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■亀山哲郎の写真よもやま話■
亀山哲郎氏 プロカメラマン亀山哲郎氏が、豊富な経験から、カメラ・写真にまつわる様々な場面におけるワンポイントアドバイスを分かり易くお伝えします!
■著者プロフィール■
1948年生まれ。大手出版社の編集者を経て、1985年よりフリーランス・カメラマンとしてコマーシャル写真に従事。雑誌、広告の仕事で世界35ヶ国をロケ。
現在、プロアマの混成写真集団フォト・トルトゥーガを主宰。毎年グループ展を催し、後進の指導にあたる。
2003年4月〜2010年3月まで、さいたま商工会議所会報誌の表紙写真を担当。 これまでに、写真集・エッセイ集などを出版する他、2002年〜2008年には『NHKロシア語講座』に写真とエッセイを72回にわたり連載するなど、多方面で活躍中。

【著者より】
もし、文中でご不明の事柄などありましたら、右記アドレス宛にご質問ください。 → kameyamaphoto2@mac.com

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2022/07/01(金)
第601回:寡黙の祟り
 常々本稿について思うことがある。「毎週のことなのだから、あまり欲張らずに、もう少し短く、読み易さを考慮したらどうなんだ」と良心を痛めながらつぶやいている。まさに「言うは易く行うは難し」というところなのだが、中身を伴わずともいいたいことばかりが頭の中を駆け巡り、おまけに自己主張をしないと気の済まない質が追い打ちを駆け、また “事ここに至って” 他人の迷惑など省みないときているからますます身を持て余す。
 「オレは損な性分だなぁ」と友人に訴えたら、「なんてめでたい奴。損どころかいい性格してるよ、お前さんは。いつもいいたいことを憚りなくいうくせに」と、憚りなく返された。

 昔、一緒に仕事をしていた何人かのデザイナーや編集者に、「カメラマンってどうしてそんなにお喋りなの? ホントにみんなよく喋るよね」といわれたことがあった。カメラマンは総じて饒舌なんだそうである。ぼくの周りの同業者を思い浮かべると、なるほど、揃いも揃ってみんなそうかも知れないと思ったものだ。
 「きっと誰もが写真下手くそなもんだから、そこで表現しきれない部分を言葉でカバーしようとするんだよ。きっとそうだ。ぼくもその手合いに違いない」と、確信めいて返したことがあった。
 デザイナーや編集者は、時折寡黙なカメラマンに出会うと、威厳らしきものを感じるらしいので、ぼくも悪戯にそれにあやかろうとするのだが、質問を投げかけられたりするとすぐに本性を現し、口角泡を飛ばして、要らんことばかりを、相手が辟易とするのを承知で口走ってしまう。 “事ここに至って” 威厳も何もあったものではない。もっとも、本当のところ、威厳を示そうなどと思ったことは一度もないが、しかし時と場合によっては、ないよりはあったほうがましということが世間にはあるらしいのだ。だが詮ずるところ、威厳なんてその程度のものだ。歳を取れば取るほど、そんなものには頓着しなくなるのが健全な精神の持ち主なのではあるまいか。

 還暦を迎えたころから、仕事の仲間や相手はぼくより歳の若い人が圧倒的に多くなった。世代交代による仕事の環境が徐々に変わっていったのでぼくは意を決し、「ともかくも、若い人より喋らない」とか「口数を少なくしよう」と心がけた。 “良い年寄り” でなければならぬとの思いは、果たして実行できているのやら、今のところどうにも疑わしい。
 だができるだけ、若い人の注文に素直に従いながら、年功で得たものを調味料のように使えばいいのだと心得るようになった。これは思いの外うまく実行できたように感じているのだが、生来のお節介者ということもあって、我慢や凌ぎはストレスを生じるものだ。その反動として、 “寡黙の祟り” に遭うことがある。ストレスは万病のもとである。ストレスを解消せんがために、本稿にあってぼくの文章はますます冗長なるものとなっていったのだろうと、ここで責任の転嫁をしておく。畢竟、仕事仲間である若人は果報を得(多分)、読者諸兄は気の毒にもそのとばっちりを受けている(間違いなく)。

 前々号で、ぼくは道具の正体を知るには長い時間を要すると述べたが、今回の掲載写真に使用しているマクロレンズはまだ10ヶ月ほどのお付き合いだ。お互いに正体を見極めている段階にあるが、かなり意思疎通ができるようになってきた。マクロレンズというのは味わいのあるものが多いが、いずれも(以前に使用していた旧モデルと現役のEFレンズも含む)素性がとても優れているので、使い甲斐がある。

 修業時代、師匠とレンズの話をした時に、「新しいレンズを使いこなすためには、やはり1年間毎日使用しないと、その性質を完全に把握できないものだ」といわれた。ぼくも同様の感覚を持っていたので、深く頷いた記憶がある。
 現在使用中の100mmマクロレンズはRFマウントの最新モデルで、昨年9月に新調したものだ。EFマウントの旧型から3台目となるが、そのどれもがクオリティが高く、満足感の得られるものだ。解像度一辺倒でないところが嬉しい。

 今、カメラもレンズも新顔なので、ぼくは “おたおた” というより、 “しどろもどろ” といった感覚で使用している。あらゆる場面を想定し、「こうすればどう写る?」の連続だが、都度発見することがあり、立ちくらみを覚えながらも実験に余念がない。だがしかし、まさか自分が私的写真のためにマクロレンズを常に持ち歩くとは夢にも思わなかった。武漢コロナは思わぬところで、ぼくの常用機材を変更させた。
 かつてマクロレンズは仕事に行く時、安心感を得るためにカメラバッグに忍ばせておくくらいのものだった。また、何をいい出すか分からぬ気紛れなクライアントのためのものといってもよかった。謂わば精神安定剤のような位置づけだった。

 今回のタンポポ写真は、レンズに新たに附属された「SAコントロール」(球面収差を変化させ、ボケ具合を調整する機能。ぼくにとっては今のところその必要性を感じていない。こんなものは不要だから、その分安くしてくれというのが人情というものだ)を使わずに、画像ソフトでわずかにグロー(glow。写真用語としてどう訳せばいいのか?)をかけただけ。
 メーカーに「値切れ!」といいたいがために、ぼくはここまで2000字以上も費やしてしまった。やれやれ世話の焼けるこった。

https://www.amatias.com/bbs/30/601.html
            
カメラ:EOS-R6。レンズ: RF100mm F2.8L Macro IS USM。
埼玉県さいたま市。

★「01さいたま市」
雨上がりのタンポポ。リサイズ画像ながら、水滴が線香花火のように描けた。
絞りf2.8、1/100秒、ISO 200、露出補正-0.67。

★「02さいたま市」
額紫陽花。淡いブルーにピンクが入り混じり、その美しさに思わず息を詰めてシャッターを押す。画像補整なし。
絞りf3.2、1/200秒、ISO 200、露出補正ノーマル。

(文:亀山哲郎)

2022/06/24(金)
第600回:だから何なの?
「とうとう」というか「否応なく」といおうか、本連載も「あれよあれよ」という間に600回を迎えてしまった。12年間毎週継続してきたとの自覚はあまりないが、厚かましくも、文章と写真の二本立てなので(担当諸氏から要請されたわけではなく、ぼくが横暴にも自ら進んで志向したこと。ほとんど自爆行為)、その企てについて「毎週さぞや大変でしょう」と心優しき読者諸兄やあまり優しくない友人から異口同音にいわれるが、一度世に出たものはネットであれ活字であれ、なかなか取り消すことができないので、ぼくのような人間でも常に緊張感をもって執筆している。したがって、回を重ねても慣れるということはない。

