【マイタウンさいたま】ログイン 【マイタウンさいたま】店舗登録
子育てはお好き? 専業主夫の子育て談義!
大関直隆 1957年生まれ。妻は高校1年生の時の担任で16歳年上。専業主夫(だった。今は陶芸教室をやっている会社の社長兼主夫)。 子どもは義理の娘・弘子(1968年生まれ)と息子・努(1969年生まれ)、その下に真(1977年生まれ)、麻耶(1979年生まれ)、翔(1987年生まれ)の5人。 5番目の子どもの出産ビデオを公開したことでマスコミに。その後、年の差夫婦、教師と教え子の結婚、専業主夫などたびたびTV・新聞・雑誌に登場。社会現象を起こす。 妻・大関洋子(上級教育カウンセラー)とともに、育児、子育て、性教育、PTA問題等の講演会や教員研修などで全国を回る。

全500件中  新しい記事から  81〜 90件
先頭へ / 前へ / 5 / 6 / 7 / 8 / 9 / 10 / 11 / 12 / 13 / ...19 / 次へ / 最終へ  

2010/08/30(月)
第420回 「『落語・らくご・THE RAKUGO』 やっぱり舞台はおもしろい その1」
第414回でちょっとご紹介した蓮の同級生E君のお父さん・立川談慶師匠の独演会が28日(土)終わりました。
タイトルは、
「落語 らくご THE RAKUGO」
会のコンセプトは、「子どもも大人も、若者もお年寄りも、日本人も外国人も、みーんな来て、来て。新しくて古い、古くて新しい落語の魅力をいーっぱいお届けします」
ということ。
会場は、キャパ400名の浦和コミュニティセンター多目的ホール。息子二人が舞台に携わっているので、以前はよく舞台の企画を立て、プロデュースしてきましたけれど(というよりむしろ、そういうことをよくしていたので、息子たちが舞台に携わるようになったという方が正しい言い方なのかもしれませんが)、今回は久しぶりの企画。
ただし、NPO法人日本カウンセラー連盟と浦和カウンセリング研究所の共催という形で企画した今回の「落語 らくご THE RAKUGO」は、私としては舞台という位置づけよりは、むしろカウンセラー養成講座の延長といった位置づけ。
チケットを買って見てもらうという意識ではなく、研修に参加してもらうという意識が強かったせいか、チケットの捌け具合がいまいち。近い知り合いはご招待ということにして、いろいろな方にチケットをお預けしたので、さてどれくらいの方がご観覧に見えるのか、入りの読みがさっぱり。
「100人ちょっとかねえ…」
「まあ、そんなもんじゃないの」
「だよねえ。じゃあ、後ろからせり出してくる可動式の座席が220、前に並べる机付きのパイプ椅子(折りたためないタイプだから、正確にはパイプ椅子ではないですけど)が180だから、片づけの時間が15分しか取れないこともあるし、あんまりびっちり詰め込んで、見てる人から扇子と手ぬぐいが見えないのも困るから、ちょっとゆったり目にパイプ椅子は120客だけ並べることにしようかねえ…」
「そんなもんでいんじゃないの。あんまり少ないと談慶師匠に申し訳ないけれど、とりあえずの目標は、前に並べたパイプ椅子をいっぱいにするってことで」

400席もあるのに、目標が120というのはあまりにも情けない数字ですが、ホールの空き具合の関係で、午前中の催しになってしまったことや落語というジャンルが初めてということもあり、「最低限それだけ入ってくれれば」という気持ちでいました。
開場は午前10時。
10時を過ぎても、ぱらぱらといった感じ。
10時10分、う〜ん…
ところが、その辺りから、まとめて5人、10人と入ってくるようになり、10時20分を過ぎたころには、200人近くにはなっている感じ。前に並べたパイプ椅子がいっぱいというところまではいかないけれど、可動式の座席にもけっこうな人数が座っていて、両方合わせれば、当初の目標だった120名をはるかに超えていることは明らか。
「あと10分、あと10分…。ぎりぎりになってから来る人多いから…」
そこから10人、20人と人が押し寄せるように入ってきて、10時半には約340席の8割方が埋まった感じ。もちろん前に並べたパイプ椅子は空いている席を探すのが難しい状態。ホッと胸をなで下ろしたというか、
「よくこんなに入ったなあ?!チケットをお預かりいただいた皆さんが、ずいぶん頑張ってくれたんだなあ」
という感謝の気持ちでいっぱいでした。

会場の外にいた娘の麻耶に言わせると、
「エレベーターが着くとドーッと人が降りてくるから、どこに行くのかなあと思うとみんなここへ来るんだよ」状態だったそうです。
「子どもでも楽しめる落語」という企画も当たったようで、家族連れもいっぱいです。
5分前になると、
♪てけてんてん、てこてこてんてん…♪
と音楽が流れ、これから落語がはじまる何とも言えない雰囲気を醸し出しました。
それまで賑やかだった子どもたちの声も、まるで大きな波が引くように、スーッと静かになって…。
いよいよ開演です。

つづく
(文:大関 直隆)

2010/08/23(月)
第419回 「政治家の言葉」
先日、
「菅首相は19日、「制服組」トップらとの意見交換が始まる前、北沢俊美防衛相に「昨日事前に予習しましたら(防衛)大臣は自衛官ではないんだそうですね」と笑顔で話しかけた。さらに、会談のあいさつでは「改めて法律を調べてみたら(総理大臣は)自衛隊に対する最高の指揮監督権を有すると規定されている」とも述べた。」(J−CASTニュース)
というニュースが流れました。
これは、8月19日にあった自衛隊の折木良一統合幕僚長ら4幕僚長との会合での菅首相発言を受けたもで、この菅首相の発言について、折木統幕長は、「冗談だと思う」と述べたそうです。

