしい味わいを発揮する。
 先週は、そのようなフィルムについて述べようとのぼくの固い決意を余所に、肝心の標題についてあれこれ考えるうちに疑念が湧き、気持が揺らいでしまった。

 「往年の名フィルム」について、述べたいことは多々あるのだが、よくよく考えてみると、それはいわゆる “老人の繰り言” に近いものになってしまうのではなかろうかとの恐れがあった。あるいは “老人の繰り言” とまではいかずとも、「誰もそんなフィルムを知らない」とか「使ったことがない」とかね。
 となると、とどのつまり多くの人々が興味を抱いていないことを知りつつも、ぼくは滔々と、古き良き時代を惜しみながらあれこれと主張を繰り返すのだろう。そして懐かしむ気が勝ち、やはり一種の “老人の繰り言” である「昔は良かった」との常套句を声を震わせながら連呼した挙げ句、揶揄されるのがオチなのではないか。そこで、遺憾ながら固い意志は脆くも崩れ去ってしまった。

 しかし、やはりどうしても思いを断ち切れないので、印象深かったフィルム(ぼくを育ててくれたといっても過言ではないフィルムの名称など)を “一老人の記憶” として、ここにメモ程度に記しておきたい。読者諸兄のなかにはフィルム派がおられるかも知れないから。

 最も長い間使用したのは米コダック社のモノクロフィルムであるTri-X(トライ・エックス。ISO感度400。ぼくは半分の200で使用)で、18歳から使い始めていた。当時決して安くなかったこのフィルムを使いたいがために、せっせとアルバイトに精を出していた。
 今まで使用していたモノクロフィルムに比べ、理由は分からなかったが、立体感というか空気感のようなものが今まで以上に表現できると感じ、デジタルを始めるまで半世紀以上もこのフィルムのお世話になった。
 使用条件の自由度も高く、現像時間による調子のコントロールにも優れていた(現行モデルについては知らない)。何十種類もの現像液(ほとんどが欧米の参考書による自家調合)で試してみたが、最終的には濃縮現像液のHC-110(コダック製)による階調の豊かさがお気に入りであったため、20年近くこの現像液を愛用していた。

 当時99%以上の人々が何の疑いもなく使用していたコダック社のD76現像液は、ハイライトがブロック(寸詰まり。階調飛び)する傾向にあり、ぼくはどうしても好きになれず、ほとんど使うことがなかった。後にアンセル・アダムスも同様の意見を述べているのを知り、ぼくは大いに気を強くしたものだ。
 ある大きな組織の会合で、データを示しながら「D76はTri-Xの良さを殺いでいる」と弱輩ながら公言して憚らなかった。他人の受け売りで、科学的な実証もせず、この世界にはバカげた都市伝説が未だに幅を効かせている。ぼくたちはそんなまやかしに乗せられてはいけない。

 カラーは、コダック社のコダクロームとエクタクロームを主に愛用したが、それとは別に、冷戦当時の東ドイツで使用したオルヴォ(Orwo。東独製。近代のカラーフィルムを開発した独アグファ社の前身)の印象は忘れがたい。おおよそ「忠実度」からはかけ離れているのだが(この点ではぼくの大好きなポラロイドも然り)、独特な風合いと重厚な色調にうっとりさせられた記憶がある。あの色調をデジタルで再現できればどんなに素晴らしいことだろうと思っている。半世紀前のOrwoは終生忘れがたく、未だ脳裏に焼き付いている。カラー写真の概念が良い意味で覆されたフィルムだった。英イルフォードや独アグファにも思い出深いフィルムがあったが、それに触れているとメモどころではなくなってしまうので、残念ながら割愛。

 デジタルはフィルムより色の忠実性は勝っていると思われるが、味わいという点に於いて、良し悪しを別としてもフィルムには適わない。デジタルの優れたところは「自分の色探し」ができることだろうとぼくは考えている。つまり、自分自身のフィルムを作れる可能性が大いにあるということだ。それを棄て置く手はない。今はそのような時代なのではあるまいか?

