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■亀山哲郎の写真よもやま話■
亀山哲郎氏 プロカメラマン亀山哲郎氏が、豊富な経験から、カメラ・写真にまつわる様々な場面におけるワンポイントアドバイスを分かり易くお伝えします!
■著者プロフィール■
1948年生まれ。大手出版社の編集者を経て、1985年よりフリーランス・カメラマンとしてコマーシャル写真に従事。雑誌、広告の仕事で世界35ヶ国をロケ。
現在、プロアマの混成写真集団フォト・トルトゥーガを主宰。毎年グループ展を催し、後進の指導にあたる。
2003年4月〜2010年3月まで、さいたま商工会議所会報誌の表紙写真を担当。 これまでに、写真集・エッセイ集などを出版する他、2002年〜2008年には『NHKロシア語講座』に写真とエッセイを72回にわたり連載するなど、多方面で活躍中。

【著者より】
もし、文中でご不明の事柄などありましたら、右記アドレス宛にご質問ください。 → kameyamaphoto2@mac.com

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2024/03/01(金)
第680回:写真のための自己回顧
 ぼくは自認するところ、決して社交的な人間ではなく、むしろその反対であり、えらく人見知りをする。だが、恥ずかしがり屋というわけではない。そのような性格なので、できるだけ、人とは会いたくない。自分ひとりで遊ぶのが好きなのだ。
 ぼくはこれでも気を遣うほうなので、したがって、知らない人の前では、まったくの借りてきた猫状態。だが、それでは人並みの人間生活を送るには困ることがしばしばある。なかなか上手く行かないものだ。

 ぼくをよく知るほんの一部の友人を除き、他の人々は本心より、「かめやまは、人付き合いが良く、穏やかで物腰が柔らかく、いつもニコニコと愛想が良い。そして、物分かりが良い」と、ぼくの好きでない宮澤賢治の詩のように、良いことずくめのようにいう。彼らは、ぼくがその振りをしているだけということを見抜けないでいるのだ。これを人迷惑な錯覚といい、ぼくの素振りは、世を忍ぶ仮の姿に他ならない。しかしよくもまぁ、これだけ人を騙せるものだと自ら感心さえする。否、騙しているのではなく、相手が勝手にそう決めつけているだけなので、ぼくに一切の落ち度はないし、良心の呵責もない。

 だが、古くからの友人たちは少数ではあるが、ぼくの正体を知っている。では何故そのような誤解を招くのかといえば、ぼくを少しは知っていると横着にも宣う彼らは、「 “一見” 当たりが柔らかく、 “一見” 優しそうで、しかも “一見” 丁寧な応対をするから、君を知らない人は10人中9人までがそれに引きずられ、騙される」のだとか。「騙される」とは恐れ入るが、兎にも角にも「一見」がついて回る。
 だが、ぼく自身は、多くの人に好かれたり、親愛感を持たれるより、「一見そのように見えるのだが、実はそうではない」というほうが遙かに好ましいし、生き易いと考えている。ぼくにとって、自分を偽る必要がないからだ。

 もしぼくが少しでも如才なく振る舞っていると勘違いしている人たちがいるとすれば、ぼくの振る舞いは虚飾に満ちたものであり、とどのつまりトンデモペテン師であり、荒唐無稽も甚だしい奴だ。そこには、ぼくに対する理解に誤謬を生じさせ、 “誤解” と “錯覚” によりぼくは大きな悲劇と悲哀、加え喜劇が何の目的もなく背負わされていることになる。
 ぼくは俗にいう口八丁手八丁の、誰からもよく見られたいと愛想良く振る舞う「八方美人」を「芸者や幇間じゃあるまいし」と酷く嫌う。その様かなり極端で、頑なな「一方美人」なのだ。こと好き嫌いに関する限り、ぼくはまったくの融通無碍を押し通している。きっと、ぼくの写真もそれに倣っているが、巷に跋扈するいわゆる「写真芸者」だけにはなりたくない。
 もしかしたら現在も、他人への配慮は必要だが、身を守るための方便として、他に良い方法が見つけられないでいるように思えてならない。

 幼児期のある物事をきっかけに、端的な人見知りと恐怖心が身につき、馴染みのある人間としか頑愚にも口を利かなくなった。幼心ながらもそれは、猜疑心などという心理的で、かつ複雑なものでなく、もっと本能的なものであり、その中心核は不信感と恐怖心から来たものだった。
 初対面の人には、大人であっても同輩であっても余程心を許さない限り、決して口を開こうとはしなかった。相手に対する好き嫌いがすべてを支配していたといっても過言ではない。婉曲にいえば我が儘ということになるのだろうが、現時点ではそれを否定しておく。

 子供にとって、物事の好き嫌いは、生活の基本軸となり得るものである。若ければ若いほど、人は嫌いなものを拒否し、また撥ね付けるという挙に出るものだ。それで良いと思っている。
 歳を取り、百歩譲って、黙して相槌を打つのが精一杯と思うようになってきた。自分の意志を伝えるにはこれしか手の打ちようがないのである。

 小学校4年時の、担任の先生の指導よろしく、ぼくは活発で十人並み以上の悪ガキに成長していったが、やがて大人になり、そして社会人に至って、かつての忌まわしい症状がぶり返し(病気だとする見方は誤りであり、それがぼくの稟質ともいうべきものなのだろう)、集団での人付き合いが徐々に苦手となっていった。社会人となった自身の周りにいる人間たちへの不信感が時とともに増幅の一途を辿った。
 誰とでも「そつなく、可もなく不可もなく、付き合う」ことに大変な労苦と抵抗感を覚えるようになった。「そんな器用なことなどできるものか。第一、どんな必要性があるのだ」とのストレスたるや、生半可なものではなかった。
 余談だが、ぼくの二度にわたるがん発症(胃がんと大腸がん)は、国立がん研究センターの、長時間に及ぶ先生の聞き取り調査によると、主たる原因は「ストレス」であろうとのことだった。「普段の不摂生や不養生」とか「不料簡の成せる業」といわれないだけ、まだ救いがあった。

 写真屋になってからは、ますますその気配を強め、顕著なものとなっていった。フリーランスの人間が、これでは困るなぁといつも思っていたが、容易に軌道修正ができるものではなかった。そんな自分をよく知っているので、できる限り相手に不快感だけは与えないようにと努めてきた。
 だがしかし、編集者時代は会社の一員だったが、写真屋は独りぼっちなので、誰の目を憚ることなく、そして約束事を遵守し、誠実に仕事をすれば、下手でもなんとかやって行けそうだとの目論見は当たっていた。長い間の写真生活で、ポートフォリオ(作品集)を持って、営業に走り回ることを一度もせずに済んだことは、ぼくの心得がそう間違ってはいなかったからだろうと、今になって思っている。

https://www.amatias.com/bbs/30/680.html

カメラ:EOS-R6 MarkII。レンズ : RF100mmF2.8L Macro IS USM、RF24-105mm F4.0L IS USM。
栃木県栃木市。

★「01栃木」
女子高生の制服にご執心の怪しいジジィ。「何て美しい!」と感嘆。矯(た)めつ眇(すが)めつ、制服をなめ回すように5分ほど凝視しているのだから、通報されても仕方ないか。写り込みのあれやこれやを計算して。
絞りf4.5、1/100秒、ISO 800、露出補正-0.67。
★「02栃木」
栃木市へ通い始めた当初より、和服店に掲げられているポスター。もう何年も、夏も冬も夕日を浴びているのだろう。行く度に撮るのだが、やっとましな物が撮れた。
絞りf7.1、1/125秒、ISO 100、露出補正-1.00。
(文:亀山哲郎)

2024/02/16(金)
第679回:偉人の金言
第679回:偉人の金言

 数日前、床の中で暇つぶしがてら、仰向けになって偉人の名言集を繰っていたら、次のような言葉にぶつかった。曰く「70歳を過ぎた人間の言葉には、どのようなものにも理がある」というものだった。ぼくは、心してこの文章を噛み砕こうとした。暇つぶしには打ってつけだった。
 この時のぼくは何十年ぶりかで食欲がなく、その初日には過去に記憶にないほど遠い昔に体験した熱発を感じ(37.7℃というささやかなもの)た。「いざ、おいらもやっとコロナか!」と思い、PCR検査キットで調べてみたら結果は陰性で、かかりつけの医者に電話でお伺いを立てた。詳細を話したところ、医者の見立てによると「単なる風邪でしょう」と事も無げにいわれた。「もし、症状が改善されなかったら来て下さい」ともつけ加えられた。

