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■亀山哲郎の写真よもやま話■
亀山哲郎氏 プロカメラマン亀山哲郎氏が、豊富な経験から、カメラ・写真にまつわる様々な場面におけるワンポイントアドバイスを分かり易くお伝えします!
■著者プロフィール■
1948年生まれ。大手出版社の編集者を経て、1985年よりフリーランス・カメラマンとしてコマーシャル写真に従事。雑誌、広告の仕事で世界35ヶ国をロケ。
現在、プロアマの混成写真集団フォト・トルトゥーガを主宰。毎年グループ展を催し、後進の指導にあたる。
2003年4月〜2010年3月まで、さいたま商工会議所会報誌の表紙写真を担当。 これまでに、写真集・エッセイ集などを出版する他、2002年〜2008年には『NHKロシア語講座』に写真とエッセイを72回にわたり連載するなど、多方面で活躍中。

【著者より】
もし、文中でご不明の事柄などありましたら、右記アドレス宛にご質問ください。 → kameyamaphoto2@mac.com

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2020/05/29(金)
第498回:“ほど”についての考察
 リフォームついでに、仕事部屋にベッドを持ち込んでちょうど10年になる。家族に一切の気兼ねなく過ごせる心地良さは何ものにも替え難く、自室に入れば文字通りぼくは一国一城の主となる。
 部屋が散らかろうが、埃が積もろうが、蜘蛛の巣を見つけようが、嫁から文句をいわれる筋合いなどまったくないのだが、にも関わらず嫁は「たまには掃除機くらいかけろ」と定期的にぼくを威嚇してくる。亭主を機を見て逃さずに恫喝するのは自分の大切なライフワークと心得ているようで、敵わない。 
 しかしぼくは、決して嫁の恫喝に屈することはなく、仏頂面をしながらも完全無視を決め込んでいる。このことは、ぼくが嫁に逆らえる唯一の瞬間でもあり、またささやかながらも可愛げのある優越感を覚えることのできる稀なる機会でもあるのだ。嫁の言葉に「馬耳東風」を貫ける貴重なひと時でもある。

 独り寝のおかげで、誰に憚ることなく、ぼくは就寝時YouTubeで子守歌のようにお気に入りの落語を聴くのだが、 “落ち” に辿り着くまでに寝入ってしまうことがほとんどだ。愛聴するのは8割方古今亭志ん朝(3代目)と三遊亭金馬(3代目)の2人であり、残りの2割が古今亭志ん生(5代目)といったところか。
 子供の頃から父に連れられて寄席通いをし、以来いろいろな噺家を聴いてきたが、今はこの3人に収斂されている。このことはぼくにとって、当然の帰結と考えている。
 ぼくは落語を「語る文学」としてみており、見事で粋な日本語(正確には江戸言葉)捌(さば)きにただただ感服するばかりである。また生きることの襞(ひだ)や機微、そしてその真理を面白おかしく伝える「語りの術」はまさに芸術そのものであり(ただし名人に限る。昨今テレビなどで人気の噺家はまったくダメ)、同じ演目を何度聴いても飽きることがなく、その都度新たな発見がある。1日の終わりに落語の美に浸り、笑いながら意識を失っていくのは、乙なものだと思っている。

 昨夜、久しぶりに志ん朝の『鰻の幇間』(ほうかん。俗称太鼓持ちとか男芸者とも。宴席などで客の機嫌を伺いながら、その席の取り持ちをすることを職業とする男。人にへつらい、機嫌を取るのに勤しむ者)を聴いた。その枕で、客との間を巧く取り持つには、客のいいなりにばかりなるのではなく、時には逆らってみせるのも芸のうちなのだそうだ。そこには “ほど” というものがあって、その加減が客の機嫌を左右する重要な要素なのだということを述べている。
 これを聴きながら、ぼくは写真屋として、我が身を振り返り “ほど” の難しさについて考えさせられた。というのは、ぼくはバウハウスの教えである「過ぎたるは猶及ばざるが如し」を自身の “ほど” の基準としてきたのだが、そこから逸脱してみたいとの欲求にいつも駆られる。創造の根源は「ものは試し」であるからして、自分をなだめながら “ほど” からの脱出をしてみようと、今回の掲載写真は「その試し」である。

 ちょっとお堅い話になってしまうが、今までに拙稿で幾度となくぼくは聴衆におもねることをひどく嫌うという主張をしてきた。もちろんその考えは今も変わっていない。それどころかその信念はますます強固になりつつある。
 「曲学阿世の徒」(きょくがくあせいのと。真理に背いて時代の好みにおもねり、世間の人に気に入られるような説を唱える人)になっては、物づくり屋の本質的な資格を失うとの確信を持っており、また自身の作品を貶めることに通じるとも思っている。別の言い方をすれば、職人気質の矜恃を殊の外大切にしなければならないと願っている。
 大辞林によると、「職人気質」とは「職人に多い気質。自分の技術に自信をもち、安易に妥協したり、金銭のために節を曲げたりしないで、納得できる仕事だけをするような傾向」とある。
 
 太鼓持ちは立派な職業だが、太鼓持ち気質の写真愛好家(アマばかりでなくプロも)というものが確実に存在する。それは個人の生き方に通じるものだから、ぼくのありようや意見と異なるからといって、非難に値することではない。
 ただ、少しばかり辛辣な言い方をさせてもらえば、鑑賞者におもねるようなものは、大衆受けがし、人目に付きやすく、正直でない分底が浅いので人々に安心感や居心地の良さを提供する。これはグレシャムの法則である「悪貨は良貨を駆逐する」とか「燎原の火」(勢いが盛んで防ぎようのないもののたとえ。転じて、悪事や騒乱などが凄まじい勢いではびこること)と似たり寄ったりの面がある。

 鑑賞者に好感を持たれ、気に入ってもらいたいとの人情は痛いほど察しがつくのだが、その前に、自分は何故写真を撮るのか? 何故、物づくりに励むのか? について一考してみれば、自ずと自分がどちらの方向を向いているのかが分かるのではないだろうか。
 そんなことを考えながら、一昨日雨の中、近所にある家庭農園で栽培され、放置されているキャベツをぼくは嬉々として撮った。ぬかるんだ地に、新しいスニーカーを泥だらけにしつつも、イメージがふんだんに湧いてきたからだった。これらのキャベツは、ぼくにとって誰にもおもねることなく、自身を正直に晒すことができる恰好の被写体と見たからだった。

 いささか手前味噌だが、ぼくをよく知るアートディレクターや著名な詩人であるTさんは、「かめやまさんの写真には毒がある。そこが最大の魅力」なのだそうだ。なら、ぼくは毒虫? であれば本望であるのかな? “ほど” を逸脱しているのかな? そんなことを考え出すと寝付きが悪くなりそうだ。今夜は志ん生でも聴こうかな? 

http://www.amatias.com/bbs/30/498.html
          
カメラ:EOS-1DsIII。レンズ: FE24-105mm F4L IS USM 。
埼玉県さいたま市。

★「01さいたま市」
刈り取られた後に残ったキャベツ。葉脈と腐った部分のコントラストに、生きることと死ぬことの様々な模様が見えた。
絞りf13.0、1/60秒、ISO100、露出補正-1.33。

★「02さいたま市」
放置された虫喰いで穴だらけになったキャベツ。自身は朽ちつつも、虫たちの大切な養分となっているのだろう。
絞りf13.0、1/30秒、ISO100、露出補正-1.00。

(文:亀山哲郎)

2020/05/22(金)
第497回:俗っぽい温泉街に憧れる
 昨今の疫病のため自室に籠もる時間が誰しも多くなったことだろう。ぼくはこの異様な世界を少しでも自身のために役立てようと乏しい知恵をあれこれと巡らせている。それは時に読書だったり、花を集中的に撮ってみたり、観察眼を養うために “凝視すること” をことさらに強く意識してみたりと、我ながら前向きで建設的な生活を営もうと努めている。この閉鎖的な社会空間にあって、そうでもしなければ「やってられんわ」という気にもなる。
 友人たちからも、「世の中落ち着いたら・・・」との誘いが増えつつある。やきもきしているのが手に取るように窺えるのだが、ぼくは決まって「テレビという名のウィルスにはどうぞご注意あれ。くれぐれも毒されぬように!」との進言に余念がない。テレビはその悪辣さに於いて天下一品である。

