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■亀山哲郎の写真よもやま話■
亀山哲郎氏 プロカメラマン亀山哲郎氏が、豊富な経験から、カメラ・写真にまつわる様々な場面におけるワンポイントアドバイスを分かり易くお伝えします!
■著者プロフィール■
1948年生まれ。大手出版社の編集者を経て、1985年よりフリーランス・カメラマンとしてコマーシャル写真に従事。雑誌、広告の仕事で世界35ヶ国をロケ。
現在、プロアマの混成写真集団フォト・トルトゥーガを主宰。毎年グループ展を催し、後進の指導にあたる。
2003年4月〜2010年3月まで、さいたま商工会議所会報誌の表紙写真を担当。 これまでに、写真集・エッセイ集などを出版する他、2002年〜2008年には『NHKロシア語講座』に写真とエッセイを72回にわたり連載するなど、多方面で活躍中。

【著者より】
もし、文中でご不明の事柄などありましたら、右記アドレス宛にご質問ください。 → kameyamaphoto2@mac.com

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2012/01/13(金)
第84回:ヒストグラム(6)
 前号で「適切な露出(何が適切な露出であるかは撮影意図に左右されますが)」と述べました。では、世間で用いられる「適正露出」とは一体何を指してそう言うのでしょう? 一般的には撮影された写真が「明るすぎず」「暗すぎず」、視覚的に「ちょうどいいと思われる」明度で表現されたものを言うのであろうと思います。これは極めて感覚的な問題ですので、誰もその写真についての露出を云々することができません。つまり正否がないのです。どれが正解なのか、あるいは客観的に見て他人はどの写真に安心感を得られるのか、永遠にけりのつかない問題です。

 かつて、フィルムで仕事をしていた頃に、よくこの問題に直面しました。印刷を前提にした写真ですからカラーはすべてポジフィルム(スライド写真用フィルム)を使いました。ポジフィルムは露出の許容度(ラチチュード)がネガカラーやモノクロに比べると狭く、プロでなくとも何段階かの露光をするのが、勇敢な人以外の作法でした(ぼくは現在ポジフィルムを使うことがないので、過去形で書いています)。
 ポジフィルムを使い1枚撮りで最適な露出を得るなどということは神業に近く、そのために何段階か露出を変えて撮ったものです。本番前にポラロイドを切って露出の確認をしてもなかなか当たらないのが露出というものです。そのくらい露出というものはシビアで、写真を愛好する人間は永遠にこの悩ましい問題から解き放たれることはありませんでした(ここも過去形)。
 最少でも1/3 絞りずつ露出を変えて3段階、多い時は5段階。画面の中に発光体があったり、逆光だったり、極端にコントラストが強い場合などは10枚くらい撮ったものです。これだけ“保険”をかけなければなりませんでした。
 それでもフィルム納品時にクライアントと段階露光をしたフィルムを見ながら、常に意見の一致を見るとは限りません。それはつまり感覚的な問題だからです。写真の明度に関する問題は、フィルムでもデジタルでも同様ですが、感覚に頼っていたフィルムに比べて(文字通りの“アナログ”です)、デジタルはそこに科学というものが介在するようになり、自分の撮った写真が「科学的に適正露出」であるかどうかが判明するような仕掛けになっています。それがデジタル最大の利器であるヒストグラムなのです。

 今回でヒストグラムのお話しは終わりにしようと思っていますが、せっかくヒストグラムに関わったのですから、それを利用しての画像補整についても少しだけ触れることにいたしましょう。
 使用ソフトは最も一般的なAdobe社のPhotoshopを使いました。Photoshopの簡易版であるPhotoshop Elements にも「レベル補整」というまったく同じ機能がありますので、それを使っても得られる結果は同様です。

※参照写真とヒストグラム → http://www.amatias.com/bbs/30/84.html

●添付画像「原画01」はRawで撮影。Photoshop CS5のACR ( Adobe Camera Raw )というRaw現像ソフトを使いデフォルトで現像しています。露出補正はノーマルですと空の一部が白飛びを起こしてしまうため、補正は−0.33 (−1/3 )で撮りました。「01ヒストグラム」でお分かりのようにハイライト(右端)の山がはみ出さず“寸止め”の位置です。画像がわずかに眠たいのはMax.Black(最高濃度)が存在していないことと半逆光のためです。

●「02ヒストグラム」の左三角を35まで右に移動して、最暗部を画面上に出すようにしました。山の裾よりわずかに右に寄せ山の左端をはみ出させていますが、この画像で最も暗い部分は画面右端中央のクリーニング店のほんのわずかな部分ですから無視してもいいのです。35まで寄せていくと画面全体が暗くなりますので、中央三角を左に移動し中間部を明るくしてやります。ここは大幅に動かしても白飛びしませんので安心して動かしてください。「02ヒストグラム」に記した赤矢印参照。
 この補整の結果、手前の旗の下部(価格表示)はMax.Blackとなり、全体のコントラストも上がり暗部が締まってきました。
 右の三角(ハイライト部)を左に移動すればさらにコントラストが上がりシャキッとした印象が得られますが、空が白く飛んでしまいます。せっかく空を飛ばせないように“寸止め”の露出補正をしているのですから、今回の補整はここまででいいでしょう。全体のコントラストを英語の手引き書などでは「Total Contrast」と言いますが、まずそれを整えることが画像補整の第一歩です。補正の画像をさらにインパクトあるものにするのであれば、あるいは作者のイメージに従うのであれば、部分部分を選択してコントラストや明暗を加減(Local Contrast)していきます。

●「03ヒストグラム」は「画像02」のものです。暗部は意図的につぶした部分がわずかに(目視できない程度)ありますが、白飛びをしている部分がなく、情報の損失がありません。

●「04ノスタルジー」は退色し始めた今はなきポラロイドのイメージを演出してみました。単なるぼくの悪戯です。この悪戯は10分とかかりません。こんな芸当はフィルム時代にはとても出来なかったことの事例として作ってみました。

 何度も繰り返しますがヒストグラムを読めるようになることがデジタル事始めです。こんなに便利で、しかも科学的裏付けを得られるものはないのですから、ぜひ習得されることを望んでいます。
(文:亀山 哲郎)

2012/01/06(金)
第83回:ヒストグラム(5)
 新年あけましておめでとうございます。
 本年もどうぞよろしくお願いいたします。

 新年早々いやな夢を見てしまいました。昔から「一富士二鷹三茄子」(いちふじにたかさんなすび)と言いますが、縁起担ぎなのでしょうけれど、ぼくは毎日夢を見ますがそんなものは一度も見たことがありません。強盗に襲われそうになったり、悪事を働き警察に追われる夢を見たりして、夢から覚めた時に「あ〜っ、夢でよかった」ということがしばしばあります。
 しかし、最も多い夢はカメラを忘れたり、いざという時にどこかにカメラを置きっぱなしにして手元にない夢です。夢の中でしきりと狼狽えているのです。この類の夢は非常にしばしば見ます。よりによって初夢は撮影現場でカメラバッグを開けたらカメラが入っていなかったというものでした。