http://www.amatias.com/bbs/30/517.html
          
カメラ:EOS-1DsIII。レンズ: FE24-105mm F4L IS USM 。
埼玉県さいたま市。

★「01さいたま市」
どしゃ降りのなか、カメラにハンカチを乗せて撮る。花弁に付いた水滴をきれいに写し取るためにアングルを慎重に選ぶ。僅かな加減で水滴は豆電球のように点いたり消えたりする。彼岸花は何処に焦点を合わすかがとても難しい。
絞りf14.0、1/80秒、ISO400、露出補正-1.33。
★「02さいたま市」
朽ち果てた白い彼岸花。化け物か妖精が踊っているようで、どこかおかしい。
絞りf8.0、1/20秒、ISO600、露出補正-1.67。

(文:亀山哲郎)

2020/10/09(金)
第516回:時とともに進化するデジタル
 フィルム育ちのぼくだが、仕事にデジタルを持ち込んで早17年の月日が経とうとしている。初めて購入したデジタルカメラが初代EOS-1Ds (2002年発売)だったということは以前に触れたことがあるが、購入してしばらくの間はフィルムとデジタルの併用だった。
 クライアントやデザイナーがデジタルの処理や約束事を完全に把握できておらず、また印刷業界もデジタルに関しての知識がまだまだ不全といった時代だった。当時、関係者の間では、デジタルに対しての信頼性が未だ半信半疑という面があった。特に写真に関して保守的な人(これは年配者に限らず、若い人たちにも多かったところが面白い。いわゆる “フィルム信奉者” )ほどデジタルを嫌う傾向にあり、そしてまた勉強を怠っていたようにも思われる。もちろん、ぼくとてデジタルに長けていたわけではない。

 デジタルカメラを購入する2年ほど前に、高価なフィルムスキャナーとMac、プリンターなどの関連機器を購入した。フィルムスキャナーで今まで撮ったカラーポジフィルムをデータ化し、Photoshopで暗室作業を学びながら、来るべきデジタル時代に備えた。
 何事に於いても「出たとこ勝負」のスリルと気ままさを愛おしむタイプのぼくだが、この時ばかりは家族の命運を慮(おもんぱか)って、否応なく「備えあれば憂いなし」に倣わざるを得なかった。世の中にデジタルが浸透した時に、慌てずに済むように準備と手筈をしっかり整えておこうとの腹積もりだった。

 約2年間、デジタルの扱いを勉強した後、プロの使用に耐えると覚しきフルサイズのデジタルカメラ(EOS-1Ds)がやっと出現し、それを購入したのだった。
 しかしこの間、ぼくより年配のカメラマンのなかには、デジタルへのアレルギー反応を示し、廃業する人も身近に何人かいたものだ。この現象はカメラマンばかりでなく、デザイナーにも及んだ。
 アナログからデジタルへの端境期(はざかいき。広義には物事の入れ替えの時期。移行期)には、このような悲哀がもたらされるものだ。「新し物好き」のぼくは、約45年間慣れ親しんだフィルムからの鞍替えにほとんど抵抗感らしきものがなかった。それは仕合わせなことだったに違いない。ぼくは得な性分ともいえるし、巡り合わせもちょうどよかったのだろう。

 デジタルを使い始めた頃、仕事の関係者などから「デジタルは何だかノッペリするというかベッタリするというか、そのような傾向が窺えるので好ましくない。どうしてなのだろうか?」という不満の声を多く聞いた。ぼくはすでにデジタルに肩入れしていたので、それをデジタルのせいにはせず、取り扱いの不全や知識不足であろうと主張していた。
 そしてさらに大きな要因として、フィルムに存在する粒子がデジタルにはないからではないかと、ぼくはかなりの確信を持って主張していた。この点に於いては、デジタルに肩入れするぼくも、フィルム上に存在する粒子の果たす優位性を素直に認めていた。
 フィルムとデジタルでは、像を形成する原理が元々異なるのだから、見た目が異なるのは言うまでもないことなのだが、フィルムの粒子は立体感を表すのに大変大きな役割を果たしているとぼくは過去の拙稿で述べた覚えがある。