 外出自粛の折、やたら旅に憧れたりするのはぼくばかりではないだろうと思う。世間が元に戻ったらどこに撮影に行こうかとGoogle Mapをかき回したりしながら、候補地に思いを馳せ、想像を逞しくしている。一人遊びの好きなぼくとて、最近は来たるべき日を待ちわびるようになった。
 できれば昭和の名残ある非常に俗っぽい温泉街などがいい。場末にある昔ながらの居酒屋に、頭で縄のれんを分けて入り、あたりめを肴に安酒のお燗を引っかけながら、タングステン光下の割烹着姿の女将をモノクロフィルムで、カラーなら「銀残し」の手法を用いて撮ってみたいと、かなり具体的なイメージだけは描けているのだが、ほど良くそれに合致する状況に出会えるかどうか、ひとりで気を揉んでは、それを愉しんでいる。若い頃には確かにあった、そんな居酒屋風景を懐かしんでいる。

 だがしかし、現像タンクも引き伸ばし機もない現在の我が家の状況では、フィルム撮影は望むべくもなく、そのイメージを如何にしてデジタルで描き出すかを工夫し、勉強しなければならない。
 時間があるのだから、それも妙味があって面白いだろうし、そこには新たな発見があるかも知れず、今の閉塞感を打ち破るべくどこかで帳尻合わせができるのではと深読みしている。「なにしろ今のデジタルは写りすぎるからなぁ」と、恩を仇で返すような言い草は嫌な心得だが、ついデジタルに対する悪態が口を衝いて出てしまう。

 雑踏の苦手なぼくではあるが、人里離れたいわゆる秘湯などと称するところはフォトジェニックなものを見つけにくく、少なくともぼくのようなタイプの写真屋にとってはどうも不向きである。
 あくまで俗っぽい温泉街で、射的場やスマートボールがあり、壊れかかったネオンがジリジリと音を立てながらしばたき、加えペンキの剥げかかった看板のあるストリップ小屋などがあれば、さらに好ましい。どこかに哀愁やら小便臭さが漂っていないと撮影意欲がかき立てられない。そんな好都合な道具立てがどこかにあるだろうか?
 それぞれが勝手気ままに雑然とし、それがためにある種の趣を成しているというような温泉街が今時生き残っているだろうかとも思うのだが、それを暗示するような一片を発見し、かすめ撮るのも写真術の醍醐味なのだから、やはり観察眼を養い、 “凝視すること” の修練を積んでおくことは無駄にならないだろう。来たるべき日のために、「備えあれば憂いなし」というところか。

 温泉街も人間も、あるいはまた花も、すべての美は二元性を有するものであり、常に統一とはかけ離れたところに位置しているのではないかと考えるようになった。これが逆説かどうかは今のところぼくには判然としないのだが、統一による美は限りがあって、整然としているのでどうも面白くないと感じることが多い。乱雑で、雑然としていたほうが変化に富んで飽きないのだ。一定のルールから外れた面白さや危うさがあるので、魅力的と感じることが多い。
 乱雑さというものは、自分の考えや感覚に沿って、形や模様をジクソーパズルで遊ぶように一様に組み上げていく面白さがある。統一性に欠ければ欠けるほど自在性が増し、独創的かつ麻薬的な美に恵まれるような気がする。古希を過ぎれば、もうそろそろ麻薬的な美と戯れても罪はあるまいと思う。

 前号で、「幻想と現実が理知的に、しかも微妙にバランスされたものをぼくは最上のものとする」と述べたが、それは言い換えれば「理知的な整合性」でもあろうか。幻想と現実の狭間に漂い、翻弄されながら、ぼくらはものを創り出していくのだろうと考えている。どちらかに荷担してはなかなか上手くいかない。
 そんなことを考えながら花を凝視していると、さまざまな表情が回り灯籠のように巡り、ぼくのイメージの枠をはみ出して、花は自身のほど良いプロポーションを正直に示してくれる。ぼくはそれに従おうとするのだが、いざファインダーを覗いてみるとそれは単眼故、現実とはいささか離れたものになって、ぼくの脳裏というか瞼に浮かび上がってくる。この綾(あや。表面上は分かりにくい物事の入り組んだ仕組み。大辞林)を処決しないと写真は写ってくれないので、悶々としてしまう。ぼくには「大きなお世話だよ」という勇気が持てないでいる。花はぼくらより何倍も偉いからだ。花を美しく感じるのは、やはりぼくらが人生という腐敗した快楽に浸りきっているからだろうと思う。

http://www.amatias.com/bbs/30/497.html
          
カメラ:EOS-1DsIII。レンズ: FE24-105mm F4L IS USM 。
埼玉県さいたま市。

★「01さいたま市」
ジャーマンアイリス。花のプロポーションと背景をどの様に組み合わせるか、花と相談しながら。
絞りf11.0、1/50秒、ISO100、露出補正-1.00。

★「02さいたま市」
アグロステンマ。一輪だけ孤独にポツッと咲いていた。小さな花火のように見えて、とても可愛らしかった。これも大きな宇宙だ。
絞りf9.0、1/60秒、ISO100、露出補正-2.00。

(文:亀山哲郎)

2020/05/15(金)
第496回:花について思うこと
 今年はぼくにとって73回目の春だった。乾っ風一点張りの関東の味気ない冬からやっと解放され、桜の咲き誇る春の到来となったものの、予想だにしていなかった悪疫の流行で、未だ誰もが閉じこもりを余儀なくされている。気づいてみれば、春を通り越しすでに初夏を迎えている。何の因果か、ぼくがこの連載第1回目を賜ったのは、ちょうど10年前の5月18日だった。

 撮影に出かけられぬことは写真屋にとって頭の痛い事柄でもあるのだが、身の回りにある美の再発見には絶好の機会である。写真好きであれば、身をやつしながら、またとないこの機を活用しない手はない。むざむざと手放すことなかれである。
 外出自粛とはいうものの、ぼくは以前にも述べたように「正しく恐れ、防疫を心得ながら、普段通りの生活を送ること」に徹しているので、遠出は控えつつも、カメラ片手に近所で花の撮影を愉しんでいる。今まで以上に「自分の花」を求め、頭に描いたものを正確に写し出すことに努めている。

 花を撮っていたら、見ず知らずの人に株を分けてもらったり、栽培法を教えてもらったりと、予期せぬ御好意に与ったりもしている。しかし一方で、ハナミズキ(花水木)の好きなぼくに、花の咲かない花水木を庭から放逐せんがために、ぼくに掘り起こしに来いという不料簡な友人も現れた。
 「花を付けない不良ハナミズキなんぞ誰が要るものか!」とぼくは電話口で精一杯の抵抗を示し、グレてみせた。彼女はこの際、疫病のどさくさに紛れて自分の庭の整備を目論んでいるようだった。前代未聞の流行り病はいろいろなものをもたらしてくれる。

 「花について思うこと」などと大仰な題名を付けてしまったが、花は自然界に於ける美の凝縮であり、宇宙に散らばる星座や銀河のようなものなので、それについて語るのはぼく如きにとって、大変難しい。また、一話で終えるようなテーマでもない。きっと、写真の話などどこ吹く風で書き連ねてしまうこと疑いなしなので、ほどほどにと思っているが、不器用なぼくにそれができるかどうか?