 それは十数年前にしでかした「カメラ忘れちゃった事件」という職業カメラマンにあるまじき所行がトラウマとなり、その後遺症が様々なかたちに変質し、未だに尾を引いているのだと思われます。撮影現場に着き、車の後部座席を見たらそこに置いたはずのカメラバッグがなかったというとんでもない事態に遭遇したのでした。幸いにして取材先も時間の融通が利き、場所も都内でしたので家にいた当時大学生の息子に持って来てもらい事なきを得たのですが、この時の身も凍るような思いは終生忘れ得ぬものとなりました。担当者も旧知の間柄でしたので、お互いに顔を引きつらせながら笑い合ったものです。笑うしか手がありません。あの大きなカメラバッグがどこに消えてしまったのだろうと大の大人二人が座席の下などを覗き込んだりするのですから、粗忽によって浮き足立ち、忘我の境に入った人間は何をおっ始めるか知れたものではありません。
 「カメラ忘れちゃった事件」が余程堪えたとみえ、未だ撮影現場に向かう途上、信号待ちの時などに後部座席をちらちらと振り返る癖がついてしまったのです。このような滅多にない大技をこなしたぼくは、実は未だ悪夢から逃れられぬかなりの小心者なのです。十数年経った今も家人からは「カメラを忘れたカメラマン」と執拗に揶揄され、返す言葉もありません。
 ぼくの友人のカメラマンたちはさらに信じがたい超ドジを演じており・・・、そんなことを書き始めるといよいよ本題に入れなくなってしまいますから隠忍自重いたしましょう。

 ヒストグラムというものはデジタル最強の利器だとお話ししましたが、ヒストグラムと露出は切っても切れない関係にあります。ヒストグラムの説明を兼ねて、では実際に1絞りの差というものが写真上でどのくらい異なるのかを(案外、ベテランと言えどもこの差を明確に捉えていない人が大半です)、添付画像と合わせて説明いたしましょう。

 前回は写真の再現濃度域をはるかに越えた被写体を参考例にお話しをしましたが、今回はごく標準的な被写体を例にしてみました。昨日の寒風吹きすさぶ晴天時に撮影したものです。Rawデータで撮り、フランスDxO社のもので現像しています。絞りを固定しシャッター速度を変えています。

※参照写真とヒストグラム → http://www.amatias.com/bbs/30/83.html

まず、露出をノーマルから一段ずつ減らしていきます。

●「01露出ノーマル」とそのヒストグラム。カメラの指示通りの露出プラスマイナス0(つまりノーマル)で撮りました。実画からもヒストグラムからも(山の右裾野がはみ出しています)わずかに露出オーバーであることがわかります。山の中央部に大きく飛び出した部分は舗装道路です。

●「02露出補正-1」とそのヒストグラム。露出補正-1。全体が左に移動しています。

●「03露出補正-2」とそのヒストグラム。露出補正-2。

●「04露出補正-3」とそのヒストグラム。露出補正-3。被写体が写真の再現域にほぼ収まっている場合は(平均的なコントラスト)往々にしてここまで露出不足でも暗部(山の左側)が黒つぶれしないで持ちこたえていることがお分かりでしょう。

 ノーマルから、露出を一段ずつ増やしていきます。

○「05露出補正+1」とそのヒストグラム。一段露出オーバーになっただけで山の右側がはみ出してしまいました。つまり情報が失われ白飛びを起こしています。

○「06露出補正+2」とそのヒストグラム。もはやどんなに画像補整を駆使してもきれいな映像は得られません。

○「07露出補正+3」とそのヒストグラム。もう絶望的であります。

★「08完成画像」とそのヒストグラム。Photoshopにより適切に補整されたもの。山の両端が濃度域にピタリと収まりました。

 適切な露出(何が適切な露出であるかは撮影意図に左右されますが)を得られた画像はわずかな補整で適切な濃度域とコントラストが得られ、画像補整も力業に頼ることなく、画質の劣化を最小限に抑えられるということなのです。
 とにかく肝要なことは白飛びを起こさぬような露出を心がけてください。どうぞ、その伝お忘れなきように。ぼくも今年は忘れ物の悪夢から逃れたいと祈願しています。
(文:亀山 哲郎)

2011/12/26(月)
第82回:ヒストグラム(4)
 前回は前振りだけに終始し、本題にまで至らず失礼してしまいました。なぜあのようなことをくどくどと申し上げたかと言いますと、デジタル写真の事始めに於いてモニターのキャリブレーションはとても大切な一歩なのですがそれをお伝えするためではなく、作例の画像を添付してもそれが読者諸兄にどの程度正確に伝わるのか常に疑心暗鬼につきまとわれていたというぼく自身の問題からでした。

 自分の写真を他のモニターで見る機会は、たまたまはあってもそれほど多いということは普段ありませんし、その必要もありません。ぼくは職業柄、使用するパソコンはMacですし、仕事相手も圧倒的にMac使用者が多く、カラーマネージメント機能に難点があると思われるWinのブラウザでは自分の写真が本来の色調とどのような隔たりが出てしまうのだろうとかと一抹の危惧と不安を抱いていました。
 そんな折、技術畑であるWin使用者の友人から極めて悲観的な「調査報告(前回:第81回参照)」なるものが送られて来たのでした。デジタルの宿命と言ってしまえばそれまでですが、写真クラブのメンバーに頻繁に画像添付をして解説してきた身としては、やはり背筋が凍るような思いに囚われています。

 30cmの穴を深いと言う人もいるでしょうし、浅いという人もいるでしょうから、解決出来ぬ事にこだわっていては前に進めませんので、理論武装はこのへんで止めて本題に移りましょう。

※参照写真とヒストグラム → http://www.amatias.com/bbs/30/82.html

●「01」のような被写体を見つけました。この被写体は写真の明度再現域をはるかに越えています。以前に写真の再現可能な明暗比は約1:200だとお話ししたことがあります。その範囲を越えてしまっているのでシャドウ部はつぶれ、ハイライト部は白飛びを起こしています。人間の目は約1:20,000の明暗比を識別できるそうですから、このようなコントラストの強い被写体でも細部を視認できるのですが、ところが写真はそうはいかないのです。この写真はRawデータで撮り、Photoshop CS5のデフォルトで現像したものです。ちなみに色域はぼくの常用しているAdobe RGBではなく一般的なsRGBに変換してあります。

