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■亀山哲郎の写真よもやま話■
亀山哲郎氏 プロカメラマン亀山哲郎氏が、豊富な経験から、カメラ・写真にまつわる様々な場面におけるワンポイントアドバイスを分かり易くお伝えします!
■著者プロフィール■
1948年生まれ。大手出版社の編集者を経て、1985年よりフリーランス・カメラマンとしてコマーシャル写真に従事。雑誌、広告の仕事で世界35ヶ国をロケ。
現在、プロアマの混成写真集団フォト・トルトゥーガを主宰。毎年グループ展を催し、後進の指導にあたる。
2003年4月〜2010年3月まで、さいたま商工会議所会報誌の表紙写真を担当。 これまでに、写真集・エッセイ集などを出版する他、2002年〜2008年には『NHKロシア語講座』に写真とエッセイを72回にわたり連載するなど、多方面で活躍中。

【著者より】
もし、文中でご不明の事柄などありましたら、右記アドレス宛にご質問ください。 → kameyamaphoto2@mac.com

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2013/10/25(金)
第172回:接写(4)
 この連載で過去何度か述べたことでもあるのですが、ぼくの言い草は「写真は真を写さない」です。撮影者の真実はいつの場合も的確に描写しますが、物体や情景の真実を写すわけではないと思っています。真実の定義がなされていないので、異論の生じるところではありますが、写真は色も形も肉眼とはまるで異なる世界です。ではなぜ「真を写す」と書いて「写真」とするのかは、外来語であるPhotograph(photo は“光の”、graphは“描く”という意味だそうで、それをつないだ造語)をどう翻訳するか弱り果てた中国人が「写真」としたという記述をどこかで読んだことがあります。中国語では「真を写す」ことを「写真」と表現するのだとか。言葉の由来はこの際どうでもいいとして、それがいつ頃から日本で定着したのか知りませんが、ぼくの信念からその語彙は常に真っ向から対立していることは事実です。感覚的には「写真は光で描くもの」とぼくは捉えていますから、「光画」としたいくらいです。「写真展」などとせず「光画展」としたほうが、ずっと嘘偽りがなく、かつ文学的でありましょう? 来年のグループ展、個展はすべて「光画展」で通そうと思っています。

 ちなみに「写真」を広辞苑で引いてみると、言葉の起源は書いてありませんが、「ありのままを写しとること。写生。写実。物体の像、または電磁波・粒子線のパターンを、物理的・化学的手段により、フィルム・紙などの上に目に見える形として記録すること」とあります。「ありのまま」なのだそうです。ちなみのちなみに(変な言葉!)、「ありのまま」を引いてみると(しつこいな!)、「あるとおり。事実のまま。あるがまま。ありてい」とあります。
 広辞苑には毎日といってもいいほどお世話になっているので、あまり非難めいたことはいいたくないのですが、少しだけ肩入れしてみるに、「あたかも“ありのまま”と人が錯覚するような記録方式」とでも改訂して欲しいと思っています。もうひとつ肩入れしておくと、「写生」という解釈は正しかも知れない。ぼくの嫌いな英語では、「写真」は一般的に「ピクチャー」といいますから、「写真」も「絵画」も同じ考え方で扱うのがやはり自然なように思います。「絵画」より「写真」のほうが写実という点で勝っていると考えるのは、あまりに短絡に過ぎやしないかと思います。
 余談ですが、以前登場願ったJ君は、再び福島県の立ち入り禁止区域に詣でました。放射線は電磁波ですから、広辞苑のいうように何らかの痕跡をフィルムに残すに違いなく、今回彼は撮影の他にフィルムをビニールに包んで高線量地の軒下に埋めてきたといっていました。ぼくは来月にその地域を再訪するので、掘り起こしてこいと命じられています。

 人は、三次元のものを肉眼を通して脳に伝達し、形や色を認識するわけですから、メカニズムの異なったものが形成する二次元の世界が同じであるはずがありません。「写し取る」ことはあっても、それはやはり「それらしく見える」という範疇の錯覚に過ぎません。

 しかし「接写」をすると、大倍率でなくとも思わぬ発見に出会うことがしばしばあります。普段、肉眼が見逃していたものや見えなかったものが、突然視界に飛び込んでくる面白さがあります。人は物を見る時に、そこまで観察が行き届いていないということを実感させられるのです。時に現実より生々しく、時に幻想的でもあり、美しく、また醜くもあり、マクロの世界は物事の真理を大局的に捉える偉大な助っ人であるとぼくは感じます。それは顕正(けんしょう)の極みであり、至正至公にして「毫(ごう)も憾(うら)むるところなし」(つゆほども疑う余地がない)を痛感させられます。
 「木を見て森を見ず」とは、戒めの意味でよく使われますが、逆に「一葉を見ずして森を語ることなかれ」とぼくはいいたいのです。「接写」とは、「見て写す」ことの本質を如実に表す撮影行為だと考えています。

 今回は「接写リング」を使い、参考画像を作ってみました。「接写リング」の詳しい光学的理論は省略しますが、簡単にいってしまうと、レンズとカメラボディの間に空洞のリングを挟み、レンズの繰り出し量を実質的に増大させ撮影倍率を高くする手法です。「接写リング」は長さの固定されたものとズームレンズのように可変のものがあります。固定式は何種類かの長さのものが用意されており、用途によって(長い方がより高倍率となる)使い分けるようにします。
 注意していただきたいことは、空洞のリングを装着するわけですから、レンズとボディの電気的な連結が断たれてしまうことになります。オートフォーカスや絞り羽の調整ができなくなってしまうので、連結機能のついたものを選択することが肝心です。純正品であれば連結機能がついていますから事なきを得ますが、他社製品でも「〜用」と銘打ってあればまず大丈夫でしょう。購入の際は、「接写リング」を装着してもカメラの機能が従来通り使用できるかどうか確かめてください。また、純正でもレンズにより使用できないものがあるので、ご注意のほどを。

 ※参照 → http://www.amatias.com/bbs/30/172.html

★「01接写リング」:EOS-1DsIII、マクロEF100mm F2.8 USM。絞りf14、1.6秒。露出補正+0.67。ISO 100。室内の蛍光灯1灯で、三脚使用。厚さ12mmのリングで、金メッキを施した8つの電子接点により、ボディに情報を伝達。

★「02」:標準レンズ50mmを使い、最短距離45cmで撮影。チェスのキングは高さ10cm。ピントはキングの左目に合わせてあります。EOS-1DsIII、EF50mm F1.8II。絞りf5.6、0.4秒。露出補正+0.33。ISO 100。室内の蛍光灯1灯で、三脚使用。

★「03接写リング」:EF50mm F1.8II + 接写リング。最短でここまで寄れる(高倍率になる)。f5.0まで絞るとキングの両眼にピントがきています。
露出補正+0.33。ISO 100。室内の蛍光灯1灯で、三脚使用。

★「04接写リング」: 撮影条件は「03接写リング」と同じ。絞りだけを変え、f2.0に。この浅い被写界深度ではキングの右目がすでに被写界深度から外れ、ボケています。ピンポイントにだけピントを合わせ、他をぼかす方法としてよく使われます。このように柔らかい描写となります。

★「05繊維」:私的写真で「接写リング」を使った写真がほとんどなく、探すのに苦労しました。仕事の休憩中に表に出て撮ったもので、植物の名称はよく分かりませんが、葉脈が面白かったので。たまたま付けていたレンズに接写リングを装着。実物はこんな風にはまるで見えません。
EOS-1DsIII、EF85mm F1.2L USM + 接写リング。絞りf11、1/125秒、ISO100。露出補正-1.33。太陽光、手持ち。
(文:亀山哲郎)