 自然の造形物を芸術にたとえる人が数多(あまた)いるが、ひねくれ者のぼくは昔からそのような見方に非常な違和感を抱き、好むところではなかった。それどころか、そのような意見は歯牙にも掛けないことにしている。論じる価値もなしというところだ。芸術(ぼくはこの言葉を安易に使うことを嫌い、できるだけ使用を避けているけれど)をどう定義するかにもよるが、もともと醜い人間が工夫を凝らし、技を磨き、生命と引き換えに創り出すものがいわゆる芸術だとするならばである。
 花を芸術品として担ぐことより、人生の写しとして準(なぞら)えることのほうが、ずっとまともな感覚であるように思える。

 親しい友人の言によれば、ぼくはどうも跳ね上がり者であるとのことだ。「跳ね上がり」を辞書で引いてみると、「全体の考えや動きとはかけ離れた、過激な考えや行動をとること。また、その人」(大辞林)とある。ぼくは内省に乏しいのか、そんな自覚はまったくないのだが、昔から花は盛りより、朽ちたものに、より思索的・宗教的なものを強く感じ取ってきた。そちらに魅せられ、惹かれてきたといってもいい。しかし、朽ち行く花より、精神の朽ちた人間のほうがずっとひどい悪臭を放っていることに気づかぬ人も多い。残念ながら、どのように言葉を労してもこのことの一片さえ伝わらないものだ。それをして「縁なき衆生は度し難し」というのだろう。ぼくは腐れた花や果実の存在を崇高なものと認めているので、跳ね上がり者だとは思っていない。

 しかし、友人たちのいう跳ね上がり者らしいぼくは、今を盛りと咲く花を至上のものとするのは、ぼくらが人生という腐敗した快楽に浸りきっているからではなかろうかと思うことがある。きっと行儀の良い人たちは、朽ちかけた、あるいは朽ちた花の美しさに気がつかず、目を留めることもなく、素通りしたがるのだろう。それを忌むことは、現実より幻想に重きを置くことに人生の拠り所を見据え、朽ちた花の、粗野だが叙情的な力強さを見ようとは決してしないに等しい。その美しさを発見する必然性のない生活を送ってきたのかも知れないし、あるいは汚らしいものという間違った固定観念に縛られているからでもあろう。

 それも人生の歩み方、もしくは方便であるのでかまわないが、プロであれアマチュアであれ、それが写真人であれば寂しい話だとぼくは思う。「思考・思索」イコール「あなたの写真」ともいえ、幻想と現実が理知的に、しかも微妙にバランスされたものをぼくは最上のものとする。
 自我の喪失や確立、そして宇宙との融合や死生観などを考え合わせるに、朽ちた花や果実に深い思いを寄せるのは、もしかすると極めて東洋的な神秘主義から派生しているのかも知れない。いや、東洋的というよりもむしろ無常観や滅びの美学(武士道的な意味合いでなく、宗教的な)などの、日本人特有の美意識なる所以であるかのようにも思う。

 朽ちて、汚れて、それでも与えられた環境で今を精一杯生きることの美しさに、ぼくは絆(ほだ)される。それは時に、あまりに妖艶であり、多くのイメージをバリエーション豊かに見せてくれる。ぼくはまんまと美の神々に絡め取られていくような気がするものだ。この時に出現する神々は何故か器量良しが多いものだから、朽ち行く花を矯(た)めつ眇(すが)めつ眺め、時の経つのをすっかり忘れてしまうほどだ。
 今しばらく、ぼくは「ぼくの花」探しに身をやつしてみようと考えている。

http://www.amatias.com/bbs/30/496.html
          
カメラ:EOS-1DsIII。レンズ: FE24-105mm F4L IS USM 。
埼玉県さいたま市。

★「01さいたま市」
しゃくなげ。茂みにひっそりと朽ち行く妖艶な姿を見て、ぼくはしばらく沈思黙考。ファインダーを覗きながら、どう切り取れば良いかに頭を悩ます。マクロレンズや接写リングを友人が持って行ったまま返してくれないので、このレンズ1本で何でも撮る。「弘法筆を選ばず」は嘘です。
絞りf8.0、1/30秒、ISO200、露出補正-1.00。

★「02さいたま市」
いちはつ。半逆光。花弁をどのように重ね、背景の落ちる角度との兼ね合いを図りながら。
絞りf5.6、1/320秒、ISO100、露出補正-1.00。

(文:亀山哲郎)

2020/05/08(金)
第495回:花を撮る
 武漢ウィルス感染防止のための外出自粛が世間ではどの程度なされているのか皆目見当もつかずだが(他人の自粛状況にぼくはまったく関心がなく、その情報を得ようとの気持さえないので)、しかし少なくともぼくの身の回りの人々を見渡せば、老若男女に関わらず、総じて普段より時間を持て余し気味のような気配である。正確なところは窺いようもないのだが、しおらしくも自らをそれとなく律し、家に閉じ籠もっているようにも思える。
 電話、メール、LINE、封書や葉書などなどの通信が何時になく増しているのはそのためだろう。暇を持て余し、あれこれと理由を付けては退屈しのぎにお伺いを立ててくる姿は微笑ましくもあり、ぼくもそれに快く応じることにしている。だが、ぼくは彼らほど暇ではないのだ。

 しかしなかには、自粛をいいことに、ぼくに労働を押しつけたり、要請したりと、あらぬ義務を負わせようとする思い違の甚だしい人もいる。不謹慎極まりない。
 ぼくが活動できないのは、ぼくのせいではなく、防疫のためであることに思いが至らぬ知恵足らずが多少ながらもいるということだ。ぼくのお人好しを見越し堂々とやってくるから敵わない。これではぼくとて、泣きっ面に蜂である。

 世間の自粛状況に関心はないといいつつも、ぼくも自営業者のひとりであることに変わりがなく、自身のこととなると、やはり仕事に支障を来すので安穏とばかりもしていられない。写真は現場主義なので、家に籠もっての撮影にも限界があり、それを打ち破るにはどこかへ出かなければ、素材を得ることができない。本当に弱ったことだ。
 防疫は、国や自治体の政策などではなく、本質的には個人がどうあるべきかにかかっているとぼくは考えているので、人情にからまれることなく、論理的に物事の道理を適宜判断しようと努めている。それがこの難事に対する一番の妙薬であるとも思っている。

 今、車で他府県に出かければ(ぼくの車は “大宮ナンバー” なので)、地元の人に見咎められたり、石をぶつけられたり、あるいはそれがもとで要らぬ悶着を起こしたりする可能性が無きにしも非ず。それを思うと、商売とはいえ、のほほんとカメラなんぞぶら下げながら出かけることもできない。そんなわけで、ここしばらくは道理に従い、近所の公園や遊歩道、空き地で見かける花にレンズを向けている。元々花や野菜、果物は豊かな世界を持っているので、対峙するには良い被写体である。

 花の撮影は基本的に、光の多少に関わらず三脚使用が本筋だとぼくはしている。三脚があるのとないのとでは撮影の自在度と安心感がまったく異なるからだ。光量が乏しくとも被写界深度を自在に操れることは(このことは一方で、ブレを “防ぐ” ことに関連してくる。厳密にいえば “防ぐ” のではなく、ブレ“にくく”するが正しい)、三脚の一大効用であり、イメージの構築に対しても自由度と発展性に大きく寄与してくれる。撮影の最も大きな物理的障害はカメラがブレることにあるのだが、その不安から解放されるのはまことにありがたいことだ。「ブレ防止機能」を真に受けるほどぼくは素直でもないし、ここではお人好しでもない。

 絞りとシャッタースピードの関係はシーソーのようなもので、これをお読みになっている諸兄には改めて述べる必要もないと思われるが、被写界深度を増そうとすれば絞りf値を大きくする必要がある。それにつれてシャッタースピードも遅くなるのでブレの確率が増し、より慎重さを要するという因果律に悩まされる。
 同じf 値であっても、被写界深度は被写体が近いほど浅くなり、離れるほど深くなる。花などの近接撮影にその現象は著しく、因って三脚は心強い味方となってくれるが、手持ちとなるといっそうの冒険を強いられる。