●「02」そのヒストグラムです。山の両裾野が最暗部0、最明部255を越えてちょん切れています。このヒストグラムから被写体はコントラストが極めて高いことが分かります。

●「03」画像の青い部分が黒つぶれで、赤い部分が白飛びをしています。ちょうど太陽の入射角と反射角のほぼ等しいところがぼくの立ち位置ですから、なおさらハイライト部の輝度が高く、高コントラストとなっています。

●「04」盛大に黒つぶれと白飛びを生じた画像をPhotoshopの「トーンカーブ」ツールを用いて出来るだけ見た目に近づけるように補正してみました。この画像でも黒つぶれと白飛びを完全に取り去ることはできませんが(力業を駆使すれば出来ますが、それは画質を劣化させてしまいますし見た目にもどこか不自然さを免れません)、ほとんど目視上差し支えのない程度に補正しています。ただ祠の木製の階段だけはほとんどデータが(情報が)失われているため補正による質感描写ができません。

●「05」そのヒストグラムです。「02」のヒストグラムと比べると、山の裾野が完全ではありませんが、なんとか両端内に収まっています。

●「06」太陽との入射角と反射角を変えた位置に移動してみました。こうすることにより多少はコントラストが低くなります。そして露出補正値は白飛びを起こさない程度ぎりぎりに-1絞りにしてみました。これでも完全に白飛びを防ぐことが出来ませんが、その部分は面ではなくほとんどが点ですのでOKとします。露出補正を-1にしたため暗部が犠牲となりますが、明部に比べ暗部は後の補正である程度は救うことができます。

●「07」露出補正-1画像のヒストグラムです。

●「08」Photoshopの「トーンカーブ」を用いて、暗部をつぶさず、明部をも飛ばさずに補正した画像です。画面右上の樹木やその下の陰のディテールが描写できるようになりました。またコントラストも平均的なものとなっています。

●「09」そのヒストグラムです。暗部は急峻ではありますが、山の形は両端に収まっています。最暗部から最明部まで写真の明度域にピタリ収まっています。

 ヒストグラムの見方が習得できるようになれば、デジタル写真の利用価値と応用範囲は飛躍的に多大なものとなります。撮った画像をカメラのヒストグラムで眺め、露出補正をしながら出来る限り白飛びを抑える(グラフの右端が最明部の限界点ですから、山の裾野をそこからはみ出さないように)ことがまず第一歩です。“露出の適正な補正こそが綺麗な写真を撮る事始め”なのです。ここから出発しないといつまで経っても“あてずっぽう”な写真の域から脱出不可能です。
 なお、太陽や室内の電球、蛍光灯などの発光体がある場合や真逆光なども、ヒストグラムの読み方が分かるようになればいくらでも応用が利くようになります。発光体はグラフの右端から飛び出してもかまいません。どの程度はみ出して良いのかは、山の中間部との兼ね合いで判断がつくようになります。そう時間はかからないでしょう。ヒストグラムはデジタルの最上かつ最強の道具ですから、まずはヒストグラムに馴染んでくださるように。

(文:亀山 哲郎)

2011/12/16(金)
第81回:ヒストグラム(3)
 先日、写真と暗室作業にとても熱心な友人(ぼくの写真クラブのメンバー)から「調査報告」なるものがメールにて送られてきました。彼とはここ数年来のお付き合いなのですが、技術畑の人なので、ぼくとは異なり物事を極めて理論的に構築することができるのです。片やぼくは感覚一辺倒の人間ですから、論理的に分かりやすく説明をするのがまことに苦手だし下手くそなのです。彼はそのような質のぼくを十分知っているくせに、写真についての質問をあれこれとメールで浴びせかけてきます。それは、時には純粋に写真的なことだったり、メカニズムについてだったり、暗室作業についてだったりと、多岐に亘りきわめて生真面目に体当たりをしてくるのです。
 幸いなことに今のところぼくの知識で手に余ることはないのですが、真面目に答えようとすればするほど相手の頭を混乱さてしまうようです。頭脳構造の異なる彼に張り合おうとしながらも、実際にはその面では勝負できないのでいつも話を抽象論にすり替え、ぼくは逃げを打つのです。今回81回目を迎えましたが、振り返ってみると「ぼくは一体何をみなさんにお伝えしているのだろうか? もう少し実践的な事柄を書かなければいけないのかな」という思いばかりが頭をもたげます。写真について好き勝手に書かせておけば、おそらく尽きることがないと思われます。まことに困ったものです。

 話を友人に戻して、その彼が当初「モニターとプリントの色や調子が合わないのだけれど、どうすればいいのか?」と訊ねてきたことがあります。ぼくの知る限りこの質問が最も多いような気がします。解決方法は至って明快なのですが(つまり科学に正しく従えばいいのです)、それを相手に率直に伝えるにはかなり勇気の要ることで、故に必ずと言っていいほどぼくは躊躇してしまうのです。科学に正しく従うには、モニターの色成分(RGB)や明るさ・コントラストなどを測るための測色器とハードキャリブレーションの出来るモニターが必要となるからです。それはかなりの出費を迫られることになります。
 「まずそのふたつを用意しないと何も解決しません。モニターは目測で調整できるものでは決してないのです」と、どうしても正直に言えないのです。ある意味でそれは残酷な答弁ですから、そこで言いよどんでしまうのです。ぼくはこと写真に関してだけは真面目ですから、正直さによるところの残酷さを選ぶべきか、曖昧に答えて相手に金銭的安らぎを与えるべきか、悩ましげに呻吟を繰り返すのです。
 モニターを正しく調整できれば、その次はカラーマネージメント(色管理)のできる画像調整ソフトが必要となります。そしてプリントする際のICCプロファイル(使用印画紙に適切なインクの噴出量などを決めるためのもの)などの知識が必要となってきます。この設定を誤るとせっかくの出費が元の木阿弥となってしまいますから、最後まで油断ならない。

 で、そんなこんなを技術畑の彼にたどたどしく説明したら、数日後明快なタッチで、「他のメンバーにも分かりやすくザッとまとめましたので、念のためみんなにも送ります」と言ってきました。ぼくは「よくこんな面倒なことを分かりやすく、正確に、順序よくまとめられるもんだね」と感嘆しながら彼に伝えたところ、「な〜に、朝飯前ですよ」だと。ぼくなら夜食後でも追いつかない。しかも順不同で混ぜご飯のようだから、読む方はよほど頭が冴えていないと解読できないという代物。