2013/10/18(金)
第171回:接写(3)
 仕事以外に普段一眼レフカメラやマクロレンズを持ち出すことはほとんどありません。気の趣くままの街中スナップが主たるものですから、したがって接写での撮影をする機会にありつくことがなかなかないのです。たまに、喫茶店で自分の吸った煙草の吸い殻やグラスについた水滴にうっとりし撮るくらいです。灰皿やグラスを都合の良いところに移動させたりして、脚色や演出を施すのは嫌な質ですから、自身が動きながら光の方向を見極めようとするので、他人が見ると「あの人、一体何やってるのだろう?」と怪しまれることが年に2,3度くらいあります。せいぜいそのくらいの頻度ですから、接写用の機材(例えばクローズアップレンズ--レンズの前に付ける凸レンズ--など)を持ち歩くことはなく、もっぱら“チューリップ・マーク”に頼り、お世話になっています。APS-Cサイズのカメラはフルサイズに比べかなり寄れるので、お手軽で重宝しています。“チューリップ”様々といったところです。
 ただ仕事では、クライアントが気まぐれに、「これも撮ってください」、「あれも撮ってください」と単なる思いつきでいつ何時想定外のことをいい出すか知れたものではなく(デザイナーやアートディレクターという人種は無節操極まりなく、写真屋以上に自己本位な人たちが多い)、万事怠りなく想定内にしておかなければならず、カメラバッグには常にマクロレンズと接写リング(中間リングとかエクステンション・チューブともいう)を忍ばせています。これがないと安心して撮影に出かけることはできません。マクロレンズは一種の精神安定剤のような役割を果たしています。とにかく油断ならない人たち相手ですから。

 接写にはいろいろな機材がありますが、一眼レフを使用している人にとって、最も使い勝手が良く、画質を優先するのであればマクロレンズを使用するに限ります。一眼レフを使用している写真愛好家で、マクロレンズを所有していない人を指してぼくは“もぐり”だと、かなり手厳しいことを本気でいってきましたが、歳を取って物腰が柔らかくなりつつも、やはり「マクロレンズの1本くらいはお持ちなさいよ」と、人を言葉でやり込めてはいけないという思いから、言葉使いだけは穏和になっています。

 山好きの友人が一眼レフで高山植物を撮りたいのだがどんな機材が必要かと質問してきました。よくある質問です。彼曰く、カメラバッグに何本かのレンズを詰め込んで行くのだが、マクロレンズを加えるとなるとどうしても重量がかさみ、そこをなんとかしたいと。ぼくは「全然、なんとかならないよ。それより何故28〜300mmなどという横着の極みのような高倍率ズームレンズ持って行くの? そんなものは即刻やめて、すべて単焦点レンズで広角、標準、100mm程度のマクロレンズ3本だけで十分。その方がずっと上達が早いのに」と、物腰硬く言い放ちました。
 ズームレンズが悪いのではなく、レンズ焦点距離の違いによる画角やパースを把握せずに、自分は動かずズームレンズで被写体を近づけたり遠ざけたりして画角を決める、その安易な魂胆がぼくはどうにも気に入らない。それで、写真が上手になりたいと執拗に訴えかけてくるのだから、性格が悪すぎる。「道理そこのけ無理が通る」を押し通すのであれば、せっかく柔らかくなりつつあるぼくの物腰はカチカチに硬くなっていくのです。
 「いや、山は身動きができない場合があるので、ズームレンズは手放せないんだ。そのくらい分かるでしょ。だから聞いてるんじゃない。プロなんだからなにか知ってるでしょ」と、自家撞着を棚に上げて、ますます身勝手なことをいう。なんと弁解がましいことか。さがなく狡猾な彼に妙案を捧げたくはないが、ぼくは彼との今後の関係と展望を見渡し、常に優位に立っていたいので、恩着せがましくいい顔をして、「じゃあ、いろいろ勘案するに君の場合は接写リングを使えばいい。あれなら軽いし、かさばらない。山行きにはもってこいだよ。ただし、マクロレンズと異なり、ピントの合う範囲が限られており、マクロレンズのように無限遠などは撮れない。慣れを必要とするから、その勘を養うために練習してから使用すること」と、ぼくは「道理そこのけ無理が通る」に対抗し、「道理に向かう刃なし」を、身をもって示したのでした。

 今回は接写リングを使用した作例を作る時間がありませんでしたので、次回それを掲載いたします。

 ※参照 → http://www.amatias.com/bbs/30/171.html

★「やつで」。撮影データ: Fuji X100S。焦点距離(35mm換算、35mm)。絞りf 6.4、1/100秒、露出補正-1。ISO250。まだ芽を吹いたばかりのやつでの小さな葉。葉脈と葉の艶が表現できる光の角度を見極めながらカメラの位置を選ぶ。ドクダミの花がボケ過ぎず加減のよいところに絞り値を設定。主被写体よりドクダミのボケ加減に神経を配る。自然光。他人には三脚を使うべし、といいながらぼくの接写はいつも手持ち。「道理そこのけ無理を通し」ちゃう。

★「吸い殻」。撮影データ:Fuji Fine Pix X100。焦点距離(35mm換算、35mm)。絞りf 5.6、1/50秒、露出補正-0.33。ISO400。喫茶店で一休み中。退屈しのぎに撮った1枚で、イメージ通り撮れず。正直にいうと良い写真ではありません。文中で「吸い殻」と書いてしまったので、引っ込みがつかず、やむを得ず・・・。今後、気をつけよっと。
(文:亀山哲郎)

2013/10/11(金)
第170回:接写(2)
 プロ用以外のほとんどのデジタルカメラには、マクロ撮影機能が備わっています。みなさんもよくご存じのあの“チューリップ・マーク”や“花マーク”です。ぼくも御多分に洩れず、コンデジと称するものを今3台所有しています。2台は撮像素子がAPS-Cサイズですから、一般的なコンデジの範疇には入らないのかも知れません。コンデジとはいわないのかな? ポケットに入るかといえば、入らない。ですから、いわゆるコンデジは5年前に購入したR社の1台だけということになります。この3台はいずれもズームレンズではなく、レンズ固定式(単レンズ)ですから、ズームレンズ全盛の時代にあって、やはり一般的とはいえません。
 この3台は純粋に私的写真用として、そして写真をより気軽に愉しみたいとの思いで購入したものですから、ぼくにとってズームレンズである必要はまったくありませんでした。私的写真を撮るのにズームレンズなど使用したくないというのがぼくの本音です。
 撮像素子の小さい、ポケットに入るR社の“本物のコンデジ”を初めて使った時に、それまではフルサイズ一眼レフしか使ったことがありませんでしたから、いろいろな面でひどく戸惑いました。いくら使い込んでも、モニターを見ながら撮影する“あのスタイル”にどうしても馴染めず、さらに老眼ですからますます始末に負えない。小型カメラはファインダーを覗いて撮るものだという観念が骨の髄まで染み込んでいましたから、それは仕方のないことでした。“あのスタイル”は人間工学にも反し、ブレを招く大きな要因でもあります。
 ぼくが購入したR社のものは、コンデジとしては定評のある、優れた描写性能らしいのですが(比べる他の機種を知らないので)、いくら優秀でも撮像素子1/1.7型(7.6 x 5.7mm)はフルサイズ(36 x 24mm)の面積の約5%に過ぎず、もともと比較すること自体が論ずるに足りないことです。

 しかし、驚いたことがひとつだけあります。みなさんの方が、お詳しいかも知れないのですが、“チューリップ・マーク”にして、初めて接写をした時は唸りました。狼の遠吠えのように。被写体との最短距離が1.5cmなんて、なんということでしょう! 撮像素子が小さくなると「接写が利く」というメリットはあります。フィルム時代、スプレー缶の噴射ノズルや注射針の先端の撮影を依頼され、ベローズ(接写用に蛇腹のついた装置)にマクロレンズをつけて撮ったことが何度もありました。

 逃げ口上を打つわけではありませんが、コンデジの世界にはさっぱり知識がないので、「そういうもんですよ」とさりげなくいわれれば、「はぁ、そうなんですかぁ、知らなかったなぁ」と神妙に頷く他ありません。2,3のメーカーのコンデジ仕様を見たのですが、1cmも寄れるって今や常識?
 