皆さんは「シビリアンコントロール」(文民統制)という言葉を知っていますか?
というより、覚えていますか?
中学校の公民でみんな習ったはずですよね。日本国憲法第66条2項「内閣総理大臣その他の国務大臣は、文民でなければならない」。
シビリアンコントロールとは、民主主義国における軍事に対する政治優先または軍事力に対する民主主義的統制のことで、主権者である国民が、選挙により選出された国民の代表を通じて、軍事に対して最終的決定権を持つという民主主義の基本原則です。
第9条で「戦争の放棄」を謳っている日本国憲法では、大変重要な部分です。
国際的に見ると「シビリアンコントロール」(civilian control of the military)という表現より「Political Control」の方がポピュラーでしょうか。「文民」という言葉は、日本国憲法が制定されたとき「civilian」に相当する単語が日本語にはなかったため作られた造語で、「現在、軍人ではない者」に相当する語として、「文官」「地方人」「凡人」などの候補が挙げられた中から選ばれたそうです。
今、ウェヴサイト(ウィキペディアなど)で調べたんですけれど、私も法学部で憲法のゼミを取って勉強していたこともあるので、「そういえばこんなこと勉強したなあ」とちょっと懐かしい気持ちになりました。

このシビリアンコントロールについての首相の発言は、「軽い」と受け取られたようで、「これまで、そうした自覚がなかったと受け取られかねない発言だ」(朝日)、「政府内からは『首相は文民統制を理解していないのではないか』との声も出た」(読売)と報じられてしまいました。
菅首相が「シビリアンコントロール」を理解していなかったとは、私は思いませんけれど、言葉が軽すぎるというのは確か。ここは政治的なことを語る場所ではないので、民主党がどうの、自民党がどうの、あるいは他の政党がどうの、というつもりはまったくありませんけれど、政治家の発言は与野党問わず、真面目に真っ直ぐにしてほしい。
今回の首相発言が政治の根幹に関わる問題を冗談で述べたとしたら、「軽い」と批判されるのは当然のことです。
私はマスコミもいけないと思うのですが、常日頃から政治に関する話題を噛み砕いてわかりやすくしようとしてのことなのか、例えば新内閣が発足したときには、「新内閣を一言で表現するとすれば」というのをよくやっていますよね。社民党の福島党首の大好きなやつです。「今回の内閣は××内閣です」。何かに例えてよくやってますね。社民党を離党した辻本議員は、鈴木宗男議員に対し、「疑惑の総合商社」と言ったこと(のちに発言を陳謝)で有名です。菅首相も野党時代よくやっていました。自民党の議員も誰か例示しないとまずいんですけど、ちょっと思いつかなくて…。たしか谷垣総裁が先日何か言ったような気がするんですけど???

自民党はずっと与党だったので、あまりそういう形でアピールする必要がなかったのか、それともセンスがいまいちなのか…。
いずれにしても、私はそういう政治家の発言、表現が大嫌いです。そんなキャッチコピーのようなものを考えている時間も無駄だと思うし、そういう発言を聞いてわかりやすいと思うよりは、馬鹿にされたような感じを受ける。「あなたたちにはよくわからないでしょうから、わかるような言葉で言ってあげる」。あるいはインパクトを持たせることで逆に中身を曖昧にしたり、自分を目立たせようとだけしている。そんなふうに感じてしまうんです。
これは、子育てにも通じることで、親が冗談やインパクトもある言葉でを言ったりするときって、本当に中身を伝えようとしているときではなくて、中身をごまかそうとしているときが多くないですか?
親は子どもに真摯に向き合うべきで、親としては最もやってはいけないことの一つです。
次代を担う子育てを考えたとき、親の言葉はとても重要であるし、その親の言葉に影響を与える政治家の言葉は、もっともっと重いものであってほしいものですね。
(文:大関 直隆)

2010/08/09(月)
第418回「もう一人も亡くなってほしくない子どもの虐待」
大阪市西区のワンルームマンションで、2人の幼児の腐乱死体が発見されるというショッキングな事件の報道があってから10日が経ちました。

自分の力だけでは生きることのできない幼児を部屋に置き去りにしたまま家を出て、そのまま戻らないという究極のネグレクト(育児放棄)。
親がいなければ食べることもできず、数日間で死に至るであろうことは誰が考えても明白。当初、死体遺棄容疑で逮捕された下村早苗容疑者について、大阪府警は最初の拘置期限を迎える8月10日、「確定的殺意」を理由に殺人容疑で再逮捕するという方針を決めたそうです。

私がチラッと見たTVのニュースでは、ドアが中から開けられないよう外からガムテープのようなもので止めていたとか。冷蔵庫の中は空、エアコンもついていない状況で、果たして3歳と1歳の幼児が何日生きられたのか…。殺人容疑での再逮捕は当然の帰結です。
ちょっと長いですが、7月30日の朝日新聞の報道をそのまま紹介すると、

 大阪市西区のマンションで、幼い男の子と女の子の遺体が見つかった。近隣住人は以前から、子どもの泣き声などの異変に気付いていた。通報を受けた児童相談所の大阪市こども相談センターは部屋を訪れたが、状況を把握できないままだった。
 センターへの1回目の通報は3月30日朝9時ごろ、近隣住民を名乗る匿名の女性からの「3階の一室から夜中によく泣き声が聞こえる」という内容。翌日午後3時ごろ、センターと西区の職員2人が現場の部屋を訪問したが、応答はなく、部屋に人がいる気配は感じられなかったため、引き揚げた。センターは翌4月1日午前10時ごろと同2日午後6時ごろにも訪問したが、状況は変わらなかった。
 2回目の通報は4月8日午後7時ごろ。同じ匿名女性から「泣き声が夜中に聞こえるんです」。センター職員が訪問したのは翌9日午後2時ごろで、やはり人の気配がなく、引き揚げた。
 3回目は5月18日午前5時半ごろ。同じ女性から「今、泣き声がしている」と連絡があったが、センター職員が訪問した午後3時ごろには、物音は聞こえず、人が住んでいるのかどうかすら確認できずじまいだった。通報は3回とも、2009年9月に開設された24時間対応の「児童虐待ホットライン」に入った。
 センターの担当者は「家庭訪問は夜中に行く場合もあるが、こちらとしては通報を受けてから48時間以内に確認をする、という決まりになっている。3回目の『今泣いている』という通報の時には本当にすぐ行けなかった状況だったのか検討しなければいけない。私たちもものすごくつらい思いでいる」と話した。
 センターは警察に連絡していなかったが、「『助けて』『虐待が行われている』などという緊迫した情報がなく、通報するほどの緊急性があるという認識がなかったため」と説明している。