 で、何だっけな? アッ、彼の「調査報告」でしたね。
 「調査報告」とは、以前ぼくが「科学に従って正確にモニターを調整しても、WindowsのブラウザやソフトではMacintoshと違い正確な色再現はできない。カラーマネージメントのできる、例えばPhotoshopとはまったく違った色味で表現されてしまう」と述べたことについての技術畑の彼らしい詳細な実験報告でした。もちろん彼のモニターは正確にキャリブレーションされたものです。正しく投資をしているということです。
 結論から言うと、「何種類かのブラウザを試してみたが、まともな色再現をしてくれたのはMacintoshの純正ブラウザであるSafariだけだった」そうです。
 このような体験はぼくも他所でしばしばしています。撮影データを納品し、それを編集者などがノートパソコンで見ながら、「かめやまさん、今回は露出オーバー気味ですね、どうしたんですか?」なんてね。ぼくは「不届き者!」と思わず叫びたくなる衝動に駆られながらも優しく諭すように言います。「あのね、ぼくのモニターはね、ちゃんとキャリブレーションされたものなんだけれど、あなたの見ているモニターは何もしてない買いっぱなしのものでしょ。それで判断されちゃ、ぼくは泣くに泣けないよ」と。

 モニターのキャリブレーションされていないものはWinであろうとMacであろうと、1つの画像が百人百様に見えるのです。つまりあなたの作品がWeb上では百通りの異なった色調で表現されることになります。世の中の大半の方がモニターのキャリブレーションを行っていませんし、そうだとしても大半の方がWin使用者でしょうから、そこでは作者の表現意図が変形・変質されて世にばらまかれてしまうのです。決して大袈裟な言い方ではなく「こんな恐ろしい事はない」、「こんな戦慄すべきことはない」のです。

 今日は「ヒストグラム(3)」について画像を添付して、ヒストグラムのお話しを続けようと思いつつ、その前段階のお話しがこんなことになってしまいました。ぼくはやっぱり夜食後でもダメなんだ。
(文:亀山 哲郎)

2011/12/09(金)
第80回:ヒストグラム(2)
 デジタル画像を画像ソフトで立ち上げ、様々なツールを使って誰もが暗室作業のできる時代となり、一般の人たちにも写真の表現域がずいぶんと広がりました。一昔前には考えられぬことです。
 以前にも述べたように、昔は(昔のことばかり言いたくはありませんが、ついそうなってしまうのはやはり歳のせいでしょうかね。いや違う!)暗室作業をするのはごく一部の愛好家だけで、ぼくも御多分に漏れずそれに勤しんでいたものです。そこで得た感覚や感触がそっくりそのまま(フィルムとデジタルという違いはありますが)パソコンのモニター上で活用できるのですから、こんなにありがたいことはありません。しかも、より精緻に、お手軽に再現できてしまうので、この点に関してはある意味でドライな性格であるぼくなどは、もうフィルムに戻ることはないように思います。ただ、フィルムの暗室作業によって得られた事柄は多大なるものがありました。

 今はフィルムの銀の含有量が減って(正確に何%くらい減ったのかは分かりませんが)以前のように露出と現像時間で濃度域やコントラストを思うようにコントロールする妙味も失われたようにも思え、暗室に入り浸っていたぼくにはあまり利点と面白さが感じられぬようになってしまいました。写真の表現形態としてどちらが自分に合っているかということとは意味合いが異なるとぼくは思っており、であればより意のままに操り易い方を選択すればいいのではないかとも思っています。写真の善し悪しは道具や媒体に依存したり左右されたりするものではないからです。

 前回例題として添付した白菜の画像は写真の再現濃度域を100%使っていないために(つまり“軟調”という意味です)、どこか寝ぼけたというかシャッキリしない印象を受けます。コントラストが弱いという言い方もできます。フィルムであれば現像時間を変えたり、印画紙の号数を変えたりしながら、濃度域を合わせるのですが(被写体の濃度域がまったく同じという現象は、現世では二度となく、その作業は熟練を要します)、デジタルではこの作業が10秒もあれば出来てしまうのですからビックリマークも10個分に値します。“青天の霹靂”とか“一新紀元を画す”(ちょっと古いか)とか言いますね。

 前回のちょっと寝ぼけた添付画像を、コントラストを強くしてシャッキリとした(俗に言う“メリハリをつける”)画像にしてみましょう。
 今回使用した画像ソフトは世界的に最も一般的なAdobe Photoshopです。メリハリをつけるツールは他にもありますが、今回は一般的でやりやすい「レベル補正」ツールを使います。Photoshopの簡易版Photoshop Elements にも、あるいは他のほとんどのソフトにもヒストグラムを調整するツールがありますので、原理は同じですから、この方法を学んでおくことはとても有用です。

※実例ご参照 → http://www.amatias.com/bbs/30/80.html

 ★前回の添付画像を、“01” として今回もう一度掲載しておきますので、ご覧ください。この画像は撮りっぱなしの無補正画像で、被写体の濃度域が写真の再現濃度域より僅かに狭く、そのために眠たい印象を受けます。
 ★“02” は補正以前のヒストグラムです。
 ★“03” はメリハリを「レベル補正」ツールを使って利かせた画像です。分かりやすいように少し極端に補正してあります。最暗部と最明部を切り詰めて、ヒストグラムの山の裾が両端に届いています。その結果、画像には最暗部と最明部が多くなりコントラストが強くなっています。
 ★“04” は補正後のヒストグラムです。山の裾が両端に届いているのがお分かりでしょう。山の形も”02” と異なっていますね。
 ★“05” は、Photoshopの「レベル補正」ツールを使い、両端の三角印を赤矢印の方向に移動させています。両脇を詰める量が多ければ多いほどコントラストが強くなります。山の裾を詰めれば詰めるほど黒つぶれと白飛びの量(面積)が多くなり強いコントラストとなります。
 ただ、あまり極端に詰めたりすると“トーンジャンプ”というやっかいな現象が生じ、特に無地の部分に(例えば青空などに)縞模様が生じることになりますから、要注意です。力業は禁物です。力業を用いるにはそれに対処できる技術や感覚が必要となりますから、まず画像を中庸に整えることから始めてください。それが基本中の基本です。

 ちなみに真ん中の三角は中間明度で、この三角を左に移動すると画像全体が明るくなり、反対に右に寄せると暗くなります。

 簡易ソフトなどには「明るく」とか「暗く」、「コントラスト強」とか「コントラスト弱」というツールがありますが、動作としてはこのヒストグラムの調整方法と同じことが行われています。