 そして余談ですが、汎用のコンデジでは撮像素子が1/2.3型(6.2 x 4.6mm)とさらに小さくなり、それで1,600万画素? 明らかに過剰なスペックです。使ったことはありませんが、メーカーがどんなに知恵を絞り、研究しようとも、メーカーには申し訳ありませんが、道理としてきれいな画像が得られるわけがありません。画質の良し悪しは画素数ではなく、撮像素子の大きさに大きく依存するという信念をぼくは持っています。フィルムも同様で、135mm小型カメラで、いくら微粒子フィルムを使い、優れたレンズで撮ろうが、解像度もグラデーションの豊富さも大判フィルムには到底及ばないという事実を何十年も見せつけられてきましたから。
 カメラが写真を撮るわけではないといいつつも、しかしながら写真を趣味とし、少しでもその深淵に触れたいと思う人であれば、このようなカメラは使うべきではないとはっきり申し上げておきます。

 「接写」とは被写体に極力近づき、大きく写すということですから、1cmの近さに寄れるのは素晴らしいことです。ですが、手放しで喜べるかというとそうではありません。光の条件を見極めないと画像にカメラの影が出たり、思わぬものが写り込んでしまいます(作例を参照)。不自由な面も際立ってきます。
 また、「接写」はブレやすく、ピントが外れがちになるので極力三脚を使用するように勧めてきました。被写界深度がとても浅いので僅かな前後移動でピントが外れてしまうのです。ただ、三脚を使う際には、被写体との最短距離を厳密でなくともおおよそのところを把握しておく必要があります。マニュアルフォーカスでレンズを最大に繰り出し(最短距離にする)、ファインダーもしくはモニターを見ながらカメラを前後して、ピントの合ったところが最短距離です。
 おおよその最短距離を知っておかないと三脚を前後に、右往左往することになります。そして原則的にはマニュアルフォーカスを使います。被写界深度が非常に浅いので、任意のところにピントを合わせるには、どうしてもマニュアルフォーカスの方が使い勝手がいい。モニターで拡大してピントを合わすのが最も確実な方法です。レリーズも必需品です。レリーズが手元にない場合はセルフタイマーを使います。

 ここまでが最低限の技術なのですが、野外で実践しようとすると厄介な問題が悪霊のように立ちふさがり、ついて回ります。心地良いそよ風があなたの根気を試してやろうと執拗に忍び寄るのです。そんな時は♪ゆ〜りかごのう〜たを〜カ〜ナリヤが♪と歌いながらやり過ごしてください。「ゆりかごから墓場まで」っていうじゃありませんか。

 ※参照 → http://www.amatias.com/bbs/30/170.html

★「接写」。RICOH DIGITAL2。f4.0、1秒、ISO80、露出補正+0.67。被写体との距離=約3cm。約65年前のライカです。近づくことの影響が分かりやすいように、軍艦部を敢えて逆さまに撮っています。近くに寄り過ぎているので、銀梨地が一様でなくカメラの影が写っています。右側が赤くなっているのはシャッターを押す手の色が反射しているせいです。カメラが離れるにつれ、この現象は消失していきます。三脚使用。

★「人形」。EOS-1DsIII。マクロEF100mm F2.8 USM。F 4.5、1/125秒、ISO250、露出補正-0.33。
制作過程にある直径7cmの人形の顔。カメラ手持ち。
(文:亀山哲郎)

2013/10/04(金)
第169回:接写(1)
 今から10年以上も前、中学時代の同窓生から突然「ちょっと相談に乗ってくれ」という電話がありました。彼とは半年に一度ほど酒を酌み交わす仲だったのですが、電話の声があまりにも神妙だったので、すぐさま近くのファミリーレストランで会うことになりました。
 しばらく世間話をしていたのですが、コーヒーのお替わりをする頃に、急に深刻な顔つきになり、堰を切ったように訴えかけてきました。「かめちゃんさぁ、花をきれいに撮りたいんだけれどどうすればいい?」という非常な難問をふっかけてきたのです。「エッ、N君、写真なんか撮るの?」と、今まで写真には無縁だった彼に聞き返したのです。
 ぼくは自分をとても単純な人間だと思っていますし、「単細胞人間」だと自称していますが、他人にいわせると「変に理屈っぽい」のだそうです。分解すると、「変に」「理屈」「っぽい」となり、これはかなり多種多様なニュアンスを含んだ、変で、曖昧で、不得要領な日本語です。ぼくは自身の「単純な」を都合良くすり替えて、ちょっとすましながらもこの際、「明解な人間」なのだといいたくなってきました。
 今どちらでもいいので、百歩譲って「変に理屈っぽい」ぼくは、彼に「“きれい”ってどういう意味なの? きっとぼくが指すところの“きれい”と君のいうところの“きれい”の概念は大きく異なるだろうから、具体的に“こういう風に撮りたいんだけれど、ではどうすればいいのか”ということをしっかり述べてくれないと答えようがないよ」と明解に答えました。

 彼はそれにはあやふやな答えをし、「聞くも涙、語るも涙」をとつとつと語り始めたのです。彼の使用しているカメラはいわゆる「レンズ付きフィルム」とか「使い捨てカメラ」でした。そのカメラで花を画面一杯に撮ろうとすると距離が近すぎて、ピンぼけでどうにもならないから、どうしたものかという訴えだったのです。“きれい”がどうのこうのという以前の問題でした。
 そこで彼は考えた。写真を知らない彼は三日三晩考え続け、一工夫も二工夫も凝らして、レンズと花の間に虫眼鏡を挟んでみたというわけです。なるほど理屈としては正しい。要するに「クローズアップ・フィルター」としての役目を虫眼鏡に負わせたのです。彼にしては上出来のアイデアです。
 「それでいいんだよ、何も問題ないじゃない」というと、「いや、実は問題はここからなんだ」というのです。「右手にカメラ持って、左手で虫眼鏡持つでしょ。その虫眼鏡の位置が分からないので、何通りもやってみるわけね。そして、写真屋に飛び込んで現像してもらうんだけれど、写真屋のオヤジは確認のため『これ、Nさんの写真でいいんですよね?』と、他のお客の目など気にせず、何を撮ってるんだかさっぱり分からないボケボケの写真を1枚1枚晒すんだ。カッコ悪くてさぁ。何十枚かに1枚だけちゃんと写っているのがあるんだけれど、あとは何も写ってないかボッケボケだから、毎度大恥かいてしまって。それをかめちゃんに解決して欲しいんだよね」と、300枚くらいの写真を見せてくれました。久々に腹がよじれるくらい性悪のぼくは笑いました。「これこそ芸術だぁ〜」って。彼はホントに愛すべき男なのだと、ぼくは泪しながらそう感じました。
 N君も泪を堪えきれずにティッシュで目頭を押さえているのだけれど、悲しいのか可笑しいのかがぼくには分からず、しかし、めげることなく彼は話を続けます。「でさ、花はちゃんと写って、その前後をボーッとぼかしたいんだ。そういう写真ってあるでしょ。そういう風に撮ってみたいんだよ。どうすればいいのさ」と、すでにイメージは出来ているようでした。

 当時はまだフィルムが大半で、今のような良い性能のコンパクト・デジタルカメラを市場で見つけるのは困難でした。ですからぼくの答えは冷淡にならざるを得ず、「一眼レフカメラ+マクロレンズを使うしかないね」でした。ぼくは仕事ではまだフィルムとデジタルが半々という時期でしたが、使用してないN社のフィルム一眼レフを2台と交換レンズ群(マクロレンズを含めて)を彼に無代で譲ったのです。やはりぼくは冷淡じゃない。
 それから手取り足取り彼に花の撮り方(接写の手ほどき)を教示しました。1年もかからずに彼はとても良い花の写真を撮るようになりましたが、花しか撮れない「変に花っぽい男」になってしまったのでした。