児童相談所や大阪市こども相談センターには強制捜査の権限はなく、限られた権限の中での対応には限界があることは理解できますが、朝日新聞の報道が事実とすれば、常識的に考えてセンターの対応はおかしい。24時間対応の「児童虐待ホットライン」なのに、24時間対応ではない。
通報した匿名女性は間髪を入れず急行してくれるという思いで通報したのだろうと想像できます(特に3回目は)が、1回目の通報から対応までに18時間、2回目は19時間、3回目が9時間半。1回目、2回目の通報は「夜中に泣き声が聞こえる」というもので、切迫したものではないから時間をおいて現場に出かけたというのもやむを得ないとは思いますが、すでに2回の通報があり、3回目の通報がが「今泣いている」という午前5時半ごろの通報だったとすれば、「助けて」「虐待が行われている」という内容とどう違うのか。
「通報を受けてから48時間以内に確認をするという決まりになっている」というのもまったく理解不能。「夜中に泣き声が聞こえる」という通報に対し、「48時間以内」はわかるけれど、「今泣いている」に対して「48時間以内」は常識外。しかも通報が午前9時、午後7時、午前5時半。普通に考えれば、ここの家は昼間留守で夜在宅というイメージが浮かぶはず。にもかかわらず、訪問の2回目、3回目は午前10時、午後6時だけれど、それ以外は午後2時、午後3時。1度も夜の訪問がない。これでは本気で会おうとしていたとは思えない。

もちろん、悪いのは下村容疑者だけれど、こういった子どもの虐待、子育て支援に対する社会の意識の低さが、子育てで追い詰められる親を増やしている一因なのではないか。元教育学会会長で東大名誉教授の大田堯(たかし)氏が「子育ては総掛かり」という言葉を使いますが、虐待を減らせるかどうかは、まさにその「総」の部分の本気度にかかっていると言えるのではないでしょうか。

この連載で私が何度も述べてきたのは「地域」の重要性。主婦(主夫も含め)の最も重要な役割は地域との関わり。地域との関わりができなければ自称「主夫」は本当の「主夫」ではないとも述べてきました。子育てのための施策で、駅近、あるいは企業内の保育が進むことも必要でしょう。けれども、居住地域の子どもたちとの遊び場や機会が保証されない限り、いい子育て支援とは言えません。

「悲劇を防げなかったことへの後悔や反省から、現場のマンション住人に、事件の遠因となった希薄な人間関係を問い直す動きが出始めた。「失われた小さな命を無駄にしたくない」。若者たちは互いに交流を呼びかけ、定期的に会合を開くことも考えている。」(8/7 産経新聞)
「総」の本気度が試されていると思います。
(文:大関 直隆)

2010/08/02(月)
第417回「幼稚園? 保育園?」
全国学力調査の結果が発表される度に、様々なところに波紋を広げています。日本人は何かと他人の言動に影響を受ける民族なので、新聞やテレビ、雑誌などのマスコミの報道、評論家やコメンテーターの物の言い方などによって、ある人たちには得に、ある人たちには損になったりすることがあります。

子どもの学力というのは、親であればほとんどの人たちが気にかかるところなので、全国学力調査というのは、マスコミにとっても、主に教育について研究している研究機関にとっても、格好の材料であるわけです。

31日の朝日新聞朝刊は、「幼稚園出身の子の正答率、高い傾向 全国学力調査」の見出しで、幼稚園卒の子と保育園卒の子の点数の比較を掲載していました。
これはいったい何が目的?
当然のことながら、全国国公立幼稚園長会の池田多津美会長は「幼稚園は、充実した遊具や広い運動場で体験を通して主体的な学びを積み重ねている。勉強が難しくなる6年生ごろから学習意欲で差が出るのでは」とのコメント。
これに対し、全国保育協議会の小川益丸会長は「保育所の教育が幼稚園より劣るわけではない。十分な説明や前提なしにこんな結果が公表されると、利用者に不安や誤解を与えないか」と述べています。

新聞ですからもう少し客観的なコメントも用意してあって、
「白梅学園大学大学院の無藤隆教授(発達心理学)は「小6や中3段階でも差があることを考えると、家庭環境の差が要因として大きい可能性がある。保育所は低所得層など、家庭環境が不利な子どもも受け入れている」と指摘する。その上で「補うところは補い、どちらに通うにせよ、質の高い幼児教育を受けられるようにする必要がある」と話す。

今回の調査は幼稚園や保育所へ通った経験と正答率を重ね合わせただけで、家計や子どもが育つ環境など他の要素は調べていない。お茶の水女子大学の耳塚寛明副学長(教育社会学)は「データがひとり歩きすると、近所に幼稚園がなかったり、働いていたりして通わせられない保護者の動揺を招きかねない」として、さらに分析を進める必要性を指摘する。」
とまとめてありましたが、見出しの「幼稚園出身の子の正答率、高い傾向 全国学力調査」はあまりにもセンセーショナルというか、週刊誌的というか…。

確か去年は、年収での比較をしていました。今回朝日新聞にコメントを寄せたお茶の水女子大学の耳塚寛明副学長の研究班の調査で、「国語のA問題(知識中心)は年収200万円未満の家庭の子どもは正答率が56・5%にとどまったが、年収が上がると正答率も上昇。1200万円以上1500万円未満の層は78・7%に達した。国語B(知識の活用中心)、算数A、算数Bでも傾向は同じで、最大約20〜23ポイントの差があった」との記事が掲載されていました。