 文章はともかくも(ぼくは物書きではないとの逃げ道がしっかり用意されている)、写真は専門職なので逃げ場がなく、言い訳もできず、精神的負担と責任感はこちらのほうがずっと重い。両者を比較すべきではないのだが、写真はぼくの生業であるが故、人品を計る物差しにされること、宜(むべ)なるかなというところだ。もちろん、それを覚悟のうえで写真屋稼業をしている。ぼくにしては、これでも勇猛果敢な様に思えるのだが・・・。
 毎週2枚の写真掲載は、ことある毎にえらっそうなことを書いている手前、苦渋に満ちた思いに襲われたり、辛苦辛労を凌ぎながら、這々の体というのが実際である。やはり、「勇猛果敢」じゃないね。余談だが、その伝メジャーリーガーの大谷翔平選手は掛け値なしに凄いし、素晴らしい。

 「撮って書く」との二刀流に心身が持ち堪えられなくなったら、どこで「決別」の潔さを示すかとの問題に直面するのだろうが、これはぼくには分からない。確かなことは、写真屋としての熱を大切にするのが、ぼくの生きる術であることに間違いなさそうだ。
 幼少時より父の背中を凝視しながら育ったので、言葉と文章についての難しさを嫌というほど知らされた。それを思うと日本語をさばくことなどぼくには到底不可能である。また、長年の編集者経験でもそれを実感している。

 心に描いたことを間違いなく文字に転写して表現するなんてことは、ぼくにとって「もってのほか」であるとしつつ、ぞんざいながらも周囲を睥睨し、躊躇せずに書き連ねている。このことは同時に、「ならば、写真ではどうなのか?」につながるのだが、評価はさておき(ここでの議題ではないので)、写真は勝負が早く、しかも表現が文章や言葉にくらべ、より抽象的な部分が多いと感じているので、ぼくとしてはその分かろうじて勇猛果敢になれるのだろう。
 ただ、「撮っても撮っても、思うように写ってくれない」といつも歎息交じりだが、この事実だけが、この歳になるまで、そしてこれから先もうしばらくはまだ飽くことなくシャッターを押す原動力となってくれるのだと思う。つまり、「撮れないから、撮る」を延々と繰り返すということなのだろう。これは一見、「運鈍根」から派生する生業の意地のようなものなのかも知れないが、生業でなくとも、好事家であれば変わりないのではないかとも思う。

 えらっそうに毎週要らんことばかりをそれらしくコテコテに書いているので、多少良心の咎める時がある。そんな時、ぼくは一服の清涼剤として、自分の言葉に対して、「だから何なの?」を投げかけることにしている。この一言で、気を取り直したり、安らぎを得たり、落ち着きを取り戻したりするのだから面白い。自己に対する疑問視が一種の精神安定剤のような効能を果たすとの発見はなかなかのものだと自己陶酔している。10年に1度の発見であると、例によって自画自賛。ぼくは最近、自分の言葉に対して「だから何なんだ!」を連発し、白髪を逆立てながらもちょっと得意顔になっている。
 確信を持って述べていることも、裏を返せば疑心暗鬼を生ずということなのだろう。この辺の相関関係というか因果関係の成り立ちというものは、一考に値することと思うのだが、ただあまり写真的な生産には役立ちそうもなく、ほどほどにしておかなければ心身消耗を来すので、これ以上は追求しないことにする。黙って得意顔をしていればいい。どこかで自己完結するだろう。

 文末になってしまったが、前号で「文明の利器には抗しがたい」とか「AF性能の正確さと速さには舌を巻かざるを得ない。その性能たるや、一昔前にはおおよそ人知の及ぶところではなかった」と書いた。それをまざまざと実感したので、得意顔をしながら記しておこうと思う。

 わが娘が愛犬を連れて嫁ぎ先の都内からやって来た。かかりつけの獣医師に定期診断をしてもらうことと、愛犬の写真を撮って欲しいとのことだった。犬種はチワワなので、ぼくは腹ばいの、いわば匍匐前進(ほふくぜんしん)のような撮影スタイルを取らざるを得なかった。せわしく走り回る標的に、ぼくはカメラの設定を「追尾優先AF + 動物 + 瞳検出」にし、滅多に使用しない連写機能を時折用い、シャッターチャンスをものにした。ピントの歩留まりはおよそ95%以上だろう。これは、大谷選手のように凄い!

 20数年前に(フィルム時代)、当時流行の先端だったチワワの特集ムック本を1冊丸ごと請け負ったことがあった。50匹近いチワワを撮っただろうか。走り回る敵をマニュアル・フォーカスで追ったが、さすがに歩留まり95%以上とはいかなかった。いくはずがない。歩留まりは悪いが、しかし苦労の果てだから、達成感は今回より多く得られたように思う。
 そんなことを懐古しながら、カメラはどこまで進化し続けるのだろうか? その進化は果たして写真愛好家に本当の喜びや充足感をもたらすのだろうか? そんなことをつらつら考えるに、今最新のカメラを手に得意顔などしている場合ではないと思い始めたところ。科学の発展は人間にどのような幸をもたらすのか、ということなのかな。

https://www.amatias.com/bbs/30/600.html
            
カメラ:EOS-R6。レンズ: RF100mm F2.8L Macro IS USM。
埼玉県さいたま市。

★「01さいたま市」
赤と黄色の百合の花弁を裏側から。RawデータをPCで見た瞬間、カラーもどことなく妖艶なのだが、「やはりこれはモノクロで」と迷いなし。
絞りf8.0、1/100秒、ISO 100、露出補正-0.33。

★「02さいたま市」
額紫陽花。雨上がりの一輪。「もう1絞り絞ったほうが良かったかな」と感じるのだが、そうするとバックの小さなつぼみのボケ具合が思い通りでなくなる。難しいもんだ。
絞りf3.5、1/100秒、ISO 320、露出補正-1.00。


(文:亀山 哲郎)

2022/06/17(金)
第599回:今のカメラは「悪女の深情け」
 去年、長年使い慣れたデジタル一眼レフカメラ(キヤノンのプロ仕様機EOS -1D系。数機種を20年間使用)を放出し、初めてミラーレス一眼を購入した。あれから1年余りが経過したが、やっと最近ミラーレス一眼なるものの性格を掴み始めたところだ。
 「1年間も使用しないと分からないのか?」といわれそうだが、ぼくにとって道具というものは斯くの如しとの確信を抱いている。
 たった数日間の使用歴で「このカメラは」とか、あるいは「このレンズは」との解説に及んでいる方々がたくさんいるが、ぼくから見れば相当な慧眼の持ち主に違いなく、ただただ感服するばかり。
 
 父にねだり初めてカメラを買ってもらってから(10歳の時)早64年の歳月が流れたが、その間、ぼくは全体何台のカメラを手にしてきたのだろうかと今思い返すに、大型カメラを除き、コンデジやAPS-Cカメラを加えると約40台となる。レンズの数はもう数え切れないくらいだ。ぼくは自分がカメラやレンズマニアと思ったことは一度もないが、中古品、新品を交え、そしてそれに付随する機材などを含めれば、その出資は分不相応に膨大なものになる。ただ、ぼくの場合は残念ながら「好きこそ物の上手なれ」の諺通りにはいかなかった。ここが唯一の癪(しゃく)である。
 数をこなせば良いというものではないが、それほど自分の使う道具というものに執着心があったということだろう。そして、自分にとって写真機材の選択基準というものが徐々にできあがったのだと思う。

 拙稿の「第2回 どんなカメラがいいですか?」(2010年5月)に、愛好家からの質問に答えているが、それを今読み返してみた。初めてカメラを購入しようとしている人に対して嘘偽りのないところを述べているのだが、それを記した当時から12年の歳月が経過し、今同じ質問をされれば、当時の答は不全であるような気がしている。
 何故かといえば、当時にくらべ今は選択肢がさらに広がり、作品発表の場も多種多様で、目的に合ったカメラ選びがしやすくなったかと思いきや、実はそれに比例して迷いが生じるケースのほうが多くなったと感じている。あまりに多くのカメラやレンズが氾濫しているので、基本的にはぼくが12年前に記したことに間違いはないと感じているが、それだけでは機種選択の基準に甘さが生じているとの感が否めない。今、もし事始めの人に同じ質問をされたらぼくはどう答えたら良いのか途方に暮れるだろう。
 また、これから先、写真にどのように取り組むのかということも重要な要素となる。事と次第により(物欲でなければ)、いきなり高価なライカを買いなさいというのもあながち的外れとは、ぼくは思わない。第2回目で「写真が上手になりたければ投資しなさい」と述べている。投資は裏切らない、との考えは今も変わらない。