 「接写」と一口にいっても、大変奥が深く多岐にわたるので、いくら「単純」かつ「明解」なぼくでも、一括りに語ることはできません。といってしまうと身も蓋もないので、あまり枝葉を伸ばさずに必要最低限の事柄に絞ってお話ししておきましょう。

 「接写」とは文字通り「接して写す」ことです。どのカメラにも(レンズ交換ができるものはそのレンズに対して)、どれだけ被写体に近づいて撮れるかという限界があります。言い換えればどれだけ大きく撮れるかということです。その限界を超えて近づいてしまうとピントが合わないということになります。N君の使用した「使い捨てカメラ」が、どの程度被写体に近づいて撮れるのかは分かりませんが、彼のイメージする「前後をぼかして撮る」とは「接写」に限らず、通常の撮影に於いても画面を整理したり、主被写体を浮かび上がらせる写真表現のひとつとしてとても重要な手法です。今回は光学的事実をひとつだけお話ししておきます。

 レンズは、被写体に近づけば近づくほど、同じ絞り値でも被写界深度がどんどん浅くなっていくという理屈(光学的原則)です。絞りによる被写界深度の違いについては、第42回で作例写真を示してありますので、そちらを参照してください。ただこの参考例はあくまでも絞りによる被写界深度を等距離で撮影したもので、被写体との距離が遠くなればピントの合う範囲が広がり、近くなれば狭くなります。
 被写体との距離が通常の撮影より近いのが「接写」ですから、被写界深度を知り、身につけておかないと思わぬ失敗(自分の意図したものと異なる写真)をしてしまうことになります。不安であれば、絞り優先で何枚か絞りを変えて撮り、保険をかけておくのもいいでしょう。
 今回は実写と、同一被写体を絞りを変えながら撮ったものを掲載しておきます。たまには写真らしい話をしておかないと。

 ※参照 → http://www.amatias.com/bbs/30/169.html

★「芙蓉」。Sigma DP2、焦点距離24.2mm(35mm換算41mm)、f 7.1、1/200秒、ISO 200、露出補正-1。APS-Cサイズの受光面積なので、フルサイズに比べ多少被写界深度が深くなります。お盆に餌付け?をしていたこうもりが死に、この花の下に埋めてやりました。

★EOS-1DsIII(フルサイズカメラ)、レンズ:CanonマクロレンズEF100mm F2.8USM。SDカードを模型に立てかけて撮りました。ピントは「Extreme」の「t」に合わせています。リサイズ画像で分かりにくいかも知れませんが、SDカードだけでもf22では完全にピントがきていません(被写界深度に入ってない)。F32まで絞り込んでやっとというところです。
 絞り開放値のf2.8〜f32まで、1絞りずつ掲載しておきました。
(文:亀山哲郎)

2013/09/27(金)
第168回:再び、フィルムとデジタル
 最近、昔撮った自分の写真を引っ張り出す機会があり、頬杖をつき呻り声を上げながら少しばかり考え込んでしまいました。自分が進化したかどうかということではなく、改めてフィルムとデジタルの違いによる写真表現の差異や一種郷愁にも似た感覚を覚えたのです。それは自分への郷愁でもあり、もちろん、フィルムかデジタルかという取るに足りない些末な事柄ではなく、自分の通ってきた写真の道程を考え直すよすがとしてよい機会だとも思えたのです。
 以前にも何度か述べましたが、現在のぼくはデジタル一辺倒ですから、フィルム時代を懐かしむことがしばしばあります。それは双方を経験した人であれば、ごく自然な感情でもありましょう。趣味人であればその懐かしさを放棄することなく大切にし、フィルムの世界に浸りその道を究めればいい。現に、ごく僅かですが、ぼくの知っている写真家にもそのような人がいます。しかし、ぼくはコマーシャルの写真屋ですから、時代とともに生き、現代の新しいテクノロジーを使いこなし、その利点を最大限に活用しなければならないという使命感に取り憑かれていることも確かです。フィルムにこだわりを持つ世界の著名な写真家もほとんどがデジタルに移行しています。
 では、フィルムが全体ぼくに何をもたらしてくれたのか、ぼくの体内で双方が奏でる不協和音の正体を、秋の夜長、屋外の虫の音とともに思い返してみました。

 デジタルを扱いつつ常に感じてきたことは、フィルムの持つ曖昧さでした。自分のデジタル画像を見るにつけ、「ゴキブリの足まで写さなくていいじゃないか」と、その思いは募るばかりです。「募る」のですから、その「曖昧さ」の部分には回帰したいという願望が含まれています。言い換えれば「部分的な憧れ」ともいえます。
 デジタルの性能が良くなるにつれそういった思いにますます囚われてしまうのですから、皮肉なものです。「デジタルは写り過ぎるんだよなぁ」が口癖(悪態?)となり、そのような思いにつきまとわれています。そこには画素数とか解像度では言い表せない“曖昧さのなにか”があるように思います。その「なにか」が、どうもよく分からない。それを一晩で解明するには、秋の夜長とはいえ、ぼくの頭では短過ぎるのです。写真の成り立つ(画像形成)方式がまったく異なったメカニズムですから、双方を同じ土俵の上で論じるのは意味のないことです。フィルムは化学反応であり、デジタルは科学に依存していますから、同じレンズを使ったとしても比較する部分が見つかりません。方式は異なれ、最終的には印画紙上に表現するわけですから、人は人情としてそれを比較したがり、短絡的な思考に陥るのではないでしょうか。善悪・醜美・是非・好き嫌いなどの溶液をひとつの容器に入れ、かき混ぜ、物事を論じようとするに似ているような気がします。

 「同じ条件で同じ物を撮ってみれば、その違いが分かるのではないか」という人もいます。事はそう単純なものではありません。カラーであれ、モノクロであれ、フィルムによっても、その現像条件によっても異なった結果を生じます。科学であるデジタルでも、そこに(コンピューターやソフトなどなど)人間が介在している以上、やはり結果はまちまちです。プリンターも機種によって発色も違えばトーンも異なるわけですから、公平な比較など到底できようもありません。

 フィルムの曖昧さに部分的な憧れがあるのであれば、デジタルは科学なのだから、どうにかすればそこに近づくことができるのではないかと、科学信奉者であるぼくは神様に、キリストでも、仏陀でも、アッラーでも、この際、鎮守様でも道祖神でもいいから、その知恵と情けを分けてくれとお願いしています。昨今の写り過ぎるデジタルカメラを見ていると、車でいえば遊びのないハンドルの危険性を思わせ、「曖昧さ」のためならぼくはお百度参りでも五体投地でも,仰せに与ればなんでもするという境地に達しています。

 通常のフィルムとは異なるのですが、ぼくは昔からポラロイド写真が好きでよく撮りました。得も言われぬその色合いが好きだったのです。数年前に製造が中止され、以後愛好家らが復活運動をしたそうですが、現在どうなったのかぼくは知りません。デジタルソフトにポラロイドのフィルムシミュレーションのできるものがいくつかありますが、ぼくの思い入れが強いせいか、どうもイマイチしっくりこないのです。やはり「曖昧さ」がないのです。「曖昧さ」=「味」と単純に捉えるのは危険ですが、デジタルカメラをぶら下げて被写体を見つけた時に、「これっ、ポラロイド!」と、思わず呟いてしまうことがあります。それで撮った写真に「曖昧さ」を付け加えることはなかなか出来ないのですが、それらしい色調はPhotoshopを使って再現できます。ポラロイドで撮れば本当にそうなるかは分かりませんが、あくまでイメージとしては追求しています。遊び心を持ってポラロイド調に仕上げたものを掲載してみます。遅まきながら、「曖昧さ」=「遊び心」かも、とたった今気がついた次第。

http://www.amatias.com/bbs/30/168.html

(文:亀山哲郎)