昨年の調査、今年の調査ともまったく意味のない調査とは思いませんけれど、どんな意図があり、この結果により何がどうできるのかという点では、ほとんど意味がないように思います。昨年の調査結果の年収200万円未満の家庭と1200万円以上1500万円未満の家庭(ほとんどありませんよね)における親の学歴や社会的地位、子どもの教育環境を考えれば、当然あって然るべき差のようにも感じるし、今年の幼稚園卒と保育園卒との比較にしても、年収の差によって点数に差があるとすれば、どこを卒園したかで差があるのは当然。
それを考えると、むしろ保育園卒は検討していると言えなくもない(小6では、基本知識を問う国語のA問題の正答率は幼稚園出身者85・4%、保育所出身者82・1%で、幼稚園の方が3・3ポイント高い。最も差があったのは、知識の活用力を問う算数のB問題の5・0ポイント。この傾向は中3も同じで、6・3ポイント(数学B)〜3・4ポイント(国語A)の差があった)。

マスコミ報道に踊らされることなく、今目の前にいる子どもにどう接するか…。子育てに正解なんてないのだから、子どもの幸せを願って精一杯の子育てをすること、そして社会も精一杯子育ての応援をすること、そんなことが大切なのだろうと思います。

高学歴、高収入の人たちの優越感をくすぐるようなことをしている暇に、ほんの少しでも本当に救いを必要としている人たちに手を差し伸べられれば、大阪でネグレクトにより亡くなった二人の子どものような悲劇がなくなるのではないかと思います。
(文:大関 直隆)

2010/07/26(月)
第416回「暑い、暑い、暑〜い!」
このところ毎日、天気予報の話題は「猛暑日」。
「夏日」「真夏日」なんていう言葉は知っていたけれど、「猛暑日」って何?って感じ。ウィキペディアによると「猛暑」というのは、『世界気象機関が推奨する定義は「最高気温の平年値を、連続5日間以上、5℃以上上回ること」としている』そうですが、各国の事情も様々(と言うことは赤道直下の国もあれば、北極や南極だってあるわけだから、「猛暑」って言っても体感っていう点ではまるで違うってことでしょ)で、日本でいう「猛暑日」とは、2007年以降、一日の最高気温が35℃以上の日を指すらしい。

確かにあまり聞き慣れていない言葉ですよね。よく考えてみると、これって言葉としてちょっと違和感がある。なんでかっていうと、「夏日」「真夏日」「冬日」「真冬日」っていう言葉と比べると、「猛暑日」だけが「夏」とか「冬」とかの季節名がつかない。
だいたいこういうのって統一性があるはずなのに、まったく統一性がない。
こうなるとすごく寒い日は「猛寒日」ってか。聞いたことないけど…。

この猛暑日で、ずいぶん多くの方が亡くなっているようです。本当にお気の毒です。亡くなった方の多くはお年寄りだそうですが、中には20代、30代の方も…。
「俺が子どものころはなあ、今みたいにクーラーなんていうものはなかったし、今の子どもたちは贅沢なんだ」
なんていうお父さん、お母さん、おじいちゃん、おばあちゃんなんかもいるようですが、むしろ、今はそんなことを言ってる時代じゃない。自宅の中で亡くなってしまうわけですから。

私が子どものころ、「日射病」という言葉はよく使いました。炎天下で帽子もかぶらず遊んで、直射日光をまともに受けると、頭痛がしたり、身体全体がだるくなったり、熱が出たり…。
そんなときはなるべく風通しのいい日陰に入って、濡れたハンカチを頭や首に当てて冷やしたり、家に戻って水風呂に入ったり…。
身体を冷やして、熱を外に出してやるとだいぶ落ち着くんですよね。
最近の報道を見たり聞いたりしていると、「日射病」という言葉を使わず「熱中症」という言葉を使っています。「日射病」と「熱中症」とはどう違うのかなあということで、調べてみました。

ところがこれがややこしい。ネットで調べて解説を読んでみても、わかったようなわからないような…
どうやら、熱中症というのは様々な症状の大きなくくりで、日射病というのはその症状の中の一つであるらしいということはわかりました。ところがその症状について、「熱射病→日射病ともいう」というものもあれば、「日射病と熱射病、よく似た名前なので同じ病気だと思ってる方も多いようですが、実は違うものです」というものもある。分類の仕方が変わって、定義にぶれがあるっていうことでしょうか。
ここもウィキペディアによると、
熱中症を病態別に分類すると「熱失神」「熱痙攣」「熱疲労」「熱射病(日射病)」ということになるらしいです。これが旧の分類方法で、現在はT度、U度、V度と状態の重篤度?で分けるようになったということみたいです。

私たちにとっては、分類の仕方云々よりは、どうしたら熱中症にかからなくてすむかということだと思うんですが、「5歳以下の幼児」「65歳以上の高齢者」「肥満者」「脱水傾向にある人(下痢等)」「発熱のある人」「睡眠不足の人」などが罹りやすいということ、「前日より急に温度があがった日」「温度が低くても多湿であれば起こりやすい」「室内作業をしている人が、急に外に出て作業した場合」「作業日程の初日〜数日間が発症しやすい」「統計的にかかりやすい時間帯は、午前中では10時頃、午後では13時から14時頃に発症件数が多い」ということなどが留意点。
猛暑への対応としては、睡眠を充分取り、水分や塩分をこまめに補給し、直射日光を避け、休息を取りながら作業する、そんなことになるんでしょうか。

とにかく具合が悪いと思ったら、水分、塩分(味噌汁やスープがいいとか)の補給と身体を冷やす、風通しの良い日陰で休むという処置をすることですね。症状が見えにくいのに死に至ることもあるので、躊躇せず救急車を呼ぶということも大切のようです。

小さい子どもの体調の変化はとても急です。いつも思うのですが、ベビーカーに子どもを乗せていると楽なので、子どもの様子にあまり注意を払わなくなります。アスファルト上では、大人の高さの温度に比べ、より道路に近い子どもの高さの温度の方がはるかに高いので、お子さんには常に注意を向けていてくださいね。