 熱こそ翌日には平熱に戻ったが、ぼくのまったくの食欲不振は以後10日間も続いた。今さらながら、美味しく食べることのありがたさを噛みしめることとなった。我が家の食を一手に担う嬶(かかあ)は、いろいろ気を遣い、食べやすいものをあれこれ用意してくれ、ぼくはそれに果敢に挑んだが、不料簡ながらも無念を晴らすほどの美味しさも嬉しさも感じなかった。「仕方なく食べる」とは、なんという浅ましくも贅沢なことと、自身を戒めた。

 長引く食欲大不振にも関わらずぼくの生活はさほど大過なく、自然治癒という持久戦に持ち込むことにした。おかげで5kgほど体重が減ったが、体調が悪く気怠いというほどではなく、ましてや生活にもほとんど支障なく、普段通りの生活をしていた。本来の “怠惰” だけが、これ幸いと頭をもたげただけだった。ぼくは甲斐甲斐しくもその道義と仁義を重んじた。
 だが義理堅いぼくは、掲載写真もネタ切れになったので、ネタを仕込むために東北自動車道を北上し、慣れ親しんだ栃木市に行ってみた。この日は祭日ということもあってか、通い慣れた通りも、申し合わせたようにシャッターを下ろし、ぼくは途方に暮れた。1時間半ほど歩き、100枚程度撮っただけで、大渋滞の高速道路をノロノロと帰路についた。

 先月、ぼくはとうとう齢76となり、その祝いに坊主(息子)が少し贅沢な2種類の珈琲豆をプレゼントしてくれた。だが病のせいで微妙な味の違いが分かりそうもなく、残念ながらまだ賞味していない。珈琲好きの坊主に申し訳ないとの気持が湧き、僅かな味覚障害により、今飲んでは損をするので(この姑息さが如何にも貧乏くさい)、症状が改善したら、ふたりで美味しくいただこうとの了解を取り付けた。病にあって、息子にも何かと気を遣う父であった。

 さて、冒頭に掲げた偉人の金言についてであるが、おそらく65%くらいは当を得ているように思われる。しかし、ぼく自身が70歳をとっくに過ぎているので、ピンとくるものに乏しい。確信を持って理あることをいえることなどほとんどないというのが今のぼくだ。
 人生については分からないことがほとんどだが、ぼくの小さな人生のなかで心血を注いできたものは写真以外になく、それについて、天井を仰ぎ見ながら少し考えてみた。もちろん、自身の作品についてである。自分のことは、自分が一番知らぬこととは重々に承知だが、どこまで客観的に考察できるかを試してみるのもたまには面白い。

 自身の撮る写真について常々感じていることは、「なんでおれの写真はいつもこうなってしまうのだろう? もういい加減、飽き飽きする」に尽きる。それはぼくに限らず、しかも我田引水ではなく、写真に真摯に取り組もうとしている人はみな実感することではないかと推察する。
 そして、「写真は年相応のものでなければならない」といつもいっている。では、果たしてぼくの写真はどうだろうかと繰り返し問うてみる。自分がどんな人生哲学を持って写真に臨んできたかについて、写真は誤魔化しが利かないというのは、まっとうな真理だ。写真は嘘をつかない。作者と作品には、齟齬が生じないものだ。

 武漢コロナで出歩くことがままならず、近辺にある花ばかり撮っていた時期があった。2年間ほどは、花の写真ばかりを掲載させていただいたように思う。
 他人の撮った多くの花の写真を見たが、ほとんどの写真が、良し悪しは別として、ぼくの写真とはかなり異なり、「とても見た目がキレイ」なのだ。
 いってみれば、女子中学生や女子高生が胸に手をやり、半ば夢見心地で「わぁ〜っ、キレイ!」と感嘆するようなものだ。その類がきっと万人受けし、人気があるのだろう。それもひとつの表現なので、否定はしないが、本心をいえば「作者であるあなたはどこにいるの?」、つまり「あなたの顔や姿が見えてこない」との疑問が溢れ出てくる。「写真は自己表現。生き様表現の発露たるもの」が、ぼくの本意なので、どうしても違和感を拭えない。
 あるいは、量販店のHPなどで「花の撮り方」の講釈を眺めていると、「この人は、今までどんな人生を歩んできたのだろうか?」と、ぼくは要らぬお節介と知りつつ、そう嘯(うそぶ)き、怪訝な顔を精一杯してみたくなるのだ。とても年相応とは思えず、人生の襞(ひだ)が感じられないからだ。

 創作に終着駅はないので、趣味であれ仕事であれ、写真を生活の大切な分野として慈しんでいるうちは、自分の体臭にいやいやながらも付き従わなくてはならないのだが、「次なる新しい自分発見」を生活の糧として臨むのが一番良いことだと今ぼくは思っている。
 ぼくが今まで様々な分野の創作物を観賞し、そこで得たものを、70代の、凡人の手習いとしていわせてもらえば、「 “キレイ”と “美しい” の両者はまったくの別物であり、似て非なるものである」ということだ。キレイなものはこの世に多いが、美しいものは極めて稀というのが、ぼくの実感である。

https://www.amatias.com/bbs/30/679.html

カメラ:EOS-R6 MarkII。レンズ : RF24-105mm F4.0L IS USM。
栃木県栃木市。

★「01栃木」
どの店もシャッターが閉まっていたが、このバーは幸いなことにシャッターが開いていた。開店休業のようにも見えたが、ガラス越しに全体を柔らかく表現。
絞りf9.0、1/125秒、ISO 2000、露出補正-0.67。
★「02栃木」
アルミサッシの窓越しに見えた玄関。
絞りf8.0、1/100秒、ISO 2000、露出補正-1.00。
(文:亀山哲郎)

2024/02/09(金)
第678回:写真評の苦難
 人様の写真を評価するという身分でないことは十分に承知しているのだが、写真倶楽部を主宰している手前、ぼくは月に一度それを健気にこなしている。これは気遣いと十分な配慮が必要で(誰もそうは思っていないところが悔しい)、授業終了とともにぼくは心身衰弱の態となり、飲み会なしにはとてもやってられない。それほどに「心(しん)が疲れる」のである。
 ましてや、こわ〜いご婦人方のご機嫌を窺い、時に突き刺すような視線を浴びながらの作業なので、ぼくのへたれ具合は推して知るべしだ。何事にも頑健そのものの彼女たちは、へたれというものを知らないので、彼女たちにひとりで立ち向かうには、やはりぼくは徹頭徹尾役不足なのだ。
 
 以前に何度か述べたことがあるが、写真倶楽部は自ら進んで始めたことではなく、質の悪い同窓生やその取り巻きに、半ば強迫と恫喝により無理強いされたものだった。そうはいいつつもすでに20年以上も続けているのだから、他人のせいにできるものではない。ぼくの悲痛な言い訳にも無理がある。
 自身の倶楽部ばかりでなく、他の品評会の審査委員も押しつけられ、分不相応にお引き受けしたりもしている。こちらは米国の大手企業の主催するコンテストであり、自分の倶楽部でのそれとはかなり性質も様相も異なっている。作者の顔が見えないので、自身の倶楽部とはそこが大きく異なる。

 倶楽部のほうは、全員が顔見知りであり、彼らの好みや人柄をぼくなりに把握し、それに準じての写真評だが、もう一方は見ず知らずの方の作品であり、同じ土俵での写真評という具合にもいかず、かなりクールな写真評となる。いわば、一過性のきらいがある。名もなき貧しきぼくが、何故選考委員を命じられたのは、今以て不明である。
 意義や目的が異なることをぼく自身が程良く理解し、そして噛み砕きながら、写真評をさせていただいている。