 現使用のミラーレス一眼を購入した経緯は拙稿で述べた記憶があるので繰り返さないが、「どのようにすれば写真が写るのか?」の仕組みやメカニズムを理解しなければ写真が撮れない時代を経てきたぼくにとって、購入した新しいカメラの “至れり尽くせり” とか “痒いところに手が届く” が如くの、悪女の深情け的な仕掛けに、「こんな機能は要らないから、その分安価なものにしてくれ」と、鬨(とき)の声ならぬ雄叫びを発したくなったものだ。今もそう感じているのだが、一方で「便利な機能も価格のうち。使わない手はない」との理解ある態度を嫌々ながらも認め、実行に及ぼうとしている。世間ではこれを称し、「節操」というらしい。

 “化石写真屋” を自認しながらも揚々とするぼくは、頑なに悪女の深情けを容認しがたいものとして、拒みしりぞけようと努める。だがしかし、文明の利器には抗しがたく、上記したように、悪魔の囁きにすぐ乗ろうとする。
 「オートフォーカスなんぞ使うもんじゃねぇや。姑息なことをするんじゃないよ! だから人間はどんどんダメになっていくんだ。カーナビに頼ってばかりいると地図も読めなくなってしまうのと同じだ」と盛んに息巻くぼくは、陰でこっそり「歩留まりをよくして、心身の消耗を防ごう。このほうが精神衛生にもいいし。『善は急げ』ともいうしな」などとしみったれた料簡に、つい心を奪われそうになる。ミラーレス一眼にしてから(昨今の通常の一眼レフも同様であろう)、ぼくは化石から生身の人間に変身しつつある。

 撮影時に抜かりなく様々な条件をクリアしても、仕上げであるピントを外してしまったら元も子もない。これは写真の持って生まれた宿命のようなものだ。ピント以外の操作で万が一ミスをしても(致命的なものでない限り)、許容範囲であれば昨今の優れた現像ソフトを上手く扱い、なんとか取り繕うことはできるが、ピンボケだけは救いようがない。如何ともし難いのだ。
 かつてマニュアルフォーカス(MF)で散々辛酸をなめた化石人間として、ぼくは今通常の撮影では遠慮会釈なくオートフォーカス(AF)のお世話になっていることを、声を潜めていっておかなければと思う。生身に変身したぼくは、時に喜色満面である。そのくらい昨年購入したカメラのAF性能の正確さと速さには舌を巻かざるを得ない。その性能たるや、一昔前にはおおよそ人知の及ぶところではなかった。
 けれど、かつて「動体撮影でもピントを外さない」訓練を、凡事徹底(四字熟語。何でもないような当たり前のことを、徹底的に行うこと。または、当たり前のことを、他の追随を許さぬほど極めること)というほどではないが、明けても暮れてもしていた頃が、やたらと懐かしく思える。それほど、今時のAF性能は、一写真屋の人格を変えてしまうくらいの威力に満ちている。これを、使わない手はないわ。

https://www.amatias.com/bbs/30/599.html
            
カメラ:EOS-R6。レンズ: RF100mm F2.8L Macro IS USM。
埼玉県さいたま市。

★「01さいたま市」
第594回でブルーのボリジを掲載したが、今回は白。超接写のためf5.6に絞っても被写界深度はこんなもの。
絞りf5.6、1/160秒、ISO 200、露出補正+0.33。
★「02さいたま市」
紫陽花が咲き始めた。昔は必ず気性の荒いカタツムリが何匹か棲息しており、ぼくは紫陽花のなかに手を入れることが恐かった。その思いは今も同じ。
絞りf4.0、1/125秒、ISO 100、露出補正ノーマル。

(文:亀山哲郎)

2022/06/10(金)
第598回:花撮りジジィ
 ぼくが、勧善懲悪を題材とした昔話である『花咲か爺』ならぬ「花ばかり撮るジジィ」に変身せざるを得なくなった理由は、今まで拙稿で何度か述べたが、それ以前は主に街中の人物スナップやガラス越しの写真を撮り甲斐としていた。数年前まで写真といえば、主として街中での人物スナップしか考えられなかったし、最も醍醐味のある主題だった。もちろん、花や風景も撮ったが、それらはあくまで刹那的な誘惑に過ぎなかった。
 ぼくが「花撮りジジィ」になってしまった主な原因は、武漢コロナのせいと、以下に記す窮屈極まりない悪習が世の中に蔓延し始めたためであり、いってみればそうせざるを得なくなってしまったというのが本当のところである。

 今週たまたまある事情で、国内外で撮影した人物スナップをポートレートの参考例として烏滸がましくも開示する必要があったので、保存してあるもののなかから50カットほどを選び出した。写真の出来映えを考慮し選んだわけではなく、パソコンに繋がれている外付けHDに保存されたものが手短だったので、そこから安直にホイホイとドラッグ&ドロップし、それを開示した。
 それらを眺めていると、ぼくにとって最も撮り甲斐のある被写体は花ではなく人物スナップだと改めて気づかされた。今さらながらに、というところだ。

 昨今は、肖像権がなんやらかんやらと悪戯に騒がれ始め(論ずるまでもなく、他人に不快な思いをさせたり、迷惑をかけることは論外として)、昔にくらべるとその手の写真が大幅に減ってしまったような気がする。
 写真愛好家が人物撮影を様々な理由により敬遠し始めたのか、あるいは公に発表しづらくなり、その結果、目に留まることがめっきり少なくなったように感じられる。確かな原因は定かでないのだが、推察するところ、写真に限らず世の中が無秩序に窮屈になったことが大きな要因であろう。

 義務と権利の見識あるバランス感覚に見境がなくなり、人は自身にとって都合の良いように “権利” という刃を振りかざし、容赦なく他人に向ける。そこには必ず “行き過ぎ” が横行し、 “寛容さ” という世の中の潤滑油がどんどん失われていく。ぼくはこの息苦しさにげんなりし、人間にレンズを向けることを憚るようになってしまった。ざっかけなくいうと、世の中では “性善説” より “性悪説” が勝ち、そしてまかり通っているその結果だとぼくは感じている。良心派の多くが、 “権利” をかざして立ち向かってくる輩に太刀打ちできずにいる。良心派は、無意味で不条理な攻撃を快しとしないので、憤懣やる方なしと思いつつも、徒手空拳であらざるを得ない。無垢で不器用な人ほど徒手空拳である。
 誤解のないように申し上げておかなければならないが、いわゆる「表現の自由」を掲げて、撮影者はどのようなことをしても良いのだということではない。良心と見識があってこその「表現の自由」なのだとぼくは訴えておきたい。

 ぼくの若い頃は、人物スナップの写真が大手を振って、雑誌などの媒体に載っていたものだ。ぼくが、人物スナップに傾倒した大きな理由は、ロバート・フランク(米の写真家。1924-2019年)やアンリ・カルティエ = ブレッソン(仏の写真家。1908-2004年)、日本では木村伊兵衛(1901−1974年)の写真に憧れを抱いていたからだった。彼らは、怪しげな市民団体の片棒を担ぐことなく、純粋に人間の生き様や深遠をつぶさに、しかもさりげなく、謙虚に写し取っていると感じていたので、そこに大きな共感を覚えたのだった。

 今、「花撮りジジィ」となっても、ぼくはそこに安住しているわけではない。ぼくにとって「花」は、やはり仮の住まいだとの思いは強いが、そうとはいえ撮影時は真剣勝負そのものなので、花の写真の難しさに、実は辟易としている。花の写真を1枚撮るたびに神経がすり減るといっても過言ではない。
 おまけに、花の多くはかなりの低位置で撮ることになるので(ぼくは切り花の写真は撮らない)、撮影後立ち上がると、時々立ちくらみを覚える。「もうこんな撮影はいやだ、いやだ!」と、何度叫んだことか。立ちくらみのたびに、肉体が蝕まれ、寿命が縮んでいくような気に襲われるのだから、もうやってられんわ。