 古来より彫金の一技法として用いられてきた魚々子(ななこ。魚子、七子とも)打ちは、金属面に魚の卵、あるいは粟粒を蒔いたように魚々子鏨(たがね)で点を打ち込み、文様を浮き上がらせ立体的に見せる役割を果たしてきた。奈良時代にはすでに魚々子打ちの専門職人がおり、正倉院には当時用いられていた魚々子鏨が現存している。
 フィルムの粒子とは発想も技法も異なるが、細かく小さな点を二次元に配すことにより、そこに描かれた物体がより立体的に見えるという実際を大昔の人はすでに認識していたと考えられる。理論的には、粒子と魚々子は同じ役割を果たしている。
 
 この現象は、Photoshopなどでデジタル画像を拡大し、フィルムの粒子を、たとえばフランス製ソフトのDxO FilmPackなどでシミュレーションしてみれば一目瞭然である。特に質感の滑らかな部分、たとえば人間の顔などにデジタルにはない粒子をかけてみれば、明瞭な違いが見て取れるだろう。
 このソフトは、実際のフィルムの粒状性、そして過去から現在に至るさまざまなフィルムの色調が解析されており、デジタル画像にそれをシミュレーションして見せてくれる大変出来の良いソフトである。Photoshopのプラグインとしても使用できるので、お勧めである。
 フィルムに対する懐古趣味はぼくにはないが、長い歴史に裏打ちされたフィルムの完成度とその味わいに、デジタルは今しばらく追いつかないと考えている。

 「アーティスティックな作品は銀塩フィルムでなければ」というおかしな風潮が一時あったが、今はどうなのだろう? 意地の悪い言い方を敢えてすれば、それは「私はデジタルを上手に使いこなせません」との告白ではあるまいかとぼくは捉えている。
 デジタルはまだまだ過渡期にあるというのは間違いではないが、新しいものに順応しようとの努力と調和の取れた生き方を模索しなければ、永遠に過渡期の渦から脱することはできないだろうと思う。時には “過剰” な “ほど” があっても良いのではないだろうか?

http://www.amatias.com/bbs/30/516.html
          
カメラ:EOS-1DsIII。レンズ: FE24-105mm F4L IS USM 。
埼玉県さいたま市。

★「01さいたま市」
カンナ。三日にあげず花を観察していると、カンナの開花期というのは非常に長いことを知った。雨の日に傘を差しながら撮る。
絞りf10.0、1/30秒、ISO400、露出補正-1.67。
★「02さいたま市」
場所は異なるが「01」より約2ヶ月経ったカンナ。朽ち果てていくこちらのカンナのほうが胸に迫るものがある。それを二次元の世界に投射してみた。
絞りf11.0、1/20秒、ISO500、露出補正-1.67。
 

(文:亀山哲郎)

2020/10/02(金)
第515回:Web閲覧への感謝とお礼
 前号で登場願った友人が早速ぼくに悪態をついてきた。彼は暇だが、ぼくはそうではない。ここが彼とぼくの現在に於ける決定的な違いである。暇を持て余し、誰彼となく些細なことについてちょっかいを出したくて仕方がないのだ。
 彼は若い頃から、いささか小言幸兵衛(こごとこうべえ。世話好きだが口やかましい麻布古川の家主。長屋を借りに来た者にさまざまな難癖をつけて断る落語での登場人物。転じて、口やかましい人をいう)じみたところがあり、年老いてますますその傾向が強くなっている。
 きっと家人は大変な迷惑を蒙っているであろうと推察する。ぼくも自戒の念を込めて、余生をより穏やかに過ごすべく、「人の振り見て我が振り直せ」との教えに素直に従おうと思っている。最近は、しかとそう言い聞かせている。