 ぼくが20年以上おどおどしながらも倶楽部を続けられた大きな理由は、生徒たちの成長の過程が手に取るように分かり、怖気を震いながらも楽しみというものが得られるからだろう。
 「次回、このような写真を撮る時には、ここに注意して」というような指示をすると、何故か殊勝を装いながら、そのように撮ってくる。思いの外、写真に関してだけは素直な面を垣間見せるので、気の良いぼくはすぐにそれに乗せられてしまうのである。「愛い奴(ういやつ)」と彼らが可愛く見えたりもするからおかしい。そこが、大きな落とし穴なのだが、ついその気にさせられるので、いつもおだてに乗せられてしまう。何事にも上手(うわて)なご婦人たち。
 そんな繰り返しを何十回も飽くことなく繰り返しているうちに、確実に成果が表れてくるので、「写真など人に教えられるものではない」といいつつも、やはり教え甲斐があるというもの。

 我(エゴ)を振り回し、殊勝に振る舞えない人は、いつも同じ所をグルグル回っているだけで、常に自分ひとりだけが悦に入り、自分の殻から飛び出せない。そのようなタイプの人はぼくの手に余り、「どうしたものか?」と頭を悩ます。相手を傷つけず、少しずつ矯正していくしかないというのが、目下の考えだが、なかなか至難の業といったところ。幸いなことに、現メンバーにはこのような我を張る人がいないので、これでもぼくはずいぶんと気が楽になった。

 長年の心労が祟り、また寄る年波ということもあってか、先週の月例会(土曜日)にぼくはとうとうダウン。授業は午後1時〜5時までの4時間なのだが、その間、何度か「気が飛ぶ」というかつてない不思議な現象に見舞われた。瞬間的に意識が飛び、ぼくはとうとう腰から床にドサッと崩れ落ちた。
 この時ばかりは、こわ〜いご婦人方も普段滅多に見せない母性を覚まされたのか、「厄介者ねぇ」と思いつつも、ぼくを案じてくれた。聞くところによると、「ぼくは男の子なんだから大丈夫」を何度か繰り返し、つまらぬ意地に固執したようだった。「もうジジィだからダメだ。大事にせい!」といったほうが的を射ていたと思っている。だが、こちらが弱気を見せると嵩(かさ)に掛かって攻め込んでくるので、やはり要警戒だ。

 ぼくのおでこに手を当て、「あっ、熱がある。知恵熱だわ」、「鬼の霍乱ね」、「青菜に塩かも」とか、それぞれ好き勝手に囃し立てている。ほんに怖い母性だ。
 とうとうこの日は、倶楽部始まって以来初めての、夜の部(飲み会)欠席となった。能登の七尾でご家族が震災に遭われた建築家のT氏が、家に取って返し、車を用意してくれ、ぼくを家まで送り届けてくれた。七尾の実家に戻った際に撮った無補整の写真(輪島市なども)をノートパソコンで見せてくれたが、彼によると「まだ写真を補整する気になれないんすよ」といっていた。それが今の彼の、偽りのない気持であろうことは、想像に難くない。貴重な写真なので、感情を移入した彼の写真をそのうち拝見できればと願っている。

 腰から砕け落ちた日からすでに6日が経とうとしているが、熱こそないものの、まったく食欲がなく、この原稿を書きながらも、頭も体も借り物のような状態で、フワフワ・ポーッとし、目の焦点が合わず、まるで空中浮遊のようなありさまである。
 原稿の出来不出来は別として、連載を始めて以来まだ穴を空けたことがないので、今意地になって書いている。「ジジィだから、ダメだ」といわせたくない一心からである。やっぱり、ぼくはまだ男の子なのだ。

https://www.amatias.com/bbs/30/678.html

カメラ:EOS-R6 MarkII。レンズ : RF50mm F1.8 STM。RF35mm F1.8 MACRO IS STM。
埼玉県川越市。

★「01置き時計」
店の奥にひっそり置かれた時計。ひときわ異彩を放っていた。
絞りf8.0、1/320秒、ISO 100、露出補正-0.67。
★「02写り込み」
コーヒーショップのウィンドウに写り込んだ蔵。
絞りf8.0、1/40秒、ISO 125、露出補正-0.67。
(文:亀山哲郎)

2024/02/02(金)
第677回:悪夢にうなされる
 長いこと写真に従事してきて、ふと、ぼくはどんな希望や夢を抱いて、また何を原動力として、このような辛いことに勤しんでいるのだろうかと思うことが非常にしばしばある。結論は直ちに出ないが、自分に反論をするのであれば「写真屋など、よしゃ〜いいのに」というところだ。

 自ら選んだ職業ではあるものの、週に一度の割合で、夢のなかをさまよい歩き、右往左往しながら二進(にっち)も三進(さっち)も行かぬところに追い込まれ、そして目覚めとともに、「夢だった」ことを知り、安堵の胸をなで下ろす。夢うつつからの覚醒に感謝さえもする。こんなことが週一の割合で、折り目正しくも定例行事となってやってくる。ぼくはその度に身の細る思いをし、悪い汗をかき、まったく生きた心地がしないのだが、それは多分、自信のなさの表れなのだろう。ご丁寧に、まったく同じ夢を何度も見る。

 夢でなく、現実世界で思い通り写せず、担当者に苦い顔をさせてしまったことは何度かあるのだが、ぼくにしてみれば成功より失敗のほうが多かったように感じている。それが錯覚であれば多少の慰めになるのだが、はて、贔屓目に見て、どんなものだろうか? 
 仕事の出来具合は本人が最もよく知るところだ。残念ながら、満点をやれる仕事は、自慢ではないが今のところまだ一度もない。95点さえない。悔しいけれど、これは仕事の写真でも、私的な写真でも同様だ。現世でも、ぼくはやはり身の細る思いをしている。

 夢の内容は、やれ、「フィルムがない」、「機材が足りない」、「ロケ地に辿り着けない」、「ストロボ(スタジオ用)の光量調整ができない」、「露出計が壊れている」、「担当者と意見が(反りが)合わない」、「あれが壊れている、これが使いものにならない」などなどに満ち溢れ、そのような悪夢の因たる負の部分を数え上げれば切りがない。夢とはいえ、そこでは “本気” になって取りかかっているので、やはり身が持たない。
 凶変と盤根錯節(ばんこんさくせつ。入り組んで解決困難な事柄)が、山をなすように襲いかかってくる。こんな恐怖にまとい付かれる写真屋はぼくだけだろうか。

 上記したような難儀に、現世で遭遇したことは、幸いにしてまだ一度もないのだが、将来必ずやって来るに違いない。「ドジ」を踏んだり、「ど忘れ」や「迂闊」は、生きていることの証ともいえるのだから、いつかはそんな不幸に遭遇するだろう。気の弱いぼくのこと、正夢にならぬうちに生を終えてしまいたいものだと、つとに思う。

 写真屋になる以前、定期的にうなされた夢は、高校時代の中間試験や期末試験のものだった。試験日や科目を間違え、夢の中であたふたともがく。目が覚めて、「夢で良かった!」と、取り敢えず安堵のため息をつく。「あの頃、もっと勉強すればよかった」との思いに一瞬駆られるが、「ぼくにとって価値のあるものは、学校での勉強とは違うものだ」との考えが、前文を直ちに打ち砕く。
 勉強などしなかったくせに、しかし悪夢だけは十人並だった。それが夢と分かった途端に、親の仇を取ったような、晴れ晴れとした気持になったものだ。ぼくにとって高校時代は、懐かしくはあるが、良い思い出は何一つなかった。校風というか、反りが合わなかったのだ。
 そんなわけで、勉学に悩まされる夢を月に一度ほど見た。それが、写真屋になった途端に、忍者のように姿をくらまし、ぼくの前からいなくなった。

 勉学の、強迫観念による夢は、徒弟制度を経て駆け出しのカメラマンになったと同時に雲散霧消し、もう40年近く高校時代の、自身の姿を見ていない。親の仇はとっくに取ったように思えた。
 試験の悪夢が、写真のそれに取って代わり、小癪な代役をしっかり務めた。人生、誠に以て油断も隙もありゃしない。知らぬうちに、さらに厳しくも執拗な返り討ちに遭うことになったのである。