 デジタルの印画紙には銀塩のようにコントラストの異なるもの(号数の異なる印画紙や、もしくはコントラストを変えるためのフィルターが)を揃える必要ではなく、ただモニター上で前記したツールを用いればよいだけなのです。この作業がたった10秒足らずで出来、綺麗な写真がプリント出来てしまうのですから、やはり試してみる価値はあるでしょう?
(文:亀山 哲郎)

2011/12/02(金)
第79回:ヒストグラム(1)
 デジタルの功罪のうち罪のひとつは撮影時に於いて“お気楽な習慣が身についてしまうこと”だと言いましたが、何を隠そうぼくだって偉そうなことを言いつつもその傾向が大いにあることを認めざるを得ません。
 つい10年ほど前まで仕事の写真と言えば、ぼくの場合はポジカラーフィルム(スライド用フィルム)の使用が95%位だったと思います。その後数年はフィルムとデジタルの併用期で、現在は100%デジタルとなりました。

 余談ですが、カメラ量販店で一年間に溜まったポイントが15万以上なんてこともありました。お金を貯める楽しみを奪われていたので、ひたすら量販店のポイントを溜めることに精を出していたのです。なんだかしみったれた楽しみですね。15万ポイントすべてがフィルム代でしたから、相当な量のフィルムを消費していたことになります。したがって、プロラボにもそれ相応の現像代を支払っていたことにもなります。フィルム代や現像代といった感材費は請求できましたが、デジタルではフィルム代も現像代も要りませんから、ではその分一体誰が得をしているのかと貧乏性のぼくなどはいつも考えてしまうのです。社会の仕組みにひどく疎いぼくなど未だにそれを解明できずにいます。
 また、フィルム時代は撮影したフィルムを現像所に出してしまえばプロカメラマンの仕事は一応終わりなのですが(ポジフィルムですから現像のあがったものをクライアントに納品するだけ)、デジタルは撮影後データを持ち帰り補正も含めてそれに付随することをあれこれとこなさなければならず、特殊技能所有者の見地からすれば割に合わないと感じることもあります。対時間の労働単価としては(つまり時給)目減りというわけです(ここで愚痴ってどうする)。プロカメラマンにとってデジタルとは“泣きっ面に蜂”というところでしょうか。

 余談が過ぎましたが、ポジフィルムは色再現の美しいことの引き替えに露出のラチチュード(許容範囲)が狭く、露出の決定には非常に神経質にならざるを得ませんでした。段階露光を+1/3、ノーマル、−1/3( AEB=自動段階露出。AEBの使用は、”プラス、ノーマル、マイナス “ の順番をお薦めします)の順に3枚撮るのですが、それでもドンピシャリという保証はないくらい難しいものです。ポジフィルムというのはなかなか保険を利かせにくい。クライアントからは「今日の撮影はフィルム10本でなんとか抑えてください」と耳打ちされることもしばしばありましたから、撮影中に冗談を言う余裕さえない。それが今では「ダメなら撮り直せばいい」に変わってしまいましたから、撮影中に冗談ばかり飛ばしている。“現場の雰囲気を和ませるために”なんて言い訳をしている自分に気がつきます。フィルム時代、真剣で勝負していた者が、今はデジタルのおかげ?で木刀か竹刀を振り回しているんですね。ぼくは今、自分の“お気楽さ”を戒めるためにこの文章を書いています。

 いつからぼくはこんな自堕落な人間になってしまったのだろうか? なんでこんなに落ちぶれてしまったのだろうか? と自問自答してみるに、その原因はどうやら前回お話ししたヒストグラムにあろうと思われます。露出、コントラスト、再現域までもがグラフをひと目見ただけで判明してしまうのですから、大きな保険が得られ、こんなにありがたい仕掛けはかつて我が写真人生にあっただろうかと思うくらいです。

 ではヒストグラムとはなんぞや? ということになります。
 それは写した写真がどのくらいの明るさなのかということと、そして明度の分布と量がグラフによって示されます。「黒つぶれ」と「白飛び」なども確認できます。

※実例ご参照 → http://www.amatias.com/bbs/30/79.html

 ★01:ヒストグラム画像例
 横軸が明度です。左の「0」と示されたところが最暗部(Max.Black)で右の「255」と示されたところが最明部 (Max.White) です。中間の三角(1.00)はガンマ値で中間の明るさを示し、これは画像補正をする時に使用するものですから、今は無視してください。
 縦軸が量を表します。グラフの山がこのグラフのように中央付近にあれば標準的な明るさの画像で、山が左に寄ればローキー(暗部の多い)の写真となり、右に寄ればハイキー(明部の多い)となります。山の裾が左側で途切れてしまったものは、画像のなかに「黒つぶれ」した部分があり、右側で途切れたものであれば「白飛び」をしているとグラフが教えてくれるのです。何が「適正露出」であるかは個人の撮影意図により、山が中央に位置しているものが必ずしもそうだとは言えません。
 山の両端が途切れてしまったものはコントラストが強く、反対に両端にとどいていないものはコントラストの弱い写真です。

 ★02:このグラフの写真
 ヒストグラムの一番高い山が地面です。一番右にある小さな突起物のように見える部分が、発泡スチロール上蓋の最も明るい部分です。ヒストグラムの仕組みを理解すれば「この山は画像のこの部分」ということが解析できるようになります。
 このグラフの山は右端に届いていませんから「白飛び」のない写真だということがわかります。「白飛び」をさせないように露出補正をするのです。撮影時の露出補正は−1/3 (0.33)です。

 この写真は少し寝ぼけて(コントラストが弱い)見えますので、次回は画像ソフト(Photoshopの講義をするつもりはありませんが)を使いシャキッとさせてみましょう。“泣きっ面に蜂”というばかりではありません。
(文:亀山 哲郎)

2011/11/25(金)
第78回:カメラのモニターについて
 先日、友人がぼくのカメラモニターを覗き込み、「どんな風に撮ったのか見せてください」と言うので素直に応じたところ、「わ〜っ、ずいぶんヒドイ色ですね。ヒドイモニターですね!」と、ずいぶんヒドイことを駆け出しのカメラマンに言われてしまいました。
 一瞬ぼくはひるみましたが、彼はその隙を突いて追い討ちをかけてくるのです。「色も悪いし、暗いし、一体いつ頃のカメラなんですか? 前時代的ですね。化石的。これじゃモニターの役目を果たさないでしょう。ぼくのなんか、ほらっ、こんなにきれいで明るいですよ。かめやまさんのモニターでは昼間はほとんど役に立たないでしょう」と言いたい放題。