2013/09/20(金)
第167回:多数派と少数派
 実は、今さらなのですが、この連載を始めるまで、ぼくは世の中の写真愛好家の動向についてはほとんど関心がありませんでした。“ほとんど”というより“まったく”といったほうが正直なところです。拙「よもやま話」もすでに3年余の月日が経ちましたが、その間少し焦りながらも世間一般の写真の風向きや趨勢を伺い知ろうと努めてきたつもりです。愛好家の平均的な写真意識を、ネット音痴のぼくがネットをかき回しながら探り当てようとするのですから、それはいろいろな面で苦痛を伴う作業でもありました。
 それまでまったく無関心だった、いわゆる「クチコミ」だとか量販店のHPにある「〜の撮り方」などを眺めながら、「はぁ〜、世の中はそういうものか。しかしぼくには関係がないなぁ」という結論にいつもたどり着いたものです。そのようなものにはきっと何か役立つことが書かれていたり、示されているのかも知れませんが、それについてぼくが同じようなことをここで改めて書く必要があるのだろうかという大きな疑問に囚われてきました。
 「ぼくには関係がない」と感じることを、ここでみなさんに押し売りの如く書き連ねるのは気が引けるとともに、少し写真を知っていれば誰にでも書けるようなことを、写真の基本的なメカニズムを除いて、ぼくが書くのも必然性のあることとは思えません。異論反論はあって然るべきですが、ぼくが商売人として得たものを(まったく大したものではありませんが)、信念を持って自由に書いたほうが読者諸兄のお役に立つのではないか、あるいは興味を持ってもらえるのではないかという勝手な思い込みで今日まで書いてきました。

 覗いたことのなかった県展や市展にも足を運ぶようになりました。写真の良し悪しではなく、そこで垣間見えたものはぼくの写真に対する考え方や所懐とはかなりの隔たりがあるということでした。ということは取りも直さず、ぼくの思惟や方向性といったものは、少数派なのかも知れないということです。もちろんこのことは個人の生き方の問題であり、是非を論じる事柄ではありませんが、ぼくは常に少数派でいたいと願っています。多数受けではなく、少数の人々に深く分け入っていくことに写真の意義を見出しています。

 ぼくはコマーシャル写真で糊口の資を得ている人間ですが、それとは別に写真という手段を用いて自分の考えや感じたことを表現したり、写真屋であるが故に一般には知られがたい世界を覗く機会も得られやすく、そこで撮影したものを知ってもらったり、あるいは訴えかけることも写真屋の大切な仕事のひとつだと考えています。むしろ本業の分野より、自己表現の幅の広いこちらのほうがずっと自分にとっては甲斐のあることだと思っています。

 第161回で、「震災直後、おっとり刀で現地に駆けつけた有象無象(うぞうむぞう)の人々(救命・救助・報道・学術調査・復旧の専門家を除く)を尻目に、ぼくは地震・津波災害の地を積極的に訪れようとはしなかった」と、東日本大震災について一見冷ややかとも受け取れる書き方をしました。
 現代詩作家の荒川洋治氏が震災後に垂れ流された多数派の震災詩を指して、「『そうか詩ってこの程度のものだったのか』と人々を失望させた恐れがある」と痛烈な懸念を表明しています。確か、当時の現象を「詩の被災」だとも。その言葉を借りれば(写真には報道という意味合いもあり、実際に現地に赴かなければならず、単純に詩歌との比較は乱暴ですが)、震災写真には心打たれるもののほんの一握りを除いて、やはり「写真の被災」であったと思います。
 ぼくは社会派の写真屋ではありませんが、文学と異なり写真というものは映し出されたものの主語や述語を鑑賞者に委ねる場合が多々あり、ましてや震災や原発事故から一定の時を経ていますから、詩と同様に質の高いものに臨もうとするのであれば、相当に高度な技術を要すると考えています。

 また、荒川氏は「世の中の一般的な論調には同化せず、たとえ時事性が失われようとも鑑賞に堪えうる震災詩を書くためには準備に長い時間を必要とする」とも述べています。「時事性が失われようとも」という文言に異論の生じる隙間はたくさんあると思いますが、そもそも創作の原点はそういう浮き世離れしたところから発生するものではないだろうかとぼくは思います。ぼくは荒川氏の「時事性が失われようとも」に共感を覚えます。極論すれば、「世におもねて、本当に良いものが作れるのだろうか。決してそうではない」というのがぼくの信条でもあります。
 ぼくのような凡庸な写真屋は、写真屋でしか見えないことや感じ取ることのできない発見に苦悶し、躍起にならざるを得ません。その緩和的処方として、予備知識を蓄え、その中から抽出すべき重心を捉えないと、ブレが生じてしまうことを知っています。被写体との心的距離を一定に保ち、機が熟すのを待ってから、撮影の地に赴くのが鑑賞者への誠意ではないかとぼくは思っています。写真屋は国内外での社会現象や問題に無頓着でいられようはずはなく、今回なら震災や原発事故にどう向き合うかが世に問われているのだと思います。新聞やテレビを見ないぼくでさえそう思っています。写真を撮る行為は産業ではありませんから。
(文:亀山哲郎)

2013/09/13(金)
第166回:ちょっと無駄話
 前回でやっと「立ち入り禁止区域を訪ねる」を終えました。実は少しばかり消化不良気味で、テーマがテーマだけに、あれも書けばよかった、これも書いておくべきだったという思いに囚われています。ただ、そこで我を張り自分の欲望を満たそうとすると写真の話からはどんどん逸脱してしまい、「写真よもやま話」と銘打っている以上、やはり限度だったのかなと自らを慰めています。再訪の機会を得て、またご報告ができればと思っています。掲載写真についても、1枚ごとにもっと詳しく書けばよかったのですが、1回の分量が長大になり過ぎ、尻込みをしてしまいました。

 新聞は見出ししか読まず、テレビもまったく見ないぼくですが、それでも「福島」という固有名詞は連日目に飛び込んできます。読者諸兄からのお便りもかなりいただきました。なかには、放射線被曝の影響についての質問や、また「禁止区域に立ち入って、体のほうは大丈夫ですか?」とのご心配もいただきました。これについては、専門家ではありませんので正しいことをお答えできませんが(専門家の間でも多種多様な見解があり、かなり意見の相違がみられます)、「“積算放射線量Xマイクロシーベルトまで”、という自己の合意を取り付けて留まる他なし」というのが、ぼくの精一杯のお答えです。昨今、世間を騒がせている汚染水や汚水タンクも、「汚水タンクって、あれがそうなんですね。写真を見直してぞっとしています。よくあの距離で撮られましたね(第154回掲載写真)」というご意見もいただきました。みなさんへのご返事のほうが興味あることを書けたような気がして、ほんの少しだけ別のところで溜飲を下げています。

 さて、今回から何を書こうかと今思案中です。
 うちの写真倶楽部の人たちがしでかすトンデモ題材を引っ張ってくれば、写真ネタには事欠かないのですが、闇討ちに遭いそうなので躊躇せざるを得ません。プリンターがウンともスンとも動かなくなってしまった、壊れた、どうしよう、どうしよう。「はい、インクが切れていました」。新調したカメラのコマンドダイアルが使いにくくてどうしようもない、どうしよう、どうしよう。ファインダーのブライトフレームを使うとパララックス(視差)が生じてしまい、どうしよう、どうしよう。モニターのキャリブレーションが・・・。ソフトのインストールが・・・。画像保存したらどこかへ消えちゃった、どこへ行ったのか・・・。Photoshopの画像統合をすると調整レイヤーが半分しか反映されない・・・。ライカMを買ったのだけれど、合コンへ持って行ってもいいか? 挙げ句、新築したいのだが、良い業者を紹介しろ。半月の間でさえ、こんなことで右往左往させられているのだから、「ヘッドロックして、4の字固めして、首締めてやる!」というぼくの気持ちがお分かりいただけるでしょう。書きたくもなりますよ。ぼくは写真を撮るどころではないのです。

 酷暑の夏もやっと終焉を迎えつつ、朝夕は秋の気配が少しずつ漂い始めてきました。お天道様の位置も低くなり、夕刻などには一瞬ですがハッとするような美しい光に包まれた情景に出会うことができるようになりました。この3ヶ月間は仕事以外の写真をまったく撮っていませんでしたので、久しぶりにカメラを持ち出してみようかという気分に誘われています。