 写真の趣味が高じ、生業にしてしまった動機のひとつは、若い頃に読んだ平凡社刊の『世界教養全集』(1960-63年刊。全34巻 + 別巻4冊)に書かれてあった文言だった。誰の言葉だったかはっきりした記憶がないのだが、それは、「ものの真髄はプロにならなければ分からない」というものだった。微かな記憶によると、それは文学者か、陶芸家だったような気がする。否、画家だったか?
 余談だが、この全集は2010年に、すでに本の屋敷と化し、床が抜けかけていた我が家をリフォームした際に、本好きにさし上げたので、今は手許にない。

 この全集を読み漁っていたのは編集者時代のことで、当時ぼくは職業柄多くの専門家や職人、芸術家と触れ合うことができた。なかには、心を通わせることのできた人たちも多く、ぼくはそんな彼らのほんの些細な動作や、ちょっとした振る舞いから、「道を究めるには、プロになるしかない」との確信を抱くようになった。実際、彼らは身をもってそれを指し示してくれた。特に、職人の所作は、簡素で無駄がなく、美しいの一言に尽きた。

 師匠の元を離れ、カメラマンのひよっことなった当時から、こんにちに至るまで、「撮影に慣れる」ということはない。仕事の写真は、どれほどの場数を踏んでも、ただひたすら怖く、恐ろしく、小便をちびるような思いだ。決して、大仰な表現ではなく、そのくらいぼくは怖じ気づく。粘着性の強い恐怖が脳味噌にこびり付き、始終夢を見るのだろう。
 写真に「身を投じる」ことの浅ましさを演じた報いが、悪夢にうなされるという結果を生んだわけだが、もしそれが分かっていても、この道を選んだに違いない。もしかして、良い写真が1枚撮れれば、許してもらえるのだろうと思っている。写真に「もしかして」なんてことは、決してあり得ないのだが。

https://www.amatias.com/bbs/30/677.html

カメラ:EOS-R6 MarkII。レンズ : RF50mm F1.8 STM。RF24-105mm F4.0 L IS USM。
埼玉県川越市。

★「01干し物」
ありふれた被写体だが、美しいモノクロ写真を撮ってみようとの気になった。
絞りf5.6、1/160秒、ISO 320、露出補正ノーマル。
★「02ガラス越し」
古着店のマネキンに着せられたTシャツ。模様のプリントがひび割れ、ガラスは乱反射。画面左の黒の部分はぼくの陰。
絞りf5.6、1/50秒、ISO 100、露出補正-1.67。

(文:亀山哲郎)

2024/01/26(金)
第676回:銀粒子が恋しい(3)
 前回と前々回にわたり、横道に逸れながらも本題について思うところを述べてきた。だが題目にまつわる大きな欠点は、科学信奉のきらいのあるぼくではあるが、残念ながら科学的な根拠に基づいて述べていないところにある。 “述べていない” のではなく “述べることができない” というほうが正直なところだ。そのことはとどのつまり、学者・研究者のような専門的知識を持ち合わせていないことに尽きる。

 言い訳をするつもりはないのだが、ぼくは写真を撮る側の人間であり、デジタル、フィルムを問うことなく、写真に於ける構造的で科学的な論理には携わっておらず、どうしても感覚的な思考に頼りがちとなってしまう。
 だが、いくら撮る側の人間といっても、多少の科学的な論拠を示さなければ、それは無責任との誹(そし)りを免れない。

 感覚的とはいえ、「銀粒子が恋しい」についての所見の頼り処は、何万枚のフィルムをライトテーブルの上に乗せ、倍率の高いルーペを用い、そこで覗き見た世界にある。その発見を公に語って良いものかどうかについてぼくは今、勝手に呻吟している。多分、そんな苦しみやうめきも、ぼくの写真のどこかに潜み、時に表出しているのだろうと感じる。創造は、苦悶あればこそなのだから。

 もちろん、このようなルーペ越しの気づき(発見)はぼくばかりでなく、かなりの撮影者が感じていることかも知れないが、その気づきについて述べている人、もしくは文章を見たことがない。それを知ったところで、良い写真に通じるわけではないので、撮影者の立場をして、「君子危うきに近寄らず」というところなのだろう。賢い人は科学的な論拠に基づかないものを述べないものだ。
 あやふやなことを公に述べることは、昨今、特に注意と警戒を要するらしい。だが、ぼくはどこから突っ込まれても、そのお説を謙虚に受け止めればいいだけの話ではないかと思っている。その気構えがなければ、676回も回を重ねられない。幸か不幸か、今まで突っ込まれたことはないけれど。

 さて、フィルム・プリントから受ける「柔らかさや優しさ」、大型カメラによる描写の「艶っぽさ」、そしてフィルム上に生じている「にじみ」との相関関係について私見を述べてみようと思うが、それはあくまで半ば推論に過ぎぬのだが、高倍率のルーペで見ることのできるフィルムは、デジタルとは異なる画像形成の面白さがある。

 Wikipediaによると、「写真フィルムとは、写真撮影(映画も含む)においてカメラによって得られた映像を記録する感光材料であり、現像することにより記録媒体となるフィルムのこと」、そして「一般的な銀塩写真のフィルムは、透明なフィルムのベース(支持体)にゼラチンと呼ばれる、銀塩を含む感光乳剤が塗布されている」とある。
 ここに記されたフィルムのベースとは、かつては燃えやすく、それを避けるために、30年ほど前ポリエステル製に取って代わった。

 ぼくが初めて大型カメラを使用した時の衝撃は今も鮮烈に脳裏に焼き付いている。それまでは、ベースの薄い35mm(小型カメラ用)やブローニーフィルム(中型カメラ用)を使用していたが、平面性を重視しなければならない大型カメラで撮影した厚いフィルムを現像し、それをルーペで確認した際、「ピンボケやないか!」と非常なショックを受け、まずレンズを疑った。しかし、他の優秀なレンズを試しても、結果はやはりピンボケに見えたのである。

 ピンボケに見えたその一因として、ぼくはレンズを疑うのではなく、フィルムの平面性を保つに必要なベースの厚さにあるのではないかと考えた。大型カメラに使用する厚手のシートフィルムの代わりに、35mm用の薄いフィルムを貼り付け、大型カメラで撮ってみたのである。
 結果は、大型カメラに使用するシートフィルムを凌いだのだった。「はるかに凌いだ」といいたいのだが、実際はそうでなく、そしてあれこれ実験するうちに、レンズも小型や中型用レンズにくらべると、やや解像度が低いことが判明した。だが、根本的な原因は厚いベースにあると結論づけた。小型、中型用レンズと大型用のレンズは、そもそも設計思想が異なる(収差やイメージサークルなどの問題)ので、今この問題には触れない。

 大型カメラは、フィルム自体が大きく(4 x 5インチや8 x 10インチ)、多少解像度を犠牲にしても、小型カメラや中型カメラにくらべ、描写の解像度は物の数ではない。それほど画像全体から受ける繊細さやグラデーションの滑らかさは殊のほか長けている。

 ピンボケに見える主な原因は、厚いベースと多層に塗られた感光乳剤の内部で起こる光の乱反射のためとぼくは結論づけた。ぼくの持論が、実際に科学的に頷けるものかどうかは、どこかの研究室にお任せするとして、「ピンボケ」に見える一因であることにはかなりの確信を抱いている。
 ルーペで凝視する「線」や「コントラストの高い際(きわ)」は「にじんで見える」のだ。この「にじみ」の集合体が、像を形成し、総体的に「柔らかさや優しさ」を奏で、「艶っぽさ」を演じているのだろうと考えている。「にじみ」の効用というわけだ。

 デジタル写真から発せられる「キリキリ、バリバリ、ギリギリ、パキパキ」という擬音を感じない要因のひとつだとぼくは考えている。フィルムは、「にじみ」にグラデーションがあるが、デジタルのそれはあくまで四角のギザギザだ。その集大成の違いなのだろうと思う。
 ある著名なフィルム愛用写真家の「フィルムは水を使うからいいんだよ」との理論よりは、ぼくのほうがずっと理論的だと思うのだが、如何であろうか?