 彼は、「標題の『禁煙は諸悪の根源なり』(前号)について、煙草に縁もゆかりもないぼくではあるが、いつもパイプをくゆらせていた君の禁煙による苦悶に多少の興味があった。だが、予想通り禁煙には何も触れることなく、しかも『とうとう写真の話には辿り着かなかった』との先見性のあるオチだけはしっかり約束を果たしたね」と、どこか嬉しそうでもあったが、電話口に意地の悪そうな含み笑いが僅かに透けて見えた。

 ぼくとてここで彼の言い分に怯(ひる)むわけにはいかなかった。「たまにはいいじゃないの。何を書こうがちゃんと写真掲載だけはぼくの義務として律儀に事を運んでいるのだから、許されてもいいと思うよ。いくら商売人でも毎週2枚を選び出し、見ず知らずの人たちに偉っそうな蘊蓄(うんちく)を傾けながら、公開に及ばなければならないのはけっこう大変なことなんだよ。写真はただ撮ればいいというもんじゃないしね。いつも合格点を取れるわけではないが、恥じることのないと思えるものを誠意と矜恃を持って掲載している」とぼくは精一杯自己弁護めいた返事をした。
 ここには「どうかそこを理解してくれ」との懇願めいた気持が多分に含まれていた。というのは実は真っ赤な嘘で、「こんな容易いことを理解できない、もしくは理解しようとしない君はかなりの人でなしであり、極めて質の良くない人間だ」とぼくは訴えたかったのだ。
 質の良くないその彼が、一昨日までWeb公開していた我が倶楽部の写真展についていくつかの感想を述べてくれた。Web公開は初めての試みであり、また来年のこともあるので、ぼくは彼の言葉に一応虚心坦懐に耳を傾ける振りをすることにした。

 拙稿ですでに述べたことだが、写真の最終形はプリントとの考えは変わらない。だが、 “時代の趨勢” を鑑みれば、頑固でばかりはいられないものだ。  
 ぼくのような質の良いジジィは自身のことを “知る人ぞ知る” 存在であれば、それだけで願ったり叶ったりというところだが、少しでも多くの人に自分の写真を見て欲しい、あるいはまた知って欲しいと願う人たちには、プリントとWebの同時公開は利のあることに違いない。今回のWebのみの公開はどのくらいの効用をもたらしたのか、もう少し時間が経ってみないと判明しないだろう。何しろ一昨日終了したばかりなのだから。

 伝え聞くところによると、PCでWebをご覧いただいた方々はまだしも、スマホなどは、画面が小さい上に、やたらと広告が多く、見づらいとのことだった。ぼく自身もスマホで試してみたが、確かに不器量そのもので、これではせっかくアクセスして下さった方々に、肩身が狭すぎると感じた。因みにPCとスマホのアクセスの割合は、PCが69%、スマホが31%だった。
 質の良くない友人の弁によると、「次回は、金を払って広告をなくせ」であった。そのほうがずっとスマートであるし、見やすくもある。彼の意見は正しい。もし来年Webを同時公開するのであれば、友人の仰せに従うべきだと思っている。

 プリントかWebかの是是非非(ぜぜひひ。一定の立場にとらわれることなく、良いことは良いとして賛同し、悪いことは悪いと反対すること)は一旦さておき、それぞれの長所短所を見極め、使い分けることが現代的な処方箋であろうと思う。第一に、双方を同じ土俵に上げて論じるべきものではないことは承知の上である。異質のものを比較しても意味がない。
 プリントは色々な意味で労力や負担を強いられるが、丹念さがある分見映えがし、作者の意図を伝えやすいとの利点がある。ブログやホームページは、手軽でスピード感があり、自分の作品をそこで公開している人たちも大勢いる。彼らにとってそれは喜ばしくもあり、きっと甲斐のあるものなのだろうと思う。特に若い人たちにとって、少なくとも写真を他人に見せることについては、今は昔よりずっと良い時代なのだろう。写真の楽しみ方は百人百様であっていいとぼくは認めている。
 