 それに加え、さらに悩ましい問題は、被写界深度を調節するためのf 値の決定にある。ぼくはつまらぬ意地を張り、f 値を変えて何枚か撮るということをしない。本来なら安全を見越し、保険を掛け、何枚か撮っておけばよさそうなものだが、実にくだらぬ沽券(プロの沽券)を保つために、一発で決めようと自虐趣味丸出しで花に挑む。
 同じf 値であっても、被写体との距離で被写界深度は変化するが、「そんなものはとっくにお見通し」という態度を崩さないから、自分で自分の首を絞めることになる。長年培った経験値を過信しているので、写真のあがりをパソコンのモニターで見て、首を絞めるのではなく、うなだれること多々ありというところだ。アホな沽券に縛られているので、撮影後カメラモニターで撮ったものを確認することもしない。フィルム時代を生きてきたとのつまらぬ気概が邪魔をするのである。自己陶酔もいいところだ。
 「見栄など張らずに(誰も見ていないけれど)、もっと気楽に写真を愉しまなければ、良い写真は撮れないね」と、盛んに自己暗示をかけた今週でありました。意地や沽券、矜恃や自負といった灰汁は、いつになったら抜けるのやら。

https://www.amatias.com/bbs/30/598.html
            
カメラ:EOS-R6。レンズ: RF100mm F2.8L Macro IS USM。RF 35mm F1.8 Macro IS STM。
埼玉県さいたま市。

★「01さいたま市」
泰山木。開花期間が短く、油断すると見頃を逃してしまう。高木故、多くが高いところに上向きに咲くので、かなり難儀。写真の花は直径25cmほど。モノクロ。
絞りf11.0、1/100秒、ISO 800、露出補正-0.33。

★「02さいたま市」
さざんか。花弁が丸まり、印象的だったので、それを描くためのアングルを凝視し、カメラ位置を決める。
絞りf4.0、1/400秒、ISO 100、露出補正-0.67。


(文:亀山 哲郎)

2022/06/03(金)
第597回:秘訣なんてあってたまるか!
 「大きなお世話だよ」といいながらも、拙話に関する友人からの難癖や脅し文句をぼくは非常に面白がっている。残念ながら読者諸兄からは今のところこれに類したものがないのだが、誰に何といわれようが、ぼくはほとんど意に介さぬ可愛げのない質なので、相手も躍起になって責め立ててこようとする。これがなおさらに面白い。そこに “怒気” が加わってくればさらに面白いのだが、 “怒気” を帯びるほどの内容でないことくらいは多少わきまえているようだ。 
 前回に引き続き今回も同輩から、「君は公に “腹いせ” のできる場があっていいなぁ。羨ましい限りだ」とやっかみ半分でいってきた。行間の読めるぼくはそれを、「お前はいい気なもんだ」と解釈している。しかし、この歳になって他人を羨んではいけない。この言い草も、難癖を浴びる火付けの材料になるのだろうか。

 拙稿に記した世評に対するぼくの意見や考えは、同輩たちにいわせると、「かめやまの世間に対する “腹いせ” 」なのだそうである。誰もがよく知るこの “腹いせ” という言葉の正しい意味を確認しようといつもの如く辞書を何冊か引いてみた。
 それによると、「怒りや怨みを他の方に向けてまぎらわせ、気を晴らすこと」(広辞苑)、「怒り・恨みを他の方向に向けて晴らすこと」(大辞林)とある。語源は定まっていないが、「腹を居させる」の意からであろうという。歴史的仮名遣いは「はらゐせ」、と辞書に記されている。
 上記の観点からすれば、彼らのぼくに対する指摘はほぼその通りだと認める。ぼくには、その自覚症状こそないものの、結果的には何某かの “腹いせ” をしていると見るのがまっとうかも知れない。

 いずれにしても、ぼくの “腹いせ” と、彼らの “やっかみ” は意味こそ違え、言葉の出処と受け止め場所は大同小異というところか。つまり、着地点にたいした距離はないということである。
 ここで、 “腹いせ” の弁明をひとつだけしておくのであれば、本連載は写真に直結、もしくは関連した事柄を扱っているので(時にはまったく写真に触れないという横着の限りを尽くすこともある。今回はそうかも)、それはぼくの生業であり、時としてどうしても辛辣さを免れないとの嫌いがある。半世紀以上にわたって培ってきた信念がそうさせるのだろう。そして職業写真屋として、この世界に身を置き、一通りの修業を積んだ(つもり)人間として、少数意見であっても自身の考えを公にするのも仕事であり、また義務であろうと考えている。

 ついでながら申し添えておくと、写真を自身の「好み」と「クオリティ」とに区別することは、写真評をしたり、選考作業をするうえで欠かせぬ要素であり、その資質が問われるところでもある。「好み」と「クオリティ」を明確に区別できなければ、その資質を疑われるというのがぼくの考えだ。
 ついでながらもう一押しすれば、ぼくが写真倶楽部を運営させられ、曲がりなりにでも指導をしているその理由はたったのひとつ。それはぼくがプロであるということ。倶楽部創設時、いくら同窓生の「写真を教えろ。でなければ・・・」との老獪な脅迫があったにせよ、自身がプロでなければ決してこのような向こう見ずなことは引き受けていない。このことは、もしぼくが何か習い事をするのであれば、プロにしか手ほどきを受けないということでもある。

 ぼくは自己発信に意欲というものがほとんどないので、いわゆるSNSの類にはそっぽを向いている。する気もない代わりに、否定もしない。今の時代を生きていくうえで、ぼくがもし20歳ほど若ければ、つまり50半ばであれば考えるかも知れないが、いややはり恐らくしないだろう。ぼくがアマチュアなら、それを愉しむのもいいか、という程度である。
 しかし、YouTubeはよく見る。いろいろな分野のエキスパートの話は面白いし、ほとんどのことが写真にも当てはまるので、なおさら興味深い。

 滅多にテレビを見ないぼくだが、見る尻からテレビに向かって文句ばかりいうので、女房殿はうんざり顔をしてぼくを睨みつけ、直ちにリモコンを天空にかざし、素早くチャンネルを変えてしまう。ぼくは何か悪いことでもしたかのような錯覚に襲われるのだから、たまったものではない。
 先日、茶を飲みに居間に行ったらテレビがかかっており、ぼくは上の空で聞いていた。テレビの音声が断片的に聞こえてくる程度だったのだが、アナウンサーが何かの専門家(興味がなかったので不明)に、「修得するのに何か秘訣のようなものがありますか?」と真顔で質問していた。ここだけは都合良くはっきり聞こえた。途端にぼくは口に含んだ緑茶を思わず吹きそうになった。チャンネルを変えられる前に、ぼくは今が勝負時と心得、すぐさまテレビに向かって悪態をついた。
 「物事の修得に、秘訣なんてあってたまるか! この質問者、アホとちゃうんか!」と標準語をまったく喋れない京都人の女房殿に向かっていった。ぼくは同意を求めるためにそういったのだが、女房殿は習い事に秘訣があるとでも思い込んでいるのか、リモコンを宙に振りかざさなかった。
 ほとんどのことを取り仕切ってきた我が家の女主人が、「習い事の修得には、秘訣なるものがある」との思考の持ち主であるのなら、2人の子供たちが不憫このうえなく思え、ぼくは暗澹たる気持に襲われた。

 仮にだが、もし秘訣めいたものがあるのだとすれば、それは毎日地味で退屈な努力を欠かさず、雨の日も、風の日も、暑さも、寒さも関係なく、10年間飽くことなく続けることに尽きる、と答えるのが最も確かで責任あるものだとぼくは思うが、いかがだろうか? これにも難癖をつけられるのだろうか?