 そうはいいつつも、この現況下にあって三脚を担ぎ花を物色しながら、マスクをし、時には帽子を被り、サングラスをかけ、そんな怪しい風体でうろうろするのは、気の弱いぼくなど、いくらお人好しといえども、心情的には憚られるものがある。どうしても人目を気にしてしまうので三脚持参は躊躇しがちとなる。
 「何も悪いことなどしていないのに」と思うと、当てのない何かに向かって怒りの矛先を向けている自分に気づく。相手が見えないだけに、これは精神衛生上相当よろしくない。

 花の撮影は、陽が地平線に沈み行く頃の柔らかいながらもアクセントのある光線がぼくは好きだ。光量が乏しく、三脚なしの手持ちは制約も多く、厄介なものとなる。
 「もう1絞り余計に欲しいところだが、そうするとブレの確率が増す」と感じた時、ぼくは被写体とカメラの距離を離し、撮影当初からトリミングを前提にすることがある。そして大切なことは、できる限り低ISO感度を使用すること。最近はどのカメラも高感度特性が良くなってはいるが、ISOを高くすればノイズが増え、画質は悪化するという物理現象からは逃れようがないのだから、カメラの特性をよく理解しておく必要がある。
 ISO感度を上げれば良いという安易な考えは持たず、それはあくまで画質より大切なシャッターチャンスとしての(緊急避難所としての)ものだとぼくは考えている。
 世の中が落ち着くまで、今を良い機会と捉え、修練のために手持ちで花を愛でることに専心しようと思っている。

http://www.amatias.com/bbs/30/495.html
          
カメラ:EOS-1DsIII。レンズ: FE24-105mm F4L IS USM 。
埼玉県さいたま市。夕暮れ間際、近所で多くの牡丹を発見して。

★「01さいたま市」
まぶたに、くらげのイメージが浮かび上がった。透明感のある薄い花びらに背景の黒(色温度が高く青味がかっている)が透けて見え、日没間際の光に包まれた牡丹は神々しかった。
絞りf9.0、1/50秒、ISO400、露出補正-1.33。焦点距離105mm。

★「02さいたま市」
陽も地平線に沈み、花びらの重なりの面白さをモノクロで。撮った本人としてはこちらのほうが断然好きだ。画像面積にして1/6ほどトリミングをしている。
絞りf10.0、1/60秒、ISO400、露出補正-2.00。焦点距離105mm。

(文:亀山哲郎)

2020/05/01(金)
第494回:色の捻れと濁り
 前号からの続きというわけではないのだが、写真はカメラやレンズに限らず、その他諸々、多くの道具に依存している。職業写真屋に限らず、このことはプロ・アマを問わずというところだろう。特に、一角(ひとかど)の写真愛好家を自認するひとたちにとっては、アナログ時代と同様に、デジタルに於いても暗室道具にかかる費用は決して軽視できないものがあるに違いない。
 暗室作業に熱心に取り組む人ほど、なかでも画像ソフトは撮影機材と異なり、進化の度合いが著しいので、ぼくなども新しいバージョンが出る度にアップグレードを余儀なくされる。忌々しくもメーカの思惑にしてやられるのだ。これをして、「多情多恨」(多情なだけに、悔やまれることや恨みに思うようなことに多く出くわすこと)ということだろうか。

 とはいうものの、例えば画像ソフトの代表格であるPhotoshopなどは、新しいバージョンが出る度に改良を実感できることが多々ある。これが禍(わざわい)というか元凶ともいえる。ぼくとしては「禍も3年経てば用に立つ」(禍も3年経てば幸いがやってくることもあるという意)との諺にすがりつくのもやむなしというところだ。
 同じ結果を得るのに今まで3工程必要だったものが1工程で済むような仕掛けになっているので、スピードを重んじざるを得ない商売人は、否応なくアップグレードのボタンをポチッと押してしまうのだ。ぼくはその度にクレジットカードに向かって「またお世話になります」とうやうやしく頭(こうべ)を垂れる。

 ポチッと購入の確定ボタンを押すまでの逡巡は、ある種の快感でもあり、またスリリングな瞬間でもあるのだが、言うに言われぬ心理的な葛藤を伴い、いざ決断の間際になると必ずといっていいほど嫁が脳裏にヌーッと何食わぬ顔で現れる。その顔は、名レンズであるタンバール(ライカのソフトフォーカスレンズで、ぼくは十数年間愛用していた。1935年製)で撮ったようなソフトフォーカスがかかっていればまだしも、かなりのリアリティを伴って、「明瞭度」過剰ではないかと思えるほど克明に描かれながら立ち居、腕組みよろしくぼくに一瞥をくれる。力感に溢れた嫁に変貌を遂げるのだからから敵わない。
 あの時の嫁の底光りするような眼差しは、残念ながらぼくの筆力では到底表現できない。お互いに複雑な感情が交差していることだけは間違いないのだが、ぼくは「触らぬ神に祟りなし」を唱えながら、頭の中でPhotoshopのブラシツールを用い、一太刀に嫁の豪気かつ凄味ある一瞥を消去し、素知らぬ振りを貫き通すことにしている。事の由来を記そうとすれば、30代半ば、当時「寄らば大樹の陰」だったサラリーマン生活を打ち捨てて、この道に突き進んだことにある。喧嘩こそしないが、嫁の遺恨は、身勝手なぼくがこの世を去るまで消去されないであろう。

 唐突に話題を変えるが、十数年前、Photoshopで暗室作業をしていてふっと気づいたことがある。画像を部分的に修正する作業はアナログでもデジタルでも頻繁に行われることだが、Photoshopで部分選択をし、その範囲の明暗を「トーンカーブ」で調整すると、カラーバランスが時として崩れたり、もしくは違和感を覚えたものだ。あるいは色の濁りを感じたこともある。
 この現象は十数年来変化がなく、こんにちに至るも同様である。つまり最新のPhotoshopを使用してもこの現象は十数年前と変わらない。ぼくはこの現象を抑えるために、Photoshopのツールである「色相・彩度」、「特定色域の選択」などを同時に使用するが、色の純度が高ければ高いほど「トーンカーブ」での調整は難しくなる。言い方を変えれば、思ったほど明暗が変化してくれないということだ。

 このことを実証しようと、当時ぼくは18%の中間グレー(RGBそれぞれを109に設定)を背景に、純度100%のRGB(R255、G255、B255のそれぞれ)を描いたことがある(それを新たに作成し今回掲載)。
 この画像をPhotoshopで開き、「トーンカーブ」の直線の両端を固定し、自在にカーブを描いてみる。そうすると、18%の中間グレーは「トーンカーブ」の動きに順応し、明暗に変化が生じるが、RGBはまったく変化しない。
 理論ではなく、感覚的には摩訶不思議な現象だと思いませんか? 

 外出自粛できっと暇を持て余しているであろう我が倶楽部の面々に、この画像を送り「やってみろ」と。今のところ反応はないが(斯様に不熱心な人たちばかりだから、ぼくは心が疲れる)、ぼくなら「ギエッ、なんでぇぇぇ〜〜〜!」と、発案者に詰め寄るところだが、誰も詰め寄ってこないのでぼくは黙して語らずを通している。もちろん、我が倶楽部にこの理屈を知る者などいるはずがないと思われる。にも関わらず、だんまりを決め込んでいるこの向学心のなさは、全体何事であるかとぼくは訝っている。蛍雪の功を積むことに無縁のひとたちなのかも知れない。
 理論はともかくも、上記した「色の純度が高ければ高いほど」変化の度合いが他に比べて少ないという事実を知っていれば、対応の仕方も見つかるというものだ。色バランスの捻れや混濁を鋭敏に感じ取れる器量であって欲しいと願うばかり。斯くいうぼくもなんですがね。

http://www.amatias.com/bbs/30/494.html
          
カメラ:EOS-1DsIII。レンズ: FE11-24mm F4L USM 。
埼玉県飯能市。外出自粛で撮影に出られず、去年撮ったものを急遽補整。

★「01飯能市」
昭和の名車スバル360(1958-70年発売)。駐車場に大切に保管されているかつての名車を発見。まだ現役のようだ。路上に座り込み、僅かに空いた隙間から焦点距離16mmで。ぼくも慈しむようにシャッターを押す。因みに赤は部分的に、R186、G23、B18で、かなり純度の高い箇所がある。
絞りf8.0、1/30秒、ISO200、露出補正-2.00。

★「02飯能市」
昭和レトロを地で行くような看板建築。
絞りf9.0、1/250秒、ISO100、露出補正-1.67。

★「03 RGB」
「トーンカーブ」で明暗を上げ下げしてみると?