 ぼくは大人ですから、こんな稚拙な挑発には乗らず淡々と物静かに、しかし強い意志を持って「あのね、オレはさ、もう何十年もモニターなんて小癪なものがなかったむか〜し、むか〜しから写真撮っているんだよね。君たちが生まれるず〜っと前からさ。だから君たちと違いモニターなんかに傅(かしず)かない。なけなしの金はたいてフィルム買ってたから、一枚一枚身を削られるような思いをしながら丁寧に撮っていた。時代の趨勢だからそれがエライというわけじゃないが、しかし今はどうだ、『ダメなら撮り直せばいい』という誠にお気楽な習慣が身について、シャッター切り終わった瞬間にカメラのモニターを覗き込んでいる。“露出間違えたら、ピンがはずれたら、ブレたらカメラが爆発する”という緊張感も危機感もまるでない。撮影直後にモニター覗き込むのはプロとして恰好悪くない? その仕草って職業カメラマンとして醜くない? 確かにオレのモニターは最新のものに比べて性能悪い。とっても悪い。だけれど君は撮影能力が悪いからモニターに頼ってしまう。シャッター切った後の“余韻”なんてまったく関係ないでしょ。“余韻に浸る”という高尚な精神を味わったことがないし、知らない。
 人前で鼻水垂らしたら恥ずかしいし、恰好悪いでしょ。でも君は『鼻水出てますよ』と言われ、ティッシュで拭けばそれで事済むと思ってるんじゃない? その差だね。昔は良かったなんて事とは関係なく、もっと根源的な問題じゃない」と、やんわり言い返しました。これを世間では“倍返し”と言うそうです。

 さて、それはさておき、実際にカメラのモニターというものはプロ・アマに関わりなく非常にありがたいものです。これこそ文明の利器とも言えます。フィルムであろうがデジタルであろうが、シャッターを切った後、誰もが「果たしてどのように写っただろうか。大丈夫だろうか」という不安を持つものです。この不安を払拭するために思わずモニターを覗き込みたくなる衝動に駆られます。ぼくはこの行為をなじっているわけではありません。むしろ大いにモニターを活用すべきだと思っています。
 ぼくが若い駆け出しのカメラマンに警告を発したのは、シャッターを切った時の手応えをモニターに頼らず、心身で感じ取って欲しいと願ったからなのです。また、「ダメなら撮り直せばいい」という安直さを戒めたかったからです。

 どんな優れたモニターでも昼間では確認が取りにくいものです。いや、できません。モニター視認で明るさ(つまり露出)を判断する基準になるとは科学的にも無理があります。もちろんコントラストなどを見極めることもできません。視覚は聴覚と異なり当てにできるものではなく、多少は脳でイコライズすることも可能でしょうが、まず不可能と思っていた方が無難です。モニターを眺めてよしとした画像を自宅のパソコンで見ると、その隔たりのあまりの大きさに驚いた経験は誰もがお持ちでしょう。

 ではモニターの有用性とは何なのでしょう。それはヒストグラムにあります。画像再生をしてヒストグラムの設定をすればほとんどのカメラでヒストグラムを見ることができます。ぼくがモニターを確認するのは画像そのものではなくヒストグラムです。それを見れば露出もコントラスト(被写体の濃度域)も一目瞭然で、露出補正に迷いが生じた時などこれほど重宝する機能はありません。こんなに素晴らしい保険はないのです。そんなわけでぼくはヒストグラムさえ見られればそれで十分であり、「暗い、前時代的」もなんのその。
 特に静物撮影をする場合などは、ヒストグラムを読む能力があれば段階露光をせずに済みますから労力と時間の節約ともなり、また後に画像ソフトでどの様に整えるかの見当もつきます。安心を買うための機能がヒストグラムです。

 また、ファインダーで覗いたものと実際にモニターで再現された画像の表れ方に差異が生じることがあります。一眼レフではファインダーの視野率が100%という機種はまれで、そのためにほとんどのカメラがファインダーで見たものよりモニターでの再生画像の方が大きく(広く)見えます。目の錯覚による遠近感の違いなども生じる場合がありますから、一眼レフにまだ不慣れな方にはモニターはやはりありがたいものだと思います。

 一にも二にもヒストグラムの読み方が重要なのですが、それには実画像とそのヒストグラムを同時に表示しながらご説明しなければなりません。ぼくは目下、連日撮影に追われておりその暇が持てずに申し訳ありません。なるべく次回には実現できればと思っています。
(文:亀山 哲郎)

2011/11/18(金)
第77回:ブレを防ぐには?
 ブレ補正機能(C社では“補正機構”と書いてありますが)について前回簡単に述べましたが、言い忘れたこともありますので補足として少しだけお話ししておきます。
 まず初めに、この機能はブレをなくすためのものではなく、あくまでも軽減させるためのものであること、どうぞ勘違いなさらぬように。つまり絶対的なものではありません。
 仕様書などに、「ブレ補正効果はシャッター速度約4段分」などという記載がされていますが、例えば200mm望遠レンズであれば理論上では1/12.5秒までは手持ちで「ブレない“はず”」という意味です。あくまで“はず”なのです。200mm望遠が1/12.5秒で三脚なしに使えるというのはかなり驚異的なことです。まったく素晴らしい!
 しかし、前回にお話ししたようにブレには個人差もあり、また体調などによる差異もありますから(つまり日替わりというわけです)、それは一応の目安と考えた方が得策です。過信は禁物です。安全圏を見越して2倍速の1/25秒と考え、取り扱うのが賢明でしょう。それでもまったく素晴らしいことに変わりはありません。絞りで言えば3絞りも余計に絞れるのですから。

 そこでぼくには疑問が沸々と湧いてくるのです。ブレ補正機能というのは確かにありがたい機能には違いないのですが、その機能は概ね望遠ズームや望遠系単レンズに付けられています(レンズ内蔵のもの)。レンズというものは望遠であればあるほどブレやすく、また目立ちますから一理はあります。しかし、望遠レンズを多用する人ってスポーツや野鳥といった動態を写すことが多いのではないでしょうか? だとすると手ブレは起こさずに済むけれど、被写体ブレは防ぎようがありません。1/25秒では動態はほとんどがブレます。手ブレも困るし、被写体ブレも困るといった時に、ではブレ補正機能ってどんな御利益があるのだろうかと、思わず考え込んでしまうのです。もちろん山岳撮影などの静態には重宝するであろうことは想像に難くありませんが、あくまで動態撮影の場合です。
 曇天下のお子さんの運動会や室内光の学芸会などに必携と思われる望遠レンズにブレ補正機能って本当に役に立つの?というのがぼくの素朴な疑問なのです。ぼくはそのような撮影経験がまったくないので分からないのです。あくまで想像で言っているのですが、経験がなくとも理論的にはぼくの想像は正しいことになります。デジタルであればその場に応じてISO 感度を変えられますから、ISO 感度を上げれば速いシャッター速度が得られ被写体ブレを防ぐことができます。コンデジには自動的にISO 感度を上げブレ補正をしているものもあるようです。感度を上げれば上げるほど画質は劣化していきますが、何を犠牲にするかは撮影者の意図次第です。
 いささかシニカルな見方かも知れませんが、動態撮影に於いてブレ補正機能は、レンズ内蔵であろうとカメラ内蔵であろうと、無くて済むとも言えますし、ぼくにとっては無用の長物とも言えます。また、友人であるスポーツ専門のベテランカメラマンに(オリンピックの公式カメラマンでもありますが)この原稿を書くにあたって訊ねてみたところ、「う〜ん、ブレ補正機能って使ったことないなぁ。スローシャッターとは縁がない世界だしね。それより高感度特性の良いことの方がずっと大事」という返答を得ました。
 ブレ補正機能とは手ブレを軽減させるには効果のあるものですが、被写体ブレを防ぐものではありません。意外にもここを勘違いされている人が多いようです。