 ただ、ぼくは写真だけで糊口の資を得てきた人間なので、そこで習得した技術や考え方を愛好の士に伝える義務感のようなものを持っている。拙稿もその一環であり、倶楽部の主宰も無理強いされたとはいえ、引き受けた以上はさまざまなノウハウを惜しみなく分け与えているつもりだ。
 と同時に、写真のありように対する信条も一方で説いている。ぼくの信条は揺るぎがなさ過ぎ、時に他人に窮屈な思いをさせているのかと思いきや、彼らは「聞き流す」という姑息な妙手を使ってくるので、ぼくはいつも騙されてばかりいる。ここだけの話、実は騙された振りをしているだけなのだ。

ーーーーーーーーーー

 初めての試みであったWebでの写真展は、お陰様を持ちまして、無事終了致しました。なお、閲覧者の「リンク元URL」では、当サイトからの入場者が最も多く、この場をお借りし、みなさまとさいたま商工会議所のご好意に篤くお礼申し上げます。ありがとうございました。
 
http://www.amatias.com/bbs/30/515.html
          
カメラ:EOS-1DsIII。レンズ: FE24-105mm F4L IS USM 。
埼玉県さいたま市。

★「01さいたま市」
里芋。多くあった里芋の葉のうち、一葉だけ早枯れしたフォトジェニックなものを見つけた。水玉がコロコロして、この葉はいつ見ても懐かしさを覚える。
絞りf11.0、1/60秒、ISO400、露出補正-1.00。
★「02さいたま市」
今にも降り出しそうな重い雲が里芋畑にのしかかる。
絞りf11.0、1/50秒、ISO200、露出補正-1.33。
 

(文:亀山哲郎)

2020/09/25(金)
第514回:禁煙は諸悪の根源なり
 禁煙をして間もなく丸2年になる。初っ端から標題「禁煙は諸悪の根源なり」と、ぼくは意味不明の憂さ晴らしをしようとしているけれど、それと写真がどのような関係にあるのかイマイチ自分でもよく分からない。滑り出し好調かと思いきや、ここですでにつまずいてしまった。まるで共通点が見出せないのである。確かなことは、とにかく禁煙はぼくとって偉大なる癪の種なのだ。このストレスは写真に悪影響を与えているに違いない。

 先日、しばらく音信の途絶えていた友人から夜遅く電話があり、1時間ほど長話をしてしまった。 “男たるもの誠にみっともない” 、というのがジジィの昔気質であり、そしてまた普遍的感覚でもある。
 昔から「長電話は女の相場」と決まっている。このことは、女性差別でも蔑視でもない。男と女はもともと異なる生き物であり、同権ではあるが平等ではない。お互いの長所・短所、得手・不得手を認め合い、かつ補いながら潤滑に生を営めば良いのである。そして、男と女は決して比べてはいけないものなのだ。それらを混同している質の悪いフェミニスト気取りの個人や団体が大手を振って、やたらヒステリックに騒ぎ立てながら、世界狭しと徘徊している(その人物名や団体名を列挙したいくらいだが、写真とは何の関係もないのが残念)。しかしホント、気持ちの悪い嫌な世の中だなぁ。窮屈で、不寛容で、偏狭で、これでは窒息しそうだ。