https://www.amatias.com/bbs/30/676.html

カメラ:EOS-R6 MarkII。レンズ : RF24-105mm F4.0 L IS USM。
埼玉県川越市。

★「01汚れたポスター」
『ほかげ』(2023年。塚本晋也監督)の映画ポスター。年季の入ったモルタル塀に無造作に貼られていた。このような表現(暗室作業)は、デジタルの独壇場。
絞りf5.6、1/100秒、ISO 100、露出補正-1.00。
★「02ガラス越し」
正月明けに訪れた日は水曜日で、目当てだった「大正通り」はすべて閉店。ショーウィンドウの隙間越しに見えた、獅子頭を。
絞りf5.0、1/100秒、ISO 1250、露出補正-0.67。
(文:亀山哲郎)

2024/01/19(金)
第675回:銀粒子が恋しい(2)
 激しくも刺激的な擬音(前号参照)を発生しているデジタル画像について、ぼくはフィルムを懐かしんで述べているのではない。そこのところ、どうか誤解なさらずに。
 デジタルにはデジタルならではの良さを十分に理解しているからこそ、あるいは逆にフィルムの良さを十分に認識しているが(ぼくの写真生活は、厳密にいうと44年間がフィルム。デジタルは22年間)、再びフィルムの描写に惹かれることはあっても戻る気はないということを、ここで改めてお伝えしておきたい。

 そもそも論となるが、フィルムとデジタルでは、画像を形成する仕組みそのものが、物理的・科学的に異なることはすでにみなさんもご承知であり、したがって、それらを同じ土俵に上げて比較することほど虚無で無謀なことはない。端的にいえば、それぞれの良さがあるということに尽きる。これは、もはや良し悪しの問題ではなく、好き嫌いの範疇に入る。どちらを優先するかは個人の問題であり、そこに他人が立ち入り、是非を論じても話は前に進まない。第一にそんな論争は建設的ではない。
 一方で、フィルムはこんにちまで約250年の歴史を有しており、そこで熟成されてきたものだが、栄枯盛衰は世の常である。乱暴な喩えだが、年寄りは、より多くの体験を重ねているが、だからといってその言動がいつも正しいとは限らないのと同じである。因って以て、年寄りは、ひたすら “しおらしく” あらねばならない。

 科学の進歩は日進月歩であり、新しい方式が生まれる度に、必ずそのような論争が巻き起こるのは人の常である。デジタルが世に出始めた頃の論争はまっとうなこととぼくは捉えている。その違いについて、大いに論争してもいいとさえ考えている。
 科学の進歩によりつくり出されたものを実際に手にし、検証もし、自身にとって長所を見出すことができれば、如何に自分のものとして取り入れ、生かしていくかというのが、現代に生きる者の知恵というものだ。これには相当な努力と時間を要する。今ぼくは既に市民権を得ているデジタルの利点を大いに活用しようとしているだけのことだ。

 つけ加えるのであれば、写真を生業としている以上、クライアントが要求するものは、もう約20年来、99% がデジタル画像であることも、ぼくがデジタル一辺倒となった一因でもある。良し悪し、好き嫌いなどいっている場合ではなかったのである。本稿掲載写真もそれに準じたものであることは論を俟たない。
 実際に、デジタルが採用された当初、年配のデザイナーやカメラマンが職を離れた。そのような人々をぼくは身近に何人か見ている。

 写真創生期より、レンズ設計者は被写体をより精緻に、如何に細かいところまで描写できるかという課題に懸命に取り組んできた。そしてまた、撮影者もそのような機材を求めて、懐を痛めたのである。写真は金のかかる贅沢な趣味だ。それはきっと、程度の差こそあれ愛好家となれば現在に於いてもそうだろう。ぼくとて、かつてはその贅沢に、身の程知らずを演じてきた(過去形)。

 長かったアマチュア時代を経て、写真を商売とした途端にぼくの道楽は影を潜め、他の趣味の一切を放棄した。やはり、そんなことをしている場合ではなかったのである。ぼくは写真依頼を受け、幾ばくかの金銭を得るために、機材の品質はクライアントに対しての感謝と敬意、そして使命と受け止め、最高のものを使うのは当然のことと思っていたし、実際にそうしてきた。その思いは今も変わらないが、これは道楽の類ではない。
 デジタルに取りかかった頃には、それまで愛用してきたライカも、ハッセルブラドも、リンホフも、シュナイダーも、ローデンシュットックもぼくの手許から離れていった。

 仕事の写真から距離を置いた現在(たまに依頼されることはあるが)、現用のカメラやレンズは私的な写真を撮るには余りある性能との思いが強い。過去に本稿にて何度か述べた「写真の良し悪しは機材に依拠しない」のだから(前号にてスマホ写真の “画質” を腐したが、それは論旨が異なる)、もう少し性能を落とした安価なレンズでぼくは十分だという気になっている。
 そのようなことをいうと、「それはかめさんがレンズやカメラ道楽を過去に散々してきたからこそいえるんだよ」と、何かにつけてぼくにケチをつけたがる友人が勝ち誇ったように鼻を膨らませ、宣った。ぼくに真偽のほどは分からないが、ぼくが最高級品でなくとも不自由なく写真を楽しめると思うようになったのは、本物に投資をし、懐を痛めてきたからこその、褒美のようなものかも知れない。

 ペリカン製やモンブラン製の万年筆の味わいを知っている者が、100円のボールペンを使うのと、そのようなものを知らずして安価なボールペンを使うのとは、まったく意味が異なるのと同様なのであろう。この哲学は、亡父から叩き込まれた教えでもある。
 ぼくがより安価な、たとえばレンズキットのレンズでも、私的な写真を撮るにはそれで十分だと思えるのは、上記したことに起因するのかどうかは定かではないが、そこに通ずる良い体験をしたからに間違いない。道楽にも一分の利というところか。

 だがねぇ、もしそうだとすれば、ぼくの写真にはそれが反映されず、自分の納得ずくが得られないので、説得力がないね。「嗚呼!」と嘆き節の連発。

 題目から外れ、話がとんだ横道に逸れて、戻れなくなってしまった。前号で、フィルム・プリントから受ける「柔らかさや優しさ」や「艶っぽさ」、そして「にじみ」の相関関係について記すつもりでいたのだが、ここで字数尽きたり。次回に持ち越さざるを得なくなってしまった。「ダメな私」と、やはりここでも嘆き節。

https://www.amatias.com/bbs/30/675.html

カメラ:EOS-R6 MarkII。レンズ : RF24-105mm F4.0 L IS USM。
埼玉県川越市。

★「01ガラス越し」
川越に行くとしばしば立ち寄る珈琲店。表から窓越しにダッチ珈琲のサイフォンを撮る。
絞りf4.5、1/100秒、ISO 800、露出補正-1.33。
★「02ガラス越し」
ショーウィンドウの向こう側に貼られていた『アメリ』(2001年の仏映画。J=ピエール・ジュネ監督)のポスターを自分のイメージに添って補整。ガラスの反射が飛ばぬように露出を抑える。
絞りf6.3、1/100秒、ISO 1000、露出補正-1.33。
(文:亀山哲郎)

2024/01/12(金)
第674回:銀粒子が恋しい(1)
 前回の題名「新年からの乱気流」は、能登半島の大震災や羽田の飛行機事故のことではなく、ぼくの文章が「新年から乱気流」という意味だ。今さらなのだが、相も変わらずぼくの文章は、本稿だけに関わらず、いつも何の反省もなく、宙を舞い着地点をなかなか見出せず右往左往の状態を維持しているという意味である。
 自分でも「何とかならんもんか」と思うが、これが才覚というものだから仕方がない。どうにもならないのだ。だが、サディスティックな担当者は、「原稿はまだか!」と、弱い者いじめに精を出し、薄笑いを浮かべながら迫ってくるので、反省の間がないのが実情だと、新年早々、一応の言い訳をしておく。

 おそらく本稿は、今時の若者向きではないだろうことはよ〜く心得ている。年老いたジジィの文章なのだ。それも出来損ないときているので、主に風変わりな(失礼!)読者対象向けなのだろうと思っている。加え、写真もそれに準じていると、変な確信さえ抱いている。
 ある著名な哲人にいわせると、「己を知っているのが、本当の賢者」なのだそうだ。賢くない者は、己を知らず突っ走るのだそうである。ぼくは、果たして、そのどちらなのだろうかと、深く考える必要に、ここでも迫られている。