https://www.amatias.com/bbs/30/597.html
            
カメラ:EOS-R6。レンズ: RF100mm F2.8L Macro IS USM。
埼玉県さいたま市。

★「01さいたま市」
風のある時の矢車草は、首が長いだけに大変。マニュアルフォーカスで小さな蜂を辛抱強く狙う。リサイズ画像なので、蜂の羽毛が見えないのが残念。
絞りf8.0、1/320秒、ISO 800、露出補正-0.67。

★「02さいたま市」
スイカズラ。別名ニンドウ(忍冬)。右上の白は、葉の間からの木漏れ日。
絞りf5.6、1/125秒、ISO 400、露出補正-0.67。


(文:亀山 哲郎)

2022/05/27(金)
第596回:夢見る少女
 1ヶ月ほど前から、寒い冬を無事やり過ごした花々が少しずつ美しい姿を見せ始めてきた。真冬の、寒風吹きすさぶなかでの散歩は、それはそれで味わいを感じられぼくは好きなのだが、花の咲き始めはやはり心を和ませ、弾ませてくれるものがある。開花は、春の到来を五感で感じ取れる瞬間でもある。

 歩を緩め、開花し始めたそんな花にふらっと近づき、「今年も咲き始めたんだね。元気だったんだね」などと、およそぼくらしからぬ科白を吐いたりして、思わずハッとする。無言であるにも関わらず、どこか照れ臭ささを感じ、周りに人がいないことを確認しようとキョロキョロしてしまうから不思議だ。言葉ならまだしも、そっと花に近寄り、鼻を近づけ、そこに漂うものを味到しようとする自分の姿に気がつくと、それはそれはもう恰好悪いたらありゃしない。「誰にも見られていないだろうな」と、ジトッとぼくは意味もなく汗ばむ。自意識過剰なんでしょうかねぇ?
 しかし、口の悪い友人にいわせると、「かめさんは遠くのほうにいてもすぐ分かる。何故かというと、白い発光体が頭の上にボーッと見えるからだ。そのくらい君の白髪は甚だしい」と、まったく大きなお世話だ。けれど、多分そうであるに違いなく、したがって、自意識過剰には当たらない。

 約2年間、被写体としてお世話になった花々に、ぼくは感謝の気持ちを込めて、そのように振る舞ってしまうのだが、一方では心のなかに「オレとしたことが。った〜く!」との感情が確固として宿っている。やはりどこか根性がひねくれているようで、被写体に対する感謝は当然のことながらも、しかし今まで予想もしなかった自分の「花への入れ込みよう」に驚きを隠せないでいる。「なんてこった」との情動に駆られ、それはぼくの今までの写真のありようとして、年相応に健全といえば健全なのだとも思う。畢竟ぼくはこのような、少々ヘソの曲がった人間だと自覚している。

 70歳をとっくに過ぎたジジィが、まるで麗しき少女のような所作を、恥じらいもなく演じているのだから、「先祖返り」ならぬ「子供返りのボケた可愛いジジィ」とは到底思えず(思いたくない)、それどころか自分を罵倒さえしたくなる。そのほうがずっと生きやすく、気楽でもある。
 つい先日も、今を盛りと咲き誇る矢車草を眺めながら、「可愛いぃぃ〜」なんて、まるで少女のようにほざく白髪のクソジジィがいた。何を隠そう、それはぼくなのだが、相当焼きが回っている(大辞林によると、“焼きが回る”とは、「年をとるなどして衰えてにぶくなる。ぼける」とある)と見える。
 「可愛いぃぃ〜」などというより「他に何か適切な形容詞はないのかよぉ〜 それはジジィの科白じゃないだろ〜」と、正論を振りかざし、自身を猛烈な勢いでなじったりしているのだから、ぼくは極めてまっとうであり、したがって、まだ焼は回っていない。
 上記したことを前提に、以下をお読みいただきたい。

 花の咲き始める時期になると、量販店などから「花の撮り方」に類するものが画像とともに毎年案内されてくる。そこに掲載されている写真のすべてとはいわないが、大半のものが柔らかいボケ味(これに関しては筆硯を改めようと思っている)を生かし、どちらかといえばハイキー(high key)調(ハイキー。写真などをはじめとする映像で、画面全体の調子が明るいこと)なものに仕立てられている。「如何にも」という感じである。

 表現の自由を最大限に尊重するぼくは、そのこと自体については何の反論もないのだが、それは「誰が見てもきれいで、一般受けのするものの代表格であり、万人向けであるかのような錯覚を生じさせるもの」であるように思えてならない。別の言葉で表現するなら、そこに描かれた花は、まるで「夢見る少女」のようでもある。「夢見る少女」を “身の詰まった” 個性的な表現とするかどうかは、その人の美の価値観次第であるから、他人がとやかくいう筋合いのものではない。ここのところ、ぼくはとっくに了承しているが、私見ではそれを没個性の権化としている。
 配布している量販店などは、様々な顧客がいるであろうから、誰が見てもきれいに感じるとの前提を崩せないであろうことも重々承知している。ただぼくは、自分の写真を棚に上げていうのだが、もう少しクオリティの高いものを提供して欲しいと願っている。
 「夢見る少女」一辺倒では、花が可哀相だ。花にも喜怒哀楽や深い人生観があるはずだ。花の美しさの表面だけをさらっと掠(かす)めただけに過ぎないものを、見本写真として顧客に提示するのは好ましからざることと感じている。

 かつて編集者だった時に、「物書きになりたい」という人が相談に来たことがあった。ぼくはその方に「あなたが今まで読んだ小説のなかで、何が一番感動しましたか?」と訊ねた。彼女は開口一番、「はい、『赤毛のアン』です」と答えた。『赤毛のアン』は、文学には違いないが、ぼくのなかでは最も下位に位置するものだったので、若いぼくは「海外の文学も、日本文学も、あなたはもう少しマシなものを読み、それに感応できるようになってから考え直しても遅くない」と、率直に答えたことがある。
 あれから、もう半世紀近くが経とうとしているが、その質問をされれば、今も同じ答を返す。「少女趣味」という観点から述べるのだとすれば、確かに『赤毛のアン』はその筆頭に挙げてもいいだろう。それだけのものに過ぎない。

 ぼくが今回記した考えを、独断と偏見として読まれてもかまわないが、自身の人生観(感情や思想、哲学や宗教、延いては死生観など)を表出するのが創作の本道だという信念をぼくは抱いているし、ぼく自身もそれを原点とし、また座標軸にしたいと願っている。いつまでも「夢見るジジィ」でありたいものだ。「少女趣味」は、少女時代だけの特権なのである。大の男が、それをしてどうする。

https://www.amatias.com/bbs/30/596.html
            
カメラ:EOS-R6。レンズ: RF100mm F2.8L Macro IS USM。
埼玉県さいたま市。

★「01さいたま市」
チェリーセージ。長さ2cm足らずの小さな花の超接写。あたかも二窒フ鳥のように見えるアングルを探しつつも、捕捉されまいと風に揺れる鳥ども。ぼくも粘る。シャッターを切り終わって立ち上がったら、強烈な立ちくらみに遭った。
絞りf8.0、1/200秒、ISO 800、露出補正-0.67。

★「02さいたま市」
たんぽぽの種子を初めて見た。一つひとつが風に吹かれて飛んでいくその様が、容易に想像できた。このバッタはぼくに尻を向けて何をしているのだろう。
絞りf10.0、1/200秒、ISO 1250、露出補正-1.00。

(文:亀山 哲郎)

2022/05/20(金)
第595回:触らぬ神に・・・
 今年3月、若人に誘われちょっと鼻の下を伸ばしながら秩父市に出向いたものの、花粉症でないぼくは突如花粉の嵐に見舞われ、突発性花粉症を誘発し(これを医学的には、 “誘発突然変異” とか “人為突然変異” というらしいのだが、確証はない)、酷い目に遭ったという話はすでに拙稿にて述べた。
 我が倶楽部に居並ぶ恐いご婦人方に、「鼻の下を伸ばすなんて、年甲斐もないことをするから花粉症になるのよ。それって祟りよ。 “触らぬ神に祟りなし” っていうでしょ。それも分からないんだから」と揶揄され、ぼくはいつもの如く指導者としての面目を失いかけた。毎度のことながら、「いわなきゃよかった」と臍(ほぞ)を噛んだ。「懲りない質」というのも、ほんに困ったものだ。