 それはさておき、ぼくのかつての愛煙ぶりを知る友人は、「まだ禁煙は続いているの? もしそうなら、どんな御利益があった?」と興味深げに訊いてきた。
 因みに彼は生まれてこの方、如何なる種類の煙草も嗜んだことがないという変わり者であり、それは一方で不幸者でもある。
 何故不幸者なのかというと、煙草の風味を知らないので、煙や香りの好き嫌いはいえても、喫煙自体に対してその行為を良いとも悪いともいう資格がないからだ。だが、そんな資格などなくても彼は何不自由なく生きて行けるのだから、大きなお世話というものか。
 ぼくのいう煙草とは、自販機などで売られている紙巻き煙草ではなく、もちろん電子煙草などは論外で、あくまでパイプ煙草と葉巻を指す。これがホントの、本物の煙草である。これこそが男の嗜好品というものだ。
 禁煙についての種々雑多な思いを、今回は親の敵(かたき)を打つように、これ幸いと、無駄な禁煙について意欲的に語る良い機会と捉えた。本心を吐露すれば、ぼくにとって「禁煙ほど無意味なものはない」との主張をどこかで堂々と披瀝してみたかったのだ。だが一方で「それがどうした。そんなことより、写真の話が先」との思いもあり、今くじけそうになっている。

 禁煙について友人とあれこれ話をしているうちに、「せっかく良い標題が見つかったので、今度のよもやま話には、それについて書くことにしよう」とぼくは提案し、煙草に縁のない友人も「その標題はなかなかいいね」と賛同の意を示してくれた。双方とも、何たる無責任ぶりか。ただ、ぼくらの懸念は「その話をどのように写真に結びつけるかだ。それが難事」との結論に至った。そして、「文末には、『とうとう写真の話には至らなかった』とのオチでいいのさ」と、ぼくらは確かな未来を予見し合った。賢明にも、文頭からすでにオチを見事に見透していたことになる。
 けれど写真の話をそっちのけにし、禁煙の話に終始しては、やはりどこかに良心の呵責を禁じ得ず、そこがとても辛いところだ。
 このような経験を10年以上、性懲りもなく514回も繰り返してきた。今さらながらに、ぼくは “忍耐” と “危うい気丈” が服を着て歩いているようなものだと感じている。あるいは、マルクス・レーニン主義者でもないのに、長年砂上の楼閣のようなことばかり書いているとも思っている。
 
 原稿の始めの一行(つまり “さわり” )が出てくれば一気呵成に書き上げるのがぼくのスタイルなので、その一行を彼に語ってみせた。「うん、いいね」と彼も相槌を打つ。なかなか上出来の滑り出しであった。
 眠りについたぼくは悪夢にうなされた。ロケに出て、2人の女性モデルはぼくの指示が飲み込めず、トンチンカンなことを繰り返し、担当者とも意見が合わず、夢の中でぼくはのた打ち回っていた。写真の悪夢は、写真屋の宿痾(前号述べたことと同様に)のようなものであるのかも知れないが、夢見の悪さは覚醒してからも悪影響を及ぼす。

 この悪夢のお陰で、友人と意気投合した今回の標題とさわりがすっかりどこかに飛び去り、思い出そうにも、質の悪い便秘の如く(ぼくは幸か不幸かまだ便秘の苦しみは未体験だが)、どう気張っても、力んでも昨夜の名案が浮かんで来ない。その気配すら窺えない。
 ぼくは糞詰まり状態を解消すべく、そして一縷の望みを託し、彼に電話をしてみた。「先日話した標題とさわりをすっかり忘れてしまったのだけれど、君、覚えている? 何とか思い出しておくれよ」と、ぼくは思い余って、彼に手を合わせ懇願した。
 「あれ〜っ、何だっけなぁ? う〜ん、気張っても出て来ないなぁ。どんな蘊蓄(うんちく)を傾けたっけ?」と、今尾籠(びろう。わいせつであったり不潔であったりして、人前で口にするのははばかられること。大辞林)な駄洒落などいってる場合じゃないだろうに。
 耄碌著しい我々は、だがしかし、お互いにオチは忘れておらず、「とうとう写真の話には辿り着かなかったねぇ」などと、まるで他人事のようにいうに違いない。また、「禁煙は諸悪の根源なり」とは、物の弾みでいったものの、何も書いてないではないか! 何が「良心の呵責を禁じ得ず」なものか。 