 というわけで、今回は「銀粒子が恋しい」と題して、古今の写真の一端をお話ししてみたい。
 ここでいう「銀粒子」とは、多様な意味を含んでいるが、フィルムで使用される通称「銀粒子」のことである。正確には、画像を形成し記録するためのハロゲン化銀で、「銀塩」ともいわれる。乱暴にいえば、「銀粒子」はデジタルの画像素子ピクセルにあたるものと、ここでは捉えてもいい。
 「銀粒子」のややこしい能書きは抜きにして、フィルムで育ったぼくが昨今のデジタルを利用しながらも、ある種の郷愁を何故覚えるのかについて、ざっかけなく述べてみたい。

 おそらく、どこの家庭でもフィルムで撮影された写真プリントが少なからずあると推察する。デジタル画像に親しんでおられる方が大半であると思われるが、かつての(現在もフィルムは生き長らえていて、愛好家も数は少なくても、確実にいる)銀塩フィルムで記録されたプリントにどのような感慨・感想をお持ちだろうかと、ぼくは興味津々といったところだ。

 今、自身の撮ったフィルム時代のプリントや他人のそれを見ると、ある種の、良い意味でのノスタルジー(写真描写についての)に浸ることができる。デジタルとの違いは過去に何度か触れたことがあるが、フィルム・プリントに、そこはかとない「柔らかさや優しさ」を覚えるのはぼくだけだろうか? そのような感慨に囚われるのは、過去のものに触れるという懐古的な心緒からではなく、あくまで写真屋としての見地からである。「昔はよかった」という老人特有の決まり文句、そんな繰り言ではない。現に、フィルムを愛用する若い人を、数は多くないがぼくは何人か知っている。

 年末に友人宅で見せてもらった中学時代の修学旅行時の、各クラスごとの集合写真を見ながら当時をその友人と語り合っていた。ぼくにその手の趣味はまったくないのだが、その友人は真逆で、やたら当時の話をしたがる。けれど、フィルム・プリントを見るたびに、デジタルにはない良さを発見するのは確かだ。
 だが、前述したような同輩に限って、ラジオ体操に勤しんでいるとか、今の瞬間を楽しくとか、薬の世話になりながらとか、残りの人生を悔いなくとか、美術館や博物館を徘徊しているとか(「そんなことは若いときにしろ。それでこそ実になるものだ」とぼくは決まったようにいう)、そのような退廃的な賀状ばかりが、恥ずかしげもなく舞い込んでくる。そんな時、「わしゃ、のさんとよ」(のさん。九州言葉。いやになる、つらい。面倒臭いとの意)とぼくは亡父の口癖を決まり文句のように吐く。

 それはさておき、フィルム・プリントからは「柔やかさや優しさ」を感じると述べたが、今のデジタルと比較してみると、誰でもが感ずるところは、先ずその解像感であろう。
 デジタルは、キリキリ、バリバリ、ギリギリ、パキパキと擬音を立てているようにぼくには感じられる。特にスマホで撮ったものは、決して画質が良いとはいえぬうえに、無用なシャープネスが勝手にかけられているので(ホントに「大きなお世話だよ」と雄叫びを上げる人はいないのだろうか! このために画像はさらに劣化する)、ぼくは目を背けたくなるくらいだ。
 しかし、昨今はこのような悪化の氾濫が何の抵抗もなく一般化され、そして面倒なことに市民権まで得、多くの人は「写真とは斯様なもの」として認知してしまっているように感じる。麻卑を起こしているのだ。

 そしてまたスマホばかりでなく、高級機で撮られた写真も、画像にフィルムのような微妙な得も言われぬ「にじみ」が見られないので、やはり先述した特有の擬音を感じることが多々ある。
 フィルムでは、最高の解像度を得られる8 x 10インチ(フィルムの大きさが20.32 x 26.4cm)の大型カメラでさえ、擬音は発生しない。それどころか、擬音に取って代わり「艶っぽさ」を感じるから不思議だ。あの「艶っぽさ」は何から派生しているのだろう。

 ぼくが現在使用しているキヤノンのミラーレス一眼R6 MarkIIは、フルサイズの2420万画素だが、それを購入するにあたって、より高価な4500万画素のR5も候補のひとつだった。解像度についていえば、R6 MarkIIを凌ぐが、果たしてそんなものがぼくにとって有用だろうかと、珍しく冷静に熟慮してみた。ぼくにとって、それは間違いなくオーバースペックだった。使い勝手も、R6 MarkIIのほうが良い。懐への優しさも勝っている。
 この際、声を大にして、「ぼくは珍しくも賢者だったように感じている」といってしまおう。

https://www.amatias.com/bbs/30/674.html

カメラ:EOS-R6 MarkII。レンズ : RF24-105mm F4.0 L IS USM。
東京都中央区。

★「01ガラス越し」
ショーウィンドウの向こうに貼られてあったポスターを、自身のイメージに添って補整。原画の色彩やトーンとはかなり異なっている。
絞りf5.6、1/200秒、ISO 800、露出補正ノーマル。
★「02ガラス越し」
ショーウィンドウに面白いポーズのマネキン。これも「01」同様、自身のイメージに添って。
絞りf8.0、1/125秒、ISO 800、露出補正ノーマル。
(文:亀山哲郎)

2024/01/05(金)
第673回:新年から乱気流
 新年 あけましておめでとうございます。今年もご愛顧のほど、どうぞよろしくお願いいたします。

 新年早々、日本は大災害と事故に見舞われました。不運にもお亡くなりになられた方々には、この場をお借りして、謹んで哀悼の意を表します。
 我が倶楽部にも、能登半島の七尾に実家やご親戚のある人、富山に実家のある人、そして現に金沢在住の方がいらっしゃいます。いつも冗談ばかりをいっているぼくですが、しばらくは謹まざるを得ません。冗談だけが取り柄なのに。
 と、ここまではいつにない敬体の「です・ます調」ですが、本文は相も変わらず常体である「だ・である調」に戻します。

 昨年11月に撮影に出かけた御殿場市の二岡神社を最後に、ぼくは雑務に追われっぱなしで、未だカメラを持ち出していない。今、その離脱症状(禁断症状)が出始めている。仕事の写真は止むに止まれぬ事情で、著名なバイオリニストのポートレートを撮っただけで、私的な写真を撮りに出かけたいとの欲求は募るばかり。
 年末から正月の今日まで、若い頃に購入した井原西鶴の町人物三部作『日本永代蔵・世間胸算用・西鶴織留』(岩波書店。昭和35年発行)の再読に取り組んでいる。
 学生時代に購入し、当時のぼくにはかなりの難物だったが、今、紙の四隅が焼け、黄色に染まったそのページを繰ると、「思ったほど難読ではないぞ」との感覚に襲われている。ぼくも歳を取って、「オレもそう捨てたものではない」とひとり悦に入っている。世の不幸を傍目に、悦に入るわけにもいかないのだが、ぼくだって人の子、倶楽部のメンバーの心労を考えると、心がざわつく。

 震災を前に、「何かぼくにできることはないか? できることがあれば」と呪文らしきものを何度か唱え、嬶(かかあ)にお伺いを立ててみたのだが、「あんたみたいなもんが行ってもやなぁ、年寄りは迷惑なだけや。力仕事は無理やし、また腰を痛めてやなぁ、動けんようになるえ。年寄りなんやさかい、足手まといになるだけや。迷惑千万、年寄りの冷や水というもんや。家でじっとしとり。それが世のためや!」と、叩き込むように命じられた。ぼくはうなだれ、虚ろに「そやなぁ」と返すのが精一杯。

 彼女のごもっともなご託宣に、だがしかし、当地に赴けばぼくはきっとカメラ片手に、犬のようにいろいろ嗅ぎ回るに違いない。鼻だけは、長年培った写真的勘により、人並み以上によく利くのだ。
 テレビやYouTubeで、現地の悲惨な映像を見るたびに、次から次へとモノクロ写真のイメージが湧き、そこで盛んにシャッターを切っている自身の姿が亡霊のように浮かび上がってくる。