 今回の掲載写真はその時に撮影したもの。本来なら、原稿を書いた手前、間を置かず、3〜4月にかけて掲載すべきところ、あの悪夢の再来を恐れ、それがままならなかった。秩父での写真を見ると、にっちもさっちも行かなかったあの拷問のようなくしゃみと鼻水の嵐。あの襲来を恐れ、ぼくは当地での写真を見ることを避けてきた。「22.3.11秩父市」と記したフォルダーは、パソコン上からお引き取り願って、外付けハードディスクに移してしまったくらいだ。そしてまた、何故ぼくが神に祟られなくてはならないのか、どうもよく分からない。
 だが、拷問の恐怖が蘇り、臆病風に吹かれてしまうとはこのようなことを指すのだろう。秩父の写真は、まさにフラッシュバックそのものなのである。鼻の下なぞ伸ばしている場合ではないのだ。

 時が経ち、今あの時の傷もだいぶ癒え、少ない撮影枚数のなかから未掲載の何枚かを辛うじて選び出し、どうにか補整を終えたばかり。写真の出来映え(撮影と暗室作業の双方)については、「もう少し何とかなったに違いない。いや、なったはずだ」との思いを抱きつつも、「これも “かめやまの写真” 」の片鱗が窺える部分があると思われた。その一方で、内心忸怩(じくじ)たるものがあることも確かだ。
 けれど、毛穴まで入り込んだ花粉を拭うには、将棋でいうところの一手透き(次の一手で相手の王を詰むために、王手ではない指し手を一手指すこと)はかなり良い謀(はかりごと)のように思えた。

 5年前の秩父市とくらべると、ぼくの好みに合う(触手を伸ばしたくなるような被写体)建物や佇まいが少なくなったように感じられ、鼻の下を伸ばしながらも寂しい思いをしていた。秩父神社の参道ともなっている「番場通り」を中心に行ったり来たりを繰り返していたが、以前目に留まった登録有形文化財に指定されている「パリー食堂」(昭和2年。1927年建造)に突き当たった。今も健在である。

 昭和レトロを代表するような趣きのある佇まいで、ネットなどでも盛んに紹介されているが、それはぼくにとって何か違和感のあるものだった。違和感というより、その建物を笑顔で喩えるのなら、「自然な微笑み」ではなく「作り笑い」のような気がしてならなかった。口が少し “への字” に曲がっているようにも見えた。その感覚は今回も5年前と変わることがなかった。

 西洋建築の流れを取り入れ、日本独自の様式美として発展した、いわゆる「看板建築」というものにぼくは好意的なのだが、この「パリー食堂」にはどこか作為的なものを感じ、今ひとつ馴染めなかった。
 だからといって、みすみす見逃すには惜しいという気が勝ってしまい、5年前には盛んにシャッターを切ったものだ。結果は全滅で、負けん気の強いぼくは、自分の言い訳のために何らかのケチをつけたかったのかも知れない。今回、この建物に再会し、やはり5年前と同じ感覚に襲われた。これも突発性花粉症のせいだといいたいが、それには少々無理がある。今思うに、「可愛さ余って憎さ百倍」というところか。いや、やっぱり「さり気なさ」が感じられないので、可愛いとはどうあってもいえない。

 したがって、再会できた喜びはほとんどなく、ぼくは腹癒せに、「厄介なものがまた目の前に立ち塞がりやがった」と、少し乱暴な言葉遣いを連れに聞き取られないよう、うつむき加減につぶやいた。舌打ちをするよりはずっとましな行為だ。憎しみの籠もった乱暴な言葉を年下の人に聞かせてはいけないとの配慮くらいはまだ残っていた。

 5年前の惨敗を思い浮かべながら、もう一度この看板建築にくしゃみを連発しながら対峙した。今回もしっくりするアングルが見つけられず、ぼくは探しあぐねた。この建造物は全体を捉えようとするから、どこかに無理が祟って散漫になってしまうのではないかと思え、象徴的な部分を思い切って切り取ってみようと一計を立てた。そして、アングルも色調も「内向的に。あくまで内向的に。調和を崩さずに。あれもこれも撮らずに潔く1枚だけ撮る。あらかじめ立ち位置を決め、焦点距離は70mm」を呪文のように唱え、シャッターを押した。
 不似合いで不細工なアルミサッシが「作り笑い」をし、あざ笑うかのようにぼくを見下ろしていた。

https://www.amatias.com/bbs/30/595.html
            
カメラ:EOS-R6。レンズ: RF24-105mm F4.0L IS USM。
埼玉県秩父市。

★「01秩父市」
本文参照。
絞りf8.0、1/160秒、ISO 100、露出補正-0.67。

★「02秩父市」
汚れたシャッターに設えられたレター・ボックス。何の加減か、赤ペンキが存在を主張していた。
絞りf5.6、1/50秒、ISO 800、露出補正-1.00。


(文:亀山 哲郎)

2022/05/13(金)
第594回:個展について
 最近富みに、様々なところから「個展をしないのか?」との質問を受ける。読者諸兄のなかにもそういってくださる方が何人かいらっしゃる。個人からも、写真関係者(社)からも、そのようなありがたいお声がけやお誘いを受けるのだが、愚図ったれのぼくはなかなか踏み出せずに、時間ばかりが無情に過ぎていく。聞かれたことに対して、いつも「そうだねぇ」と生返事を繰り返している。「もうそろそろ」などと気の利いたこともいわない。
 「機が熟すのを待つ」なんて恰好をつけているわけではないのだが、ぼくは個展というものに自分なりの偏屈な信念のようなものを持っていて、それが個展をなかなか開催しない理由のひとつともなっているのだろうし、加え個展にたいした執着心も抱いていない。そして、ぼくは厚かましくも自分を写真作家などと標榜しているわけではないのだから、実のところマイペースを気取っていればいいのだと考えている。

 思い返してみれば、ぼくが最後に個展をしたのは東北大震災のあった2011年のことだから(コニカミノルタプラザ)、もうかれこれ11年もご無沙汰という勘定になる。それでさえ、50点ばかりの作品を用意するのに足掛け24年を要している。それ以前は、2005〜2006年にかけてキヤノンギャラリーが全国巡回展を催してくれたが、これも18年間の集大成だった。
 ぼくは写真中毒のタイプではないので、つまり怠け癖が身に染みついているが故、決して多作の写真屋とはいえず、気の赴くまま自分のペースを守りつつ、愉しみながら撮るほうだと自身では思っている。これがぼくの写真生活のあり方だとしているので、負い目を感じるようなことはない。これを欲目というんでしょうかねぇ。

 欲目とはいえ、大上段に振りかぶっていえば、自分の作品に対してストイックであるが故の、当然の帰結なのだと他人様には格好をつけて宣うことにしている。
 先日、クラシック音楽好きの友人もぼくを急かしてきたが、「ドイツの名指揮者カルロス・クライバー(1930 - 2004年。ぼくはクライバーを現代の第一人者として認めている)は、あまりにもストイックだったために、なかなか演奏会をしない指揮者として有名だったじゃない」と、クライバーと同一視して自らを語るぼくもすごい。なので、ぼくの言い分には説得力というものがない。

 自分の写真行為は、他人を喜ばせたり、心地良い思いを提供するためのものではなく( “見せよう” との気が勝つと、必ず作品のクオリティは落ちて行くものだ。それをぼくは「大衆迎合」と捉えている)、自身の感情や思想を率直に写真に表現できればそれで由としている。それが創作の原点だ。ましてや、他人が自分の作品をどう評価しようがぼくの知るところではない。
 元来、根がひねくれているのか、褒められても、貶(けな)されても、つまり毀誉褒貶(きよほうへん)にはまったく頓着しない性格である。「蛙の面に小便」と、ぼくは可愛げがないが、それは自尊心の裏返しなのかも知れない。
 そしてまた、斜に構え「大衆的なものほど人気を博す」(ぼくの格言)は、洋の東西に関わらず不変であるというのが持論。「大衆的なもの」を蔑んでいるのではなく、いやむしろ人間が生きていくうえでそれは必要不可欠なものであると認めているが、ぼくはそのようなものを作りたくないというに過ぎない。自身のありようとして、必然性を感じていないともいえる。