 音と同様に光にも残響というものがあるとぼくは感じています。晴天時の夏の光は逞しくも残響効果に乏しく、再現濃度域を一杯に使うぼくのようなタイプには扱いにくさもあるのですが、それはそれで有用価値があります。そしてまた、無響室に入れられたように、情緒に欠ける嫌いがあります。肉眼で見る夏の夕陽は粒子が粗くザラザラしているので、ぼくは昔から苦手です。秋は空気の透明感と爽やかさが増し、光には残響というか余韻がたっぷりと含まれているので、それだけでも人は感傷的な気分に浸れるのでしょう。
 余談ですが、日本にはない白夜というものを初めて体験したときに、思い描いていたものとはまったく異なり、がっかりしたことがあります。夜中の11時にコンサートが終わり(これもエキゾチックな時間ですが)、美しい旧レニングラード(現サンクト・ペテルブルク)の街をぶらつき、遅い夕食を取ろうと表に出たら、まだお天道様は仕事の真っ最中で、ギンギラギンの張り切りよう。とても感傷的な気分になどなれません。頭の中はすっかり夜景でしたから、燦々と降り注ぐ直射光は「感傷的な白夜」という一方的な思い入れを軽く吹き飛ばし、ぼくは一瞬なにがなんだか分からず面食らったものです。「なにがロマンチックな白夜なもんか!」と捨て台詞を吐いたことがありました。
 翌日、三脚を持ち出し、太陽を定点観測し撮影したことがあります。太陽は地平線に沈みかけると見せかけ、身を翻しながらそこから非常識にも、あろうことか上昇していくのです。太陽は地平線に沈むものという感覚と概念を植え付けられていた日本人であるぼくは、白夜に悪態をつきつつも、けっこう感動しておりました。
 沈み行く太陽を追いかけて、その先には何があるのだろうと考えた子供のロマンティシズムは、ロシア人にはきっとないのでしょう。それにしては、なぜロシアはこれほどのきら星の如く輝く数多の詩人を輩出したのだろうかと理解に苦しんだものです。ロシア人はリアリストなのかロマンチストなのか、未だ解明できず、本当に不思議な人々です。
 白夜のボーッとしたロマンチックな雰囲気を味わいたい方は、白夜真っ盛りの季節(6月20前後)を外し、お天道様がよろけて腰砕けとなる5月か7月がよろしいようで。余談で終わらせてしまうぼくは、ロシア人同様に大らかなようです。
(文:亀山哲郎)

2013/09/06(金)
第165回:立ち入り禁止区域を訪ねる(12)
 非日常である旅は、人の精神を高揚させ、その感覚はことさら研ぎ澄まされるものだ。だからこそ旅での発見は、心に染み入り、貴重な体験をもたらしてくれる。それは、いわば人生の活性剤のような役割を担っており、旅人はにわか詩人に早変わりする。
 今回の短い旅でも、慣れ親しんだ音楽がいつも以上に悲しい響きを伴って聞こえてきたり、日頃受け流していた詩や句に突然胸を詰まらせたり、どうしてもぼくは感傷的な気分に引きずられてしまう。喜びの記憶より、悲しみの感情のほうが、ずっと深く心に刻み込まれるからだろう。そんな時ぼくは、しばし現実から遊離し、死生観や家族概念の心性までもが揺らぎ始め、狼狽えて収拾困難に陥る。いい歳をしての立ち往生。ぼくの旅は、今回にあらず、いつもそうだった。それはおそらく、ぼくの育ってきた里程の不具合が大きな影響を与えているのだと思う。

 1人の人間が65年間に得られる知識や能力など本当にささやかなものに違いない。特にぼくのように怠惰・不勉強を絵に描いたような者にとって、それは御しがたいほどの暗愚となる。焦りながらもうつつを抜かし、学んでも夢うつつ。言い訳ばかりを考える。
 「生は短く術は長し」とは、ギリシャの高名な医者ヒポクラテス(B.C.460年頃〜375年頃)の言葉で、「医術を習得するには長い年月を必要とするが、それにしては人生は短すぎる」という意味なのだろう。後に古代ローマの思想家セネカ(ルキウス・アンナエウス。B.C.4年頃〜A.D.65年)が『人生の短さについて』のなかでこの言葉を引用しているが、ギリシャ語の「技術」が英語の“art”と訳されてしまい、近代は「芸術は長く、人生は短し」にすり替えられてしまった。古代の解釈と近代の解釈との齟齬に、「誤訳だ」と目くじらを立てるほどのことはないとぼくは思う。それもひとつの真実だと思うから。ぼくが200歳まで生きられれば、きっと素晴らしい写真を撮れるようになること疑いなし。きっと、あなただってご自身について、そう思っているんじゃありませんか?

 この旅も今回で最終回となったが(12回と予定を遙かにオーバーしてしまい、すいません)、ぼくは最後の撮影地に相馬市の「相馬原釜地方卸売市場」を選んだ。その理由はYouTubeで見た津波到来の動画が印象的だったので、撮影というよりその地をこの目で見ておきたかった。写真は二の次という気持ちが強かった。ここの放射線量は、0.15〜0.23マイクロシーベルト/時だが、復旧作業が行われていた。平均0.2マイクロシーベルト/時だとすると、作業員が1年間で被曝する量は1752マイクロシーベルトとなり、“ぼく自身が定めた自身への合意”年間2000マイクロシーベルト(自然放射能を除く)、つまり2ミリシーベルト以下なので、1年間はここに居候してもいいことになる。ちなみに前日1日で浴びた放射線量を計算してみると約220マイクロシーベルトとなり、1年間の居候は自身の合意を破ることになるので、できないことになる。

 卸売市場は瓦礫が片付けられていた程度で、まだ津波襲来時の名残をとどめていた。動画を見たからかどうか、よく分からないのだが、撮影意欲がさっぱり湧いてこなかった。この分析をし始めると今回で最終回とはならなくなってしまうので省略するが、確実なことは「無理をして撮っても写らない」ということだ。新たな発見が得られないのは、ぼくの能力なのかも知れないし、あるいは、病に冒され余命いくばくもない愛犬を残しての旅立ちだったので、罪の意識にさいなまれ、「我に返り」、ぼくの旅は最終地で非日常から日常に引き戻され、もうすでに終わっていたのかも知れない。

 ※参照 → http://www.amatias.com/bbs/30/165.html

★「相馬市松川浦01」。崩れ、ひび割れた卸売市場の岸壁を歩き、後ろを振り返ると異様な雲が出現。とっさに、かつて愛用していたコダックTri-Xフィルムを増感し、アナログの暗室作業を施したイメージが膨れあがった。津波はこの2階を呑み込んだのだ。
 データ:2013年6月7日午前9時42分。EOS-1DsIII。EF16〜35mm F2.8L II USM。絞りf 11。1/125秒。露出補正ノーマル。ISO 100。

★「相馬市松川浦02」。頑丈な屋根が、津波で吹き飛ばされた卸売市場。かつての賑わいは戻るのだろうか?
 データ:2013年6月7日午前9時47分。EOS-1DsIII。EF16〜35mm F2.8L II USM。絞りf 8.0。1/500秒。露出補正ノーマル。ISO 100。

★「相馬市松川浦03」。「01」写真の建物1階。作業員の姿は見当たらなかったが、冬場にはここに座って暖を取ったのだろうか? この旅の最終カット。
 データ:2013年6月7日午前10時01分。EOS-1DsIII。EF16〜35mm F2.8L II USM。絞りf 9.0。1/500秒。露出補正-0.67。ISO 320。