 そんなことを考えている刹那、ぼくは『ハゲワシと少女』(戦禍にあるスーダンの惨状を世界に知らしめ、ピューリッツァー賞を取ったケビン・カーターの作品。1990年)を思い出した。
 飢餓で死にゆく少女をハゲワシが後ろから虎視眈々と狙っている写真だ。「何故、少女を助けなかったのか」との非難が世界中から寄せられ、1994年にケビン・カーターは自死。死の真相は今もって謎だが、ごうごうたる非難の末、生への営みが打ち砕かれたというのが定説となっている。
 事の是非についての論評は本題の趣旨ではないのでしないが、大変難しい問題を内包している。「お前ならどうする?」と問われれば、ぼくは写真屋なので「撮る」と答える。

 夜間、トラックの荷台に乗り、シートを被り、姿を隠し、路上にさまよえる麻薬常習者やエイズ末期の患者を撮ったことがある。彼らも、まさに死にゆく人々だったのである。電柱の裸電球に照らされた彼らを、コダックのTri-XフィルムをISO3200に増感現像して、シートの隙間から撮った(1990~91年。カメラ : キヤノンNew F1とライカM4。この時はシャッター音の非常に小さいM4に50mmと90mmのズミクロンレンズを装着した)。悲惨そのものの光景だった。「むごい」という言葉が思わず口を衝いて出たことを今もよく憶えている。
 マハティール首相夫人の主宰するマレーシアの「麻薬撲滅運動」(アンチ・ダダ)のポスター写真撮影のため、3度にわたりぼくは警察のボディガードに守られながら、酷暑のなか撮影を敢行した。フィルムは、マレーシアのネガティブキャンペーンなどに流用される恐れから、国外持ち出し禁止とされたので、残念ながらその写真はぼくの手許にない。

 ハゲワシに狙われる少女と、重度麻薬患者&末期エイズ患者との違いはあるものの、写真屋としての義務感から、恰好を付けるなら、「如何にこの現状を写真に収め、訴えるか」に尽きる。一分(いちぶん)を捌く(独力で自身の振り方を処理する。義務を果たすという意)というわけだ。
 マレーシアの彼らに対して何某かの同情はあるものの、ぼく自身に課せられたものを考えれば、それは物の数ではなかったと告白しておく。
 ましてや、少女は醜い戦争の悲しい犠牲者であり、片や誘惑に打ち勝つことのできなかった人々の末路である。「何某かの同情」と記したが、それは敢えていうなれば、彼らの貧困である。
 その違いにより、ぼくはピューリッツァー賞を逃したわけだが、「賞ほどくだらぬものはない」がぼくの信条であり、ぼくに多大な影響を与えた亡父は生前、「賞やらなんやら、そげなもんはどげんでんよか」と常々いっていた。
 ぼくは、賞より写真屋としての矜恃と一分の捌きを重視したいと願っている。

 新年早々、京言葉やら九州言葉の乱用、どうぞご容赦あれ。方言というものは、標準語に翻訳不能だ。

https://www.amatias.com/bbs/30/673.html

カメラ:EOS-R6 MarkII。レンズ : RF24-105mm F4.0 L IS USM。
東京都中央区。

今回の掲載写真は、新年のご挨拶代わりなので1枚だけ。
★「01干支とマネキン」
無数のLEDが敷き詰められた背景。コンピューター制御により目まぐるしく絵や模様が変化。そこに干支である「辰」が現れた瞬間。再度現れる間に、ズームレンズを50mmに固定し、構図を定めながら立ち位置を探り、マネキンと個々のLEDが明確に描かれるように、被写界深度を決めた。原寸画像であれば、画面の隅々まで、一つひとつのLEDが正確に描写されているのが分かってもらえるのだが、極端なリサイズ画像のため、やむなしというところ。
絞りf7.1、1/200秒、ISO 125、露出補正ノーマル。

(文:亀山哲郎)

2023/12/22(金)
第672回:御殿場市二岡神社(3)最終回
 前号で掲載させていただいた二岡神社の縦位置の参道写真について、友人を始め複数の読者諸兄から、横写真があるのであればそれも掲載して欲しいとのリクエストがあった。
 同じ物(場所)でも、実際に縦横の両方を撮れば、その違いは誰でも体感できるものだが、拙いぼくの写真に対して、改めてそのようなご要望をいただいたことはとてもありがたいと思っている。ぼく自身もどちらを掲載しようかと迷っていたので、なおさらの感がある。双方の雰囲気は異なれど、写真に関して、質的には大差がないと感じていたからでもあった。

 「口は災いの元」( “災い” とは冗談)となった文は以下の如し。
 「掲載写真は縦位置だが、横位置でも撮っておいた。横位置のものは、当然のことながら空間が広く取れ、安定感もあり、周辺の霊気も活写できるのだが、今回は縦位置での奥行き感を重視した写真を掲載することにした」との件(くだり)である。
 だが、同じ場所を両方で撮ったものを、まったく同じトーンに仕上げることは容易でなく、それどころか不可能なことでもある。微に入り細に穿って補整したものは、2度と同じように再現できない。ましてや雰囲気や構図が異なるので、同じトーンにというわけにもいかない。今回掲載させていただく横写真のほうは、シャッター速度も異なっている。縦位置と横位置の露出が異なることはご承知の通り。

 そして双方の写真のトーンなどが同結果にならないことは、アナログで喩えるなら、同じプリント(暗室で、焼き込みや覆い焼きをしたもの)を2枚仕上げることはできないのと同様である。デジタルは同じプリントを複数枚仕上げることは可能だが、補整となるとそうはいかない。ここがアナログとデジタルの暗室作業に於ける大きな相違点である。
 デジタル原画の明るさやコントラストを、比較的簡易な画像ソフトを使用し、数値だけを変えるという単純な作業であれば、ある程度可能だと思うが、原画が異なれば(ここでは縦横の2枚)そういくはずもない。

 ぼくは、異なる会社の画像ソフトに設けられている多くのプリセットを選び、それを細かく調整し、都度レイヤーを重ね、良いとこ取りをしながら、自分の意に添うように仕上げていくので、同じ手順を踏むことは不可能だ。
 別の話となるが、何度補整をしても思うに任せない時は、写真のクオリティが低いからであり、そしてまた撮影時に描いたイメージが貧困だったりと、そのような写真はどれほど時間をかけ、仕切り直しをしてもダメなものはダメなのである。逆立ちをしても、どうにもならない。そんなことを何千回も繰り返してきた。学習能力に欠け、まったく懲りない奴だ。どうしても「我が子可愛さ」に一縷の望みをかけてしまうのだから、未練がましいったらありゃしない。

 撮影時に何かが間違っているのでダメ写真になってしまうのだが、反省かたがた、刑事のように「現場百度」に挑むしか手立てがない。しかし、この手立てに保証が得られないところが、写真の悲しい宿命ともいえる。いくら試しても、絵にならぬものは、永遠にならぬと言い聞かせている。だが、やはり未練に取り憑かれ、「取り敢えず」といいながら撮ってしまう。ぼくはそれを「取り敢えず写真」と称しているが、「取り敢えず」などという浅ましさで、うまくいった試しなど一度もない。
 とはいうものの、苦難と反省の繰り返しは、やがて「撮って絵になるものとそうでないもの」を見極める鑑識眼を養う過程でもあるとぼくは前向きに考えている。同じ光りや感受は二度とないのだから、気になる被写体であれば「取り敢えず」撮っておくのは、写真を愛好する者の、悲しき性のようなものだ。したがって、そう悲観したものでもない。

 写真に限らず、あらゆる創作には終着駅というものがない。終着駅がないので、この道に囚われた者は、終生もがき、足掻き、苦しむのだ。人の生き方はそれぞれだが、ぼくは写真が好きなので「下手の横好き」(謙遜の意ではない)から逃れられずにいる。不憫な身と認めつつ、諦められずにいる。ましてや、ぼくの嫌う旦那芸(今までたくさん見てきた)でもないので、これでも真摯に向き合っているつもりでいる。
 一方で、「好きこそ物の上手なれ」という言葉もあるが、半分は正しいだろう。好きなことには誰しも熱中度が上がるので、その分上達を助けるのだが、写真を生業としたい人には不向きな言葉だ。なので、この諺は半分しか当てはまらない。ただ好きなだけでは飯は食えない。ぼくは、写真で飯を食おうなどと不埒で道理に外れた考えに囚われてしまったので、若気の至りも、願わくば「下手が却って上手」(下手な人は物事を丁寧に、念入りに行うので、却って作品の質が向上することがあるとの意)となればいいと思っている。