 自分の撮る写真が、「かめやまの写真」であれば、それがぼくにとって良い写真であり、納得のいく作品なのだと考えている。ぼくの能力では、そのようなものがなかなか撮れないでいるので、作品の点数が稼げず、畢竟個展を開催することが思うに任せないというのが実際のところだ。
 自身の納得できる作品を世に問うことは、物づくり屋としてとても大切なことであるという気持に変わりはない。プロの写真屋として、個展を開く気構えや矜恃をぼくはことさら重んじたいだけだ。評価を気にするようではまだまだ半人前だし、それでは碌な写真も撮れないだろう。

 この2年間は、武漢コロナのために遠出ができず、草花ばかりを撮っていたが、それとて「かめやまの写真」は遺憾ながら数点しかない。贔屓目に見ても7〜8点というところか。したがって、掲載写真の多くは及第点をやれないと正直に告白しなければならない。衷心より、ごめんなさい。
 もし花をテーマに個展をするのであれば、ぼくの技量をもってして10年かかるという計算だ。テーマがありふれた花であるだけに、自分だけのものを表現するには10年ではとても追いつかないかも知れない。やはり20年か? そうだとすると、あと20年は花を撮り続けなければならず、ぼくはもう生きていないので、花をテーマにした個展は絶望的だ。
 中断を余儀なくされていたテーマである「ガラス越しの世界」のほうがぼくの質(たち)に合っているし、こちらのほうがまだ現実味があるような気がしている。忌むべき疫病もそろそろ終焉と期待しながら、残り時間を塩梅すれば「もうそろそろ」なんて口を濁さずに、このテーマに向けて動き出さなければと考えている今日この頃。

https://www.amatias.com/bbs/30/594.html
            
カメラ:EOS-R6。レンズ: RF100mm F 2.8 Macro IS USM。
埼玉県さいたま市。

★「01さいたま市」
近くのハーブ園で。大きさ1cmほどのボリジの花が風に揺らぐなか、なんとかこの可愛い花を捕獲しようと格闘。立ち上がったとたんに立ちくらみ。ぼくもあと5年と覚悟を決めた日。
絞りf4.0、1/640秒、ISO 320、露出補正-0.67。

★「02さいたま市」
同じハーブ園にあった擬宝珠(ぎぼうし)の葉。撮影当初から「これはモノクロで」と決め、ハイライトとシャドウをスポット測光で濃度域を計り、久しぶりにゾーンシステム(A. アダムスのメソード)を応用。
絞りf10、1/50秒、ISO 800、露出補正はマニュアルのため明記できず。

(文:亀山 哲郎)

2022/05/06(金)
第593回:ありがたくも未熟者
 かなりの間急務が重なり、かれこれもう1ヶ月近くカメラに触れることができずにいる。これは近来稀な出来事といっていい。写真屋稼業に精を出してから初めてのことではないかと思う。そのくらい日々あたふたとしていた。途中、仕事の依頼もあったのだが、他に優先すべき事柄に追われ、心ならずもお断りしてしまった。

 撮影こそしなかったものの、その間久しぶりにお気に入りの印画紙を使って大量の(といっても40枚程度だが)大判プリント(といってもA3ノビだが)に取りかからなければならず、それは撮影と同じくらい良い勉強になったと自らを慰めている。プリントを凝視しながら、撮影時のイメージ構築や、そして技術的に及ばなかった箇所を知ることは、撮影と同じくらいの比重があるとぼくは考えている。そこでの発見は “慰め” 以上の価値あるものをもたらした。これは決して、悔しまぎれにいっているわけではない。
 加えプリント作業に取りかかる前に、データの点検やら検討も合わせてする必要があったので、老体に鞭を打ちながら、なんとか無事にやり遂げた。おかげで、腰は痛いわ、普段つったり痙攣したこともない筋肉までもがぼくを悩ませたが、プリントをする楽しみを考えれば、取るに足りぬことだ。

 そしてぼくは、今さらながらにプリント作業が、もしかしたら好きなのではないかと思えた。元来、銀塩時代(フィルム時代)から酢酸の臭い(匂い。もしくは香り、と書くべきか)が充満する暗室に籠もり、現像皿に浸した印画紙からぼーっと画像が出現してくるあの一刻が何ものにも替え難いほど好きだったし、胸がときめいたものだ。この一瞬に撮影の楽しみが凝縮されているとさえ考えていたので、まさに “寝食を忘れて” といったところだった。
 アマチュア時代から、暗室に籠もることの孤独をむしろ心地良く感じていたほどだ。デジタルと異なり、銀塩写真はポジフィルムを除いて、印画紙にプリントをしなければ画像を直接見ることができないのだから、否が応でもしなければならない作業だった。

 未だにあの懐かしい酢酸の臭いが脳裏(鼻)にこびり付いていて、 “耳鳴り” ならぬ “鼻鳴り” がする。匂いと過去への追憶は、他の器官にくらべ、より密接に、しかも濃密につながっているとさえ思える。今ぼくはデジタル一辺倒なので、酢酸臭を嗅ぐことはないが、プリンターからジコジコと印画紙が排出されてくるあの様は、撮影とともに写真の醍醐味と喜びを堪能できる瞬間でもある。これは、アナログでもデジタルでも同様だ。

 昨今、デジタルの目覚ましい進化により、あるいは世の中の移り変わりのなかで、写真は必ずしもプリントでの観賞とは限らず、モニター上でなされるようにもなっている。これについての問題点は過去に何度か触れたので、ここでその可否、長所・短所について改めて述べることはしないが、それを踏まえた上で、やはりプリントの価値と利点は余りあるほどある。
 デジタルは実体がない(観賞するモニターによって、色調、明度、コントラスト、色温度、ディスプレイの経年変化などがまちまち)ので、モニターとプリントの色味が合わず、どちらが正しいのかとの現象に悩まされることになる。その伝、プリントは実体そのものであるが故に(環境光の影響を多少は受けるものの)、作者の意図するところがそのままに反映される。つまり、プリントは信ずるに足りる媒体なのである。こればかりは、モニターは「信ずる者は救われる」という具合にはいかない。

 モニターによるまちまちの見え方を避けるためには、厳密に調整された(キャリブレーション)モニターを使用することが求められるのだが、写真を撮る人たちの、おそらく99%はそうではないだろう。
 写真屋のぼくとてそのような、いわゆるハード・キャリブレーション(カラーマネージメント対応のモニターを必要とし、室内光も高演色性光源を使用)はしておらず、ソフト・キャリブレーション(キャリブレーションセンサーとソフトウェアが必要)のみで、過不足のない結果を得ている。ただし、室内光は高演色性蛍光灯を9本使用し、その光源下でプリントを評価している。

 話が横道に逸れてしまったが、「モニター上のこの画像はプリントが難しいな」と感じた時、ぼくの常套手段は、A3ノビにプリントする前に、勝手知ったる印画紙(2L判)にまずプリントしてみることだ。何故なら、展示用の印画紙(貧乏人のぼくには分不相応に高価なもの)を用意しているので、そこで失敗しないためにも、テスト用の印画紙を用意しておく必要がある。
 ぼくはこのテスト用印画紙に、エプソンの絹目調写真用紙を使用している。ディープ・シャドウからハイライトに至るまでの性格や特徴をよく知っているので、プリント結果の全容をつかみやすい。
 特に注視することは、ディープ・シャドウの分離とグラデーションの具合を計ることにある。この印画紙をプリントしてみて、画像を僅かに調整することもある。本来なら、この作業手順は本末転倒ともいえ、それを否定する人もいるだろうが、使用するモニターやプリンター、及び印画紙の特性などを把握していれば、それで十分事足りる。ぼくはプリントに関しては「結果オーライ」で良いと思っている。ぼくにとって、ハード・キャリブレーションされたモニターが必ずしも必要ではないということだ。