私たちが子どものころ感じた暑さとは異次元の暑さ。体力のない子どもたちには細心の注意を払い、無事に夏を乗り切りたいものですね。
(文:大関 直隆)

2010/07/20(火)
第415回「普通自転車免許」
「じいちゃーん! 蓮くんも免許証持ってるんだよ!」
「?」
「ほらぁ!」
孫の蓮は大喜びで、いかにも免許証らしいものを私の目の前に出しました。
「ねっ、免許証持ってるでしょ!」
「ん? 何の免許証?」
「よく見てよ、自転車の免許証だよ」
「はあっ? 自転車に免許証なんていらないだろっ?」
「いるんだよ。免許証無いと乗っちゃいけないんだよ」
「?」
「だから、学校で試験をして受かったら免許証をくれて、自転車に乗るときは免許証を持ってないと自転車に乗っちゃいけないの」
「はぁ…。誰が決めたん、そんなこと…。自転車は免許証なんていらないだろっ。お前も幼稚園の時から乗ってただろっ?」
「でも、小学生は乗っちゃいけないんだよ」
「なにそれ? 免許証っていうのは、自転車に乗る人全員が持って初めて意味があるもので、蓮の小学校の子だけが無いと乗れないんじゃ何にも意味ないんだよ」
蓮は自動車の免許証と同じように、自分も免許証を持ってるということを自慢したくて、私に免許証を見せたのに、すっかり学校のやり方の問題の話になってしまって、蓮の気持ちを無視する形の会話になってしまいました。

自転車に乗ることについては、真(間もなく33歳)が小学校に通っているころ、3年生になって校内の交通安全教室で「自転車の正しい乗り方」という講習を受けてからじゃないと乗ってはダメという縛りがありました。(第72回参照)
幼稚園の子が普通にどこでも乗っているのに年齢が上がったら乗ってはダメというのもおかしな話なので、懇談会でいろいろ意見を出して、「親と一緒なら乗ってもいい」という段階を経て、翌年には縛りは全廃。翔(現在23歳)のときには「××をしないと乗ってはいけない」ということはありませんでした。
それがもっとひどくなって復活しているとは…
「あのね、免許証をもらえない人もいたんだよ。ちゃんと規則を守れないと免許証くれないの」
「それってひどいなあ。自転車免許なんて、まるでジョークだ」(妻に向かって)
「学校が権威を示したいだけ」
「そんな感じだね。差別に近い」
「こんなことまでやっているんだとすると、いろいろなことで同じようなことやってるんだろうから、このままじゃ学校荒れるね」
こういうときに免許証をもらえない子というのは、成績も今ひとつのことが多いので、授業以外でも差別感を感じるようなことが増えれば、当然不満がたまりストレスが増えます。それが学校とは直接関係のない「自転車に乗る」というようなプライベートな問題まで学校の価値観を押しつけられて生活全体を窮屈にされるわけですから、それをどこかで発散するため、学校が荒れてくるのは必然です。

「高校生がね、自転車を運転して事故を起こして、6千万円も相手の人に払ったんだって…」
「ん?」
「だから乗り方が悪いと免許取り消しになっちゃうんだよ。罰金2万円だって」
「そんなこと言われたの?」
「うん」
「そんなわけないだろっ? 学校が罰金取れるわけない!」
蓮に言っても仕方のないことなので、誰にというわけでもなく言うと、
「ほんとだよ、先生言ってたもん」
「ふーん、そうなんだぁ。でも蓮くん大丈夫だよ。確かに6千万円も払ったような事故があったような気はするけど、じいちゃん今まで生きてきて、そんな話は1回しか聞いたことない。自転車でぶつかってもね、相手がそんなにひどいけがをすることはあんまりないんだよ。相手にけがをさせちゃうことより、車にぶつかって蓮がけがをしないように乗るんだよ」
あまりのひどさにあきれて、怒り心頭だったんですが、それ以上言っても蓮を傷つけるだけなので、その場はそれで収めて、娘に「お前、学校としっかり話をしてこいよ」と言いました。

小学生に自転車の乗り方を教えるのなら、誰がどう考えたって、「車にぶつからないように」と教えるのが本質のはずなのに、まったくばかげた「免許証の発行」なんていうことをやっているので、注意する根本的な部分が逆転して、まるで自動車を運転するときのように、加害者にならないような指導になってしまっている。
学校はいったい何を考えているんだか…。

結局、子どもが免許証を持ったら喜ぶこといいことに、ややうるさい子や落ち着きのない子を「脅しておとなしくさせる」そんなところに本質があるんでしょう。
「この免許証、すごいねえ。じいちゃんの車の免許証と同じだぁ」
「うん」
免許証はカード大でラミネーターでパウチ加工を施したもの。こんなに凝ったもの作って、これにどれくらいの時間がかかっているんだか…。こんなことをやって「忙しい、忙しい」って言っていないで、学校は本来やるべき授業研究をしっかりやってほしいものです。
(文:大関 直隆)

2010/07/12(月)
第414回「寿限無 寿限無 五劫の摺り切れ…」
子どもの虐待がマスコミを賑わすようになってから久しいですが、そんな虐待事例を除けば、親は子どもを目の中に入れても痛くないと思うほどかわいいと思うもの。そんな感覚も、時代と共に薄れているようには感じますが、あまり変わってほしくない価値観ですね。

子どもが生まれてからまず最初の親の仕事といえば、名前を付けること。これには皆さんけっこう苦労したんじゃないですかね。夫婦で意見をすり合わせて、なんとか決まったかと思うと、今度はおじいちゃんが猛反対とか…。(我が家の命名事情については第66回参照)どうですか? そんな経験ありませんか。