 そして、ブレ補正機能は三脚使用時にはOFFにしておくことです。シャッターを押して光が受光素子に届くわずかな時間に、カメラ内部では様々な機械的な動作が生じます。シャッター幕や絞りが動いたり、ミラーが跳ね上がったり、ブレ補正機能をONにしておくとブレ補正のための振動ジャイロのモーターが唸ったり(つまり微振動している)、それらが加算されカメラ内部ではかなりの振動が生じています。この振動は極めて短時間のうちに発生しますから、ブレ補正機能が反応しきれないのです。「三脚を使用したのに、なにか甘い」と感じた時はありませんか?
 三脚使用時にはブレ補正機能をOFFにし、ミラーアップのできるカメラはアップし(もちろんレリーズを使用して。レリーズの持ち合わせがなければセルフタイマーを)使えばブレによる悪作用はかなり軽減できます。

 そして三脚を過信しないことです。カメラやレンズに贅沢をしろとは言いませんが、三脚こそ贅沢をしてください。ぼくは海外ロケ用にカーボン製の(軽量のため)、それもかなりしっかりしたものを使っていますが、ライブビューで拡大した画面を見ていると空恐ろしくなります。カメラ操作をし終わってから手を離しても何秒間かはブルブルと細かく揺れているのです。みなさんもご経験があるかも知れません。ぼくは今まで10本近い三脚を使ってきましたが、どのような三脚でもブレるものです。しかし、高価な三脚ほどブレの収まる時間が短いのです。残念ながら、安くて良いものはありません。

 ブレ補正機能にしろ、三脚にしろ、ブレは写真の一番の大敵です。基本は手持ちで如何にブレを防ぐかということに尽きます。繰り返しになりますが、詳しくは第7回「シャープな写真を撮る」と第8回「ブレを防ぐための基本動作」をご参照ください。この基本をマスターできれば、上記した“はず”は確かなものとなり1/12.5秒でいける“はず”です。
(文:亀山 哲郎)

2011/11/14(月)
第76回:ブレ防止って?
 写真が撮りたくて、父にねだってカメラを買ってもらったのが小学4年生の時でしたから、もうかれこれ54年も写真に関わってきたことになります。途中中断したこともありますが、よくもまぁ、半世紀以上にわたって飽きもせず続けてこられたものだと、自分の執着心にも呆れています。

 病高じて結局この道で飯を食うことになったようですが(まるで他人事のよう)、歳を取るにつれますます写真というものが面白くもあり、愉快でもあり、また難しくもあり、辛苦でもあり、取り組めば取り組むほど分からないことが増えてきます。ぼくのような凡人には半世紀ではとても埒の明く問題ではないようですが、残りの人生を考えるほどの余裕もなく、ただ一途であればそれでいいと言い聞かせています。
 ぼくは多分200才くらいまでは生きられるだろうから、その頃にはなんとか格好のつく写真が撮れるのではあるまいかと願を掛けています。これこそ大器晩成の典型で、熟成には長い時間をかけた方が味わいもあるというものです。

 写真への衝動は、小学3年の時に病気の母を見舞うために毎週千葉県は勝浦の病院へ通っていた時でした。千葉から勝浦への車窓を眺め、流れゆく風景を写真に撮ったらどんなに面白かろうと本能的に感じたものです。その思いは募るばかりでしたが、勝浦に通うこともなくなりそれは適わぬ風景となりました。
 父は写真好きでしたからカメラを欲しがるぼくの気持ちを汲んでくれ、ある日唐突に「哲郎、カメラを買ってやろうか」と言い出したのです。父の申し出に従い、小学4年になったぼくは自転車の荷台に乗せられ浦和にあったカメラ屋(今はなくなってしまいましたが)へ連れて行かれました。「と〜ちゃん、もっとしっかり速くこげ」と呟いていたことを覚えています。
 カメラ屋でカメラに触れた喜びはなぜか思い出せないのですが、店内の鼻をつくような甘酸っぱい匂い(現像停止液の酢酸とカメラ屋の夕食時の匂いが混ざっていたのでしょう)の記憶だけが今もはっきり脳裏に焼き付いています。買ってもらったカメラは富士フィルムから発売されたばかりのブローニー判カメラのフジペットで、今調べてみると当時1950円だったようです。半世紀前の1950円って今ならいくら位なのでしょうね? ラーメン一杯が30円の頃だったと記憶しています。

 フジペット以来多くのカメラ遍歴を経て今に至るも、その割にぼくはメカに詳しくないのです。カメラは幾多の変遷を経て内蔵露出計が付いたり、一眼レフの登場とともに自動露出となったりしましたが、科学や機能の進歩による御利益(世の中ではこれを称して“便利”と言うようですが)に与り感動した試しがほとんどありません。きっとへそ曲がりなのでしょう。感動はしないけれど、あるから使ってみようかという無機的冷血漢でもあります。「無ければ無いでいい。写真はカメラと露出計だけあればすべて事足りる」と、メカに冷め切ったぼくは今でもそう考えています。

 昨今のカメラは便利な機能がたくさん搭載されていますが、画期的なものはオートフォーカスと手ブレ防止機能でしょう。ぼくの仕事用カメラはレンズにブレ防止が付くタイプのものですが、所有しているレンズではブレ防止機能の付いたものは2本だけです。それは最近購入したものですから付いているのですが、ほとんどのレンズは以前から愛用し続けているものなので付いていません。
 手ブレ防止機能のレンズをテストしてみると確かにその効用は認められます。便利なものだとも思いますが、油断をすると防止機能のないものとさほど変わりはないというのが実感です。第一、仕事では手ブレを恐れるような際どいスローシャッターを使うわけにはいきませんので、ブレ防止付きであろうとそうでなかろうと、冷血なぼくにはあまり関係がないのです。