 シャッターを切る前に必ず、「おまえ、ホントにこれでいいの?」と自問自答してみるのだが、あにはからんや、結果は無残ということがしばしばある。仕事の写真は担当者と都度確認を取り合いながらという場合がほとんどであり、本稿で掲載させていただいている私的な写真は常に独立独行なので、こちらのほうが「いい恥さらし」となる。

 年の瀬も押し迫り、本稿が今年最後の原稿となるが、足腰がまだ動くうちに、鋭意撮影に臨み、来年こそはもう少しましな写真を見てもらいたいと願っている。「下手の横好き」を少しでもポジティブな方向へと心してシャッターを押そうと、殊勝にもそう考えている。

https://www.amatias.com/bbs/30/672.html

カメラ:EOS-R6 MarkII。レンズ : RF24-105mm F4.0 L IS USM。
静岡県御殿場市二岡神社。

★「01二岡神社」参道
社殿へ向かう参道。杉の大木が鬱蒼と生い茂り、光が入って来ず。しかも雨降ということもあって、霊気が漂っていた。
絞りf9.0、1/40秒、ISO 8000、露出補正-2.33。
★「02二岡神社」社殿
前号では、向かって左からの撮影だったが、激しい雨の中、周りの大木を入れ、引き気味に撮った。
絞りf7.1、1/30秒、ISO 1600、露出補正-1.00。
(文:亀山哲郎)

2023/12/15(金)
第671回:御殿場市二岡神社(2)
 そろそろ年賀状作成の時期になった。もうかれこれ40年来、自分の写真を相手の志向にかまうことなく、年賀状一面に印刷し、新年の挨拶として送りつけている。昔のぼくの写真は、まだ新年の趣に相応しいと思える類のものだったが(主に外国で撮ったスナップ写真)、ここ十数年は誰がどう見てもそうではないものばかりに変化している、とは写真音痴と思える友人の弁。
 まるで他人事(ひとごと)のような言い草だが、ぼくにもその自覚症状は多分にあり、心の片隅では、世間に流布している写真に対して「あっかんべぇ〜」をしたくて仕方ない。
 ぼくのそんな気分を敏感に嗅ぎ取ってくれる人は、「あいつ、またこんなことをしている」と、新年早々半畳を打つ。

 どのような種類の「あっかんべぇ〜」かというと、万人に好まれそうな写真に対しての、ぼくの旺盛な反骨精神から世間に物申したくて、やむにやまれず撮ってしまった写真という意味だ。つまりそれは、世評に合いそうもない写真といってもいい。万人に好まれるような写真は、所詮その程度のものというのが、ぼくの昔からの確たる持論だ。
 そしてまた、後期高齢者になったばかりのジジィが、万人受けのするような写真を撮って嬉々としていたら、一体どんな人生を送ってきたのかと危惧さえ抱く。「みっともないことをするなよ」ともうひとりのぼくが語気を強めていう。
 そんなぼくを、「斜(しゃ)に構えている」(多様な解釈があるが、ここでは「皮肉をこめたひねくれた態度」)と見る向きもあろうが、ぼくは写真好きのごく一部の人に、それなりの評価を下されれば、もうそれで十分だ。

 コマーシャル・カメラマンという立場上、万人受けのする写真を長年にわたって撮らざるを得なかったことから派生した自然な反動は、いうなれば一種の宿痾のようなものなのかも知れない。ぼくの今の写真は、その立場を忘れたプライベートなものなのだから、鑑賞者の所見を窺う必要などまったくないことは自明であり、言わずもがなといったところだ。

 昨日、小学校時代から仲の良かった同級生2人と喫茶店で珈琲をすすりながら、取り留めのない話をしていた。2人とも現役時代は大企業の偉いさんだったが、そんな雰囲気を微塵も感じさせないところはなかなかのものだと、ぼくは感じ入っている。ぼくのようなフリーランスのヤクザ稼業とは、生き方も考え方も彼らとはまるで異なるのだが、まったくの異次元世界で生きてきた人間同士が、何でも忌憚なく語り合えるのは、尊重の精神に沿ってのことだし、それなくしては、縁というものは続かないものと、つくづく感じさせられた。60数年間の腐れ縁というものだ。

 そんな彼らは、我が倶楽部の写真展に毎年来てくれるのだが、ぼくの写真より、他のメンバー、つまりぼくの教え子たちの作品を、お世辞でなく、やたら褒め讃えるのである。大変嬉しくもありがたいことなのだが、ぼくの手前、顎に手を当てながら、「君のはちょっと難しい」といつもお茶を濁すことに執心している。「難しい」との意味を決して語ろうとはしない。

 このような立ち回りをしないと、会社での出世は望めないのだろうかと、ぼくは彼らに憐憫の情を禁じ得ないのだが、それも彼らの背負って来た処世術という宿痾なのだろう。まぁ、「君たちに、ぼくの写真が分かってたまるか」というのが、本音なのだが。
 といいながらも、ぼくの作品を高額で購入してくれ、「君の死後、値が上がるかも知れないし。 “この世では先行投資” っていうんだよ。それを期待してのことだ」などと姑息にも宣うのだが、現状から察するに、きっと「お先に失礼」というのは、彼らのほうなのだ。この歳になっても、まだ損得勘定をしている。

 損得勘定皆無のぼくは、雨の降りしきる二岡神社の鳥居(前号掲載「01」写真)をくぐり、社殿に向かう細い参道の階段を登り始めた(今回の掲載写真「01」)。樹齢数百年の杉の大木が鬱蒼と生い茂り、その社叢(しゃそう。神社の森)は御殿場市の指定文化財となっている。
 そこは、まことに怪しい雰囲気に満ちており、気の弱いご婦人であれば、余りの薄暗さと人気のなさに怖気を震い、歩を進めることを躊躇してしまうかも知れない。ぼくは、前号で触れたように、幽霊とか妖怪、心霊による現象をまったく信じていないので、意に介さず撮影に集中した。

 ここの参道は光量が非常に少なく、 Fvモード(フレキシブルAE )撮影で、ISO感度が8,000にまで上昇した。いくらこのカメラが最新のもので、高感度特性に優れているといっても、優れたノイズリダクション機能を備えたRaw現像ソフトが必須だ。そのままでは、さすがにISO 8,000ではノイズが目立つ。

 このRaw画像の現像には、DxO社のPhotoLabを使用しているが、ノイズはきれいに取り払われ、しかも解像度も申し分ない。もちろん、それを見越しての撮影だった。
 掲載写真は縦位置だが、横位置でも撮っておいた。横位置のものは、当然のことながら空間が広く取れ、安定感もあり、周辺の霊気も活写できるのだが、今回は縦位置での奥行き感を重視した写真を掲載することにした。露出補正も現場の雰囲気と空気感を重んじ、常夜灯の赤色が表現できるぎりぎりの − 2.33まで落とした。

 こんな写真を年賀状に使ったら、すぐに破って捨てられるわ。ぼくにはそれがよく分かっている。我が倶楽部の婦女子たちに「饅頭を買ってあげるから、ここにひとりで行ってきなさい」といったら、多分誰かが饅頭につられて行くに違いない。ここだけの話だが、幽霊や化け物たちのほうが我先にと逃げ出すかも知れないね。

https://www.amatias.com/bbs/30/671.html

カメラ:EOS-R6 MarkII。レンズ : RF24-105mm F4.0 L IS USM。
静岡県御殿場市二岡神社。

★「01二岡神社」参道
鳥居といい参道といい、先が見えないのが写真というもののミソ。
絞りf9.0、1/50秒、ISO 8000、露出補正-2.33。
★「02二岡神社」社殿
ザーザー降りの雨にぼくは嬉々としていた。この神社に社務所が見当たらないのは、もしかしたら映画やCM用のための貸し神社?
絞りf5.6、1/20秒、ISO 1600、露出補正-1.00。
(文:亀山哲郎)