 意図するところが十全にプリントできた時の喜びは他に替え難い。そして画像にマッチすると思われる印画紙の選択も非常に重要な要素のひとつだ。今回は、光沢紙以外に、マット紙や和紙など取り混ぜてプリントしてみた。思いのほか、撮影時のイメージに近づけたり、今さらながらの発見にひとりほくそ笑んでいる。まだまだ、ありがたいことに、ぼくは未熟者である。

https://www.amatias.com/bbs/30/593.html
                  
カメラ:EOS-R6。レンズ: RF35mm F 1.8 Macro IS STM。
埼玉県さいたま市。

★「01さいたま市」
夕闇迫るなか、自然の創造主は思いがけぬプレゼントをしてくれる。おかげでぼくは、菜の花を気の利いた、目立たぬ脇役に仕立て上げられたと思っている。
絞りf8.0、1/250秒、ISO 640、露出補正-0.67。

★「02さいたま市」
南天の葉が多彩な演出をしてくれた。ほとんど無補整。
絞りf5.6、1/60秒、ISO 200、露出補正-0.67。

(文:亀山 哲郎)

2022/04/22(金)
第592回:写真のジレンマ
 もう40日以上もシャッターを押していない。先週、ぼくの分際ではなかなか食すことのできない料理と超高級果物店の果物を差し出され、それを友人に自慢しようと、あの恰好の悪いスマホスタイルで辺りに目を配りながら撮ってみたが、ぼくのそのような魂胆のほうがスマホスタイルよりずっと野暮でみっともないことに気づき、撮るには撮ったがすぐに削除してしまった。 “すぐに” というより、ほとんど反射的だった。

 ぼくは写真中毒ではないが、写真屋という手前、いくらよんどころない用事に追われているとはいえ40日以上あの感触をないがしろにするとは許しがたく、さすがのぼくも良心が疼き始めている。また、生活のリズムも乱れそうな気がして、どうにも居心地が悪く、全身がむず痒い。
 それでいて、アマチュア諸氏には「年間、最低でも1万枚は撮れ!」と良心の呵責など打ち捨て、したり顔でそう豪語している。何故なら、若い頃のぼくはそれを励行していたので、今寸足らずでも、ぼくは胸を張り躊躇することなくそう言い放つのである。その資格があると思っているのだが、自分の資格を他人に押しつけている時点で、ぼくは間違っていると素直に認める。ただ惜しむらくは、誰も昔のぼくの勤勉さを知らないということだ。
 残念ながら、「年間撮影1万枚と読書100冊」の誓いも、この数年は箍(たが)が緩み、怠けがちである。古稀を境に「何事も量より質を優先」、でいいではないか?

 万やむを得ず !? 撮ったその料理やデザート写真をスマホから削除した瞬間、何ともいえぬほどの心地良さを覚えたのだから不思議や不思議。いや、不思議ではない。その快感は、とどのつまり、出来の悪い写真を削除したからではなく、そのスマホ写真はぼくのケチな、何某かの自慢の種に過ぎず、そこには実に姑息な料簡と浅ましい根性がはびこっていたということである。
 そんな好ましからざるものが、古稀を過ぎたあまり賢くない白髪ジジィの頭のなかであたかも通奏低音のようにうねり、それを潔く葬り去った自身を振り返り、快哉を叫びたかったのだろう。

 忌々しきその写真を削除するその瞬間、「こんなものをいちいちスマホで撮り、SNSにアップしたがる人間の、そんな心胆を寒からしめるような所業が理解できんわ」と、大きなお世話と知りつつそう嘯(うそぶ)いた。何故か、「江戸の敵を長崎で討つ」ような、そんな面持ちだった。嗚呼、ホンに疲れるジジィやなぁ!
 加えていうなら、しかもその料理は “当然のことながら” 手銭(自分の金銭。この言葉など、最近はあまり使われなくなったように思う。含みのある良い言葉なのに)ではないだけに、他人に自慢するようなことではまったくない。しかし、後れ馳せながら、己の無様さに気づいただけでもぼくはまだましなほうだと思っている。

 歳を重ねるに従って、好きで始めたつもりの写真が、年々恐くなっている。上記した「しばらく写真にご無沙汰」は、気力の問題ではなく、また身体が思うに任せず(幸いなことにまだそこまでは難儀していない)ということでもなく、何か別の理由があって恐いのだと感じている。その正体が何であるのかを探ろうともがいている自分がいることも、恐いことのひとつであるような気がしている。
 仕事の写真は恐くて当たり前のことなのだが、もっと愉しく、気楽なはずであって欲しい私的な写真までもがそのような感覚に襲われるようになった。

 学校を卒業してからすでに半世紀以上が経過し、試験の夢はさすがに見なくなって久しいが(試験科目や場所を間違え七転八倒する夢。実際にそのようなことはなかったにも関わらず)、写真に苦しめられる夢は、未だ1〜2週間に1度は必ず見るのだから、たまったものではない。あまりの辛さに冷や汗をかき、跳ね起きるということはないが、目覚めて「あ〜、夢でよかったぁ〜」と胸を撫で下ろす。「何の因果でおれはこんな夢を見なければいかんのか?」と自問するのだが、心当たりがないから困ってしまう。ただ、いつも平然を装いながらも、実際は写真を撮ることの恐怖に戦いていたことは確かだ。
 もしぼくが失敗すれば、大勢の人に多大な迷惑をかけ、そしてぼくは食い扶持を失い、ぼくだけならまだしも、家族が路頭に迷うことになる。それを避けるために、準備の限りを尽くし、撮影には集中力と知恵を総動員しなければならなかった。ぼくには荷が勝ちすぎたのだろう。それが夢見の主たる原因ではないかと思う。

 撮影現場で、フィルムやレンズ、その他の機材がなかったり(コマーシャル・カメラマンは大型の四輪駆動車やワゴン車に機材を満載して移動するのが常で、カメラバッグひとつで済む他分野の写真とはここが異なる)、あるいは現場にどうしても辿り着けず、山の中をグルグル回っていたり、クライアントやデザイナーと意見が合わず悶着を起こしたりと、ありとあらゆる不具合・不都合が嵐のように襲ってくる。ぼくはその度に夢の中で煩悶し、時に遺言を残しながら悶死さえしていた。

 そんな夢を頻繁に見始めたのは実は最も活動的だった壮年期ではなく、還暦を過ぎた頃からだった。因果応報とか、善因善果とか、悪因悪果とか、悪事身にとまるとか、ファインダーを覗きながらそんなことに思いを馳せるから、ぼくの私的写真はどこか抹香臭いといわれるのかも知れない。自分の体臭は自分では分からぬものなので、それに準じ、自分の写真は自分には分からない。これも恐怖の一因になっている。
 そういえば、ぼくは壮年期までは「性善説」、還暦の頃は「性悪説」、今は「人それぞれ」と変化を遂げてきた。そして未だもって無信心だが、日本古来からの「八百万(やおよろず)の神」が、可愛げがあって一番好きだ。でも、ぼくの写真は可愛く、夢見心地のものであってはならず、頑固一途で、ホンに疲れる写真でありたいと願っている。

https://www.amatias.com/bbs/30/592.html
            
カメラ:EOS-R6。レンズ: RF24-105mm F4.0L IS USM。
埼玉県栃木市。

★「01栃木市」
例幣使街道に残る理髪館。何度も、何度も撮ったが、いつ頃のものだろう?
絞りf7.1、1/50秒、ISO 2000、露出補正-1.00。

★「02栃木市」
家の土台の一部らしいが、どう見ても未完成で放り出したまま。左端には固まってしまったセメントの山が。
絞りf6.3、1/200秒、ISO 200、露出補正-1.0。
 
(文:亀山 哲郎)