名前を決めるときに何を大切にするかっていうのは、それぞれの親の価値観によって決まりますよね。海外の経験が長かったり、これからはボーダーレスの時代と思う人は、外国人も呼びやすい名前。サラ、エミ、エリ、エミリー、ジョー、ジョージ、ショー、シンみたいな音を漢字にしたり、日本人的な名前が好きな人は、あえてお尻に「介」を付けたり「郎」を付けたり、雄大さ、強さ、美しさなんかにこだわれば「海」だったり「拓」だったり、「香」だったり、「翔」だったり…。どうも私の想像力は乏しいらしくて、家族やどこかで関わった人の名前からしか思いつかないなあ???
ちょっと情けないですね。

さて、「寿限無」に出てくる父親(八五郎)とおかみさんは、『達者で長生きができてさ、おまんまの苦労をせずにすむような名前』と考えて、旦那寺(菩提寺)の和尚さんに名前を付けてもらうことを頼みます。そして和尚さんがいくつかあげてくれたのが、有名な「寿限無 寿限無 五劫のすり切れ…」。和尚さんは一つ一つ別の候補のつもりであげたのに、八五郎さんとおかみさんは一つに絞りきれずに「今はこれがいいと思ってもさ、あとであっちにしときゃ良かった、こっちが良かった、なんて思うにちげぇねぇんだ。だからさ、いっそのこと、これ残らずぼうずの名前にしちまおう」と全てを名前にしてしまったわけです。

『寿限無、寿限無、五劫の摺り切れ、海砂利水魚の水行末、雲行末、風来末、食う寝る所に住む所、薮ら柑子のぶら柑子、パイポパイポ、パイポのシューリンガン、シューリンガンのグーリンダイ、グーリンダイのポンポコピーのポンポコナの長久命の長助』
こりゃ長い!
落語の落ちは、「誤って井戸に落ちた長助を助けようと、名前を呼んでいるうちにおぼれ死んでしまう」というものや「喧嘩してこぶができた長助の名前を呼んでいるうちに、こぶが引っ込んでしまった」というもの、「新学期が始まり友達が一緒に学校に行こうと長助を迎えに行ったのに、朝寝坊の長助の名前を呼んで起こしているうちに夏休みになってしっまった」というものなど、いろいろあります。

親の心理をついたおもしろい落語ですよね。最近、文科省が仕掛けているのか、NHKなどでも、落語をはじめとした言葉遊びや短歌、俳句などが子ども向けの番組で扱われるようになりました。この「寿限無」は教科書にも載っていたのでびっくりしました。孫が見ている番組を一緒に見ていると引き込まれてしっまって、孫より私の方が夢中になってしまったりして…。
孫の蓮がテレビの番組を録画したらしく、何遍も同じ番組がテレビに流れていることがありました。声を聞いていると、何となく聞き覚えのある声。
「あれ?」
「そうだよ、E君のお父さんだよ」
蓮の幼稚園の同級生のお父さんは真打の落語家「立川談慶」さんなんです。南区に住んでいるんですよ。子ども向けの番組に出ていたので驚きました。

カウンセリングをやっていると、言語、非言語の大切さを痛感します。落語っていうのは言語、非言語の原点ですね。子どもとの関わりの中でも参考になることがたくさんあります。8月にその談慶さんをお招きして親子で楽しめる落語の会を開くことになりました。もし、興味があったら来てください。

最近子どもの番組で取り上げられているのとは反対に、大人向けの本格的な落語の番組がほとんど無くなってしまったように感じます。言葉の大切さやおもしろさを子どもたちにもしっかりと伝えたいですね。
(文:大関 直隆)

2010/07/05(月)
第413回「スライムと学校選択制」
「その辺にさあ、T中学校から来た手紙なかった?」
「さあ、見なかったなあ。なんでそんなところから手紙来るの?」
「なんか、アジサイ祭りとかのお知らせだよ」
「ふーん」
「子どもに何か作らせたり、模擬店が出たり、いろいろあるみたいだよ」
「ああ、その手紙なら見た見た。あれって、T中学校からだったんだあ!? 詳しくは見なかったけど、授業の公開なんかもあるやつだろ?」
「そうそう。どこにあるかわかる? あれ、蓮と沙羅を連れて行こうと思うんだ。なんかおもしろそうだから」
「そんなんだったら、ちゃんと取っておけばよかっただろ。捨てたっていうことはないと思うけど、そんなに重要なもんだとは思わなかったから、ちょっと見ただけでどこにあるかわかんないなあ…」
「必ず行かなきゃってもんでもないから、重要ってことでもないけど、おもしろそうだから、連れて行ってやろうかなって思って。よく探してもなかったら、学校に電話して聞いてみるからいいよ」
T中学校には、翔が中学のとき、サッカーの試合の応援に何度か出かけたことがあります。とても規模の小さい中学校で、うちの子どもたちが通った中学校と毎年市内一の小規模校争い(争っているわけじゃないかな?)をするような学校です。
確かな記憶ではないけれど、言われてみれば、校門の辺りから校舎、校庭にかけてアジサイがたくさん植わっていたような…。

「蓮くん、沙羅ちゃん、どこか出かけるの?」
「うん。スライム作りに行くの」
「あのネバネバしたやつ?」
「うん」
「どこへ作りに行くの?」
「T中学校。スライムだけじゃなくていろいろあるんだって。アジサイもいっぱい咲いてるんだよ」
「ふーん。上手に作れるといいねえ」
「うん」

そう言って出かけた蓮と沙羅でしたが、戻ってくるとスライムを作りにいったはずが、スライムではなく、なんだかよくわからない形の固まりみたいなものを持っています。
「何それっ? スライムじゃないの?」
「明日と間違えちゃった。ちゃんと見ていったつもりだったんだけど…。子どもに何か作らせるのは明日なんだって」
「それはどうしたんだよ?」
「これはね、三葉虫の型。明日もう一度来ますって言ったんだけど、校長先生がね、校長室に案内してくれて、今日はスライムは作れないけど、せっかく来たんだからって、わざわざどこかまで取りに行って、くれたんだよ。ほんとは明日子どもたちにあげようとしてたものらしいよ」
「へえ、校長先生がそこまでしてくれたんだあ?」
「そうなんだよ。すごく親切でいい校長先生だった」