 「かめやまからみなさまへのお知らせ」
 今年4月に埼玉県立近代美術館で開催を予定していたぼくの主宰する写真倶楽部「フォト・トルトゥーガ」の写真展が、武漢ウィルスのため中止となりました。私たちは会場での写真展示の代わりに、未だ経験のないWebでの公開を試みました。Webでの公開期間は9.1 ~ 9.30 の1ヶ月間です。以下のURLよりご高覧に供すれば幸甚に存じます。
 https://fototortuga.exblog.jp
 「カテゴリ」/ 「第14回フォト・トルトゥーガ写真展」
 よりご入室ください。

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http://www.amatias.com/bbs/30/514.html
          
カメラ:EOS-1DsIII。レンズ: FE24-105mm F4L IS USM 。
埼玉県さいたま市。

★「01さいたま市」
蓮。蓮を選択し、周辺を黒く落とすような暗室作業はしていない。お気に入りの自作プリセットをいくつか重ねると、まるでスタジオで撮影したかのような黒バックとなる。
絞りf13.0、1/50秒、ISO200、露出補正-1.00。
★「02さいたま市」
雨の中の額あじさい。雨に濡れた花弁のハイライトを飛ばさぬように、露出補正を慎重に決める。
絞りf11.0、1/60秒、ISO400、露出補正-1.00。
 

(文:亀山哲郎)

2020/09/18(金)
第513回:気の迷い
 慌ただしい日々が続き、それに加え酷暑と相まって、この1ヶ月ほど私的な写真を撮りに出かけることができずにいる。かといって、仕事に追われているわけでもなく、いってみれば “得体の知れない忙しさ” (これを一般的には “雑用” とか “野暮用” というらしい)に襲われ、自身の佇まいを見据える余裕を失っている。そのような状態は不安ばかりが増幅し、精神衛生上極めてよろしくない。きっと写真にも悪い影響を与えるに違いなく、何事にも悠長なぼくとて、早く現状を打破しなければと少々焦り気味。
 このストレスは肉体にも悪影響を及ぼすこと確実であり、「少しでも長く写真を撮りたいのであれば、とにかくボーッとするのが一番だ」と、ぼくの、にわか仕立ての神様がしたり顔でそう諭してくれる。不信心者のぼくには、誠にもってありがたい神様である。

 そんな状況下なので、新たな撮影をできずにいるが、幸いにして、まだ未現像の花の写真が多少なりともあり、掲載写真はしばらく間が持ちそうだ。ただし、開花の季節と拙稿のタイミングが合わぬという不都合は避けられないが、それもこれも本(もと)を正せば一番の原因は武漢ウィルスであり、医学に従事していないぼくにしてみれば、目に見えぬ敵に勝負を仕掛けても致し方のないことと諦めている。しかし、目に見える責任はぼくにあるのではなく、目下のところ(いや永遠に)ウィルスを隠蔽した彼の国の、無責任極まる機関の責任と断じておく。
 したがってぼくは、歪(いびつ)なマスメディアが何の抵抗もなく平然と発する「新型コロナウィルス」だとか「COVID-19」などというどこかまやかしめいた、しかも拵(こしら)えごとのような偽善的呼称を使わず、どの場に於いても、発祥の地名をつけた「武漢ウィルス」との正しい呼び名を、何の躊躇(ためら)いもなく用いることにしている。このことは、イデオロギーなどとは一切関係がない。