★「双葉町04」。写真掲載が前後してしまったが、無人の町の商店。この写真だけはカラー原画とは似て非なるものに仕上げた。カラー原画を見た俗界に住む我が写真倶楽部の面々は「かめやまの嘘つき!」とぼくに毒づくが、旅はやはり「非日常」で、写真は「虚構の世界」なのだ。
 データ:2013年6月6日午後5時57分。EOS-1DsIII。EF16〜35mm F2.8L II USM。絞りf 5.6。1/50秒。露出補正-0.33。ISO 200。
(文:亀山哲郎)

2013/08/30(金)
第164回:立ち入り禁止区域を訪ねる(11)
 2日目、朝6時半にJ君とIさんに別れを告げ、ぼくはこの地を襲った津波の爪痕をたどることにした。できるだけ早く撮影を切り上げて帰りたいという事情もあり、「帰心矢の如し」だった。それに加え、前日「立ち入り禁止区域」である浪江町、大熊町、双葉町の現状を一部ではあるが目の当たりにし、放射能汚染に晒され不条理にもすべてを奪われた住民の声なき慟哭に、ぼく自身が行き場を失い、その撞着と衝撃の余波に揺さぶられ続けていた。
 生活の物質的豊かさ=電力という方程式は正しい。「ぼくら日本人は必要以上に物質的豊かさを追い求め過ぎたのではないか。それはもはや前時代的というべき感覚で、精神的・社会的な成熟を置き去りにして、ぼくらはその独走を許してしまった」と、前の晩ベッドに横になりながら自省の念を起こしつつ、J君と語り合った。婉曲な言い回しではなく、とどのつまり「彼らはぼくらの犠牲者でもある」のだ。

 撮影旅行は日ごとに気持ちを入れ替えて、新たな気持ちで臨むというのがぼくのしきたりなのだが、この日はなかなか思うように事が運ばないということに気づいていた。ぼくの知れた方法論に従えば、そのような場合には「再訪を期す」ことと心に言いくるめればいい。未消化な思に囚われれば、「再訪」を促すことで気持ちだけはなんとか乗り切れる。刑事ではないが「何度も現場を踏む」ことで、今まで見えてこなかったものが見えてくるということは事実なのだから。それは、テーマを持って撮影に臨む際の原則であるとも思える。

 今回、ぼくは正味2日間のうち撮影に費やした延べ時間は、約11時間40分。デジタルカメラにはメタデータが記録されているので、撮影時のかなり詳しい情報を知ることができる。計算機を手にしてみると、ぼくは55秒に1枚撮っていたことになる。撮影対象にもよるが、概ね海外でも国内でも私的写真は1日10本(36枚撮りフィルム)を目安としていたので、ぼくにしては多くもなく少なくもなく、いつもの撮影ペースとさして変わりがなかった。デジタルだからといって、特別枚数が増えるわけではないので、なにか損をしたような気になってしまうのは貧乏人の悲しき性なのだろうか。いや、貧乏は悲しいことでも恥ずべきものでもないので、「悲しき性」というには能(あた)わずというところか。

 メタデータにより撮影データを知ることができるので、このシリーズの掲載写真にはすべて正確なデータを記すようにした。今回、意地を通すが如く(まったく無用な意地です)撮影した写真の95%以上は焦点距離16〜35mm(フルサイズ・カメラなので数字通りの焦点距離)の広角ズームを使用しており(私的写真でズームを使うことはめったにないのに)、それもほとんどが16mm寄りの超広角。それにしては撮影f値が絞り過ぎなのではないかと思われる方がいらっしゃるかも知れない。
 ぼくのオリジナルプリント(A3ノビ)を見た友人たちから、「今回のかめさんはすべてパンフォーカス(手前から遠方までフォーカスを合わせる方法)ですね」とか「周辺までとてもシャープだ」との意見が寄せられた。また、読者の方からも「ずいぶん絞り込むのですね」とも。
 確かに広角レンズにしては使用f値が大きいとの指摘は当を得ている。いくらパンフォーカスでもここまで絞る必要はないのではないかと。一般論としていえば、レンズの中心解像度が最も高くなるのは、開放値より2絞り絞ったあたりで、今回使用した広角ズームは開放値がf2.8なので、f5.6まで絞れば高解像度が得られるという理屈は通っているが、それは「あくまで中心部では」という但し書きが付く。
 どのような焦点距離のレンズでも、中心部に比べ周辺にいくに従って解像度は甘くなっていくという性質を持っている。特に超広角レンズでは、ましてやズームでは、特にその傾向が顕著に現れるので、周辺部まで均一な解像度を得ようとすれば、どうしてもある程度絞り込まざるを得ない。その分、シャッター速度が遅くなるので、ブレを警戒しなければならないという二律背反に陥る。その兼ね合いを図りながらの撮影なので、シャッター速度には神経を尖らせてしまう。では絞れば絞るほど良い結果が得られるかというと、今度は回折現象で解像度が極端に低下してしまうという厄介な問題に突き当たる。「あちらを立てればこちらが立たず。智に働けば写真は写らない」で、どちら様の面目をも潰し兼ねず「とかくに写真は撮りにくい」となる。『草枕』(漱石)を真似てどうするんだって!

 どのf値を使えば周辺までシャープに描写できるのか? 自分のシャッター速度の許容値はいくつまでか? 回折現象はどのf値から生じるか? レンズ毎にこの3条件を把握しておけば、破綻のないシャープなパンフォーカス写真が得られる。パンフォーカスは被写界深度ともただならぬ関係にあり、被写体との距離によって変化することを会得してしまえば、もう「鬼に金棒」。やっとそれらしく写真の話ができて、安堵。

 なんとかこの回を最後に、このシリーズを終了させようと努力したのだが、やっぱりダメだ! もう一度だけお付き合いください。

 ※参照 → http://www.amatias.com/bbs/30/164.html

★「スクリーニング」。原発周辺と大熊町から帰り、南相馬市にある指定スクリーニング(放射線量検査)場へ。服、機材などを検査。無事終了し、「思ったほど出ないもんですね」と訊ねたら、「水たまりなどでは、針が一気にはね上がることがあるんですよ」と、係のおじさん。
 データ:2013年6月6日午後3時52分。Fuji X100S。絞りf 4.0。1/250秒。露出補正ノーマル。ISO 320。

★「相馬市小高川河口01」。小高川河口。砕けた防波堤が散在している。撮影立ち位置は、元は林だったように思われる。地形が変わりここまで波が寄せている。
 データ:2013年6月7日午前8時29分。EOS-1DsIII。EF16〜35mm F2.8L II USM。絞りf 10。1/320秒。露出補正-0.33。ISO 100。

★「相馬市小高川河口02」。小高川河口。海水浴場として栄えたところらしいが、この建造物は津波で押し倒され、砂に深く埋もれている。
 データ:2013年6月7日午前8時31分。EOS-1DsIII。EF16〜35mm F2.8L II USM。絞りf 11。1/250秒。露出補正-0.33。ISO 100。

★「相馬市小高川河口03」。小高川河口。林の跡地。流木が震災当時のままに残されている。ここより20mほど上流にあるコンクリート製の橋は、橋げただけを残しすっかり失われていた。
 データ:2013年6月7日午前8時33分。EOS-1DsIII。EF16〜35mm F2.8L II USM。絞りf 10。1/200秒。露出補正-0.33。ISO 100。

★「南相馬市村上防潮樋門01」。1965年に作られた防潮樋門(ひもん)。小高川河口の近く。写真では樋門の歪みが分からないが、カメラバッグから水準器を取り出しあてがってみるとその歪みが分かる。
 データ:2013年6月7日午前8時43分。EOS-1DsIII。EF16〜35mm F2.8L II USM。絞りf 11。1/125秒。露出補正ノーマル。ISO 100。

★「南相馬市村上防潮樋門02」。同上の施設。なんとも凄まじい津波の威力。
 データ:2013年6月7日午前8時45分。EOS-1DsIII。EF16〜35mm F2.8L II USM。絞りf 11。1/125秒。露出補正-0.33。ISO 100。
(文:亀山哲郎)