最近の学校は、地域との交流が一つのテーマになっていて、近所のお年寄りや小さな子どもたちとの交流の機会を頻繁にもっています。授業の公開も保護者だけでなく地域の人たちに呼びかけることも増えてきました。T中学校の取り組みも、そんな流れの中で行われたことと思いいますが、中学校の場合それだけではなくて、生徒の確保に躍起になっているという側面があるようにも思います。蓮は、うちの子どもたちが通った地域のS中学校ではなく、野球部のあるN中学校に行きたいと言っています。学校選択制が導入されてから、中学校では毎年、生徒が何人確保できるかということにピリピリしている現状があります。
「来年はT中学校が無くなるらしいよ」「S中学校ももうじき無くなるって言ってたよ」そんな話が保護者の間でも語られるようになりました。小規模校にとって、何人の生徒が学区外から来て、何人の生徒が学区外へ流れるかという問題は、学校そのものの存続に関わる問題なのです。
子どもを市内で1、2の小規模校に通わせてみて、確かに部活動についていろいろと制約があったり、運動会が盛り上がりに欠けたりといくつかの欠点はありましたが、子どもや保護者から先生方の顔がよく見えるし、逆に先生方から子どもや保護者の顔がよく見えます。小規模だということが、多少の欠点を補って余りあるものだったことは間違いありません。

T中学校の取り組みが、そういった学校選択制を意識して、学区外まで手紙を配るということをせざるを得ない状況になっているんだとしたら、学校というものの本質を見失っているように思います。小規模校の先生方の負担は、大規模校に比べてはるかに大きいものがあります。翔が中学に通っているときも、一人の先生が複数の教科を教えたり、3つの学年の試験問題をつくって採点したりと、通常の何倍もの仕事をこなすのを見てきました。

蓮や沙羅に対する校長先生のご親切に感謝しながら、それが学校選択制のために負っている負担であるとすれば、そんな負担は軽くしてあげたいものだと思いました。社会全体が学校のあるべき姿はなんなのかを考え、学校として本当に必要なことだけやれるような、学校運営が求められているのではないかと思います。

翌日、改めてT中学校を訪れた蓮と沙羅は、
「じいちゃん、見て見て! スライム作ってきたよ!」
と大喜びで帰ってきました。
(文:大関 直隆)

2010/06/28(月)
第412回「行き着く先はハーバード?」
ウェッブ上に配信されたAERAの記事。

 埼玉県蕨市出身の若菜友子さん(22)は、この夏から米ハーバード大大学院に入学、教育学を学ぶ予定だ。ハーバードだけでなく、ペンシルベニア大、英オックスフォード大、ケンブリッジ大などからも入学許可を得た。
 お茶の水女子大附属高校在学中に、オクラホマ州の高校に交換留学したのを契機に、高校卒業後はそのままアーカンソー大学に進学、心理学を学んだ。将来は、「英語を母国語としない学生向けの英語教育カリキュラムの作成などにかかわりたい」(友子さん)という。
 友子さんは帰国子女ではなく、ネイティブスピーカーでもない。小6まで本格的に英語を勉強したことはなく、セサミストリートのビデオを見て楽しんでいた程度だ。印刷会社に勤める父・啓一さん(53)、専業主婦だった母・幸枝さん(49)ともに海外生活経験は皆無だ。

「早期教育効果は小学生で消える」(本誌4月26日号)を読み、「うちの子育てが参考になれば」と投書を寄せた、若菜さん一家。早くから英語を教えたわけでも、特別な家庭教師をつけたわけでもない。子どもの自発性を最大限尊重する幼児期の家庭教育とは──
のあとに続く記事です。
これだけでは、中身がよくわからないかもしれないけれど、要するに、「早期教育」に夢中になる母親に向けた「教育は早期教育ばかりではないですよ」という啓蒙記事。
若菜さんのお宅の教育は、「早期教育」には無縁。
 家では英語も、ひらがなも教えたことはない。幸枝さんさんが大切にしたのは「五感を使って親子で楽しむこと」。童謡を一緒に歌い、歌に合わせてピアノの鍵盤を叩き、挿絵にすべて色を塗る、買い物の途中では、道すがら、「昨日と違うもの」を見つける「今日探し」に親子で熱中したり、具体的にものの名前を覚えさせるということよりは、幼い友子さんの目に映る「新しい世界」を大切にする。
「ただ娘と一緒に遊ぶことが目的でした。私自身が、非常に楽しかったんです」と幸枝さんはおっしゃっているんだそうです。近所の図書館で月20冊の貸し出し限度いっぱいの絵本を借りてきて、読み聞かせをし、さらに登場人物になりきって、二人で歌い、体を使って演技をする。
そんな中から、友子さんの感性が磨かれ、自主性が育っていったんだと思います。「母に『勉強しなさい』と言われたことは一度もないです」(友子さん)。

すごいですねえ。
埼玉大教育学部附属小学校に入学後は、講談社の「青い鳥文庫」などを次々と読破していった。小学校時代の得意科目は国語。小3で「小説」を書き、自作の連載マンガをノート30冊分も描きためた。
もう、驚くことばかり。

私が塾をやっていたころですから、今から25年くらい前、テレビで中学受験塾を取り上げた番組があり、その中で取り上げられていた塾に入塾は小学校4年生から、漢字書き取りしか教えないのに圧倒的合格率を誇っていて、希望者殺到で入塾するのも大変という塾がありました。若菜さんの例とは少し違いますが、他の教科は教えないんですから、単純な「知識の詰め込みでない教育」が効果を発揮するという例だと思います。ちょうど「見える学力、見えない学力」(岸本裕史著 大月書店)なんていう本が流行ってたころです。「見えない学力」ってこんなことをいうんだと思います。

さて、若菜さん親子は本当にすごいと思います。私もそういう方向の子育てを目指すのなら、ぜひ見習いたい。子どもをハーバードの大学院に入れたいと思っている人は、ぜひこのAERAの記事を読んでみてください。『娘はハーバード 母の「千冊読破」教育』で検索すれば見つかるかな?