 また、手ブレを起こすかどうかはその日の体調にも大きく左右されるもので、ファインダーを覗いた時に、「今日は調子が良さそうだから、標準レンズの50mm(フルサイズの場合)なら1/15 秒まで安全圏だ」という目安を立てるようにしています。一応はプロですから。その目安に従って実際に撮ってみてカメラのモニターを拡大して確認するようにしています。
 「今日はブレるぞ」という感の働く時は、やはり予感通りブレやすく1/30秒でもブレてしまうことがあります。焦点距離分の1秒という理論通り、1/50秒より速いシャッター速度を心がけています。
 シャッター速度の限界は個人差や修練の度合いにもよりますが、一定したものではなく、その日の体調によるところ大だとみなさんにもお伝えしておきましょう。

 ブレには“カメラブレ”と“被写体ブレ”の二種類があることはすでにご存じの通りです。被写体が静止しているものであればブレ防止機能はありがたさが増し、重宝なものです。反対に被写体が動いているものだと、スローシャッターとブレ防止が災いして被写体ブレが生じますから、ブレ防止機能を使いこなすにはそのあたりのさじ加減が必要となってきます。

 私的写真用に購入した何台かのカメラには、なぜかブレ防止機能がなく、「新しい製品なのに何でオレの買うカメラには付いていないのだ」と、鬼の目ならぬ冷血漢の目にも涙ということがしばしあるようです(とまるで他人事のように・・・)。
(文:亀山 哲郎)

2011/11/04(金)
第75回:単焦点レンズとズームレンズ(4)
 前回でズームの歪曲収差について述べました。どのようなズームでも、あるいは単レンズであっても程度の差こそあれこの収差からは逃れることができません。物が歪んで写ってしまうこの現象はレンズの大敵でもあるのですが、レンズの設計上、ズームより単レンズの方がこの収差を取り除きやすいのです。

 歪曲収差の実例を4点添付しておきます。
 カメラはキヤノンのデジタル一眼レフ、フルサイズのEOS-1DsIII。ズームは同社EF24~105mm F4L IS USMで、1例だけあげた単レンズは同社EF85mm F 1.2L USMです。なお、これは厳密なレンズテストではなく、あくまで歪曲収差とは何であるかを分かりやすくするための作例であり、レンズの優劣を検討するものでないことをあらかじめお断りしておきます。

※参考写真 → http://www.amatias.com/bbs/30/75.html

★写真:「01 / 24mmズーム」は最も広角側の焦点距離24mmで、絞りはf 5.6 です(以下f値はすべて同条件)。ご覧のように樽型に歪んでいることがお分かりでしょう。そして、ごく僅かながら樽型歪みに加え陣笠型歪みも見られます。
 このレンズは絞り開放値がf 4 ですので、1絞り絞っただけのf 5.6では周辺光量(四隅)落ちが緩和されません。絞るにしたがってこの周辺光量落ちは改善されていきます。この現象はどのようなズームでも望遠側よりは広角側で顕著に現れます。ただ一般的なAPS-Cサイズの受光素子を持ったカメラでは実画面が狭まりますのでフルサイズほど目立たないことになります。

★写真:「02 / 32mmズーム」は焦点距離32mmで撮ったものです。前回「最も歪みの少ない焦点距離を把握しておくことはズームを使う上で重要事項でもあります」と述べましたが、このレンズの場合は32mm近辺がそれに相当します。32mmを境に望遠側になるにつれ糸巻き型となっていきます。
  最広角の24mmからちょっと望遠側に移動しただけで歪曲収差も周辺光量落ちも目立たなくなりました。

★写真:「03 / 105mmズーム」は最も望遠側の焦点距離105mmでのもので、糸巻き型に歪んでいます。ですが、「01 / 24mmズーム」で見られたような周辺光量落ちは望遠側ではほとんど目立たなくなっています。

★写真:「04 / 85mm単レンズ」。F1.2 という非常に明るい大口径レンズです。単レンズとしては極めて高価なものですが、それでも完全に歪曲収差を取り除くまでには至っていません。作例では樽型歪みを示しています。ただズームに比べコントラストが高く、このような白いタイルでは分かりにくいのですが、通常の被写体では色乗りが良く感じられ、抜けの良いものとなります。リサイズ画像ですので分かりにくいのですが、周辺解像度も優れ、他の諸収差もズームと比べよく取り除かれています。

 歪曲収差を取り除くための様々なソフトが発売されています。ぼくはそのすべてを使ったわけではありませんので断定的なことは言えませんが、四角形を完全な四角形にワンクリックで補整できるものは今のところ見当たりません。視覚上、気持ちの悪くない程度に補整できるというところでしょうか。
 Adobe Photoshopは歪曲収差を補整する優れた機能を有したソフトのひとつですが、完璧に“近い”補整を試みるためには労力とかなりのスキルを要します。レンズの右と左では収差の率が異なるものが多く、とても完璧に補整できるものではありません。また完璧な補整を求められるような場面に出会うことはほとんどと言っていいくらいありません。「レンズとはそういうものだ」という一般的な認識が根づいているからでしょう。

 フィルム時代は補整のしようもなかったのですが、デジタルでは完璧にとはいかずともほとんど視覚上は目立たぬようにできますから、これもデジタルの大きなメリットだと言えます。ただ、その作業は強制的に画像のピクセル補間が行われるため歪曲収差の強く表れる画面周辺では若干の解像度が犠牲となることを忘れてはなりません。

 また一般的に人間の心情として、ズームを使うとどうしてもその両端(つまり広角側と望遠側の)を多用しがちです。その結果、撮影者の意図が薄れてしまうことにも十分留意する必要があります。加えて、一般論ですがズーム両端の描写性能は、画面周辺部に行くにしたがってズームの中間焦点距離より劣性であることを知っておいてください。

 もうひとつズームの一般的な特性として開放F値の移動があげられます。例えば「1 : 3.5〜5.6」というような表示です。これは広角側では開放値がf 3.5 で望遠側ではf 5.6という意味で、約1絞り1/3 開放F値が移動することを示しています。今回作例として使用したズームはf 4 に固定されていますが、F値の移動するズームは使ったことがないので、どういうものなのかぼくにはうかがい知ることができませんが、開放値がF 5.6 というのはいくらなんでも暗すぎて使いにくいだろうなということしか浮かんでこないのです

 「単焦点レンズとズームレンズ」は今回で打ち止めにいたしますが、上昇志向のある方は是非一度馴れたズームから離れ、騙された?と思って単レンズを使用してみてください。今までと異なった世界が見えてくると思います。
(文:亀山 哲郎)