(文:亀山哲郎)

2020/04/24(金)
第493回:たまにはカメラについて
 2台のEOS-1DsIIIをぼくは未だ執念深く、取っ替え引っ替え公私ともに使用している。この連載でも主要機種として写真掲載をさせていただいているが、思えばこのカメラを購入したのは2007年のことだから、もう13年間もの長きにわたりお世話になっている。
 2台とも使用に支障を来すほどの故障もなく、長い間よく酷使に耐え抜いてくれたものだと賞歎している。ライカなどとは性質が異なり、購入当時はこのカメラを純粋な仕事用の道具としてもてなそうと考えていたのだが、長年使用していると、数々の思い出とともに愛着も深まり、そして我が家の生活を支えてくれた一役者でもあり(初代EOS-1Dsから代々使用)、もし手放すのであれば惜別に似た感情に襲われるだろう。

 余談だが、20代よりライカ道楽をしていたぼくは、プロの世界に入る時、レンジファインダー式のM4を1台だけ残し、すべてを売却してしまった。理由は単純、「ライカ道楽などしている場合じゃない」からだった。より実務的なカメラに買い換えることを優先した。それは、写真が道楽でなくなった瞬間でもあった。デジタルを始めるとともに虎の子のM4も潔く手放してしまった。
 「将来、また道楽をする余裕ができれば、ライカ三昧もよし」と考えてから一体何十年経つのだろうか。ぼくは未だライカを手にできずにいる。

 閑話休題。
 EOS-1DsIIIの後継機となるものに関心がないわけではないが、それを試してみても、高額を叩いて乗り換える必然性のようなものがぼくには見出せないので、「新しいもの好き」のぼくにとって、幸いながら触手を伸ばさずに済んでいる。
 商売人にとって、新しい道具に乗り換えることはかなりの勇気と決断を必要とする。特にカメラとレンズはその筆頭格だ。道具の感触に慣れ親しみ、暗闇のなかでも手足のように自在に扱えることが何にも増して重要。一心同体、商売道具とはそのようなものだと思っている。新しい機種を次から次へと追い求めることは、いわばアマチュアの特権でもあろう。レンズとて然りである。

 日進月歩のデジタルとはいえ、ぼくのなかでデジタルカメラの性能は、すでに終焉を迎えているようにも思える。修理対応期限の切れる直前に一度オーバーホールをしているが、故障したら買い換えを余儀なくされる。それまではこのご老体を労りながら大切に扱おうと思っている。

 ご老体を後生大事に扱い、古くなったとはいえ、何故その性能に満足しているかとの自己分析を試みるに、それは恐らくフィルム時代が長かったからではないかと思う。描写能力に於ける感覚がすっかり身に染みついているのだろう。
 同じレンズでフィルムとデジタルを比べてみると、その解像感には雲泥の差があることに気づく。もちろんデジタルのEOS-1DsIIIに軍配が上がる。ご老体の性能はぼくにとって必要にして十分であると、否応なく認めるにやぶさかではない。B 0版のポスターにも十分な対応を示してくれる。
 デジタルで育ったひとたちは科学の教えに倣い、きっと現行のものよりさらに良いものをと目論む。それが自然だし、また人情ともいうべきものだが、控え目なぼくはそこまで貪欲になれずにいる。ものには「ほど」というものがあるのだから、弁(わきま)えを重んじる気持が大切なのではないかとも思っている。ぼくにしては、この伝しおらしくも上品である。

 フィルムの「曖昧さ」を「味」と表現することにぼくは特別の意義を見出さないが、一方でデジタルの「写りすぎ」を覚えることも事実だ。この「写りすぎ」が、時として世評では、フィルムに比べ「無機質的な」との感覚を導くのだろう。この論理はしかし、ぼくにとってかなり非科学的なものに映る。
 それをもって「写りすぎ」に難を唱えることは、矛盾をどこかで容認し、整理しておかないと自家撞着に陥り、悩まされることになる。つまり、非科学性を廃除する論理がしっかり成り立っていないと、言い訳が立たないということになる。
 「写りすぎて何が悪いんですか?」と問われれば、返す言葉もないのだが、「メリットとデメリットは常に表裏一体であるからして、その弊害にもしっかり眼を向けて欲しい。それが条理というものでは?」とぼくは一端(いっぱし)の理屈をこねることにしている。それは答えになっているようでもあり、また一種のはぐらかしのような感じがしないわけではないのだが。むろん、弊害について思うところを詳しく述べるようにしているが、ぼくは多分半分くらいは正しいことをいっているのだと思う。

 カメラやレンズの歴史を紐解けば、技術者やユーザーは常に被写体を「より細密に(解像度)、正確に写し取る(各収差などによる悪影響削減)」ことを最優先に考え、追求してきたのではないか。それを解決するための合理的な考えのひとつがカメラの大型化だった。大型化することのメリットは以前に述べたので割愛するが、解像度や画質に於いて、フィルムであれデジタルであれ、それに勝るものはない。
 もし、ぼくの存命中に画期的と思われるようなものが出現したら、ぼくはどうするのだろうかと考えると、気になって夜もおちおち眠れないが、どれほどAIが進化しても、やはり写真は人間が撮ってこそのものだとの信念は変わらない。AIが大衆受けするような写真を羅列するようになれば(それは案外早く到達可能だろう)、あらゆる分野の好事家は趣味を失ってしまうだろう。人生経験のないAIこそ「無機質的な」写真しか撮れないであろう。ぼくは多分98%くらいは正しいことをいっていると思っている。

http://www.amatias.com/bbs/30/493.html
          
カメラ:EOS-1DsIII。レンズ: FE24-105mm F4L IS USM 。
栃木県栃木市。今回は(も?)、誰も「きれい」といってくれない2点だが、撮影者はジジィであることをお忘れなく!

★「01栃木市」
造花も朽ちる。すっかり色あせ、椿のようにボトッと首からショーウィンドウの床に転がったバラ。もう何年もこのままだ。
絞りf6.3、1/30秒、ISO200、露出補正-1.00。

★「02栃木市」
すっかり色あせたポスター。少年の顔を、臆することなく広角レンズで撮った技術と感覚に「このカメラマン上手!」と思わず声を上げてしまった。因みにぼくはこのポスターを焦点距離80mmの望遠で撮っている。
絞りf8.0、1/50秒、ISO100、露出補正-0.67。

(文:亀山哲郎)

2020/04/17(金)
第492回:くわばら、くわばら
 緊急事態宣言が発令されて早10日が過ぎようとしている。外出自粛要請のなか、ぼくは元々自室に籠もって一人遊びをすることに子供の頃から慣れ親しんでいるので苦痛を感じず、そのようなストレスとは無縁でいられるのだが、写真ネタが尽きつつあり、撮影に出られないことだけが悩みの種だ。
 武漢ウィルス(ぼくがこの呼称を使うのは、中国や中国人に対する差別や偏見からでなく、また政治的意図からでもないことをお断りしておく。ただ、起こるべくして起こったことだとの認識は変わらない)のお陰で、今回もまたまた「栃木市」のご厄介になる。

 このご時世を利用して、蔵書の再読を試みたり、暗室作業の技術向上に向けての勉学に勤しむつもりが、なかなか思うに任せずにいる。それはぼくが怠惰なのではなく、取材自粛やら中止で撮影不能となった出版社などから、そして催し物などの広報誌から、「写真を貸して欲しい。何かテキトーなものを見繕って」との要望が、幸か不幸か相次いでいるとの事情による。疫病の予期せぬ事態に、社会的弱者である写真屋は、撮影をせずとも思わぬところで余得に与っているともいえる。