で、私はこの若菜さん親子には感心しつつ、いったいAERA(朝日新聞)は何を言いたいの?と思っちゃったわけです。「早期教育」に疑問を呈しつつ、結局は「どうすればハーバード大に入れるか」に終始している。「子育て」の本質に迫りたいなら、ハーバード大に入る方法論ではなく、「人の幸せって何?」というところに行き着かないといけない。
「AERAの記者の人生の目標はハーバード大に入ること? 朝日新聞の方向性っていつもこういう方向なんだよなあ…。所詮エリートの書く記事」(エリートじゃない者のひがみに聞こえるかな? ちょっとあるかも…)と強く感じたのでした。
もちろん友子さんの目標も「エリートになること」ではないはずなのに、記事自体はどう読んでも「エリートがいい」としか読めなくて…。
エリートを目指して“大きな幸せ”を手にするも善し、エリートではなくて“ささやかな幸せ”を手にするも善し。それぞれの人生の方向性があって初めて「早期教育」の是非を語るべきなんじゃないかなあと思うわけ。
「幸せって何?」、これこそが一生の命題ですよね。
(文:大関 直隆)

2010/06/21(月)
第411回「ピアノのお稽古」
「こんなに負担になってるんだったら、もうピアノはやめさせろよ」
ピアノの発表会が近づいた蓮と沙羅は、毎日のように泣きながら練習をしています。
続けたいのか続けたくないのか、その泣いている様子を見る限り、どう考えてもこれ以上続けるのは、親にもじいちゃん、ばあちゃんにも、そしてもちろん本人たちにも負担になるだけで、いいことないなあという感じ。こんなにやりたくないものを無理にやらせても意味がない、どうしてもそう思ってしまいます。
ところが当の本人たちは泣きながら、
「やめないもん!」
と突っ張っている始末。
「だったら泣かないで練習すればいいだろっ!」
と言っても、益々声を張り上げて泣くばかり。いったいこいつら何を考えてるんだ!別に無理にやらせているわけじゃないんだから、やめるか、泣かないで練習をするか自分たちで決めればいいのに、なぜか「やめない」と言っては泣き騒ぎながら、弾いているような弾いていないような練習の繰り返し。
「ん〜〜〜」
困ったもんです。

昨日(土曜日)は、その発表会でした。午前中から夜まで発表会は行われているのですが、仕事があるので聴くのは、孫二人と前後数人だけ。音楽教室の本音は子どもを舞台に上げることで生徒をつなぎ止めておくということでしょうから、自分の子ども以外の演奏を聴くということに大きなこだわりはないようなので(人の演奏を聴くのも勉強と、逆にそこにこだわっている小さなピアノ教室もたくさんあることと思います。
どちらかというとそちらの方が正しい気がしますが)、失礼とは思いつつ、去年も今年もそうさせてもらっちゃいました。集合写真の撮影が1部、2部、3部の最後に組まれているので、演奏した子どもたちは、基本的にはそれぞれの部については全員の演奏を聴くように構成はされています。
そうは言っても、聴くということに重きを置いている感じがしないので、子どもたちもあまり真剣に聴かないということなのだろうと思います。子どもたちにも教室の本音が伝わってるわけですね。

孫の蓮も沙羅も演奏はボロボロ。明らかに練習不足です。「毎日最低2時間は引かないとうまくならない」と豪語していた、以前この連載にちょっと登場してもらった我が家全員が習っていたO先生なら、演奏会に弾かせることはあり得なかったでしょうね。蓮も沙羅も、そんなレベルでした。

ところがみんなそんなレベルかというと、これが全然違います。蓮の次に登場した女の子Hさんは、途中指を引っかけて変な音が出ているところはありましたが、「この子、持ってるな」っていう感じ。技術はともかく、とにかく音楽センスがいい。そして(「だから」かな?)、楽しそうに弾いている。これは大事なことです。楽しいと思って初めて表現したいものが出てくるわけで、その意味ではこの子は特別なものを持っている感じがしました。O先生は、
「持ってるものを持ってる子は、どこで習ってても関係ないの。ヤマハ音楽教室のように厳しくないところでも、ちゃんと芽が出てくるのよね」
と常々おっしゃっていました。蓮と沙羅が通っているところは、まさにそういった音楽教室なんですが、Hさんに比べたら、蓮も沙羅も「持ってない!」のは歴然。
本当にそろそろピアノも潮時なのかもしれませんね。
「ピアノは大人になって弾きたいって思っても、子どものころからやってないと弾けないんだよ」
と麻耶は言います。もちろんそんなつもりで子どもたちにもピアノをやらせてきましたが、うちの子どもたちの中で、大人になってからピアノを弾く子は無し(長女が多少キーボードを弾いていますが)。大人になって「弾きたいって思う」こと自体が、ほとんどないんですよね。

蓮の何人かあとに男の子の名前が呼ばれました。
蓮の他にも男の子がいたんだあと、どんな子が出てくるかじっと舞台を見ていると、出てきたのはおじいさん。大人になってからピアノを弾くか弾かないかは、子どものころにピアノを習っていたかいないかではなく、弾きたいと思うか思わないかなんですよね。

とはいえ、明らかに子どものころにピアノを習っていなかったと思えるおじいさんは、一生懸命さは伝わってくるものの舞台の上で何度も立ち往生。最後は舞台のそでから先生が駆け寄って口ずさんで助けることに…。それはそれで感動のシーンなんですけど、麻耶の言う「ピアノは大人になって弾きたいって思っても、子どものころからやってないと弾けないんだよ」ということの象徴的な出来事でした。

孫たちにピアノを続けさせるかやめさせるかは、なかなか難しい判断になりそうです。結局最後は本人たちの意志ということですかねえ…。泣き騒ぎながらの練習にならないことを祈りましょう!
(文:大関 直隆)