 また横道に逸れ、暴走・暴発しそうになるので話を元に戻そう。そうそう、拙稿は「写真よもやま話」でありました。
 雑用にかまけて写真が撮れないでいると、ぼくは他人の何十倍(多分)も不安に駆られる質であり、それをして自身を「小心的思い込み自損症候群」と称しながら、知らずのうちに前述の如く心身を損ねていく。いつも「おれは何という損な質か」と嘆いて見せるのだが、要するに、神様がおっしゃるが如くボーッとさせておけば機嫌が良いということでもある。
 けれど、このように都合良き解釈は、公私を問わず写真に従事している限り、永遠に振り払うことはできず、終生つきまとわれることは百も承知している。この軛(くびき。自由を束縛するもの)は、物作り屋の宿痾(しゅくあ。長い間治らない病気。持病)のようなものであり、逃れることはできそうもない。「何の因果で、写真屋になんぞ」と、くぐもった声で遠慮がちにいうのが関の山だ。ぼくは、そんな自分に当てのないはかなき抵抗をしている。

 ちょっと沈み加減の気分でいるところに、「花は季節に関係なく、いつ見ても美しく、いいものですね」との理解あるメールをいただき、ぼくの気は一気に和んだ。今しばらく、世情が落ち着くまでは花の写真を掲載してもいいとの許可を得たような気分になっている。
 あるいは、ぼくをよく知る友人のなかには、「かめやまが花ばかり撮っているのは、如何なる気の迷いなのか?」とか「かめさんが、花をねぇ」などと本気で気にかけている様子も窺える。しかし、ぼくの信ずるところを吐露すれば以下のようになる。
 「どのような分野の写真であれ、それに集中的に取り組めば、その姿(被写体)が今までとは異なったものに見えたり、そこで新たな発見があったり、さまざまな気づきを与えてくれるもの。それは感覚的なものかも知れないし、あるいは時に技術的なものであったりする。この貴重なる発見は、他の分野にいくらでも応用でき、かつて述べたことのある『運鈍根』が伴えば、上達には持って来いの手段」といっても間違いない。
 このことは、決して慰めではなく、また気の迷いでもない。「花こそ偉大な生命体。今しか撮れないもの」との思いを抱きながらぼくはシャッターを切ることにしている。

 ぼくが崇敬の念を抱く親鸞聖人の有名な言葉にこんなものがある。ちょっと説教じみてしまうが、お許しをいただきたい。
 「明日ありと 思う心の仇桜 夜半(よわ)に嵐の 吹かぬものかは」。
 親鸞聖人は9歳の時に仏門(浄土真宗)に入られたが、その時に得度(出家すること)を頼んだ寺は、「今夜はもう遅いので明日にしよう」という。その言葉を受けて親鸞聖人が詠んだ句。
 「咲く桜を明日見ればいいという心が仇となり、見ることができないかも知れない。夜中に嵐が吹いて桜が散ってしまうかも知れない」との意味で、先延ばしの好きなぼくには心に刺さる痛いお言葉である。撮影に関して、気の迷いは仇となることのほうが多いとは、ぼくの経験則だ。

「かめやまからみなさまへのお知らせ」
 Webでの公開期間は9.1 ~ 9.30 の1ヶ月間です。以下のURLよりご高覧に供すれば幸甚に存じます。
 https://fototortuga.exblog.jp
 「カテゴリ」/ 「第14回フォト・トルトゥーガ写真展」
 よりご入室ください。

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http://www.amatias.com/bbs/30/513.html
          
カメラ:EOS-1DsIII。レンズ: FE24-105mm F4L IS USM 。
埼玉県さいたま市。

★「01さいたま市」
ジャーマンアイリスとモンシロ蝶。撮影時のイメージ通り、モノクロ写真を2色に調色。
絞りf11.0、1/50秒、ISO100、露出補正-0.67。
★「02さいたま市」
芙蓉。「これ、花というより、宇宙の何かを見ているよう」とつぶやきながら。
絞りf13.0、1/30秒、ISO400、露出補正-1.00。

(文:亀山哲郎)