 ぼくにしてみれば、提供する写真は “撮り下ろし” (ある目的や趣旨のために新たに撮影すること)の作品ではないので痛し痒しだ。いわゆる “不労所得” の類(ホントは “不労所得” などではなく、それなりにしっかり元手がかかっている)ともいえるのだが、哀切極まる世情にあって、ぼくは快く応じることにしている。
 写真提供ばかりでなく、コメントも付けなければならないので、自宅から社会貢献を果たそうと、涙ぐましい努力をしている。これも、在宅勤務の一種なのかな? そして、今のうちに少しでも出版社に恩を売っておこうとの魂胆がそこはかとなく見え隠れしているようでもある。

 提供する写真はほとんど海外で撮ったもので、フィルム(カラースライドフィルムの変質を恐れ、気に入った写真はデータ化してある)のほうが多い。国内でのものはモノクロ写真(デジタル)が圧倒的に多く、しかも人物を中心としたものなので、使用しづらい面があろう。
 版元の要望に沿うように、古い写真を引っぱり出したりもしているが、なかには30年以上も前に撮ったものもある。それを眺めながら、忘れん坊のぼくではあるが、撮影当時のその状況を事細かに思い起こすことができる。さまざまな思い出が去来して懐かしくもあり、それがつい先日のようにも思われ、月日の経つのがなんと早いことかと、ちょっとした驚きに見舞われている。 
 「若い頃の写真のほうが情緒的だなぁ」とか「おれはほとんど進歩してないなぁ。むしろ後退しているのかなぁ」とか「今、こういう写真撮れないなぁ」なんて感じている。

 少しばかりショックなことは、 “感動を忘れている” のではないか? との思いが頭をよぎることだ。「最近は何でも分かった風な振りをして撮っているのではないか?」と自問自答してみるに、「それが “年相応” というものだよ。ぼくがいつも “年相応” の写真を撮れというのは正しいこと」と返してみせるのだから、この歳になって多少はおませになっているようにも思える。「ああ言えばこう言う」(他人の言葉に素直に従わず、一つひとつ理屈をつけて逆らうこと)を地で行っている自分がいることに、ちょっとがっくりもしている。

 しかし一方では、若い頃は「夢や理想」は善で、「現実」は悪であるという見方をしていたものだが、最近はこれが見事に逆転している。こちらがぼくの今の本心だ。 
 写真の際立った特徴のひとつに、他の分野にはない即物的リアリティがある。ここでいう即物的とは「情緒をできるだけ廃し、事物そのものの本質を見極めようとする態度」とぼくは解釈している。それに従えば、ぼくの「ものの分かった風」にも多少の言い訳が立つというものだ。無意識のうちに、写真が写真であることの証明を試みているのかも知れない。
 情緒的で、理想や夢を写真で語るのは若い世代に任せておけばよく、体験を積み重ね多少の辛苦を舐めた人間は、現実を直視する眼を養い、それを甘受する度量が生まれて良いはずだと考えるようになった。

 現実のなかに有る美を抽出し、そこからものの本質を見据え、自身の佇まいに合わせて肩の力を抜き(これが難事)、無理なく表現することに邁進すれば良いと考えるようになってきた。
 「ああ言えばこう言う」などと醜い屁理屈を捏(こ)ねず、素直に、正直に被写体に対峙できるようになれば、それこそ理想の姿であろうと思うし、しめたものだ。
 
 「歳を取れば取るほど、人は生き易くなる」がぼくの持論であり、その伝写真も斯くあるべしだと近頃つとに思う。これはきっと、より良く生きるため(良い写真に臨むため)のぼくなりの方便でもあるのだが、「筵(むしろ)をもって鐘をつく」(筵で鐘をついても鳴るはずがないことから、論法を誤ることが甚だしいことのたとえ)が如き写真というものがこの世には確実に存在するのだから、「くわばら、くわばら」である。
 
http://www.amatias.com/bbs/30/492.html
          
カメラ:EOS-1DsIII。レンズ: FE11-24mm F4L USM 。
栃木県栃木市。

★「01栃木市」
ガラス棚に入ったアルミホイール。ここを通る度に気になっていたのだが、どうしてもイメージがまとまらず撮らずにいた。意を決して「取り敢えず」撮ってみた。
絞りf7.1、1/50秒、ISO200、露出補正-1.33。

★「02栃木市」
帽子屋さん。ガラスに反射した空に荷札やいろいろなものが映り込んでいる。ガラスに極薄の何かが貼られているようで、見る角度により色が変化。
絞りf9.0、1/160秒、ISO100、露出補正-1.00。

(文:亀山哲郎)

2020/04/10(金)
第491回:鯉の災い
 第480回から途切れることなく計24枚の「栃木市」の写真を掲載させていただいたが(今回を含めれば26枚)、しかしぼくは栃木市の回し者ではない、とまず申し上げておきたい。
 26枚の写真は今年1月に3時間余訪問した時に撮影したもので、本来なら他の場所の写真を掲載したいのだが、日々雑務に追われ、時を同じくして武漢ウィルスの影響も手伝い、作品づくりがなかなか思うに任せない。フラストレーションによるストレスも溜まる一方だ。写真ネタが少なくなればなるほど、クオリティの低下を免れないという不文律に従わざるを得ないのは、職人の端くれとして、どうにも心苦しい。
 
 栃木市通いを始めたのは、今を遡ること17年前。そのきっかけは、17年前に我が倶楽部を立ち上げて間もなく、撮影会と称して小雨のなか、しっとりとした栃木市を練り歩いたことにある。小雨も手伝ってとても良い印象を残した。その時見た佇まいの多くが未だ残されているというのも今時珍しいことだ。
 かといって、彼の地の虜になったというわけでもない。では何故?との疑問は以前に述べたので詳細は繰り返さないが、一言でいえば「昭和っ子のぼくにとって、都度何か新しいものが発見できる可能性が多い」からだ。そんなことも含めて、ぼくはそれ以来この地を贔屓(ひいき)にしているのだと思う。

 歳を重ねるほどに、心持ちは自身の過ごした時代への懐古に傾いて行くのが人情というものだ。曰く「昔はよかったねぇ」との陳腐な科白をぼくも並べ立てたがっているのかも知れない。ジジィになった証拠かな?
 昭和への追憶に浸るだけであれば、栃木市である必然性はないのだが、我が家から地の利の良いことと、車であれば1時間あまりで到着できるので、「手短」を尊ぶぼくとしては都合が良いということもある。

 栃木市一番の名所である巴波川(うずまがわ)沿いに建ち並ぶ蔵屋敷群は一度も納得できる写真が撮れたためしがない。どうしても自分なりのイメージを描くことができないでいる。恨み辛みを言い訳にするつもりなど毛頭もないのだが、撮っても綺麗な絵葉書に似て、そんなものをぼくがわざわざ撮る必然性も感じない。第一その手の写真は、どこにでもあるようなもので、面白くも何ともないと決めてかかっている。それを思うと、やはり腰が砕けてどこか気合いが入らないものだ。
 そんな感情が災いしてか、観光客の目指すあの佇まいを眺めても、一向に気が乗らない。フォトジェニックな何かを発見しようとの努力を自ら放棄し、怠っている。勝負をしようとの気概を自ら殺いでいるのだから、あの川っ淵に立つと身の置き所がなく、狼狽えるばかり。

 栃木市の案内写真、もしくは観光写真に追随する気持はないので、最近は意識的に巴波川沿い遊歩を避けている。「ぼくは観光客ではない」と思いつつも、「もしかしたら良い写真が撮れるかも」という未練がましい写真屋の執念と悲しい性から、ここだけの話なのだが、よせばいいのにちょっとだけ覗いてしまうことがある。邪(よこしま)な気持に突き動かされながらも、周囲を窺いながらこっそりファインダーを覗いてみるのだが、いつも「もしかしたら」の期待は97%くらいの確率で裏切られる。