2013/08/23(金)
第163回:立ち入り禁止区域を訪ねる(10)
 撮影初日の6月6日、大熊町の熊川区民会館(第162回で掲載した「熊川区民会館」を参照のほど)を撮影していて、ぼくは北の地にもやや遅れがちな新緑の季節が到来していることに初めて気がついた。もう1週間か10日早ければ、さらに鮮やかな新緑を愛でることができたであろうが、まだ十分にその名残があった。この地に現存する樹木たちは、当初地震と津波に襲われ、その直後に原発事故が起こり、以来2年余、膨大な量の放射線を浴びてきたにも関わらず、何事もなかったかのように粛々と生を営んでいる。凜として佇むその姿は感動的であり、どこか哲学的ですらあった。

 今回は「すべてモノクロのイメージで撮る」と心していたので、津波で半壊した区民会館を目の前にして、かつて愛用していた赤外フィルムのイメージに似せて撮ることに迷いが生じなかった。デジタルなので、樹木、草の一部と空だけに赤外効果を使うという器用さは、アナログでは到底及ばない。デジタルのありがたさにブルブルと身を震わせ(大袈裟ではありません)、一人含み笑いをしながら、ぼくは歓喜にむせんだ。頭の中でイメージがすぐに結像し、印画紙上の黒の濃淡までもが絵を描くように明確なものになっていくのを感じた。
 今から30年以上も前、大型カメラにそれぞれ濃度の異なるY(黄)やG(緑)のラッテン・フィルターを取っ替え引っ替え噛ましながら、岩手県遠野の新緑を撮ろうと苦心したことを思い出した。大型カメラ + フィルターの組み合わせ故、シャッタースピードが長くなり、わずかでも風が吹けばお手上げである。天を恨みながら、なかなか思い通りにはいかなかった苦い経験ばかりが思い出される。時間、費用、根気、体力の要る作業だったことを思えば、ぼくが熊川区民会館で強い放射線に打たれながらも欣喜雀躍するのは、決して御大層な物言いでないことがご理解いただけるだろう。大熊町の公式ホームページによると、6月6日の熊川区民会館周辺の線量は、ぼくの予想通り約25マイクロシーベルト/毎時と、どう考えてもあまり嬉しくない数値だった。

 心を弾ませていると、遠方より赤いライトを点滅させながら1台のパトカーがそろりそろりとやってきた。速くもなく遅くもなく、かなり微妙な速度で接近してきた。何やら「疑心暗鬼」という雰囲気を車が発していた。赤いライトの点滅は、何もやましいところがなくとも条件反射的にビクッとするからいやになる。我ながら情けない。しかし、厳格な法規に倣えば、許可証を申請したのは浪江町町長宛であり、大熊町や双葉町ではないので、無断立ち入りというお咎めを受けても文句はいえないという後ろめたさがあった。ぼくにはそんな含みがあったので、正々堂々と戦えないという弱みがあった。
 2人の警察官は車をぼくの横につけ、歩み寄ってきた。その第一声。「よくここに入れましたね」。強制退去もやむなしかと覚悟を決めていると(もう撮っちゃったからいいや)、一人の警察官が「どうやって入ったんですか? 6号線はあっちですよね。おかしいなぁ」といい、ぼくはどうやら雲行きが少し晴れたような気がしてきた。「いや、6号線はあっちじゃなくて、こっちですよ。ほらっ、こっち。遠くあそこに見えるのが6号線ですよ」と彼に指し示し、ぼくにわずかながら強気が差し始め、“勝てるかも知れない”という予感がしてきた。弱気が強気に転じた瞬間でもあった。

 彼らの言葉を聞くと地元の訛りが感じられず、ぼくのよく馴染んだアクセントと発音でもあった。車のナンバーを見ると「多摩ナンバー」だった。ぼくはこの時、勝利を確信した。少なくとも「現在地」を自覚・自認するという生物の本能に勝っているのは、彼らではなくぼくのほうだった。2人の公僕は見知らぬ土地で方向感覚を失っていたのだった。ぼくはちょっとした後ろめたさを隠し、彼らの疑念をはぐらかそうと、話を続けた。「お巡りさんは東京からいらしたんですか?」。「警視庁から応援ということで派遣されたんですが、何しろ車にカーナビが付いていないもんで、どこにいるんだか分からなくなってしまって・・・」と。パトカーにはカーナビが付いていない(ものがあるらしい)というのはとても新鮮な驚きであり、発見でもあった。ぼくが第156回でカーナビについて述べたことは、ここ大熊町で実証された。愛すべきお巡りさんたちだった。許可証と身分証を提示し、彼らは照会を済ませ、ぼくは無罪放免となった。はなから、迷子のお巡りさんにぼくの無断立ち入り?を咎める資格はなかったのである。

 「立ち入り禁止区域」を貫く6号線は、その区間では通行許可証が必要で、検問所を通らなければ目的地へ行けないような仕組みになっている。住民の財産を保護するために、6号線から横道には侵入できないようにどこにでも柵が設けられていた。ぼくが区民会館にたどり着いたのは、無意識のうちに抜け道を探り当てたからに他ならない。土地勘のない彼らが不思議がるのは、もっともなことだった。

 ※参照 → http://www.amatias.com/bbs/30/163.html

★「浪江町01」。6号線沿線。海岸から約3kmの地点。画面右側が海。走行中か停車中だったかは定かではないが、津波によって押し流された車がこの一帯にはたくさん転がり、手つかずのまま放置されている。
 データ:2013年6月7日午前7時36分。EOS-1DsIII。EF16〜35mm F2.8L II USM。絞りf 8.0。1/250秒。露出補正-0.67。ISO 100。

★「南相馬市02」。南相馬市の海岸を走っていたら小高い丘が見えた。草の生い茂るなかを登ると異次元空間と思われるような草地があり、村上城跡とあった。まるでA. タルコフスキー監督の名画『ストーカー』(ロシア語で“密猟者” という意)を思わせるような光景だった。余談だが、この映画を退屈だと感じる向きは、映画や映像美の何たるかをまったく理解できない人たちである。
 ここは海岸沿いであるにも関わらず海抜24mなので津波は免れたようだが、地震で石の鳥居は崩れ落ちていた。この一帯は無人地帯。
 データ:2013年6月7日午前8時01分。EOS-1DsIII。EF16〜35mm F2.8L II USM。絞りf 8.0。1/1000秒。露出補正-0.33。ISO 100。

★「南相馬市03」。同、村上城跡にある貴布根神社。地震でぺしゃんこに。赤外フィルムをイメージして。
 データ:2013年6月7日午前7時58分。EOS-1DsIII。EF16〜35mm F2.8L II USM。絞りf 9.0。1/100秒。露出補正-0.33。ISO 100。

★「南相馬市04」。南相馬市小高区は猛烈な津波に襲われた。かつての田んぼは未だに放置され、沼地と化す。正面の堤防は破壊され、防風林が2本だけが残されていた。
 データ:2013年6月7日午前8時09分。EOS-1DsIII。EF16〜35mm F2.8L II USM。絞りf 11。1/200秒。露出補正ノーマル。ISO 100。

★「南相馬市05」。同、小高区。無人地帯のため瓦礫が撤収されずそのままなのは、放射能汚染のため引き取り手がいないからなのだろうか? この一帯も復旧作業の気配がない。
 データ:2013年6月7日午前8時10分。EOS-1DsIII。EF16〜35mm F2.8L II USM。絞りf 8.0。1/125秒。露出補正ノーマル。ISO 100。

★「南相馬市06」。海岸から約100m。墓石が津波で流出後、まとめられたのか? であれば、なぜ砂に埋もれた部分があるのだろうか? 写真の墓石の周りには散乱したり、倒れたりした墓石も多く見られた。周囲には破壊されたコンクリートの堤防の破片が多く散乱していたので、ぼくには推理不能。
 データ:2013年6月7日午前8時25分。EOS-1DsIII。EF16〜35mm F2.8L II USM。絞りf 11。1/160秒。露出補正-0.33。ISO 100。
(文:亀山哲郎)