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■亀山哲郎の写真よもやま話■
亀山哲郎氏 プロカメラマン亀山哲郎氏が、豊富な経験から、カメラ・写真にまつわる様々な場面におけるワンポイントアドバイスを分かり易くお伝えします!
■著者プロフィール■
1948年生まれ。大手出版社の編集者を経て、1985年よりフリーランス・カメラマンとしてコマーシャル写真に従事。雑誌、広告の仕事で世界35ヶ国をロケ。
現在、プロアマの混成写真集団フォト・トルトゥーガを主宰。毎年グループ展を催し、後進の指導にあたる。
2003年4月〜2010年3月まで、さいたま商工会議所会報誌の表紙写真を担当。 これまでに、写真集・エッセイ集などを出版する他、2002年〜2008年には『NHKロシア語講座』に写真とエッセイを72回にわたり連載するなど、多方面で活躍中。

【著者より】
もし、文中でご不明の事柄などありましたら、右記アドレス宛にご質問ください。 → kameyamaphoto2@mac.com

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2010/05/18(火)
第1回 「はじめまして!」
みなさま、はじめまして。カメラマンの亀山哲郎(かめやまてつろう)です。
これから毎週、写真にまつわるおかしな話や、その傍ら写真を撮るための技術的な話を少しだけ真面目にしていきたいと考えています。
ぼくの思考は、ほとんどが独断と偏見と屁理屈に満ちているのですが、人はだれでも自己矛盾を抱え、懊悩しながら生をまっとうしようと必死に生きているのかも知れません。ぼくはいつもそういう振りをしながら生きてきたように思います。

まず、自己紹介をさせていただきます。
ぼくはいわゆる団塊の世代で、1948年京都市で生まれました。今62歳の白髪ジジイです。4歳の時に、埼玉県北足立郡与野町大戸、のち浦和市外大戸(こんな屈辱的な言い方を強いられていたのです)、のち与野市大戸、つまり今のさいたま市中央区大戸に越してきました。4度引っ越しをしたわけではなく、一カ所にとどまっていたのですが、お上が勝手に名称を次々と変えたために、引っ越しマニアのようになってしまったというわけです。
義務教育は与野市立大戸小学校から浦和市立仲町小学校へ転校し、そして浦和市立常盤中学へ進みました。今ではもうほとんどの恩師が他界され、お元気と思われた恩師も5年に1度の同窓会のたびに一人ひとり姿を消していかれます。青春時代に愛憎まみれた敵役教師の損失は、寂しさを通り越して、やはり堪えます。
話はずっと飛んで、都内の大手出版社で編集者として従事していたのですが、37歳の時に何を思いついたのか突然プロカメラマンのアシスタントになってしまいました。37歳のアシスタントというのは日本で一番歳を食ったアシスタントだとさかんに揶揄されたものです。な〜に、“案ずるより産むが易し”です。                       
周囲の大反対、かみさんの「郷里に帰ります!」の脅しに耐えながら、生まれて初めて必死に写真の勉強をしました。ぼくの生涯に ”必死“ は、後にも先にもこれっきりです。2年間の修業時代は毎日”犬畜生にも劣る扱い“を受け(当時のカメラマンの徒弟制度はこんなものでした。この制度における侮辱の体験は素晴らしいものです)、晴れてフリーランスの写真屋となりました。
専門はコマーシャル写真です。コマーシャル写真って何なの?という疑問に簡潔にお答えします。雑誌や広告(ポスターやカタログなどなど)のための写真を編集者やクライアントやアートディレクターの要望に従って、我を捨てて(でもないんですが、一応)撮影し、映像を提供する写真分野とでも言っておきましょう。

大体において、好きなことで、写真で、飯を食っていこうなどということは不埒千万のこと、狼藉も甚だしきことと心得つつも、一か八か(“あとは野となれ山となれ)”という不料簡的性質の写真は自分の質に合っていたのでしょう。以来二十数年間、写真が病みつきとなり、家族・友人を悩ませつつも、飽きることがありません。写真屋になったおかげで未知の世界をたくさん覗くことができたようにも思え、また貴重な体験を得ることができたようです。
世界35カ国にも行けたし(本当は悲惨そのものの撮影旅行ばかりで、こんな話をおいおい綴っていくつもりです)、写真集も(『北極圏のアウシュヴィッツーー知られざる世界遺産』ブッキング2007年)エッセイ集(『やってくれるね、ロシア人!』NHK出版2009年)も上梓して(本当は恥かき以外の何ものでもありませんが)、取り敢えずの区切りをつけ、やっと自分の写真に向かう態勢を築きつつある昨今です。
歳をとるのは、いろいろなことが生きやすく、また愉しくもあり、ぼくの写真人生は今始まったばかりだと認めています。

今後この連載がいつまで続くか本人にはわかりません。内容が少し気ままに過ぎることもありましょうが、みなさんと共に愉しめたら嬉しいことだと思っています。どうぞよろしくお願いします。
(文:亀山 哲郎)