 そんな時、ぼくは巴波川を泳ぐ大きな鯉の群れに向かって、書くことも憚られるような言葉を浴びせて溜飲を下げることにしている。
 鯉は水面に顔を出し、一人前に髭を生やした貪欲そうな口をこちらに向けパクパクさせ、負けじとぼくをなじっているように思える。前号のカラスに似て、石を投げつけてやろうとも思うのだが、それをすれば心ない誰かに見咎められ、然るべきところに通報されてしまうだろう。
 鯉如きに、栃木市中の出入り止めを食らい、お縄頂戴となっては間尺に合わないので、巴波川沿いではいつも健気に自ら投石願望を封じ、隠忍自重を強いられている。ここで生じる激しいストレスはぼくを盲目状態に誘う。きっと鯉の陰湿なあざ笑いが気になって精神の集中を欠き、あの蔵屋敷群を捉えるチャンスをみすみす逃しているのだと思われる。
 責任転嫁もここまでくれば見上げたものだとぼくは感心さえしているが、しかしこれは科学的心理分析によるところのものとの確信を得ている。栃木市に於けるぼくの唯一の鬼門が、あの観光名所なのだ。因って、栃木市でぼくが封印すべきことは、「絵葉書写真と鯉への仇討ち」との結論に至っている。

 今回は掲載写真の撮影時に於けるポイントを読者諸兄からのご要望もあったので、撮影時に気をつけた事柄をできるだけ簡潔にいつもより詳しく述べてみたい。
 
http://www.amatias.com/bbs/30/491.html
          
カメラ:EOS-1DsIII。レンズ: FE11-24mm F4L USM 。
栃木県栃木市。

★「01栃木市」
埃だらけのガラス窓越に廃屋の中を覗く。埃のためガラスが白ちゃけている。白い丸はガラスに付着した汚れ。この汚れをどれ程の大きさに描くかは、レンズと窓ガラスの距離、及び絞り値。そしてどこにフォーカスを合わせるかの3点セットにより決定する。左のサッシから入り込む光は汚れたガラス窓によりハレーションを起こしたように拡散するが、白飛びをさせて強調。コントラストの非常に高い被写体なので、後の暗室作業を考慮して、露出補正を決める。画面右に見られる3本の輪はおそらく光の方向と高コントラストによって生じたフレア。僅かな角度でこのフレアは消えるが、ここでは敢えて残す。フォーカスは正面の壁。窓ガラスとレンズの距離は5cmほど。室内はパンフォーカスとなるが、5cmの距離にある汚れ(白丸)はこのようになる。
絞りf8.0、1/20秒、ISO200、露出補正-1.33。焦点距離24mm(APS-Cサイズであれば約15mm相当)。

★「02栃木市」
三段積みされた大きなタイア。画像の中心から外方向に向かってすべてを放射状に歪ませる。そのためにカメラは僅かに下振りにする。そこで安定感を保つために対角線の構図を取る。日没時の空を飛ばしたくないので、露出補正は、後の暗室作業を考慮し適切と思える濃度に調整。ここでは-1.33まで落としたが、タイアの大部分は黒潰れしない。青空(右上)がまだ残っていたが、全体が賑々しくならぬように、極力青の彩度を下げ、周辺光量もソフトを使用し落としている。扱いの厄介な超広角レンズの醸す非現実的な世界。悪戯心には持って来いだ。
絞りf8.0、1/40秒、ISO100、露出補正-1.33。焦点距離約13mm(APS-Cサイズであれば約8mm相当)。



(文:亀山哲郎)

2020/04/03(金)
第490回:無理難題
 今まで多くのクライアント(ディレクター、デザイナー、編集者、ライターなど)と一緒に仕事をしてきた。撮影での意思疎通をしっかり図れる場合もあるし、打ち合わせの時間が取れないことも稀にある。そのような時は、いきなりのぶっつけ本番となる。
 こんな時、大抵の同行者(責任者)はいつだって、「おらぁ知らねぇよ。写真はあんたにかかっているんだから、ちゃんと撮ってよね」という風な顔をすると相場は決まっている。言葉巧みに全責任を何とかしてカメラマンに負わせようと企む。確かに撮影の最終的全責任はカメラマンが負うのだから、地団駄踏みながらも返す言葉がなく、ぼくはそれがヒジョ〜に悔しい。
 ついでに彼らに追い打ちをかけておくと、彼らの言葉の端々、そして一挙手一投足から責任転嫁の魂胆が随所に見え隠れする。つまり丸見えなのだ。彼らのそのような性癖は、商売柄からなのか、生まれつきのものなのか分からないが、とにかく性根が悪くひねくれているので、始末に負えない。微に入り細を穿ちながら、隙を見ては「おらぁ知らねぇよ」を貫き通すのだから、お里が知れるというものだ。
 撮影現場ではお山の大将のカメラマンだが、社会的には底辺に住む最も弱い立場にある。弱い者いじめをして憂さを晴らそうとする彼らの底意地にはそのうち天罰が下るであろう。と、ぼくもここで憂さを晴らしておく。

 また、撮影現場では何が起こるか分からないことも多く(必ずといっていいほどハプニングが生じる)、予期せぬ状況に出会った時は都度額を寄せ合い、お互いにない知恵を振り絞りながら「あ〜だこ〜だ」と策を練る。専門家同士が綿密に打ち合わせをしても、写真は実際に撮ってみなければ分からないものだ。ここが恐い。
 写真撮影とは常に結果オーライの世界で、結果が伴わぬ時、「こんなに一生懸命やったのですが」の科白は一切通用しないし、耳を傾けてももらえない。まことに因果な商売である。過程ではなく結果がすべて。金銭の授受が行われる以上、他の職業とて同様だろう。ただ写真は一発勝負で、やり直しが利かないから、ことさらに神経を消耗する。野放図のぼくでさえそうだ。
 もし再撮が可能であっても(不可能な場合が多く、もしできたとしても人件費を含めた全員の経済的損失は免れない)、それは自身の写真屋としての歴史に大きな汚点を残すことになる。あるいは職を失うことだってあるだろう。

 依頼主の注文通りの、もしくはそれを凌駕する映像が得られた時(本来、注文通りは当然のことであり、相手のイメージする以上のものを提供できてこそ、職人の意地が通せるというものだ)、お褒めの言葉をいただくが、ぼくは撮れて当たり前だという風な顔をして返すことにしている。それはささやかで控え目な写真屋の意地なのだろうと思う。

 今から20数年前、ある建築会社の撮影を年に数度請け負っていた。馴染みとなった年配の担当者とは通じ合えることが多く、現場ではぼくの思い通りにさせてくれていた。
 落成を控えた新建築の撮影のため、ぼくはその前々日、冬の長野市に入った。いわゆる「ロケハン」のためだ。当日、指定された建造物を前に、ロケハン時に従って何通りか撮ることに決めた。
 使用カメラは大型の8 x 10 インチ(フィルムの縦横が203 x 254mmで、小型カメラ24 x 36mmのフィルムとは面積比にして約60:1という大きさ)で、カメラをセッティングしてからシャッターを切るまで、どんなに急いでも15分はかかるという厄介な代物である。露出を変えながら何枚か撮るので、最低でも30分はかかる。
 いよいよ最終カットとなったところで、空から雪が舞い降りてきた。

 担当者とぼくはしばらく無言のまま天を仰いでいた。お互いに発する言葉を失っていた。時間にして1分くらいのものだろうが、すべてが凍りついたようだった。寒空にカラスの鳴き声だけが耳のなかで響き渡り、やたら長く感じたものだ。この時ほどカラスに憎しみを抱いたことはない。あの間の抜けた鳴き声がこの時ほど癇に障ったことはない。
 「今はカラス如きに気を向けている場合ではない。あとで石をぶつけてやる。見てろよ」と、憎悪の感情を押し殺しながら、我々はどちらが先に口を開くか、我慢比べをしていたようなものだった。きっと歌舞伎の好きな彼も、カラスに対する仇討狂言を密かに描いていたのではないかと想像する。

 普段から陽気な彼は、「かめやまさんなら、雪を写さずに撮れるでしょう」と、言うに事欠いて、カラス以上にぼくの神経を逆撫でた。笑い声は、声帯を損ねたカラスに似て、スタッカートで「ケッケッケ」と聞こえた。
 この無理難題に、ぼくは鬨(とき)の声を上げながらも、孤独な闘いを強いられたのだった。考えられることのすべてを集約し、施してみようと呻き声を上げながら、鉄アレイのような三脚と重量溢れるカメラを物ともせず移動しながら、果敢に試みた。

 シャッター速度を長くすること。NDフィルター(Neutral Density の略。減光フィルターともいい、灰色もしくは黒色で、シャッタースピードを長くするために使用する)の濃度を段階的に変え、舞う雪をフィルムに定着させない。コントラストが低くなるので、増感現像(カラースライドフィルムの現像時間を長くして、コントラストを高める)をする。これがぼくの考え得る手立てだった。
 結果、万全とはいかなかったが、「雪を写さない」という声帯の壊れたカラスの要望に応えることはできた。今なら、デジタルでさらに良い結果が得られたであろうと悔やまれるが、この時の手法は今も小さな引き出しに大事に仕舞われている。

http://www.amatias.com/bbs/30/490.html
          
カメラ:EOS-1DsIII。レンズ: FE35mm F1.4L USM 。
栃木県栃木市。

★「01栃木市」
日が沈み、まだ明るさが残り火のようにある時間帯。ショーウィンドウにひまわり、桔梗、菊が飾られていた。何故か宗教的なものを強く感じ、思わずレンズを向けた。赤い点はブレーキランプか信号の写り込み。
絞りf5.6、1/20秒、ISO200、露出補正-1.00。

★「02栃木市」
路地裏に入り込んだら模様ガラス越しに並べられた食器類。面白い色合いに惹かれて。
絞りf6.3、1/40秒、ISO200、露出補正-1.00。

(文:亀山哲郎)

2020/03/27(金)
第489回:写真の悪夢
 ぼくは毎晩夢を見る。生涯忘れ得ぬ夢もあるし、数時間で忘れ去ってしまうものもある。それは読者諸兄とて同様であろう。
 ただ、人の話を聞く限り、ぼくの夢見の記憶はすこぶる良いらしい。夢での出来事を話すと、「よくそんな細々としたことまで覚えているね」と皮肉られる。何故なら、現世に於けるぼくは自他ともに認める “忘れん坊” であるらしいからだ。
 そして、「かめさんは、ホントは忘れん坊なのではなく、いつも人の話を上の空で聞いているからだ。ホントに始末が悪いと思うことがよくある。ホントだよ」と、「ホント」を連発しながら襲いかかってくる。だが、それはホントのことなので、ぼくは反論しないことにしている。反論すれば、小回りの効きすぎるずる賢い相手に対して自ら墓穴を掘ることになる、ということをホントに賢いぼくはよく分かっているからだ。

 一般に「世間話」といわれるものに、ぼくはまったく関心がなく、そんな話題に対しては、いつも馬耳東風に徹している。時には写真に関する話でさえ、無関心でいることがあるくらいだから、俗にいう「オバタリアン」らしき話には閉口を通り越して、苦痛すら覚える。馬耳東風どころか、耳を塞いでしまいたいくらいだ。

 友人は、「だからさぁ、あの時さぁ、ちゃんといったでしょ! な〜んにも憶えていないんだから」と詰め寄ってくる。ぼくとは住む世界が斯様に異なる人々に対しては、もう手の打ちようがない。そんな時、ぼくは一応降参のポーズをして見せることにしている。それが賢者の知恵というものだ。このような時、しどろもどろな答え方をしてはいけない。
 しかし、このことは記憶力云々の事柄ではなく、ぼくの生活感情に基づく「生き易さ」に従っている所作に過ぎない。それを妄挙という人もいるだろうが、そのような人は、自身の話には必ず耳を傾けてくれるものだとの願望的錯覚を有しており、したがってぼくに対する非難は、そこから派生した独りよがりの横着思考だと考えている。違うかな?

 話を夢に戻して、良くも悪くも、鮮やかな夢の記憶は長続きするものだ。夢の不思議についてぼくは専門家ではないので、生理学的・心理学的に語ることはできないのだが、多くの場合夢に出現するシーンというものは、現世に於ける心の引っかかりに起因していることが多いと思われる。
 ネガティブ(恐れや不安)なものは、心の奥底に長く沈殿し、そして浮上の機会を虎視眈々と窺っている。ポジティブ(喜びや愉快)なものは、淡泊であるが故に忘却が早い。
 したがって、良い夢と悪い夢の割合は3:7くらいのものではないだろうかと思う。目覚めとともに、「ああ、夢で良かった」と思うことのほうが圧倒的に多いのだから、ぼくは身の不運を嘆く。いわゆる「夢見が悪い」とでもいえばいいのか。

 若い頃は、試験日を間違えたり、科目を間違えたりして、夢の中でよく憤死・頓死を繰り返していたものだが、いつの頃からか(多分40歳頃を境目に)そのような夢はあまり見なくなった。ウィルスではないが、沈静化していった。ほっとしたのも束の間、それに取って代わった悪夢が、写真である。

 カメラを忘れて撮影現場に行ってしまった信じ難い “ホントの実話” は、かつて拙稿で述べたことがあるが、カメラ機材の多さに於いて、コマーシャル写真は群を抜いている。大型の四輪駆動車に荷物を満載して現場に出向くことになる。最近はコマーシャル写真から距離を置いているので、小型の乗用車で済ましているが、当時のことが非常にしばしば夢に出てくるのだ。

 四駆を運転しながら、どうしてもロケ現場に辿り着けず、担当者に連絡を取ろうにも携帯電話の使い方が分からず、右往左往している。時には番号ボタンのない !? 携帯電話との格闘は凄まじいものがある。夢ならではのものだ。
 あるいは、山の中でフィルムがなくなり、麓に下り、それらしいカメラ店に飛び込むのだが、必要とするフィルムが売っておらず、途方に暮れたりもする。
 レンズがない、三脚を忘れた、ストロボが発光しない、露出計が壊れている、発電機が回らない、フィルターがないなどなど、未曾有の種々雑多な厄災が津波のように次々と襲ってくる。

 特にアシスタントとして働いていた修業時代の夢は他人に見せたいくらい出色の出来映え?で、鮮烈そのものである。おそらくぼくの生涯で最も苛酷で、無我夢中な時期だったからだろうと思う。
 撮影手順を間違え、師匠からこっぴどく叱られたり、どつかれたり(どつく。関西弁。叩くとか殴るという意)、どうして良いか分からずに目の前が真っ暗になる。目覚めてからも正夢ではないかと思うことがよくある。夢と現実の狭間を漂うことしばし。「ああ、夢でよかった」と思う隙間を与えてくれないほど、それはいつも迫真性に溢れたものだ。ぼくは未だにそんな悪夢にうなされ続けている。因果応報なんでしょうかねぇ?

 今回は、ホントは夢の話ではなく、実際にクライアントから押しつけられた無理難題の撮影2題について書く予定だったが、いつの間にやら話が横に逸れっぱなしとなってしまった。次回に書くつもり。ホントかな?
 
http://www.amatias.com/bbs/30/489.html
          
カメラ:EOS-1DsIII。レンズ: FE35mm F1.4L USM 。
栃木県栃木市。

★「01栃木市」
この建物を見て、持っていた愛聴LPレコードのジャケットを咄嗟に思い浮かべた。ここは何の商売をしていたのだろうか? 看板のあった痕跡がひん曲がり、多くの客がこのドアをくぐったに違いない。
絞りf5.6、1/40秒、ISO100、露出補正-0.67。

★「02栃木市」
奇妙な色に魅せられて。錆が浮いているが、下地は青だったのだろうか? 以前に描かれたと覚しき字がかすかに浮き上がっており、なんとも不思議な感覚に囚われた。
絞りf8.0、1/80秒、ISO100、露出補正-0.33。


(文:亀山哲郎)